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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
11章 ナイト・ムーブス

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11-1話 消えた勇者

お待たせしました。本日より隔日投稿していきます。


 カイト・ナオイが鍛錬を続け、それが一年を過ぎた頃だった。


 最低限の睡眠と食事以外は全て鍛錬に時間を費やし、求めた末に、望んでいた新たな力を獲得した。


「ハッ……出来た……か……」


 カイトの目の前では一本のオレンジ色の筋が発光し、時々火花を散らしながら空中に揺らめく。


 空間を切り取ることが可能な『界刀』の新たなる極地。


 次元の切断、そして異なる世界への入り口を作成することに成功する。


 慎重にその光の筋へと手を伸ばす。


 すると眩い光線が広がり、視界が一変する。


 まず聞こえてきたのは『自動車の音』。明らかに先ほどまでいた世界とは別の世界。科学の発展した世界。


 鮮やかな色の看板に書かれているのは『日本語』。


 帰ってきた、そう感傷に浸るのはまだ早い。


 最早、現代の日本に見えるこの場所こそ、カイトにとっては現実感の湧かない夢のような風景である。


 コスプレでもしているのか、という奇妙なものを見る視線は多少あるが、赤の他人に対して一々反応しない街行く人たちの興味は精々が数秒で消えていく。


 そんな中、カイトは少し歩き、コンビニを探して入店する。そして新聞を見る。


「『耀和』八年……やっぱりパラレルワールドか」


 新聞に書かれた元号、レジで受け渡しされる紙幣のデザイン。


 あらゆる情報を統合した結果、次元を渡る入り口を作成することは出来たが、問題はその精度が完璧ではないことだった。


 しかも、入り口がすぐに閉じそうなことを直感で理解する。慌てて光る筋へ戻りこれまでいた世界へと帰還した。


 もう一度『界刀』を使い、同じ世界へ戻ることが出来る確証がない以上、さっきの日本に似たどこかに滞在するのは危険と判断。だが、収穫はあった。


「後は蘇生の方法とエリの肉体だな……行くか」


 カイトは元の世界へ戻る可能性を手に入れた。後は望んだ形での帰還に関する問題。これ以上ここで鍛錬を続けても前には進めない。


 少し休んだ後、一年以上いた勇者たちの眠る墓地から姿を消した。


 ***


 王都の会員制クラブ『シャンドラ』に、アウルムとシルバは入店する。


「ようこそいらっしゃいませ、本日のご用件をお伺いします」


「軽く食事と酒を頼みたい。『夜のインク』と『割れない鏡』の注文を受けた商人だ。ああ、銅のベルも注文されてた。商品は後ほど」


「……こちらへどうぞ」


 符牒を使い、入店の目的を明らかにして奥へと入る。


 個室へ案内され、しばらく待つと料理と酒が運ばれ、それを食べ終わった頃に葉巻きを一本吸う。


 それなりに賑わっているようで、シルバの耳には二つ隣の部屋から話す人々の会話が僅かに聞こえていた。


「そろそろ良いやろ。どこや?」


「壁に張られた布の裏には仕掛けがある。スマホの指で線を引くタイプのロックがあるだろ? アレに似たものだな」


 この個室のどこかに裏へ繋がる入り口があるはずだとシルバは探りを入れると、アウルムが仕掛けを発見した。


「そんなもん、教えられた記憶がないが?」


「教えられてないからな……お前には」


「え、もう仲間外れにされてんの?」


「冗談だ、俺も知らん。推察するに、情報が漏れたら終わりの仕掛けをキラド卿が用意するとは思えない。むしろ、漏れた情報を敵に掴んだと誤解させて罠を用意するタイプの人間だからな」


「不正に手に入れた情報は正しいって思いがちってところか。なら、その仕掛けに触れたら……」


「十中八九、何かしらの警報なり、トラップが発動するだろうな。だからこれは如何にも、ここに何かあると思って探りを入れたスパイを満足させる為の仕掛け」


 アウルムは鼻で笑いながらこう付け加える。


「キラド卿ならもっと工夫するだろう」


 そうは言うが、では具体的に何をどうしたら良いのか、それはまだ分かっていない。


 シルバは既に面倒くさくなり、ダラリと行儀の悪い座り方をする。


「仕事しに来たのに王都で脱出ゲームごっこかよ……勘弁してくれ、苦手やってこういうの」


「……まあ待て」


 そんな時、ウェイターが部屋の扉をノックする音がした。


「失礼します、食後にデザートなどはいかがでしょう?」


「ッ! いただこう」


 このタイミングでデザートの提案。聞くならば、普通は食事を終え、葉巻きを吸う前。意味があることだろう。


「お待たせしました、『ロイヤーネの饗宴』をイメージしたフルーツの盛り合わせでございます」


 待つと豪華に盛られ、繊細なカットのされたフルーツが運ばれてくる。皿の上に絵を描いたような芸術的なデザインがされており、舌だけでなく、目をも楽しませる工夫がされていた。


「……食うてええんか?」


「まあ、毒は入っていないから食べても良いが……そういうことじゃあないんだろう」


 皿に盛られたフルーツを二人を見つめる。


「……これ、うちが卸してるフルーツやろ」


「だな。つまり、これが鍵だ」


「それは分かるけど……俺らが解けるって前提なんやんな? 一応、俺の能力で巻き戻して見る? フルーツの皮になんか書かれてたりして」


 ちょっと期待し過ぎて難易度設定ミスをしていないかと、キラドをシルバは疑う。


「方向性はそんな感じだろうが、キラド卿はその能力について知らんだろ。知ってるのは結界の方だけだ……ただ、俺たちの知識で解けるかつ、キラド卿が把握している知識を利用して解くはずだ」


「『ロイヤーネの饗宴』ってテーマ、意味があると見た方が良いか。この国でめちゃくちゃ有名な曲のことやけど……音階とか?」


「……分かった。解き方がな……俺一人じゃ無理だが。シルバ、主旋律だけで良いから楽譜を書き起こせ」


 アウルムは紙を渡し、自分はフルーツに手をつける。


「俺だけ作業かよ」


 文句を言いつつもシルバは鼻歌を歌いながら主旋律を思い出し、簡単な楽譜を書いていく。


「見ろ、このフルーツ、七色で構成されている。そして、皮ごと食べられるフルーツは、4つ。音も虹も、この国では元の世界と同じルールが適用されており、音楽は建築、彫刻、絵画に続いて4番目の芸術とされているという前提知識を踏まえると……」


 顎に手を置いて考える。


「1番赤いフルーツをド、とすると、レ、ファ、ラ、シに相当するフルーツは皮ごと食うから……」


「あ〜分かってきた。その組み合わせがある小節は……っと、確か3つめやな……で?」


 シルバは鼻歌を歌いながら曲を思い出す。アウルムは楽譜を指でなぞりながら答えた。


「レ、ファ、ラ、シ、ラ……か。カーペットの下の床、板目が階段のようになっていたことを考えると、シルバ、入り口の左側から3番目の床をその順番で踏んでみろ」


 カーペットを剥がして、床を五度、シルバは踏む。


 すると、「ガコッ」と部屋の中で何かが動く音がする。


「いやいや……凝過ぎ……これ間諜対策って言うかもう、趣味やろ」


 見事に入り口は開かれるが、シルバは呆れてため息を吐く。普通に考えて無茶苦茶な難易度であると。


「普通のスパイなら慌てて調べられるだけ調べ尽くすだろう。少し調べるとパスワードを入力する装置がある。そこでパスワードが必要だと知る。そして、次は暗号を知る誰かを探す」


「なるほどな」


「まさか炙り出されてるとも気付かずにな。この答えも恐らくは日替わりか、客ごとに変わる仕掛け。キラドとこの店で働く一部の従業員しか知らんだろう答えを必死で探す」


「面倒やが、意味はあるか……いや、その面倒な手続きに意味を持たせてるって感じか。俺の音楽知識、お前の洞察の組み合わせがないと絶対に解けんことを考慮して、かつ成りすましの線も潰すってことな。流石キラド卿か」


 ***


「こちらが例の二人です」


 裏の入り口が開かれ、道を辿るとそこには二人の男がいた。


「うむ……二人とも、怪人シャイン・ドゥと悪名高い勇者の検挙、見事、そして大義である」


「まさか……あなた様のような方がこの場にいらっしゃるとは……」


「……光栄であります」


 キラド、そして王子であるフリードリヒが待っており、警備局の大臣と副大臣が揃ってアウルムとシルバに対して言葉をかけた。


 これはアウルムとシルバにとっても完全な予想外であり、どう反応するべきなのか迷う。その名を、敬称を口にして良いかも分からず、『あなた様』など、あまり使わない呼び方での返事。


「公の場ではないのだ、そこまで畏まらんで良い。そなたたちの働きによって、治安を維持する我々の意義、発言権、派閥の勢いはいくらか良い兆しが見えている」


 フリードリヒは足を組みながら椅子に深く腰掛け、背後に立つキラドに向かって「そうであろう?」と同意を求めるる。


 カンベル兄弟との協力、教会内部の事情なども大きな貢献であるとキラドはつけ足しながら同意する。


「……まさか、わざわざお褒めの言葉をかけてくださる為にこちらへ、いらっしゃったのですか?」


「それは用の一つだ。だが、感謝していることに偽りはない。私は兄上のように信頼出来る配下をなぶるような悪趣味はないからな」


 フリードリヒはコホンと咳払いをして続ける。


「働きには報いたい……さて、そなたら、何を望む?」


 シルバは、その程度のことでリスクを犯して城から王子が出てくるのかと、恐縮しながらも疑問があると言いたげなトーンで質問する。


 だが、フリードリヒは僅かに唇を歪めるだけで、まだ全ての用について話すつもりはないらしい。


「滅多にないことだぞ、このお方からの直々の褒美というのは。それほどに我々が勇者であろうと、逮捕が難しい犯罪者であろうと内外に知らしめることが出来たという実績は大きいのだ。誇っても良い」


「「…………」」


「どうした、爵位、土地、女、金、可能な限り叶えるぞ?」


 どうする? 何も要らん、もしくは金って言うのも失礼な気がするけど?


 シルバはそんな視線をアウルムに送る。


 試されている。それはまず間違いない。何を望むかでプロファイリングという知識はないにしろ、プロファイリングされている。


 褒美と油断させ、胸の内を探る。キラドならばそれくらいは平気でしてくる。だが、ここであまりに心理的距離を空けるような願いを提案するのも信頼に影響が出る。


 バランスが大事だ。


「であれば……外交に関する特権をいただきたく」


「良かろう、と言いたいところだが、それは理由によるな」


「我々調査官は国外で活動することもありますが、国内に比べると活動範囲は狭く、補助する人員や施設も多くはありません」


「続けよ」


「また何かしらの理由で……それが不当であろうとなかろうと、調査官の立場を明らかにすることは出来ず、その国の法で裁かれます。万が一の時の為、保険となるものがあれば、こちらとしても活動がしやすくなります」


「その理屈は分かるが、そうではない。それを使い何をするつもりなのか事前に説明せよ。誤魔化すな」


「……簡単に言ってしまえば、勇者を追う為となります」


「ほう、それは特定の勇者に恨みがあってか、それとも勇者そのものに憎悪の念を抱いているのか、どちらだ」


「どちらでもありません。ただ、我々の倫理観から大きく逸脱する者、この国や我々の周囲に害のある勇者については消します」


「ほう?」


 フリードリヒは髪を耳にかけて、さらに聞く姿勢を深める。


「これは勇者を特別に見ているというより、勇者であっても特別視はしない。その他の者についても同様の扱いであります」


「変わった考え方……いや、『貴重』と言うべきか」


「何故そこまでするのか、その理由については回答を控えることをお許しください。しかしながら、殿下を裏切るつもりはありません」


 フリードリヒは机の肘掛けを、トントンと指で叩き考えをまとめる。


「自らを善人や正義の使者のように認識しているのであれば、タチが悪いと思ったが、そうではないようだな」


「善人か悪人か、それは見る者によって変わるでしょう。ただ、人を殺している、欺いている、それだけは事実であると自覚しております」


「法の仕組みを守り、担う私が言うのもおかしな話だが、この世界の法はあまりに未熟で不公平で機能していない。悪法でも法とは言うが、王族でもない限り自分の身は自分で守らなくては生きては行けぬ」


 かく言う私もその王族に命を狙われ、自分の身を自分で守っている有様だがな、とフリードリヒは自嘲した。


「法は信じるには、まだ脆過ぎる。いや、この私でさえ危うい橋を渡らねば既に死んでいた。それを倫理的に上の立場から責めるのは簡単だが、現実はそうではない……」


 この言葉から、フリードリヒという人間が何を考えているのか、どういった倫理観を持ち合わせているのかが見えてくる。


 極めて現実主義的でありながら、未来のビジョンを持つ男。それでいて、善と悪の境界線とは何なのか、明確な答えを持たず、探るような感覚。


 良く言えば柔軟、悪く言えば影響を受けやすいタイプ。


 そして、何より王としては──危うい。


 しかし、そんな男にアウルムとシルバは少なからず好感を覚える。


「私はそなたたちの働きを都合良く利用し、ある時は喧伝し、ある時はなかったことにするぞ」


「はい、承知しております。特に問題ございません」


「それに一線を超えたと私が判断すれば、わたし自らが裁く。法を無視することを選んだのだ。法的に公平に裁かれると思うな? 私の倫理観により悪、危険、踏み越えたと判断した時に裁く。それが私の権利であり、責任だ」


 それはそうだろう。勝手な基準で人を裁くのであれば、逆に自分たちが裁かれるというリスクを背負わなくてはならない。


 無論、その時は生きる為に抵抗はするが……。


「しかし、その手の権限に関しては私は裁量権はない。外務局大臣の妹であるギーゼラに頼まねばならんから、数週間待て。まあ、丁度良いと言えば良いがな」


 妹のギーゼラ王女に借りを作るのは避けたいのだが、と嫌そうな顔をしながらもフリードリヒはさほど機嫌が悪くはなっていない。


「……? というと?」


「キラド、説明せよ」


「これは極秘だ。実は先日、カイト・ナオイが──失踪した」


「「!?」」


 極秘であるのは当然。勇者の代表であるカイト・ナオイの存在は大きく各国に影響を与える。

 そんなカイトがシャイナ王国を出たと噂が広がれば混乱が発生し、つけ入る隙を生む。


「理由は不明だ。だが、完全に消えたという訳ではなく、目撃情報によれば我が国を出て西へ向かったようだ。そして、西側の地域では別件で気になる情報を耳にしてな」


 キラドは少し間を置き、神妙な面持ちで話を続けた。


「何でも死体の大群が人を襲うとか……この話を聞いて思い浮かぶ人物がおらんか?」


 それは純粋な質問ではなく、誘導であり確認。


 その情報があれば、勇者について多少知識がある者ならば誰でも思い至る人物がいる。


「……『死の舞踏家サウィン・ザ・スリラー』ですか」


「うむ、貴様たちはこれより西国へ向かいカイト・ナオイの情報及び『死の舞踏家サウィン・ザ・スリラー』と思われる者を探れ」


「「はっ!」」


死の舞踏家サウィン・ザ・スリラー』──『勇者討伐序列』、魔王との戦いにおける単純な敵の殲滅数を記録の中で第3位を誇る強力な勇者。


 アウルムとシルバが戦ってきた中で苦戦を強いられた『天災(ディザスター)』のソラ・ホシノが第5位であることを考えると、如何に強力なユニーク・スキルを所有しているかおおよその推測が可能。


 死体を操り、仲間を増やすという単純かつ、強力なユニーク・スキル。


 戦えば戦うほどに死体は増え、敵も味方も種族を問わず配下とする死の王。


 カイト・ナオイは言わずもがな序列の第1位。


 第1位と第3位の調査という、難題を与えられたアウルムとシルバの次なる旅の目的地はシャイナ王国より西。


 紛争地帯もあり、過酷で長旅になるのはほぼ確実だった。

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