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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
10章 スムース・クリミナル

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10-28話 迷宮都市の日常


「……オリヤァッ!」


「ライナーお前は重心をズラし過ぎや。背中から肩、肘まで力が無駄に入ってる。右足は半歩閉じろ。腰の回転を利用してもっとコンパクトに……こう言う感じッ……! 慣れればこれくらいの速さで最小限の力で剣を振れる」


 ライナーはシルバに稽古をつけてもらっていた。神経を研ぎ澄まし、渾身の最速の振りを放ったつもりのライナーだが、シルバに上体を逸らしただけの回避であっさりと剣は空振り、腹には寸止めの刃が当てられる。


「いや、速過ぎますって……」


 ライナーの悪かった部分をシルバが修正するが、剣が速く、とても真似出来るとは思えなかった。


 忙しい会長二人だが、定期的に警備を担当する従業員には戦闘の指導が行われる。


 この稽古だが、従業員の間では恐ろしくもあり、人気でもある講義の時間。


 Aランクでもトップレベルの実力を持つ冒険者に教えを乞うのは贅沢なことであり、その指導を依頼するだけでも普通では考えられない金がかかる。


(シルバ会長、この人感覚的と見せかけてめちゃくちゃ理論的なんだよな……でもベースの運動能力とかセンスが違い過ぎて、そう簡単に真似出来ないって……)


 普段の明るく、楽天的なキャラクターから、シルバが教える内容は感覚に頼ったものだと思っている者も多いが、それは違う。


 シルバの指導は感覚を限りなく的確に言語化したものであり、超実践的。


「街中の路地なんかでは大振りは無駄。小さく速くが基本。それには身体の利用の仕方が重要になってくる。お前虎のビーストやねんから、その身体の柔軟性を活かせよ? 俺よりも可動域は広いはずやぞ」


「いやいや……会長の関節おかしいですって。途中で外れてません? なんか、こう……ぬるぅ〜っと動いてるような?」


「これはそういう風に見える動きなだけ。身体操作が極まってくると出来る」


 シルバはダンスのウェーブの動きを利用して、それを剣術の一つとしている。骨が無いようにグニャグニャとした動きを披露しながら、ライナーに教えるがそれを求めるのは勘弁して欲しいと周りにいた者も苦笑いをする。


「応用すれば、意表を突くことも可能や。こうやって首だけズラシたりな」


 頭のアイソレーションと呼ばれる動き。首より下は動かさずに、頭だけ前後左右に自在に動かして、首から下を動かしたと思ったら頭だけは同じ位置など、ダンスを知らぬものからすればもはや人外の挙動である。


「それってどこで習ったんですか? まさか、冒険者になる前はサーカスにでもいたんじゃ?」


「……さて、どうやろうな。あっ! よーし、久しぶりにアレの練習をしっかりしてるか確認しようかッ! 並べッ!」


 ゲェッ! っと思わず叫びたくアレとはリズムの訓練。


 稽古で行われる中でも苦手とする者が多く、またシルバの指導もそれなりに厳しい内容である為、嫌な顔をする者が多い。


「は〜い、んじゃ、足は4拍子、手は3拍子な。出来るなら、頭も4拍子で。俺に続いて〜戦闘でのリズムは大事やぞ〜相手の呼吸を読めれば攻撃のタイミングや癖も読める。加えて自分のリズムが複雑なら相手には読まれにくい。これくらいなら慣れれば子供でも出来るからな〜……おい、アウルムお前もやれよ」


「チッ……手足はまだしも頭は無理だ」


 そして、アウルムもまたこの訓練に参加させられている。身体を使った戦闘はアウルムも得意ではなく、こうして、シルバの訓練に従業員たちと混ざって参加することもある。


「頭が……混乱する……」


「アイツの動きを基準にするのは無理だ。20年以上やってるから可能なことだ」


 シルバは全員の動きをチェックしながらリズムをキープし、歩き、そして喋ることを同時並行でやっている。それはもはや真似できるとかいう領域ではない。


 復習しながら、手足を動かして苛立つ者にアウルムは声をかける。


「リズムを操れると、相手のリズムを乱すことも可能や、斬り込むタイミングなんかは皆無意識のうちに測ってるからな」


「よし、休憩もそこそこにして、魔法の訓練だ。使えなくとも術者の心理を読めば対応は可能だ」


 それもまた、アウルムにしか出来ない離れ業。高い要求により、訓練は苛烈を極めた。


 ***


 雪解けにより、春が訪れ迷宮都市の人の出入りも活発になる。


 そんな頃、騎士団の一部が訓練の為に迷宮都市にやってきた。騎士団は定期的にダンジョンに篭り、技術だけではどうにもならない身体能力の部分をレベルアップする目的で訪れる。


「どうだ、フレイ。お前は久しぶりだろう?」


「はい、騎士団に入りたての頃に勇者の育成の件以来ですから5年は来てませんね。しかし……奇妙ですね」


「ああ、お前も気がついたか。俺も思ったぜ、こんなに迷宮都市って綺麗だったか?」


 無視しようのない違和感。それは門をくぐり、馬車から街の様子を眺めていればすぐに気がつく。


 長い間迷宮都市に来なかった者ほど、その変化が顕著に感じられる。


「路上生活者やスラムの住民と思われる人間が明らかに少ないですね、ヒューマンだけじゃなくビーストもです」


「ここの代官はクローツ伯爵だが……まあ、それは本人に直接聞けば良いか」


 街の最も中心である場所にある巨大な屋敷が迷宮都市という特殊な地域を監督する代官の居住地である。


 今回、訓練の為に迷宮都市を訪れた騎士は若手、中堅、ベテランを含め50人の小隊。


 馬車は10台だが、そんなゲストであってもなお余裕のある大きな屋敷である。


「クローツ伯爵、お元気そうで。この度はお世話になります」


「久しいな団長、少し老けたか? 団長にしては若いのは変わらんがなカカッ!」


 杖をつき、眼帯をして現れ、快活な笑い声を上げるのはアラスター・クローツ伯爵。


 クローツ家の家督を譲られてはいないが、代官という立場になる以上、相当の爵位が必要であり、例外的に家督を継いでいない彼は伯爵となっている。


「流石にまだ若い者に遅れを取るつもりはありませんよ」


「だろうな。しかし、王の護衛である其方が王都を離れるとはな」


「……戦力の増強にはどうしても必要ですからね。最近やっと治安が安定してきて、先延ばしになっていた訓練が出来るというものです。ああ、治安と言えばこの街は随分と様変わりしたなと思ったのですが」


「うむ。怪人シャイン・ドゥという犯罪者の出現をキッカケに治安に関しては本腰を入れて改革してな。理解のある商会がいくつか、それに冒険者の協力もあり日々良くなりつつある」


「そうでしたか、流石の手腕です」


「カカカッ! それほど大層なことはしていない。私は許可のサインをするだけだ。若く優秀な者が育ち、活躍出来る場を与えるのは地位のある老いぼれの役目」


「老いぼれって……まだ40か、そこらでしょう? 老け込むには早いのでは?」


「いかんなあ、若者からすれば40を超えていれば十分ジジイであるぞ。自分の歳と周囲の認識というのは擦り合わせんと、恥をかくし周りにも迷惑がかかる」


「そういうものですか……肝に銘じておきます」


 クローツは杖をカンッと地面に向かって突き、満足そうに団長であるライオネルと騎士たちを見る。


「まあ、今日のところは長旅で疲れておる……騎士など其方の部下にはおらんだろうが、何も到着初日からダンジョンで訓練をする必要もあるまい。息抜きも時には良い、歓迎の準備をしておる。滞在中に世話になるであろう商人も来ているので、紹介しよう。先ほど話した優秀な若者の商人だ。仲良くしておいて損はないだろう」


 あまり緩むのも良くないが、確かに長旅でストレスも溜まった元気のある連中だ。いくらかはハメをはずしてやらねば騎士としてあるまじき失態を犯すこともあり得る。


 元気が有り余っているが故にくだらないことをしてしまう若者は騎士と言えど、それなりに見てきた。


 監督役として目を光らせはするが、今日のところはしっかりと遊び、明日から本格的に訓練の開始だと部下たちに伝える。


 ***


「ダァッハッハァッ! なんだこの飯はッ! 美味いッ! 酒も美味過ぎるッ!」


「誰だッ!? 団長に酒を飲ませたのは!?」


「この人、これさえ無ければ最高の上司なんだけどなあ……」


 騎士団長、ライオネル・キングライト──完全に悪酔いッ……!


 ヒューマンとして勇者を除き最強格の彼であるが、酒に滅法弱い。唯一の弱点と言っても良い。


 部下たちはそれを知っている。だからこそ、目を光らせ、ライオネルに酒を一滴も飲ませまいと注意をしていた。


 だが、ライオネルの言う通り、あまりに料理と酒が美味く、油断した。少し目を離した隙にたったグラス一杯の酒を飲んでいた。

 それに気がついた時は手遅れで、ライオネルの顔は紅潮し、ありとあらゆる人間に肩を組み、大声で笑うからみ酒をやらかしている。


「騎士団長が酒に弱いという噂は本当だったか」


「だったか、ってお前が飲める位置にグラス置いたんやろ……」


「アウルム殿……勘弁してくれ……」


 まるで他人事のように言うアウルム、そしてそれを聞いて呆れるシルバ、介抱する身にもなれと少しうんざりするフレイ。


「まあ、酒に弱いのはそうだが立場が立場だからな背負ってるもの、溜め込んでるものも尋常ではないだろう。後でちゃんと解毒してやるから、そう怒るな」


「それはそうなんだがな……団長はこう言う場でくらいしか弱味を見せられん人だ。本来、この場でも見せるべきではないのだがな」


「クローツ伯爵はそう言ったことを他言しない人間をちゃんと選別されている。安心しろ」


 フレイも分かっているのだ。王の護衛、騎士団長として騎士を育成する役目、それは想像すら出来ないほどの重圧なのだろうと。


 王都から離れ、厄介な貴族の目がないこの場所くらいは酔っ払って上機嫌になっている団長が少し不憫に思えるほどに。


「よお、お前ら飲んでるか? プラティヌム商会のアウルムとシルバだったな? お前ら……分かるぜ、相当強え、ヘルミナより上だな。修羅場潜ってきてる奴特有のオーラってのが出てる」


「……団長殿、光栄です」


「ぷぶっ……自分で蒔いた種やからな」


 そこへ、ライオネルがアウルムの肩にグルリと腕を回して絡んでくる。シルバはニヤニヤとその状況を楽しんでいた。


「はん、やっぱりな! 肩を組んで確信に変わった! お前はヒョロい魔法使いかと思ったが、接近戦も割とやれるし、身体を鍛えてるな……珍しい。冒険者は魔法使いでも鍛えるのが普通か? いや、俺の知り合いにはあんまりいねえから、お前が変わってんだな……獲物は槍だろ?」


「……流石、見事な慧眼です。私の武器は槍です」


 酔っていても、その確かな目は鈍らない。瞬時にアウルムの戦闘スタイルを分析して見せた。


「んで、そっちのシルバ……だったな。お前は王国祭で試合が流されたから見れなかったが、あの時点で頭ひとつ抜けていたのは分かっていた。どんな闘い方を見せてくれるのか、楽しみだな」


「いや、あの……申し訳ないんですが、団長殿、当商会は新製品のポーション『シャイネジー』の提供、物資の運搬人材の派遣、ダンジョンの案内でして、私とアウルムは他の仕事がありますのでご同行は出来ませんよ?」


「そうだったか、いや残念だな。しかし、騎士団への協力は感謝する」


「うちの者はビーストが多いのですが、ご不満はありませんか?」


「はあ? こんなご時世にわざわざ騎士団の為に協力してくれる者の種族で、差別するほど俺は部下に適当な教育はしてないつもりだ……だが、雇っているからこそ、その警戒も分かる。お互い下の者を守る立場だからな」


「よろしくお願いします」


「ああ、こちらこそ世話になる」


 シルバとライオネルは笑顔で握手をする。それは形式的なものではなく、短い言葉ながら互いをある程度信用に足る人物だと判断したからこその敬意の表れ。


 そして、手から伝わる互いのおおよその力量。


 ライオネルの大きく分厚い手には、彼が背負うものの重みが酒で上がった体温と共に熱を帯びて伝わってきた。


 ***


「オージー、お前は俺を舐めているのか?」


「ま、ま、待ってくれよっ……! 悪かった!」


 シルバはスラムを仕切る者の一人、オージーを呼び出していた。


「お前が俺を舐めているのか、部下がお前を舐めているのか……どちらにせよ問題だな。バレなければ良い、そういう考えなのか?」


「滅多にない贅沢が出来て気が緩んじまったんだ。そりゃ犬の前に肉を投げたら走って喰らいつくってもんだろ? へへ、なあ……」


 呼び出した理由はオージーの部下が物資のちょろまかしをしていたことの発覚。監督者であるオージーの責任を問うものであり、冷や汗が止まらないオージーは必死に弁解を試みる。


 この手の連中はそう簡単に謝ったり、間違えを認めたりはしない。それは経験から知っておりシルバも一々激怒するほど、期待すらしていない。


 ただし、『ケジメ』はつけねばならず、このまま横領が続く現状を許せばシルバが舐められる。


 飴を与えたのなら、鞭も必要である。


 そして、その鞭とはスラムの連中に対しては極めて暴力的でシンプルに分かりやすいものが要求される。


 説得や言葉による脅しなど、通用するほど話の通じる連中ではないのだ。困窮しているからと言って、救いようのある善人とは限らない。


 むしろ、クズ中のクズ。掃き溜めで日々を生きる者たちの精神や倫理観がまともである方が稀。


 であれば、対処は必然的に荒っぽくならざるを得ない。


「だが、お前が勝手に投げた肉の持ち主は俺だ。勝手に食った犬もお前が飼ってる犬だ。つまり、飼い犬とその飼い主は、それなりの対処、責任を取る必要がある。そうだろう」


「…………どうしろってんだよ」


「馬鹿な考えを起こす連中が『減る』ような何か、俺が提案しようか? それともお前が提案するか? 俺の提案はこうだ……まず、盗みを働いた者の腕に名と罪を刻み、それを切断してスラムの通りに捨ててお前の根城の壁に磔にする。もちろん、そいつ自身は行方不明になってもらう」


「…………そ、それは……」


「出来ないと思うか? それで事件となって大騒ぎになると思うか? 俺には握り潰せる力がある。ああ、お前はボスの座を降りて下っ端として生きていくことにもなるな」


 半分ハッタリ、半分は本気。だが、オージーには得体の知れない調査官という虚像は実際よりも大きく映る。


 この調査官ならば、マジでやりやがる、そう思わせるだけの迫力がシルバにはあった。


「こ、こういうのはどうだ……旦那が俺をボコボコにする。で、ボコボコにされた俺がヘマをしたやつを起き上がれないくらい他の連中の前でボコボコにするってのは」


「……そうだな、下の者がしくじれば、上のお前が制裁を受ける。その原因となった者にはお前からの制裁を受ける。お前だって俺に制裁されることは避けたいだろうし、その為には必死になるだろう。妙な真似をすれば俺に怯えたお前に殺されかねない、そういう緊張感ってのは大事だな」


「良かった……これで解決──」


 シルバはオージーの提案に同意した。そのことでオージーの緊張が僅かに緩む。胸を撫で下ろして、深呼吸をしようとしたその時だった。


「ガァアアッ!?」


 オージーの手の甲にナイフが突き刺さる。


「この程度で騒ぐな。物資の計算が狂えば人が死ぬッ! そういう責任ある立場にお前がいるって認識が甘いようだなッ! お前という奴はさっきから自分の保身ばかり考えている呆れた人間だ。次からは保身ではなくまず反省をしろ。反省し、次に活かす為のことを考えなくてはならない立場だぞ! それだけの権限や自由はお前に与えているはずだ」


「わ、分かった! いや、すみませんでしたッ……! 反省しますッ!」


「ふん……分かったなら良い。飲んでおけ。その手では仕事にならんだろうからな」


「助かり……ます……」


 シルバはオージーにポーションを渡し、ナイフの刺さった手の治療をさせる。


 鞭があった後の絶妙なタイミングの飴。この世界での傷は破傷風など、死の危険がつきまとうものであり、ポーションによりそのリスクはなくなる。


 前世での職業柄、DVなどの話を聞き、現場なども見てきた。経験的に人間を支配する方法をアウルムとは別のルートでシルバは知っている。


 全ては意図的な行動による精神支配へのステップを踏んでいるに過ぎない。


 その後、オージーは部下の前でシルバによる苛烈なリンチに遭う。ポーションを2個使用し、死にかけた段階で回復させ、またリンチという恐ろしい内容であった。


 そしてオージーはシルバから受けたリンチの鬱憤を晴らすべく、問題の部下を殺す勢いで殴り続けた。シルバがもう良いと言うまで続けた。


 この一件があり、スラムの連中はオージーとシルバをすっかり恐るようになり、不正を働く者のパーセンテージはほぼ0になる。それでも0にはならず、度々は『ポーションの刑』と呼ばれる恐ろしいイベントが開催されていた。


 シルバはこうして、スラムの指揮権を徐々に拡大し、迷宮都市での指折りの、統率が取れた組織が生まれつつあった。

この話で10章は完結となります。お付き合いくださりありがとうございました!

しばらくは11章の執筆により休載となります。


ここまで、「面白い」、「続きが気になる」と思ったらブクマと☆☆☆☆☆評価をいただけると嬉しいです。

既にしていただいている方、いつもリアクションをしてくださっている方々もありがとうございます!

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