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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
10章 スムース・クリミナル

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10-25話 労い


「こいつがルイス神官を殺さなかったら行動予測が出来なかった……危なかった……もしかするとお前の『不可侵の領域』をも欺く可能性があったからな」


「模倣することにかけては特化してたから、それはあり得る。例えば俺やお前に変身されたら判定がバグってたかも知れん。試したことがないと言うか……試す方法がないから分からんけど」


「しかし……改めて事故物件ってものに住むリスクを思い知ったな」


 戦いは終わった。戦闘自体、シャインはそこまで強くなかったので苦戦はしなかったが、アウルムは冷や汗を流す。


 下手をすれば商会の皆がやられていた可能性もあったのだ。少し前に分かったことだが、テンザス商会だけでなくシャインにも狙われていたのだ。


「事故物件?」


「元の世界なら単に気味悪がられるって意味合いもあったが、今回みたいにいわくつきの物件ってのは、変な奴が来るリスクってのがあるんだよ。場所や思い出に執着する奴がいるからな」


「あ〜……感情的とか風水的な面だけじゃなくてマジでセキュリティ的に良くないこともあるんか」


 建物や土地面積、相場などの点から良い場所だと思い購入に至ったプラティヌム商会だが、デメリットもあったのだとシルバは理解する。


 安いものには理由があるというのが、世の常だ。


「さて、後片付けも仕事のうちだ。お前は兵士たちの指揮、俺はアニーの事情聴取をしたらワンドランに届けて封鎖を解除しないとな。ああ、代官への報告もあるか」


「これはキラドにも報告せんとやし、結局テンザス商会への対応もまだやから、それもやらんと……解決したと思ったが割と忙しいな」


 アウルムとシルバは残りの仕事を片付けるべく動き出す。


 ***


「ウノ様ッ!」


「アニーッ!? 無事だったか……良かった……」


 兵士と共にワンドラン商会をアウルムは訪れる。アニーがウノに駆け寄り、ウノは彼女を抱きしめた。


(どういう関係だ? 恋人か? しかし歳は結構離れているが……この世界なら普通か?)


 ウノとアニーは15歳ほど年齢差がある。この二人の関係性はよく分からない。単なる上司と部下というわけでもないし、養父と娘という感じでもない。


 アニーに聞いた限りでは兄のような存在だと言っていたが、ウノがどう認識しているかまではアウルムは知らない。


「調査官殿、もう終わったのですか?」


「終わった。怪人シャイン・ドゥは死亡し、事件は解決だ」


「何かお礼をさせていただきたい」


「いや、気持ちはありがたいが立場上受け取れない」


「しかし、アニーを助けていただき、従業員の敵討ちをしてくれた恩人に何もしないというのは商人として……」


「…………であれば、まずその従業員をしっかりと弔って欲しい。ルイス神官も被害者で教会はかなり困っているだろう。彼らへ多少の心遣いをしてもらえると、こちらとしても助かるな。それと、今回はこの街の兵士が本当に良く頑張ってくれた。私だけの努力ではないということだけは言っておきたい」


「そうですか……兵士の皆様、ありがとうございました。後ほどワンドラン商会の威信にかけてお礼をさせていただきます」


 ウノとアニーは丁寧に敬意を込めて深く頭を下げ、商人式の挨拶をする。


 兵士たちもあのワンドランの支店長に直々に礼をされたことで誇らしげだった。


 ***


「おめでとうございます!」


「うん、だが俺たちは最後に美味しいところをもらったようなもの。これは皆で掴み取った勝利だ! ありがとうッ!」


「「「ッ〜〜〜!」」」


 ロベルト兵士長が代表し、シルバに祝勝を込めた握手を求める。


 シルバは強くその手を握り返し、他にもいた兵士たちに向かって感謝を伝える。


 喜びに打ち震える兵士たちの表情が何とも心地よいとシルバは仮面の中で同じように笑顔を見せた。


「さあ、待たされて喚き散らかす貴族に頭を下げにいくぞ。案内してくれ、自分で責任を取ると言ったからな」


 あらゆる場所を封殺した影響で怒っている貴族がいるのは確実だろうと、冗談混じりにシルバがそう言うとプラティヌム商会の前の路地では笑い声が響いた。


「よう、調査官」


「ザロか……」


「ッ!? なんだ、耳元で囁いてるような声がッ!?」


 ザロが店と店の隙間から姿を誰にも見られぬように現れた。シルバは兵士たちの背中を見ながら口も動かさず腹話術でザロの耳にだけ音を届ける。


「盗聴防止用の魔法だ。それで、姿を現したということは?」


「ああ、分かったぜ。あの男の犯行に見せかけた罪人たちがな」


「そうか、今は取り込んでいる。後で連絡する」


 そう言うとザロの姿は既にない。


「調査官殿?」


「ああ、今行く」


 後片付けが終わったのは日を跨ぐ頃だった。


 ***


「ま、マジかよ……」


「加減ってもんがあるだろ?」


「流石ワンドラン商会だな、ハハ……」


 5日後、兵士の詰め所に大量の荷物が届く。馬車が何台も並び、その列が途切れる場所すら見えないほどの行列。


 事件解決を祝し、感謝の品として大量の物資が兵士たちへとワンドラン商会によって送られたのだ。


「儀礼用の上等な服に、普段着も兵士の家族分まで3着ずつ。武器防具などの装備一式が全員分、酒、食い物は数えられないほどって……怖くなってきたな」


「良いんですか兵士長ッ!? これ、ありがたいですけどワンドラン商会に今後逆らえないって言うか……」


「いち商会が兵士を所有することになりかねませんよ!?」


 ロベルト兵士長は目録を見ながら唖然としていた。兵士たちも、最初こそ喜んだが、物量の多さに怖さが勝ち出して次第に顔が青ざめていく。


「それは大丈夫だ」


 アウルムとシルバが詰所へとやってくる。


「調査官殿ッ! お疲れ様ですッ! ……大丈夫、と言うのは?」


「ワンドランには釘を刺した。今回の礼を受け取ったところで、兵士はワンドラン商会に何か問題があったとしても便宜を図り、罪を見逃すことはないとな。金を積めば罪人が許されるなどということがあってはならん」


「顔を合わせた時にお礼くらいは構わん、むしろ礼儀としてするべきだが、今まで以上に融通を効かせる必要はない。その点に関しては一筆書かせた」


 ウノが礼をしたいと言い出したので、その内容に関してはアウルムとシルバが口出しをした。


 何を送るかに関しては法に触れていなければ問題ないが、支援しているのだから自分たちに都合良く兵士を動かそうとするのであれば、認めないと前もって言ってある。


 書類に明記し、シルバの『破れぬ誓約』による縛りもつけている。ウノはそれで構わないと二つ返事で了承した。


 ウノは理解している。自分が直接兵士に指示を出さなくとも、兵士からの心象を良くするだけで無意識のうちに便宜を図るようになると。


 また、街の人間、貴族に対する印象も変わる。今回の事件で、ワンドラン商会は街のことを思う素晴らしい商会だとまた名を上げた。


 ただでは転ばない。失態をカバーして更に利益を生む動きを即座に行う手腕は流石である。


「こんなものまで……いや、しかしそれでもこの量ですか」


 その書類はロベルト兵士長にシルバによって渡される。大切に保管しておけと忠告をしながら。


「……宣伝費と考えれば、ワンドランにして見れば痛い出費というほどでもないのだろう。この国で一番の商会なだけあってな」


「何とも……庶民の我々には理解出来ない規模ですな。ありがたいのは事実ですがね。皆の装備は使い回しでボロボロでしたので、予算申請も何度も行っていたのです。なかなか通らず困っていました」


「もらえるならもらっておけば良い。大抵、タダのものは恐ろしい裏があるが、今回はその裏をこちらで潰しておいた。転売などはしないことだな、商人たちもワンドランには睨まれたくないから余計な怒りを買うぞ」


「……ありがとうございます、その件については徹底させます。ご厚意を無碍にするのは兵士として恥ずべき行為ですからな」


 ロベルト兵士長は渡された書類を丸めて胸ポケットに仕舞い込む。厳しい顔つきで、この上がった評判を落とすような部下を絶対に出したくないという彼の意思が伝わってくる。


「さあ、荷物を片付けておけ。夜は宴だ。プラティヌム商会の食材使って、ワンドランの料理人が仕上げた最高の食事と勝利の美酒に酔いしれることになる」


「「「はっ!」」」


 ***


 3日後の夜。


 全員の兵士は宴には参加しない。兵士の仕事を全てストップすることは出来ない。宴であろうと、誰かが街の治安を守る必要がある。


 交代で今夜から3日連続の宴ということになり、アウルムとシルバは3日連続で参加した。


 参加するメンバーの顔ぶれは毎日変わる。だが、言うことは同じだ。


「今回、事件を解決出来たのは我々調査官だけの力ではない。皆が協力してくれたから解決出来た」


「街の住民にもここの兵士は優秀であると知らしめることが出来た。あの悪名高い犯罪者、怪人シャイン・ドゥを追い詰めたのは我々だけだ」


「御託は良いから早く乾杯をしろと思うだろうが、その前に、今一度犠牲になった者が少なからずいたということを思い出して欲しい」


「被害者がいるということは、そこに何か解決へと手かがりがあるということ。その死を無駄にしてはならない。責任ある仕事だと、そして誇れる仕事だと認識をして欲しい」


 各々が、グラスを片手に笑みを浮かべていたが、これまでの犠牲者を思い出し、神妙な面持ちになる。街を守る兵士としての顔だ。


 犠牲なしの勝利はありえない仕事。下手すれば自分も死ぬ仕事。家族を危険に晒すリスクのある仕事。


 それでも誰かがやらなくてはならい、必要な仕事。


「だが、君たちの働きが抑止力になる。この街で妙なことをしようとしたら捕まると知れば犯罪は減る」


「それが出来るのは兵士だけだ。君たちの働きに感謝を。そして、これからの未来に期待を」


「では乾杯だ」


「「「乾杯ッ……!」」」


 一斉に大きな声が詰所にこだまする。その声の大きさは祝杯の為であったが、同時に決意の表れでもあった。


 兵士たちは勝利の美酒に酔いしれ、美食に舌鼓を打つ。


「うめぇッ! なんだこれ!?」


「お偉いさんはこんないいもん食ってんのか!?」


「限界まで食ってやる、こんな飯今日しかありつけねえからな一生分ここで食わねえと」


「これ、死んだ親に食わしてやりたかったなあ」


「お前子供いるだろ、ちょっと持ち帰ってやったらどうだ?」


「全部はやめろよ」


 それぞれマナーなど気にせずに談笑しながら、あるいは泣きながら宴を楽しむ。


 その宴の中心は二人の調査官。


「食べないんですか?」


「そうしたいんだがな、食べたら顔が見えるだろ。気にせず食べてくれ」


「一緒に働いた中じゃないですか、そろそろ顔……せめて名前だけでも教えてくださいよ」


「悪いな。別にお前たちを嫌ってる訳ではないが、決まりで無闇に正体は晒せん。それに仕事柄、我々の顔を知った人間に危険が及ぶこともある。知らなければ答えられないからな、これはお前たちを守る為でもある」


「俺らみたいな調査官や拷問のプロに拷問されたいか?」


「それは勘弁……っすね、はは……ゴホッ!」


 兵士の一人がアウルムとシルバに声をかける。ここまで顔も名前も誰にも教えていない。今回は大きく派手に動いた。正体に繋がることは余計に知るべきではない情報だ。


 二人の優秀さを理解している兵士は、その能力を拷問の方に向けた時、どうなるかを想像して口に入れていた食べ物を喉に詰まらせそうになる。


「調査官殿、どうやったらそんな知識を学べるんですか? 俺、もっと勉強したんですけど王都にはそういったこと書かれた本とかがあるんですか?」


「ない。経験によって蓄積した知識だからな。そもそもその類の知識は悪用される危険があってそう簡単には教えられんし、記録することも認められないだろう。悪いが、一介の兵士では、その情報にアクセスすることすら許されないな」


「そうですよねえ……」


「まあ、そう気を落とすなレオン」


 若手の見込みがあるとシルバが思っているレオンは何とかこの機会に知識を増やそうと質問をしていた。皆が浮かれている中でも、一人だけ考えが違うようだ。


 そんな真面目なレオンの肩をシルバは叩く。


「自分で記録すれば良い。あらゆる犯罪者に関して気がついたことを書き留めておくことだな。するとパターンがあると分かる。犯罪者特有の思考、そうでないものとの違い、行動の内容とその理由、一つ一つ丁寧に考えて推測すること。時には犯罪者から聞いてみること」


「犯罪に詳しいのは犯罪者だからな。情報は本でなくともそこら辺に転がってるものだ。それを自分で見つけられれば、知識は自然と身につく」


「なるほど……もっと注意深く観察して、いつかお二人みたいな人を助けられる力が身につくよう頑張ります」


「ああ、応援している。お前は頭が良いから出来るだろう」


 シルバは仮面の下から笑う。顔は見えずともレオンにはシルバが笑って、本気で応援していることが伝わった。


「お前はちょっと真面目過ぎるな。今日は祝いの場だ、質問はそこそこにして兵士と飯を食え」


「はいっ!」


 レオンがここで上手くやっていくには、こういった場で仲間と共に過ごすことも重要だ。シルバは彼の背中を押して、仲間の輪に合流するレオンを見送る。


「調査官殿、今回は本当に助かりました」


「ロベルト兵士長、いやこちらこそ助かった」


 アウルムはロベルト兵士長と握手をする。彼が素直に従ったからこそ、兵士との協力がスムーズにいった。


 足の引っ張り合いをして、シャインを捕まえられなかった可能性もあったことを考えるとロベルト兵士長の存在は大きかった。


 アウルムは誠意をその手に込めて強くロベルト兵士長の手を握る。


「明日には行かれるのですか」


「ああ。上に報告する必要もあるからな。死体の件は了承してもらって助かる」


「いやいや、こっちでは手にあまりますからな、その……勇者の死体……となると。でも本当に良かったので? 凶悪な犯罪者と言えど、勇者ですが……流石に王家が黙っていないのではと心配です」


「逆だ。犯罪者と言えど勇者、ではなく、勇者と言えど犯罪者。犯罪者は捕まえるか殺す。今回は裁判にかけるまでもなく、現行犯で自白もしていたからな文句を言われる筋合いがない」


 ここだけの話、そもそも勇者の不始末による責任は召喚した王族にあるのだから、と王族批判とも取れる内容をロベルト兵士長に耳打ちする。


「今のは聞かなかったことにしましょう。酒で今日のことはすっかり忘れてしまうのですからな」


「ふふ……まあ、そうだろうな。だが、真面目な話、勇者は危険だ。力も知恵も我々とは違うものがあるからな。召喚されたとは言え王家に忠誠を誓っている訳でもない。魔王を倒した者たちだが、だからと言って善人とは限らんのだ。あまり英雄譚を間に受けん方が良い」


 酒を一口、多めに飲み込みロベルト兵士長は口角を釣り上げる。そしてアウルムの忠告はしっかりと聞いており、深くうなずいた。


「……今回の事件を思えば、当然でしょうな。むしろそれは住民の方が強く思っているはずです。考えようによっては制御の出来ぬ強大な兵器のような存在ですから、暴走した時誰が止められるのかと……王都の時は止められなかったのですから、あれはそれなりに衝撃を与えましたからね」


 プラティヌム商会のビーストが犯罪を犯したと聞いてやっぱりビーストはビーストかと思ってしまったのだと、懺悔のように告白する。


 むしろ街の治安を守ることに手を貸している存在だというのに、人種で偏見を持ってしまい誤った方向へ捜査をしていたかも知れないと、思い込みの危険さを痛感した。


「結局、個人を見るしかないのだ。地位や種族で偏見を持っても痛い目に遭う」


「ですな。失礼ですが、調査官の方はもっとお堅くて話が通じない鼻持ちならん連中と思ってましたから。お二人は思っていたより庶民的な感覚をお持ちで驚きましたよ」


「そう思わせるのが我々の思惑かも知れんがな」


「これは……一本取られましたな。ですが、私にとってお二人の素性を色々と考えてみたりもしました。詮索するつもりではなく、単に得体の知れない存在ですから気になったのです」


 全てそう思わせる為の芝居、それもこの二人ならあり得るとロベルト兵士長は思った。


「それで?」


「結局、分かりませんでした。平民なのか、貴族なのか、調査官になる前の職業は何か、どれでもあり得ると思えてしまう不思議な感覚です。ただ、お二人が互いを信じて対等な関係であることは分かりましたがね」


「ちょっとした発言や仕草から社会的な階級は見えてしまうからな。それを悟られると困る仕事だ。数日仕事をした程度で見破られたら今頃生きていないさ」


「……寂しくなります。これからも一緒に仕事をして悪人どもを捕まえたいと思う、弱い自分が恥ずかしいですな」


「大丈夫だ。あなた方は自分で思っているより優秀だからな。まあ、本当に困ったことがあれば我々はまた来ることになるだろう」


「ではまた会えることを祈って……」


 ロベルト兵士長はグラスを掲げる。アウルムもまた、グラスを掲げた。


 願わくば、自分たちが必要になることがないように。このような形で再会してしまわないようにと、ロベルト兵士長の祈りとは真逆のことを願って。


「「乾杯」」

これで10章の本編は終わりです。この後2話ほど、間話を挟みます。ここまでお付き合いくださりありがとうございます!

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