10-23話 物語の終着点
あるエピソードで、r18の表現があると判断されて一時的に運営様より、公開停止措置を受けておりました。
突然作品が見れなくなったことで、読者の方にはご迷惑をおかけしました。申し訳ありませんでした。
今後、このようなことがないように、過去エピソードで問題がある箇所があれば、表現を修正していくつもりですので、若干の内容変更があるかも知れません。
詳細につきましては活動報告にても、記載しておりますので、ご確認いただけると幸いです。
「遅かったか……!」
アウルムがワンドラン商会を訪れた時、警備やメイド、従業人が怒鳴り、一流の商会らしからぬ混乱ぶりから、既に何かが起こってしまったことを察した。
アウルムはその騒ぎを聞きつけた周辺の兵士を招集する。
「現場を封鎖しろ! 誰一人ここから出すなッ! 誰であってもだ! 国家治安調査官であるッ! 責任者を出せッ!」
「国家治安調査官だと……!?」
「問答をしている暇はない、責任者はいるかッ!?」
警備の一人がこのタイミングで国家治安調査官が出てきたことに驚く。入れるべきかと逡巡するがアウルムはそれを無視して中へと入っていく。
「私が責任者のウノ・ワンドランです。ワンドラン商会の迷宮都市、支店長を任されており会長の次男です。すぐに来ていただき助かりました。早速ですが、現段階で分かっていることを説明します」
すぐにウノが現れて一礼をしてから、事情の説明を始める。無駄がなく、正確な男。今何をすれば良いのか完璧に理解しているのはアウルムとしても助かる。
「……警備の一人がメイド二人と警備仲間を二人殺したか、派手に動いたな。関係者全員を並ばせ点呼を取ってくれ、もう分かっているとは思うが怪人シャイン・ドゥが紛れ込んだようだ」
ウノは視線だけで調査官の指示に従えと店の者に命令する。
「しかし何故? うちに何か恨みでも?」
「ここにアニーという娘がいるな? 彼女はどこだ」
「アニー……ですか」
ウノの顔色が変わる。ポーカーフェイスで有名なこの男の顔色が変わるということはやはり、ウノにとっては特別な存在か思い当たる節があるのか。
「ウノ様、アニー様が見当たりません……」
「何ッ!? もう一度よく調べろ」
「ウノ・ワンドラン、彼女は見つからん。探すだけ無駄だ」
「クッ……理由を聞かせてもらえますか?」
ウノは必死に感情を抑制しようと努める。アウルムが抑えた彼の肩は震えていた。
「奴は死体を隠す気はない。そして、こちらの調べではアニーを探していたようでな。見つからんということは既にここにはいないと考えられる。だが、一方でまだ殺されていないとも言えるのが不幸中の幸いだ」
「それが分かっているなら何故探しに行かないんですか!」
誘拐された人物に対して被害者がこう言うのはもはやお決まりのようなものだと、アウルムは思いながら、それでも説明するのが義務と理解して口を開く。
「私に当たるな。勿論探す。だが、出鱈目に街を駆け回っても意味がない。殺されたメイドたちの死亡時刻から考えるに今から1時間は前だからな。それだけあれば、身を潜めることも出来る。問題はどこに向かったかだ。その情報を得る為にこうやってあなたに質問をしている。だから、私に食ってかかるのは時間の無駄だ」
「ッ! それで、何を聞きたいのですか」
「まず、ルイス神官はここに来たか?」
「ルイス神官……? 誰か知っているか?」
ウノは振り返り、従業員に確認する。忙しい支店長は客人が来ていたかまでは把握していないらしい。
「はい、確かにルイス神官と名乗る方が1時間ほど前に来ました。私はお茶を用意していたのですがバルトさんが体調が悪いと言って帰ったと」
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってくれティナッ! 俺はそんなこと言ってないぞ!? 俺はアンジェラから帰ったと聞かされたんだ」
「……アンジェラは殺されたメイドの一人です。噂通りとすれば、うちの者に成りすましたと言うことですか……」
ウノはその会話から何が起こったのかアウルムとほとんど同じ速度で理解する。
「この混乱も時間稼ぎの一つだ。それで、アニーと怪人シャイン・ドゥを名乗る勇者らしき男との接点に関して何か思い当たるか?」
「アニーと勇者? いや、別に思い当たると言われても…………いや、あるッ! ありますッ!」
「教えてもらえるか?」
「調査官殿、あなたはアニーの過去について……」
アウルムは指を弾き、闇魔法でウノの周囲を覆い隔離した。これでウノとアウルムの会話は誰にも聞かれない。
「魔法……助かります」
「知っている。イレウェナ商会、司祭、書類から読み取れることはな。だが、彼女個人のことについてはあなたから聞くしかない。元々それを聞きに来たのだが遅かったというわけだ」
「アニーが以前、雑談の中で一度だけ話していたことがあります。特定の勇者と関わりがあったのはそれだけなので関係があるかも知れません」
「それで、どのような関わりが?」
「関わり……と言っても微々たるもので、変な男が告白して来たと。まあ、惚れっぽいのはどこにでもいるのでそこまで変な話ではないんですがね、最初は客だった男と少し話をして仲良くなったのだとか。それでも客として関係でしかなく、単なる接客です。話振りから今思えば勇者だったんじゃないかと、彼女はそう言っていました」
「もしかしてだが、どこか遠くへいって小屋でも立ててそこで暮らす……のような内容を彼女に話していないか?」
「ッ! 何故それを……!? いや、今はそれは重要じゃない。とにかく、彼女は当然困ったと。単なる旅人ですからね相手は。適当に流すのもと思い、立場的に無理であること、そもそもそう言う話は先立つものがないと無理だ、せめて土地と小屋を用意してからまた来て提案して欲しいと遠回しに断ったそうです」
「奴はまともに受け取ったな。商人の娘が得体の知れぬ男の提案を無碍にするのは恐ろしかっただろう。商人ならその文句で断っていると分かる。流れ者が土地と小屋を手に入れて商人の娘と暮らすのはあまりにも非現実的だからな」
「奴は分からなかったのか……もしかして、その小屋とやらに彼女をッ!?」
「最終的な目的はそうかも知れないが」
(俺たちが追い詰めた結果、奴は精神的な安定を望んだ。妄想と現実の区別がついていないほどに破綻し始めている。元から夢想的、自己陶酔の節があったが、加速したか……あの殺し方をしている時点で精神状態はまともではないと明らかだ。となると行動が読みにくいな……小屋の場所は分からんし、そもそも迷宮都市ではないだろう。空白の期間は本当に小屋を用意していたとも考えられるな)
意図してミスを待ったが、想像の斜め上を行くイカれたサイコパスの行動までは読めなかった。
まさか、『ライ麦畑でつかまえて』のエピソードにここまで感化されて真似ているとはアウルムも思っていなかった。
単に自分というアイデンティティの希薄な男が何者かになりたいという、ありふれた願望を反映させているのだと考えていた。
主人公のホールデンが一人で森のそばに小屋を立てて住もうと考えるシーンがある。シャインとの違いはホールデンは一人で住もうとしていたが妹のフィービーも一緒に行くと言い出して喧嘩になる点だ。
怪人シャイン・ドゥという男はアウルムからすればハリボテのような存在だ。
有名なシリアルキラーの手口を中途半端に模倣し、能力そのものも模倣。物事を表面的に浅く捉えている。
影響は受け、真似ているのだろうが、完璧な模倣はしていない。というより出来ないのだろう。二人で小屋に住もうと提案するあたり、奇妙な独自解釈を発揮している。
それはやはり、本質を理解しないまま、本を斜め読みして誤った解釈のまま知ったような気になる性格だからと推測出来る。
しかし、この『独自の解釈』が厄介だ。物語をなぞった行動をするならもう少し予測が容易だが、それを信じるのは危険。
今は基本に忠実に、手元にある情報から行動を予測して先回りをせねば。アニーがシャインの幻想を壊すような言動を取れば怒り狂い殺してしまう。
まだ生きているというのは希望的な観測でしかない。アニーが生きていなくとも、捕まえなくてはいけない。
既にシリアルキラーからスプリーキラーへと変わってしまっている。スプリーキラーは止まらない。歩く爆弾のようなものだ。
アニーが死ねば、いや、死ななくとも逃れる為に思いつきで次から次へと人を殺すだろう。
時間との勝負だ。
「アテはあるんでしょう!? お願いしますッ! どうかアニーを助けてください……」
「分かっている。少し推理する必要がある。邪魔するな」
(アウルムッ! 俺分かったかも知れんぞッ!)
(聞かせてくれ、奴は既にワンドラン商会でやらかしてアニーを誘拐してどこかへ行った。被害者と犯行の動機が分かれば先回り出来るかも知れないッ!)
アウルムは今さっきウノから聞いた情報を先にシルバに伝える。これでシルバのプロファイルの精度が上がる。
(シャインは知性に対するコンプレックスを持ってるんじゃないかってのが最終的なプロファイルや。殺されたメグは計算が娼婦にしてはかなり早かったらしい。んで、アニーは司祭曰く、天才の部類で頭が良かったんやと。シャインが影響されてるホールデンって成績悪かったやろ? 自分とそこで重ねてるんじゃないか? )
(ああ、確かに勉強に身が入らないと何かにつけて言い訳する負け犬ってタイプだなホールデンは)
(頭の良い女を殺すことでそれを上回る存在って実感出来たんじゃないかって……兵士たちと話し合った。お前には分からんやろうが、女が賢かったらプライド傷つくやつ結構いるからな。ほら、自分より学歴上の女は好かんとか言う奴いるやろ?)
(自分より頭の悪い女と付き合いたいというのは割と普通の考えか? それは……俺には出てこない発想だな)
アウルムには乾いた笑いが出そうになった。シルバの話を聞いてもまるで理解が出来ないのだ。精神的に支配権が取りやすいということだろうかと予想をするまでだった。
(だが、まだ分からんな。奴はアニーを誘拐したがどうも物語と妹のフィービーとアニーを重ねあわているようだ。アニーを擬似的な妹としているなら、娼婦と寝たりするのは何故だ? 別に娼婦の年齢からはアニーの身代わりということもなさそうだが……娼婦に妹プレイでもさせてない限り辻褄が合わないだろ)
(……ッ! そうか、分かった! あいつは……アニーを助けようとしてるんや……大真面目にッ! )
(待て、良く分からん。シャインは何から助けたいと思ってるんだ?)
(娼婦ってのはあいつにとって汚れとか嘘の象徴や。ホールデンも病的な嘘つきやが、インチキとか嘘を嫌うってか、馬鹿にしてた。元からあったサディズム、殺人衝動、コンプレックス、嘘への嫌悪、その全てを同時に発散出来るのが娼婦。そして、アニーに抱いている幻想の確認作業ッ!)
(確認だと? つまり、アニーは汚れのない嘘のない女で、彼女は他の女とは違うと再認識する為の殺人だってのか? だが、アニーだけは違う何故思った?)
(ああ、その通り。で、お前は忘れてることがあるな。アニーは当時……つまり、約5年前の話やが、8歳か9歳そこら。まだ汚れを知らん歳と言える。丁度妹のフィービーと同じくらいでな)
(ッ! ホールデンは子供を守りたいと言っていたな……『ライ麦畑のつかまえ役』かッ……! しかし、これは偶然の一致か? アニーって名前だよ。作中、ホールデンの弟の名前がアリー、ホテルで買った娼婦の名前がサニー、待ち合わせをした女友達でスカスカ女って罵倒したのがサリーだ。全部アニーって名前に似てやがる)
アニーを助けたいというシルバの推理はアウルムの中でストンと腑に落ちる。
(まあ、当時はアニーじゃなくてアンナって名前なんやが、ニックネームならアンとかアニーやし、実際身分を新しくする時に元の名前を残したくてアニーにしたって司祭は言ってたな。でも、そういう偶然の一致がシャインの妄想に深みを出すスパイスになってる可能性はあるか。ディティールが意外に大事やったりするからな……)
妄想する人間にとって、自分に都合の良い共通点を見出すことはその脳内のファンタジーを強化することに繋がる。
シルバの言う通り、それは意外にも重要なことだ。無視するべきではない。
(話を戻すぞ。それで、奴はどこに行くと思う?)
(ホールデンは結局、妹のフィービーと家に帰ったろ。確証はないが、小屋に行こうって過去に告白して断られてるらしいな。ロマンチストなところからして、約束を果たしたシャインは当時のやり直しを演出するんじゃないかと思うな……小屋はマジで作ったんやと思う、それはシャインにとって唯一の真実でそれだけは嘘つかなさそうやな……)
(おい……『家』に帰るってことはそれじゃあ……)
(ああ、ここまで来れば意見は一致するはずや)
(あいつの目的地にして物語の終着点……)
「「プラティヌム商会ッ……!」」
「元々、奴がもう一度来るというリスクは承知していたが……来るか、このタイミングで……!」
イレウェナ商会があった場所。二人の出会った場所。シャインにとって物語が始まった場所。物語が終わる場所。
根無草の故郷を奪われた、殺人犯の勇者が安心出来る帰る場所は既にない。
だが、座標は分かる。そこにはプラティヌム商会がある。
だから、シャインはプラティヌム商会を見ていた。最初に遭遇した時に言った『見たことない店がいつの間にか立ってるなと思いながら今後のことを考えてただけなんだから』とアウルムに言ったのは本当だったのだ。
犯行の引き金となる、大きな原因として『喪失感』がある。
怪人シャイン・ドゥにして見れば、殺人衝動を抑えて地道に小屋を立てる為に生きてきた。やっとの思いで迷宮都市を久しぶりに訪れると商会は無く、アンナはいない。
計り知れない喪失感を抱いただろう。それが休眠していた化け物の目を覚ます原因になったのかも知れない。
まだイレウェナ商会があれば、シャインは彼女を誘拐するだけで、息を潜めて生きていき、その後は一生見つからなかったかも知れない。
アウルムとシルバの行動が現在のこの状況を呼んだ。もたらした変化によりルイス神官は殺された。
全てが関係している。全てが繋がっている。
今までの勇者とは少し違う。
怪人シャイン・ドゥの犯行に対してアウルムとシルバは影響を及ぼし、責任を負う義務がある。
──終わらせよう、この連鎖を。
二人はシャインのいるであろう場所へと向かった。アウルムとシルバにとっては帰るべき、家族のいる場所へと。




