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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
10章 スムース・クリミナル

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10-15話 スラムを仕切る者たち


 王都へ向かったアウルムと別行動をするシルバは今回の騒動で事態を悪化させるリスクを排除するべく動く。


 スラム街を仕切る二大勢力、オージーとペイジ婆を呼び出し、中立の地帯で話し合いの場を設けた。


「ウチらを呼んだのはアンタかい、旦那」


「なんでこんなクソ婆の顔を見なくちゃならねえんだ、ふざけんじゃねえぞ」


「ウチだって口の中にクソが詰まったみたいに息の臭い男と話すのはごめんなんだよ、それでも来たってことは金は受け取ったんだろ?」


「ふん、お前らがいなけりゃ俺たちは儲かってんだよ、邪魔ばっかりしやがって」


 濁った金髪、背の曲がった老獪な顔つきをするペイジ婆と、白髪混じりの緑髪で顔に大きな傷のあるオージーは顔を見合わせるなり、口喧嘩をし始める。


 スラム街近くの酒場を貸切り、外には互いの配下が合図一つで殺し合いが出来るよう待機させているが、彼らは酒場に入ることを許されていない。


「にしても、この中では安全を保証するって言ったのはこういうことか……」


 入り口に突進を仕掛けたり、ナイフの柄で殴りつけたり、なんとか酒場に入ろうとする配下たちだが、見えない壁に邪魔されるように一歩たりとも侵入は出来ない。


 それを見たオージーはマジックアイテムか? と、シルバに聞いた。


「……お前ら、黙れ」


「「ッ!?」」


 店の奥で椅子に座り、腕を組んでいたシルバが口を開いた。重く鋭い殺気のこもった声に、それ以上の発言を続ける勇気は二人には持てなかった。


 声だけで、喉を掴まれたかのような恐怖が襲った。


「座れ、そして俺が許可するまでどっちも勝手に喋るな」


 コクコクと顔を上下させ、オージーとペイジ婆はお互いの顔を見ながら着席する。


「……まず、娼婦のメグが殺された件、これは巷で噂の怪人シャイン・ドゥによる犯行であり、どちらの勢力の思惑とも関係がない。この認識は既に共有出来ているし、納得もしている。そうだな?」


「あ、ああ……」


「そう聞いてるよ」


「ここにお前たちを呼びつけたのは他でもない、邪魔をするなと釘を刺すためだ。邪魔すれば組織ごと破壊するし、当然お前たち上の者は殺す。事件解決まで、いかなる揉め事も許さん」


『殺す』、この言葉をシルバは強調し、明確に殺気を込めた。その瞬間、二人とも生唾を飲み叫び出したいのを必死で抑え込んで話を聞いた。


 ペイジ婆が手を振るわせながら挙手し、発言の許可を求める。シルバは考えてから喋れよ、と忠告をしつつも許可をする。


「メグはウチらが面倒見てた子だ。あの子は居合わせた間が悪くて、単に殺されただけ……なのかい? そりゃあ路上で立って仕事してたら殺される危険だってあるのは分かってるさ。そういう仕事なんだからね……ただ、殺された理由ってのは教えてもらえないかい」


「お前の言う通り、運と間が悪かった。簡単に言えばそれで終わる。特に理由らしい理由はない。犯人にとって殺す相手として都合が良かった。彼女個人が狙われた理由などない。犯人は娼婦が殺したかっただけだ」


「暴力的な客がいることには驚かないさ、ウチも長年娼婦の取りまとめやってるからね。血が滾って弱い女を力づくで好きにした結果、うっかりやっちまったなんてのは年に何回かある……でも、あれは……」


 ペイジ婆は感情を殺し、声を振るわせながらも冷静に喋る努力をしていた。


「あれは何なんだいッ!? あんな酷い死体見たことないよ! 何をどう考えたらあんなことが出来るんだい!? 運が悪いじゃ説明がつかないほど、あの子は変わり果てた姿になっちまってたじゃないか……!」


「婆……」


 ペイジ婆は涙を流して机を叩いた。彼女は見てしまったのだ。メグのバラバラにされた死体を。そして、肌感で今回の事件、暴力的な男が勢い余ってつい殺してしまったというありがちな話とは別物だと理解している。


 そこまで感情的になったペイジ婆を見たことがないのか、オージーは驚きを隠せていない。


「ああ、怪人シャイン・ドゥは完全に異常でこの上なく危険だ。我々国家治安調査官もずっと追っている罪人だ。絶対に捕まえて殺したい。だからこそ、素人が出鱈目に動き回って邪魔をされては困る」


「身内を殺されて大人しくしろってのかい? 冗談じゃないよ、メンツの問題って話じゃない、動かずにはいられないんだよ、邪魔なんかするはずがないさ! なあ! 手伝わせとくれよ!」


「……婆に肩入れするって訳じゃねえが、俺が仕切ってる宿でやられたって聞いてる。それにこっちにも世話してる女はいる。スラム街は俺たちの場所だ。余所者に好き勝手されるのは気に入らねえし、俺らがどんだけ下の奴らに動くなと言っても止まらねえってのは違いねえな」


「ふむ……」


「だから、邪魔するなって言うんじゃなくてどうしたら良いかを教えてくれねえか? 俺らだって役人さんを敵に回すほど馬鹿じゃねえよ。でも、はいそうですかと大人しく家で寝てられるほど賢くもねえんだわ」


 シルバは黙って二人の言い分に耳を貸していた。どこかで感情を爆発させ、思っていることを吐き出させるフェーズが必要と理解していたからだ。


「邪魔するなとは言ったが、何もするなとは言っていない。ただし、条件はあるがな」


 これが狙い。ここまでは想定通りの動きだった。


 この街の治安問題、それはスラム街と密接に関係しており、改善をしたいと以前から考えていた。


 彼らを利用する絶好の機会なのだ。みすみす逃す手はない。


「スラムの人間の目と耳、これは侮れない力がある。人も多く、ずる賢く生きる知恵もある。犯人を追い詰めるのに、必ず役に立つだろう。勿論、その連中を指揮するのはお前たちで構わない」


「それじゃあ……」


「だが、そのお前たちを指揮するのは俺だ。俺がお前たちを支配する。手の内を見せる必要があるからな、完全に配下になると約束が出来なければ、何もさせられない」


「国の犬に……いや、犬の手下になれってことかよ」


「違う、国ではなく俺だ。俺とその相棒にだ。国は関係がない。極端な話、国の命令と俺の命令が違えば、国の言うことは無視して、俺の言うことを聞く関係だ。だが、その関係に見合うものを用意してやる」


 オージーとペイジ婆は驚くよりも、疑った。


 話があまりにも突飛で、飛躍していると。


 今回の件、邪魔されたくないのであれば、また何かさせたいのであれば、既にここに呼ぶ為に渡した金で十分過ぎるほどの金額を積んでいる。


 相場の10倍以上渡された。汚れ仕事をやらせる貴族よりも羽振りが良く、不気味ですらあった。


 貴族が金を無理やり渡す、命令する。これですら、スラム街は拒絶出来ないほどに立場が弱い。


 命令してしまえば、良い。シルバにはその実力があると殺気をもって説得力を持たせたにも関わらず、命令ではなく交渉しようとしている。


 このギャップが堪らなく不気味だった。


「見合うものって……?」


 オージーは意を決して、質問した。黙って頷くべき場面だが、それでも聞いてみたかった。


「逆に聞きたい。スラム街が抱える問題とは何か、何をどうすれば、お前たちの生活にとって利となるのか。それはここにいるお前たちが誰よりも理解しているはず」


「仕事だよ」


 ペイジ婆は間髪入れず即答した。オージーもその言葉を咀嚼したが、やはりそれに尽きるかと同意する。


「ウチらにはビーストほど力がない。親がいなくても一部のビーストは生まれ持った身体の力で冒険者をやっていけるさ。ヒューマンじゃ、どれだけ才能があってもスラムから這い上がれる道は犯罪の世界の中でだけ。危なくて汚い世界さ。普通に働いて飯が食えて寝れる場所が用意出来るだけの仕事がないのさ」


「だな、結局は仕事もねえし、やることもねえから、くだらねえ犯罪に手を染めがちだ。慣れねえことをして足がついて捕まるか殺されるか、それが普通だ」


(アウルムの言った通りか……まあ、これはうちで世話してるビーストも同じようなところがあるから、そこまで意外でもないな)


「仕事ならいくらでもある。犯罪行為とは無縁のものがな。問題はこちらの言う通りにしっかり働くかというところだ」


 最近のプラティヌム商会は人が増えてきたが、ビーストだけでは難しい仕事というものもいくらかある。


 また、街全体を動かすという視点からもスラム街の人間にやってもらいたいことは多い。無理に作らずとも仕事はあるのだ。そしてそれらは全てプラティヌム商会の利益に繋がる。


「いきなり守れって言われても無理だな。金にならねえと思ったら働かねえよスラムの人間は。なんとかズルして一人だけでも楽して儲けようって考えが染み付いてる。俺もだがな。あんたの要求通りにはいかねえよ」


「ウチらも逆らってるんじゃないよ? ただ、現実はそこの男が言ってる通りさ。やる気にさせるだけの衝撃がないと長続きはしないだろうね」


「良いだろう。時間はくれてやる。こちらの思い通りに最初から動けるとは思っていない。まずはテストだ。お前たちの統率力と下の者の働きぶりを見させてもらう」


 出来ないことを出来ると言わない。それだけでも十分だった。ここで妙な欲を出して嘘をつくことも考えられたが、二人は意外にもシルバに対して素直な態度を取った。


 シルバは満足そうに頷き、ポケットからあるものを取り出して机の上においた。


「鍵?」


「街の外れに貸し倉庫がある。これはその鍵だ。倉庫にはスラム街の人間が半月食えるだけの小麦や食料が入っている」


「分からないね……これをどうしろって言うのさ?」


「お前らで運び、等分しろ。全員に同じ数だけ行き渡らせろ。着服や横流し、独占、全て無しだ。全員に平等に渡せ。それをもって、お前たちの実力を計る」


 たったそれだけ? 仰々しく鍵を出した割にはあまりにも簡単な内容だったことにオージーとペイジ婆は首を傾げる。


 しかし、少し考えてみれば、それは言うほど簡単なことではないと気がついた。


 目の前の調査官は言ったのだ、平等に渡せと。


 それは簡単なことのようでとてつもなく、難しい要求だった。言葉通り試されているのだ。


 スラム街の全員に半月必要な食事ともなると膨大な量となる。それを少しくらい懐にいれてもバレないと考える者がいったいどれだけいるか。


 量を把握して、人数から一人当たりの必要な割り当てを決める、それを運ぶ人員を確保し、半月持たせる。


 どこかが狂えば、その狂いはすぐに全体に波及する。


 この話を調査官はスラムの人間に話すだろう。ここにいるオージーとペイジ婆だけの知る話にはさせないはず。足りなければ絶対に気がつく。


 半月という期間も絶妙。


 オージーとペイジ婆はお互いの顔を見て、更に気がつく。


 お互いを監視するはめになる。着服を見逃さないよう、目を光らせざるを得ない。


 相手がズルをすれば損をするのは自分の方。強制的に協力させられる。また、この話を蹴るという選択肢もあり得ない。


 メンツよりも腹が膨れる方が大事だと考える者の方が多い。下手すれば、配下に殺される。


「あ、あんた……なんて悪魔的な発想しやがるんだ……」


「オージー、分かってるね? この話を聞いちまった以上、抜け駆けは無しだよ。もうウチらのやるべきことはこの人に従うだけなのさ。もし、食料がハッタリじゃなかったら、どれだけお互いが憎くても手を取り合うしかないよ」


「変わる時が来たか……そう上手くは行かねえだろうが、俺たちがやるしかねえか……頭のおかしな人殺しが街にやってきて1日でこうなるとは誰も思いつかねえよな」


 シルバの提案を断るという選択肢はない。だが、引き受ければ責任が発生する。下手をしたら自分が死ぬ。


 やるしかない。オージーは頭を抱えながらも了承した。


 ペイジ婆も面白くはないが、早速今後の動きについて考えているようで、ぶつぶつと何か思案を巡らせながら唱えている。


「犯人の特徴は兵士が知っている。何か怪しい動きをする奴がいたら連絡しろ。ただし、接触はするな簡単に殺されるぞスラム街の者が見ているという雰囲気を作るだけで敵は困るからな」


 その他、細かい注意すべきことを伝えてシルバはその場を立ち去った。


「なあ、ペイジ婆……調査官ってそんな金持ちなのか?」


「さあね、貧乏じゃないのは確かだろうけど、背後にはとんでもないのがついてるのは間違いないさ。今回の事件、それだけ本気ってことだろうよ」


「今回だけじゃねえよ、俺らを支配下に置くことも計算してやがんだろ? 一体何者に目をつけられたのやら……しかしまあ、一時休戦だ。仲良くするのは無理だが、互いの足を引っ張らねえくらいには努力しねえとな……お互いの首が危ねえぜ」


 オージーは首をスパッと切るジェスチャーをした。


「死ぬのはあんただけで良いよ」


 ペイジ婆はそんなオージーが早く死ぬことを願いながら光の女神に祈り、唾を吐いた。


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