2-1話 国家治安調査官
今日から2章です、よろしくお願いします!
ミストロールを討伐し、キラドにてフレイと別れたアウルムとシルバはその後、更に3ヶ月冒険者としてコツコツと活動していた。
「ようやくAランク冒険者か、普通に考えれば早い方なのだろうが、長かったな」
「ホンマに大変やったわ。でも、勇者とかもっと早かったんやろ?」
「まあ国にあらゆる便宜を図ってもらい、人員も豊富で目立つことがデメリットのない集団だからな」
4ヶ月とちょっとで、Aランク冒険者となるのは異例──ではなく、前例があるのだが、それでも早かった。
今では冒険者の中でもそれなりに知られた二人となっている。
その外見から金銀コンビと前世と似たような名前をつけられている。名前が分からずとも、二人組の金の方、銀の方といえば冒険者に大抵通じるほどに二人の存在は浸透している。
「ホンマにこれで目立たんのか?」
Aランクともなれば、キラドほど大きな街でも100人はいないくらいに優れた冒険者となる。
よっぽどの難度の依頼でなければ失敗しないという信頼がある称号だ。
しかもたった二人組でここまで来たのだからシルバの心配も的外れではない。
「注目はされている。と言ってもこの街では、という程度だ。急成長したならまだしも、俺たちは元々強かったという認識を植え付けているからそこまでではないな」
アウルムの巧みな情報操作によって、悪目立ちするほど目立つず、余計なトラブルに巻き込まれない程度には舐められない尊敬されるポジションを取ることに成功した。
「金も結構貯まったし、そろそろ迷宮都市行きか。まあ道中で勇者と戦ったりする可能性もあるから、そこまでスムーズにことが進むとは思ってないけど……確か所持金は金貨200枚くらいか?」
「そうだな、当面の資金としては十分稼げた。働かずに旅を続けられるだろう。Aランクまで来たら依頼を受けない期間も1年は余裕がある」
ランクごとに依頼を受けなければいけないインターバルに違いがある。Aランクまで行ったのはそこも考慮にいれてあるからだ。
そして、金貨200枚。2000万ルミネが貯まっており、商人として活動する資本としても問題ない額だ。
「じゃあ後は馬車の用意して、ダミー用の運ぶ荷物の購入すれば出発か、3日後くらいで見とくか?」
シルバは指折りながら、出発までの計算をする。
「いや、最後に仕上げの依頼を受けてからだな」
「んー? なんか美味い仕事あったっけ?」
「こいつだ」
アウルムはアイテムボックスから1枚の紙を取り出して、シルバに見せる。
「おい……これは依頼じゃないやろ?」
「いや依頼だよ、冒険者ギルドを介してではないだけだ」
「いやいやいや、これはヤバいって」
アウルムの出した紙は依頼書──ではなく、手配書。
領主の娘を殺した犯人を生かしたまま領主の前に連れてくること。
報酬は金貨1000枚。日本円にして約1億円。あらゆる方面に依頼調査隊を出している領主の出費はそれどころではないだろう。
だが、この規模の街の領主であり、国の警備に関する機関の副大臣でもある人間の娘を殺した犯人を捕まえられるのであれば、領主からすれば破格の値段とも言える。
「これはマズイって目立ち過ぎるって」
アウルムの突飛な行動に振り回されるのはシルバの常だが、今回ばかりは笑えない。
なんとか説得を試みるが、アウルムの意思は硬い。
「金ならじっくり稼ごうや貴族と関わるにしても大物過ぎるやろ」
「この街にいる間に大物貴族とコネクションを作るのにこれ以上の機会がないからな。絶対にやる。それに金よりも欲しいものがある」
「地位か? 名誉か? やめとこうや、そんなん俺たちらしくないって」
「馬鹿な、そんなもんが欲しいんじゃない。俺が欲しいのは『捜査権』だ」
「はぁ?」
「FBIってどういう組織か知ってるか?」
「なんや唐突に……アメリカの警察の偉いバージョンやろ?」
「別にFBIだから警察より偉いって訳じゃない。簡単に説明すると、州をまたいだ犯罪が起こった場合捜査するのはどこになると思う?」
「それがFBIか」
「そう、FBIつまり連邦捜査局は管轄の違う場所で起こった犯罪者を追うのが仕事の一つだ。それの国バージョンならインターポールとかがあるな。
ともかく、この国では領地ごとに法執行機関も捜査機関もバラバラ、勇者を追うにしても何か事件があった時に現場で捜査する権限が余所者のA級冒険者にはない。
それが可能なのは地元の衛兵や貴族、後は国家治安調査官のみだ。
だが、キラド領主にして、国家治安警備局の副大臣トーマス・キラドに恩を売ることが出来れば……」
「国家治安捜査官……FBIバッジさえあればどこでも首突っ込める印籠が手に入るってことか」
「正解。これは今後活動するにおいて絶対に必要なものだ。そして、それを手にするチャンスがあるのだから利用しない手はない」
アウルムは手配書を机に置き、トンと指先で叩く。
「でもさ〜? これ俺たちがこの街に来た時には貼ってあったよな?」
シルバが手配書に反応した理由はそれだった。この街の至る所に貼られた手配書はもはや風景の一部となり、特に意識して見ることもなくスルーして日常を送っていた。他の住民だってそうだ。
しかし、アウルムはずっとこの手配書に目をつけていた。
カモだ、カモがいると言わんばかりに初日に貼られていたものを引っぺがしていたのだ。
「結構時間経ってるみたいやし、今更調べたところでとっくに逃げてるか死んでるかやろ?
理屈は分かるけど、現実的とは思えんなあ? 手がかりあるんか?」
「フッ、今回ばかりはお前の好色が役に立ったと言わざるを得ないな。手がかりはお前が持ち込んだものだというのに、気がついていないんだから笑える」
アウルムは面白そうにシルバの疑問符の浮かんだ顔を見つめる。
「ボルガ、覚えてるだろ? 犯人の逃走の手引きしたのはあいつだ」
「な〜〜〜るほどっ! そう繋がってくんのか」
シルバは指をパチンと鳴らす。
「それで、そいつは今隣街の貴族のところで匿われてるところまで調査済み。どうやら政治的な駆け引きで暗殺されたみたいだな。領主も犯人の顔は分かっているらしく、問題は今どこで何をしているのかが分からず、決定的な証拠がない限り怪しい貴族の家を突くことも出来ないみたいだ」
「副大臣でも証拠なしに貴族の家ガサ入れは無理か」
「平民相手なら出来ただろうが、いくら娘を殺されてるとは言え、それで証拠が出なかったらトーマス・キラドは終わるからな」
貴族社会において、信用は非常に重要でそれを貶めた挙句何の成果も無かったでは済まない。
それ故に領主は迂闊な行動に出れず、手配書を街中に貼り証拠が転がり込んでこないかと待っている状態だ。
「証拠はあるんかいな?」
「証拠ねえ……この国の貴族が何を証拠と判断するか分かるか?」
「さあ……凶器についた指紋が一致……とかではないやろうけど話ぶりからして」
魔法のあるこの世界で科学捜査するとは考えにくいシルバは視線を斜め上に向けて考える。
「その通り。供述の信用度がものをいう世界だ。誰が何を言うか、それが重要だ。後は真偽官ってのがスキルとマジックアイテムで発言の真偽を確認する。法廷に召喚されたらどんな弁護をしようと、無意味だ。
だから、まずは捕まらないことが最優先。法廷には訴える人間と訴えられる人間が揃ってないと意味がないからな」
「人間嘘発見器みたいなもんがあるのね。だから、領主は犯人を法廷に引きずり出したくて血眼で探してるんか」
「実際は法廷に引きずり出さんかもな、確信があればその場で秘密裏に処理したってバレないだろう。だが、生かして連れてこいってことは直接裁きたいんだろうな。裏のルートからも首だけ持ってこいって依頼はないみたいだし」
そこは俺たちの預かり知るところではないとアウルムは言う。
「ほんで、お前がそいつの場所分かってると。分かってたとして、そいつを貴族の屋敷かどっかで拉致るのって問題やろ? 」
「当たり前だ。貴族の屋敷に侵入なんてするはずがないだろ。外で拉致するんだよ」
「それでも拉致自体犯罪じゃないのか? この国の法はあんまり分からんけど俺が追われる側になるのは勘弁して欲しいわ」
シルバはゴロリとベッドに倒れ込む。
「おい、俺の『虚空の城』の存在忘れてないか? あそこにぶち込めば良いんだよ。拉致? どこにその人は居るんですか? って顔すりゃいい」
「その手があったか、空間に隔離するなんて発想ないもんな、安心……いや、待てよそれはおかしい。見つからんでも、犯罪行為には変わらんやろ。万が一にでも容疑かけられて真偽官に尋問されたら詰むやんけ」
シルバは起き上がりアウルムの作戦の穴を突く。
「はあ……だから『虚空の城』なんだよ。隣町で拉致して空間内移動でこの街に戻れば逮捕出来ない。さっき言ったが、領地内で司法が独立してる穴をつくのさ。ステータスの犯罪だって、犯罪者相手の犯罪は反映されないからな、それもボルガで確認済みだ」
ステータスというこの世界のシステムとこの国の人間が管理する法的にも問題はない。
もちろん、見つからないようには注意するがお前の『不可侵の領域』を先に張って待ち伏せしておけばそこで起こることは外からは見えない。俺たちは実質煙のように消える透明人間みたいなもんだ」
『不可侵の領域』で内側の光を出さないようにすれば透明になる。そして『虚空の城』で移動すれば現行犯逮捕も難しい。
アウルムの中では確保までのプランは既に完成されていた。
「心配して損したわ。そうやんな、お前がそんなザルなプラン立てへんよな。それにしてもステータスに犯罪者ってつくのかなりのバッドステータスやな。人権無くなるやん」
シルバは感心と共に芝居がかった拍手をする。
「その辺りは一体どういう仕組みで犯罪者と断定されてるのかは分からんがな。ただ、心配な点があるとすれば、そいつがめちゃくちゃ強かった、または強いやつに常に守られてる場合と、屋敷から一切出ない場合だな」
「おいおい、そこは出たとこ勝負かいな」
「出たとこ勝負というか、しばらく張り込みする必要はあるな。今は情報が足りないから判断を保留してるだけだ」
「え〜じゃあいつ終わるか分からんってこと? 行ってサッと終わらせられんかもってことか?」
「そうなる」
「マジかよ結構ダルい系の仕事やんけ」
捜索や張り込みが必要な仕事は拘束時間が長い割に成果が期待出来ない場合も多いので冒険者の中では比較的敬遠されがちな内容だ。
すっかり冒険者の仕事に慣れたシルバも張り込みと聞いて嫌な顔をするくらいには冒険者が板についている。
一方アウルムは、普段からそういうことをしているので拒否感はない。
「キアノドの街は依頼で一度行ってるから転移出来るし、移動時間減らせるだけでもありがたいだろ。終わるまでは旅に出られないぞ」
キラドの隣にある中規模の街、キアノドに領主の探している男は保護されている。
『虚空の城』の空間が作られたポイントは空間内で移動が出来るので擬似的なワープが可能となる。
一度行ったことのある場所であれば、すぐに向かえるという便利な機能があるだけマシだとアウルムは言うが、シルバはベッドの上で転がりながら文句を垂れていた。