10-11話 ザロ・カンベル
「何ッ!? クッ……もう一人いたか!」
ザロは無傷で転がり落ちた地面から立ち上がる。
その視線の先はカドゥケウスを構えたアウルムだった。
「「待てッ!」」
シルバとジーンと声が重なる。お互いの相棒を止める為だ。
アウルムはシルバに近付き、ジーンはザロに近づく。
「バッドタイミングと言うか、ベストタイミングと言うか……よくここが分かったな」
「お前に蜂をつけてたから大体位置は分かる……しかし、やはりこうなっていたか」
「ゲッ、刺されたらどうするつもりや」
「俺の支配下にあるイブ・ワース……ハチスカの能力由来の蜂だ。お前の服の裏にくっついて大人しくしているだけだから心配は要らない」
「それはそうと……ややこしいことになってきたな。ジーン・カンベル、思ってたよりは話せる奴って印象やが謎が多い。俺としてはもう少し話を聞きたいんやが……」
「来るぞッ!」
殺意剥き出しのザロをどうにかしなくてはならない。魔法をこちらに向けて放つ気配がする。
「おい! ザロやめろ!」
「兄貴は黙ってろ! 見られた! 殺すしかないッ!」
巨大な火の玉がアウルム目掛けて向かってくる。ジーンの制止も聞かず、攻撃を開始した。
「そっちがやる気なら加減は出来んぞ。シルバ気をつけろ、実力が分からんからな」
アウルムは水の壁を作り攻撃を阻止した。だが、発動から発射までの速さ、火力、速度、どれをとっても並の人間ではないことは明らかだった。
加えて、剣を持っている。近接の戦闘も出来るだろうが、鑑定を何らかの方法で妨害されており、詳細な実力は不明。
アウルムが鑑定出来ないという時点で、警戒は最大限に上がる。鑑定出来ないとは、ミアやラーダンのように並外れた実力を持っているか、力を知られることを嫌う何かがあるということ。
「ふん、まあ速いが俺の方が速い……ッ!?」
(アウルムが外したッ!? 百発百中やろッ!?)
アウルムの得意な攻撃。土の塊を弾丸状に生成。普通の魔法は力の向きを一方向にしか、かけられないが、ヴァンダルより得た『照準』により回転を加えた上で発射することが出来る。
ライフリングと同じ原理であり、ジャイロ効果により安定した速度と威力を実現する。
──その弾丸が外れた。
アウルムが緊張のあまり魔力の制御を誤ったのではない。絶対に当たる軌道を狙っていた。
「外したんじゃないぞ、今、あいつは何らかの方法で俺の弾丸を『逸らした』……ッ!」
「兄貴の方は聖霊獣とかいう見えん物体を使役してる。これ、見ろ……足を齧られたんやが、血は流れてないし、今は痛みもない。俺の足の肉って存在ごと消されたんや。弟もなんか変な力持ってるぞ絶対。取り敢えず俺の領域の中に入れッ!」
シルバは若干動揺を見せるアウルムの首根っこを掴み、安全地帯へ引き込む。
「僕に触れようとしたのか……? 分からないのか? 僕が血でも流したら……土でもついたら……服が汚れるじゃないか。いいか! よく聞けッ! そこのお前ッ! 僕が汚れるのが大嫌いなんだよッ! 死で贖えッ!」
「よせッ! 無駄だ、あいつは結界みたいなのを使うから攻撃は通らない。あっちもお前に攻撃は当てられないッ! あそこに引きこもってる限り、俺たちはお互いに安全なんだよ! 命かけてまで戦うメリットがねえ!」
「僕らを見られたんだぞ!? 背中を気にして逃亡生活にはいい加減うんざりなんだよ!」
「だから俺の話を聞けって! こいつら修道兵じゃない、調査官だ! そして、デカい方は俺たちがあいつらの邪魔をしなきゃ捕まえるつもりはないって言ってんだよ! 俺たちの事情を説明してる途中だったんだ!」
ジーンはザロを羽交い締めにして、なんとか落ち着かせようと言い聞かせる。
(ハッ! よく言うわッ! 俺らがヘマしたら介入するつもり満々やったやろうが!)
ザロを説得させる為とはいえ、調子のいいことを言いやがってとシルバは反吐を吐く。
「誰が逃すかよ。俺に容赦なく普通なら致死レベルの魔法ぶっ放しやがった上に弾丸を外された……ゴミ箱にゴミをシュートして外してしまった時みたいに決まるまで何回でもぶち込んでやりたい気分だぜ」
「おいおい、お前も落ち着け」
だが、落ち着いて話をしたいのはこちらも同じ。奇妙なことに先ほどまで争っていたシルバとジーンの思惑は一致し、
皮肉にもその相棒が互いに敵意剥き出しとなっている。
そして、ザロはジーンの拘束を振り解いた。
しかし、それはアウルムとシルバのようには力でどうにかしたのではなく、ジーンの腕から滑り抜けたかのような異様な動きに見える。
「力の向きを変える能力か……? ならこれはどうだッ!」
アウルムはカドゥケウスで地面を突く。ザロの足元にクレーターが生まれた。それは氷で出来ている。深さは3m。
ジーンとザロの姿は頭が僅かに見える程度に深い。
「お、おい……! あんなもんすぐに突破されるやろうが!」
この世界の人間の身体能力を忘れたのかとシルバは心配する。
「別に突破されても良い。あっちの実力を丸裸にしたいだけだ……だがそう簡単に行くかな?」
アウルムはニヤリと笑う。そして思惑通り、ザロの怒りの籠った声こそすれど、その身体はクレーターから出てこない。
垂直の穴ではなく、滑らかな斜面である氷のクレーターは直前的に走れば脱出できるようなものではない。
足が速くても無理だ。伝わる力が強ければ強いほど、滑る勢いも増す。
「あ……? 何で出てこれへんのや?」
「あれから出るにはコツがいるんだよ。真っ直ぐじゃなくてぐるぐる回りながらゆっくり上がって行くんだが、それが無理な角度、深さにしてやった。どうやら、自分の足に伝わる摩擦なんかを操作は出来ないようだな。となると、次に取る行動は恐らく……」
「ジャンプか!?」
垂直に3m。レベルが高い者なら無理な高さではない。そこいらの冒険者ですらオリンピック級のアスリートの運動能力を凌駕する世界だ。
「別にそれでも良いがそれは無いだろうな。俺は遠距離の魔法使いと分かっている。撃ち落とされるだろ」
「でもその撃ち落とす攻撃を回避出来る能力じゃないのか!?」
「分かってる。だが、ザロも魔法で俺を狙ってきた。つまり魔法使いが普通、次に取る行動を予測すると範囲攻撃だ」
「確かに」
「そして、そこまで来れば出た瞬間にレジストの準備に入り、そこで気がつく。身体能力に頼らず、このクレーター自体を魔法攻撃と捉えて、レジストしてしまえば良い……つまり、地形を変えている。脱出出来ないフリをしてな」
いつの間にかアウルムは赤い液体の入ったガラス瓶を手に持っていた。それはアウルムの血液。
半分の量を弾丸状に変形。
その時、ザロがクレーターを階段状に変化させ、足場を確保。アウルムとは反対側に背中を向けて駆け上がる。
「敵に向かって背中を向けるってよほど回避に自信があるんやろうな……」
「それが命取りだ」
ガラス瓶に入っていた半分を弾丸として飛ばし、半分を頭上に雨のように降らせる。
「無駄だ。僕には効かないッ!」
正面、頭上から襲いかかるアウルムの血液。しかし、ザロを中心としてドームのように遮断された。
「だが、お前の能力の有効射程は見えたな?」
ザロの得意気だった表情はアウルムの一言によって崩れ去る。
(これが狙いか……! ユニーク・スキルに頼らず理詰め。魔法の使い方、心理誘導が抜群に上手い……!)
不意打ちとは言え、ジーンに対してユニーク・スキルを2つ使用してしまったシルバは思わず舌を巻く。
しかし、それが可能だったのはシルバの作成した安全地帯があるからこそだとアウルムは自覚している。
「フー……なかなかやるな。初見で僕の能力を見破るとは。ただの調査官じゃ……な……?」
ザロは深呼吸をして、更に戦闘を続けようとしたが途中で意識を失う。ジーンも同じようにして倒れた。
「分泌物操作……血液で有効範囲を可視化しつつ、揮発させてそれを吸わせることによる麻酔効果か……ええコンボや」
「こいつらに構ってる暇はない。拘束して後で話を聞く」
「あっ、そう言えば皆は大丈夫やったんか!?」
アウルムが地面を変形させながら雑に『虚空の城』に気絶した兄弟をぶち込むのを眺めていたシルバはハッとする。
そう、アウルムの言う通り本来兄弟に構っている場合では無い。無関係ということがジーンの供述から分かったことで容疑者から完全に外すことは出来た。
だが、介入を阻止しただけであり、問題の先延ばしでしかない。
それでも、この非常時に掻き乱されないよう拘束出来たのは大きい。後に味方となる可能性のある二人と決定的な敵対にまでは至ってない。二人が目を覚ましせば多少落ち着いてジーンがザロを説得するだろう。
「結果から言うと、ひとまずは無事だが一件落着ということにはなってない。むしろ、シャイン・ドゥの能力についてある仮説が浮かんだのだが……」
「やけに歯切れが悪いな? 分かれば対策を立てやすい、そうやろ?」
「姿形を自在に変える能力、だとしたら?」
「……最悪やな。それ、実質捕まえるってか発見するの現行犯じゃないと無理じゃ無いか?」
「ああ……だから、行動を読み切って先回りするしかないんだよな」
「姿形は変わっても行動はそう変わらん……か。プロファイリングの精度がものを言うな……って! あーッ!」
これは難しい仕事になるぞと気を引き締めたシルバはいきなり大きな声を出した。
「なんだ、うるさいな」
「俺の足ッ! 治ってないやん!? どうすんのこれッ!?」
「あ……」
「あ、じゃないって! あ、じゃッ! ふくらはぎ削られてるから足に力入らんし、歩きにくいんやが」
シルバの足は聖霊獣に食われたまま。ジーンが気絶しても治ってはいない。術者の意識とは関係なく効果は持続するようだ。
アウルムは兄弟を確保することが最優先で、シルバの傷が治るかどうかは考慮に入れておらず、指摘されて思い出し、気まずそうにしていた。
「どうすんの、これ……? なあ? おい、どうすんねん?」
「……俺が悪いみたいに言うなよ。お前が油断してやられたんだろ?」
「はぁ!? いや、油断してやられたのはそうやから否定せんわ! でもジーンとは話まとまりそうやったんや。お前とザロが介入してバチバチにバトルせんかったらお互いの情報吸い出して、解除してもらえる流れやったんや。それお前がぶった斬ったからやろうが!?」
シルバは他人事のように言うアウルムにイラついた。素知らぬ顔をするアウルムを指差し、顔をツンと押す。
「どうせ2時間くらいで意識は戻るだろうから、その時にでも解除してもらえ。それまでは詰所で座ってろ」
「ったく……頼むわホンマに。まあ、時間も時間やし、そろそろ聞き込みの情報も集まって報告聞かんとあかんから一旦戻るか」
足を引きずり、頭を上下させながらシルバは仕方なく歩き出す。アウルムはせめてもの償いとして肩を貸して、痛くないのか? と一度だけ確かめてから『虚空の城』の扉を開いた。
***
約1時間半後──カンベル兄弟は目を覚ました。
「ッ!? どこだここは!?」
身体が痺れるような鈍い感覚でありながら、どこか気持ちの良い酔った時に似た体調の異変を感じながらも意識を取り戻すとジーンは冷や汗をかく。
気分は悪くないが、今自分の身が置かれる状況が良くないことは確か。俗に言うハイな状態だが、それでも夢見心地で二度寝するほど平和ボケはしていない。
「ザロッ! ザロッ! いるのか!? 起きろッ!」
そこは真っ暗な闇の中。目を布で覆われているのかとも思ったが、そうではなかった。
ジーンの背中に気配があり、それは弟のザロだとすぐに分かった。
「兄貴か……ここは? 何があった?」
鼻から大きく息を吸いザロが目を覚ます。現在は落ち着いており、暴れたりはせず、まずは状況の把握に努めた。
「毒か何かで眠らされたんだ。ここがどこかは分からねえ。何せ真っ暗だからな」
「灯りは……使えそうにないね、首に魔封じがつけられてる」
魔力を巡らして光源の確保を試みたが、そもそも魔力が上手く巡らず、首の違和感からして魔封じだろうと推測する。
自分たちを本気で拘束するなら縄や金属の枷は無意味だということはあの男たちでも流石に分かるか、とため息を漏らした。
「だが、手枷をはめるとか行動を制限してないのは腑に落ちねえな」
「逃げられないって自信があるんじゃないか」
「お前が余計なことをしなかったらそもそも、捕まることもなかったんだがな……勝手に突っ走りやがって」
「僕は兄貴を助けようとしただけだ。だってあの状況で放置は無理だろ? 兄貴が攻撃的な姿勢をとっているにも関わらず相手はまだ死んでいなかった。それだけで、どれほどに異常な事態なのかはすぐに分かる」
ザロに多少の怒りを感じていたが、あの状況から察しろというのも無理がある。それに普段ならあの状況で介入しなければむしろジーンは怒っていた。
であれば、これ以上弟を責めるのは道理に合わないかと文句を言うのはやめた。
「ああ……あのデカい方も細い方も異常だ。調査官と言ってたし、それを裏付ける証拠もあった。だが、調査官にしては強過ぎた。俺が完全に不意打ちしたってのに圧倒的な有利に持ち込めなかったのは初めてだ」
「……もしかして勇者なのか?」
兄弟は今まで二度、勇者と戦ったことがある。
一度目は教会から金で雇われた刺客として。無論、安全を脅かす者は誰であろうと容赦はしない。その時は5人の勇者を殺した。
二度目は勧誘された時だ。ある男が突然現れ、長年の勘から絶対に信用してはいけないと頭では分かっているのに強烈な魅力で話に乗りかけてきた。身の安全を保証するという甘い誘惑もあった。
暴力は一切伴わない接触だったが、思い返せばあの時ほど兄弟の意思が揺らいだことはなく、それ故に恐ろしいと思った。
自分たちの年齢の半分程度しか生きていないガキにそこまで強烈に惹きつけられるとは信じられなかったのだ。
今回もジーンはシルバに対して少しだけ勇者特有の雰囲気、決して似ているとは言えないが、違和感のようなものを覚えたからこそのカマをかけた質問をしたのだ。違うという確信が欲しかった。
「いや、それは多分違う。カマかけてみたが引っ掛からなかったし、仕事の実績からしても調査官なのはマジだろうな。俺の勘だがあいつらは勇者じゃねえ……が……」
「勇者じゃないが……? 何なんだ?」
「それに匹敵するナニカなのは間違いないだろう。戦闘能力、知識、経験……総合的な実力は神兵の隊長クラス、いや、謎が多いから過小評価は危険だな。俺らと同等かそれ以上の奴らだ」
「ッ! 馬鹿な! 兄貴の見立てが正しかったとしてそんな実力を持つ者が調査官なんてしてるのはおかしいじゃないか!」
ザロの反論を聞いてジーンは少し笑ってしまう。何がおかしいんだと眉間に皺を寄せるザロの顔が想像できた。
「ザロ、俺たちだって傍から見たら一財産築ける力があるのに教会の汚れ役やってたおかしい奴らってことになるんだぜ?」
「なるほど……つまり、何かしらの事情があるってことか。国への絶対的な忠誠心?」
地面を触ったり、匂いを嗅ぎながらここがどこか探っているザロは動きを止めて聞く。
教会の中でも異質。世間から見ても異質。その程度の客観視は出来る。ジーンにそう言われれば、確かにそうだと思える。
「さあ……その辺りを詳しく聞きたいから戦闘は中止していたんだからな」
「悪かったって。ここに閉じ込めてるってことはあっちも話すつもりがあるってことだろ。次は大人しくしてるさ」
ザロはやや不貞腐れながら約束する。
「にしてもここはマジでどこだ? 匂いや手触りから、小屋みたいな場所とは思うが出口がねえ。5m四方ってところか?」
「この床の手触り、材木は恐らく王国東部で主に使われる、『ボアパイン』だ。壁は……西部の『ヴィスラツリー』……変わった部屋だ。普通素材は地方によって偏りが出るんだけどな」
「素材から業者を特定されないような偽装か? 普通そこまでするか? どんだけイカれた連中なんだよ」
奇妙な空間にいることだけは分かったが、闇の中。現実には存在しないアウルムによって隔離された場所だとは兄弟には想像もできなかった。




