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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
10章 スムース・クリミナル

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10-6話 オリジナリティ


 アウルムは死体から胃を取り出した。胃の内容物を調べる為だ。


「何故そのようなことを……?」


 ロベルト兵士長には、その理由が分からず奇怪な行動に思えたのだ。


「食べたものから分かることもある。見ろ……と言っても見たくないか……声に出してやろう。黒パン、野菜いくつか入ったスープ、豚の腸詰め、酒、テールラットのジャーキー……どれも平民が食べる食事だな。量はそれなりに多いが、消化の具合から言って昨日の夕食だろう。この辺りでそんな料理を出す店はいくつある?」


「ありふれたメニューなので、特定は難しいかと……何かその店にしかないものがあれば良いのですが……」


 なるほど、そういう捜査方法もあるのかと、ロベルト兵士長は調査官のやり方を徐々に理解し始めた。


 自ら、店を特定する方法まで考えつくことが出来るのはその職歴の長さからだろう。


「これはどうだ? ニシンの塩漬け。この辺りは海が近くないから平民向けの安い酒屋では魚料理は珍しい。塩漬けと言っても出す店は限られているはずだ」


「ああ、それでしたらザッと思いつくのは3件ですかね。部下に調べさせます。メグという娼婦が一緒にいた男を見たか聞けば良いのですね?」


「その通りだ頼む」


 アウルムは兵士長に頷き、聞き込みをする上での注意点をいくつか指示しておく。


「なあ、これ……おかしくないか?」


「ん?」


 シルバは死体を見て気になったことがあった。


「手袋、服装から考えて合ってないというか……」


「あまり裕福じゃないんだ。その辺りのバランスを考えてコーディネートする余裕があるとは思えないがな。大抵が貰い物で、自分で買うことはほぼないだろう」


「右手しか手袋してないのは?」


「それこそ、右手だけ拾ったとかもあり得る話だ。使えるものは何でも使うだろう。この暮らしの連中は」


「ロベルト兵士長、周辺にこれと同じデザイン……いや、デザインは同じじゃなくて良い。左手用の手袋は落ちてなかったか?」


「無かったとは思いますが念の為、聞いてみます」


 それもそうかとは思いながらも、シルバはこれがどうにも引っかかっていた。いくら貧乏とは言え、女は服装を気にする。それも身体を売る仕事なのだ、風呂には入れずとも、髪に櫛を通した形跡はあるし、香水もつけている。


 服もこの寒さにも関わらず足を出して男受けするように無理をしていた。


 であるにも関わらず、手袋は寒いから右手だけでもつける? どうにも筋が通らないような気がする。


 その辺りの感覚は女嫌いのアウルムに比べて鋭いシルバには意味があるように見えた。


「左手の手袋を持ち去ることに何か意味があるのか、それとも右手にだけ手袋をつけることに意味があるのか……おい、左手に手袋をつけてた形成はないか? 繊維とか」


「今、胃袋の中触ってるんだ。動かせない。お前が手を見せてくれ」


「ほら、どう?」


 シルバではそこまで詳細な鑑定が出来ない。アウルムが『解析する者』を使えるよう、顔の近くに左手を動かしてやる。


「……ない。最初から右手だけのようだ」


「なら、問題は彼女が最初からつけてたか、犯人につけられたかの話になってくるな……」


「右手だけか……右手に何か象徴的な意味などあったか……? 意図がよく分からんな……犯人にだけ分かる儀式的な行為かも知れない」


「となると、俺たちでは分からんか……」


 皮で出来た使い古された茶色い手袋。娼婦が身につけるには少々野暮なデザイン。


 これが裕福な女性であれば、犯人によってつけられたと判断出来るが、貧しい生活という事実によって不確定になってしまう。


「それで、この血で書かれた文字に関しては……何で書いてるのか」


 シルバは顔を上げる。壁に書かれた文字は赤黒く、重力によってところどころ垂れている。


 パッと見た感じではハケのような道具は使われていないが、指で直接書いてもいない。指紋が付着していないのだ。


「ふー……終わった。神官殿、調べたいことはもうない。丁寧に弔ってやってくれ。ロベルト兵士長、彼女の死体を布で包み、人目に触れないよう教会まで運ぶように指示していただけるか?」


「はい、もちろんです。そのように手配をさせます」


 兵士に対する指示は基本的に全てロベルト兵士長を通すようにする。彼を差し置いて調査官から命令されても兵士たちがちゃんと仕事をするかは疑問が残ってしまう。


 信頼の厚そうな兵士長を立てるという、少し面倒なことも捜査の為には必要なことだ。


「これは……多分、左手の手袋で書いてるな。指紋が残らないように使ったが、右手の手袋だけ持っていたら変だと思って彼女につけたか? 文字の書き方自体は落ち着いていて、感情的になり思いつきでやった感じではないが……」


 アウルムが指で乾いた壁をなぞりながら、その筆跡や付着した物質を分析する。


「いや、これはやっぱり意味があると思う。右手の手袋をどうしてもつけたかった理由がな。それはそれとして、血を使って文字を書いたら服は結構汚れるはず……兵士長ッ! この辺りで一番近い井戸に血の跡がないか調べてくれ、どこかで血を洗ってるはずだ」


「分かりました。血がついている者の目撃情報、持ち物検査で左手の手袋だけを持っている者がいるかどうか、井戸の確認ですね?」


「話が早くて助かる」


 シルバは頷き、それで合っているとロベルト兵士長に協力を感謝した。


「で、この後は?」


「聞き込みの結果を待つ。ロベルト兵士長、会議が出来る場所はあるか? 捜査状況をまとめる拠点が欲しい」


「兵士の詰め所ならありますが……調査官殿をお招き出来るようなものはありません……申し訳ないのですが」


 ロベルト兵士長は言いにくそうに提案した。彼は何をそこまで気にしてるのか分からないが、アウルムとシルバからすれば十分である。


「構わん。我々は貴族ではない調査官だ、接待を受けに来たのではない。椅子と机、紙とインクがあれば事足りる」


「では、すぐに準備させますので、少しばかりお待ちください。せめて、馬車くらいは用意させましょう。詰め所までは少し距離がありますから」


「頼んだ」


 ホッとして、ロベルト兵士長は駆け足で現場を去った。調査官は偉そうにふんぞり返り、貴族並みのもてなしをしないと機嫌を悪くするとでも思っているのだろうか?


 他の調査官の仕事を直接目にすることがないので、彼らがどう思っているのかについては少し興味が湧いた。


 今回の仕事で、信用できる者だと思ってもらいたいものだ。アウルムはそう考えて走っていくロベルト兵士長の背中を見ていた。


 今、調査官の元締めの警備局は信頼がガタ落ちしている。王都での失態、王子同士の後継者争いなどから信用出来ないとの声もそれなりに聞こえる。こうやって、地道に信用を回復させ、今後の仕事をやりやすくすることも任務の一つではある。


 特権を使い、捜査に介入しているのだ。その名に恥じぬ行動が求められる。兵士の詰め所に案内された程度で騒いでいては話にならないのだ。


 ***


「さて……神官殿」


 兵士の詰め所に案内され、暖炉の火で冷えた身体を温めながら、アウルムは神官にこそ聞くべき質問を始める。


「ルイスです」


 ルイスと名乗る神官は赤い髪をオールバックにしてまとめて清潔感がある。アウルムに声をかけられ、真剣な表情になり一度髪を整えた。


「ルイス神官、見ての通りだが、この印……」


「許せません……これは人々の希望の象徴、あんなことに使っていいものではありません」


「まあ、落ち着いてくれ。ここにそのシンボルを書いてくれるか?」


「え? ここにですか? 書けば良いんですね?」


 ルイス神官は困惑しながらもアウルムの言う通りに丸と十字で構成された教会のシンボルを書く。


「ふむ……やはりな」


「何か?」


「書き順だ。あなたは今、縦に十字の線を引き、次に丸、最後に右から左に横の線を引いた」


「それが何なんですか? 当たり前では?」


 自分の信仰に関する問題。アウルムに指摘されルイス神官は不安になる。とんでもない初歩的なミスをしてしまったのではないか、と。


「そう、そこだ。教会の人間にとって、神の教えを受けた者にとってその書き方は当たり前。だが、あそこに書かれていたものは丸を書いてから横線を左から右に書き、最後に縦の線を引いている」


「ッ! そ、それはつまり、教会のことを知らない者が女神の印を利用している……と!?」


「そう考えるのが自然だろう。だが、別の考え方もある。本人の意図した何かしらのメッセージと女神の印が偶然、一致していただけということもな」


 教会の人間にとっては不幸な一致だ。アウルムには最初から分かっていた。だが、最終的な確認をしたかった。


 犯行を重ねるうちに、この世界にいるうちにあの十字に込める意味が変わっていく可能性もあった。教会の教えは教会に通えば誰にでも教えてもらえる。


 怪人シャイン・ドゥにも何かしらの影響があり、教会の教えと重ねた別の意味、象徴になっていればプロファイリングは大きく変わってくる。


 だが、変わっていない。つまり、怪人シャイン・ドゥの印と、教会には何の関係もない。


 ゾディアック──1968年からアメリカで発生した連続事件の犯人の自称である。現在においても未解決であり、その正体は不明。


 複雑な暗号文を警察に送りつける劇場型の犯罪者であり、その特徴のキャッチーさから、今日においてもシリアルキラーとしては有名。


 そのゾディアックが使用したケルト十字を真似しているだけ。ゾディアックを表面的に模倣し、手口の凄惨さはジャック・ザ・リッパーを模倣し、怪人シャイン・ドゥはシリアルキラーのパブリックイメージを体現したかのような犯罪者。


 偽者のシリアルキラー、人工的なシリアルキラー、嘘で塗り固められたシリアルキラー……故にアウルムはこの怪人シャイン・ドゥが気に入らない。


 殺人という行為を正当化する訳ではないが、オリジナリティのない奇怪に見えるだけの浅はかでチープな犯行は興醒めである。


 一般的な人にとって意味不明で不気味なシリアルキラーの行動には全て意味がある。個人の欲求が行動に出た結果のもの。


 これまでの怪人シャイン・ドゥのオリジナリティとは、『オリジナリティの欠如』そのものだったのだ。


 しかし、それ故に本人の意思が読みにくく行動予測が難しかった。取り逃した勇者である。


 今回、それが変わった。長い冷却期間を経て、犯行にオリジナリティと呼べるものが生まれた。


 ここで確実に仕留める必要がある。その為には教会の人間特有の視点もアウルムは重視する。


「ルイス神官、この娼婦殺しはそれなりに有名だが、教会は認知しているのか?」


「ええ、もちろんです。冒涜的な行為ですから、教会本部、聖地においては異端者、悪魔として処刑命令が出ています。解決されなければ、じきに本部から選りすぐりの修道兵がこの街にやってくることでしょう」


「やって来てどうする?」


「え……? そ、それはもちろん怪人シャイン・ドゥと呼ばれる男を女神の名の下に処刑するのですが?」


「出来るわけがないだろ」


「……は?」


 ルイス神官はアウルムの言っている意味が分からなかった。修道兵は強い。それも大勢でたった一人が戦えるような相手ではない。にも関わらず、目の前の調査官は出来るわけがないと言う。


「まず、犯人が男と何故分かる? 女でない証拠があるのか? そして、殺すには犯人を見つける必要があるがどうやって探すんだ。修道兵は戦闘能力に長けているが犯罪捜査に長けているわけではない。この街の怪しい者を手当たり次第殺すか?」


 アウルムにはその見極めが出来る。だが、修道兵に出来るはずがないのだ。確かに、犯行から犯人は男であると予測が出来る。


 しかし、それはプロファイリングの結果男であると読み取れるからであり、シャインという名がこの国において一般的な男の名前だから犯人は男、という推測はあまりにもお粗末。


 その程度の推理しか出来ない集団がやって来ては現場は混乱して迷惑でしかない。


「だから、先に言っておくぞ。この件に関して教会は手を出すな。そもそも犯罪の捜査権は国家治安調査官にある。これから君がやるべきことは、本部に連絡し邪魔をするなと釘を刺すことだ」


 その為にアウルムは自身の捜査能力を開示している。修道兵ではなく、調査官に任せるべきだと判断出来る材料を与えている。


「我々は何もするなと? 神や教会を侮辱されていても大人しく指を咥えて見ていろと?」


「こいつはそんなことは言っていない」


 シルバが前に出た。そしてルイス神官の方に手を置く。マスク越しではあるが、彼の目を見た。


「人々の心に寄り添えるのは教会の方たちに他ならない。これは調査官には出来ないこと。今回の件で精神的に参る者もいるはず、相談に乗ってやって欲しい」


「そいつの言う通りだ。ああ、それと出来れば寝床のない貧しい女性などはしばらく教会で寝泊まりさせてやってくれないか? 犯人の標的になる可能性がある」


 ルイス神官は頬を赤くした。寒さからではない、自身の発言に恥じたからである。勝手に早合点して失礼な物言いをしてしまい、本当にやるべきことを見失っていた。


 迷える信徒を導く、それが神官として自分が出来ることではないかと。難しく考えすぎた。いつもしていることを、いつもよりも多くすれば良いだけのことだった。


「……おっしゃる通りですね、私は少し傲慢になっていたようです。出来もしないことをやる前提で話していました。すぐに準備します。他に我々がすべきことなどありましたら、お知恵をお貸しください」


 そこから、アウルムとシルバは思いつく限り教会の人間を上手く使えるよう助言をしていく。方向性さえ間違えなければ教育を受け、統率の取れた教会という集団は役に立つ。


 間違っても敵対などあり得ない。信じるものは違っても殺人という行為に肯定的でないのは同じだ。


 ルイス神官はキリッとした使命感を帯びた顔つきで詰め所を出た。


「ふ〜何とか誘導出来たか」


 シルバは一仕事終えたと、椅子に座り込む。今はアウルムしかいないので素を出せる。


「俺の意図を汲んでアシストしたのは流石だな。上手くいった。教会の人間の言葉は割と信じるからな。信仰とは本当に恐ろしいものだ」


「ハハッ! まあ付き合い長いし、あれくらい読めんとな。俺はアシストってか野球のキャッチャーのアレや、フレーミング。ボール球を球審にコース入ったと思わせる感じ……」


「まあ、俺たちはバッテリーみたいなものか……いや、ちょっと待て!」


 笑っていたシルバの顔から笑みが消え、アウルムもそれに違和感を覚えながら返事をした時、突如二人に一つの閃きが訪れる。


 カチリとパズルのピースがハマったかのような納得。


「ああ……俺も今言うて自分で気が付いたわ。右手の手袋、やろ?」


「そうだ、つまりあれが意味するのは……」


「『ライ麦畑でつかまえて』ッ!」


「『The Catcher in the Rye』ッ!」


 同時だった。意味も同じだった。だが、言語が違った。


「……おい! お前そういうところあるよなッ! アメリカにかぶれやがって! 日本語でええやろうが! ここはビシッと気持ち良くハモれや」


「いや、アレはシリアルキラーが大好きな本だからな。大学院で関連する論文を読んでてその方が自然だっただけなんだが……というか、お前読書するのか? 知ってることに驚いたな」


「舐めんなよ!? サリンジャーやろうが、それくらい知ってるわ! で、話はズレたけど、右手の手袋っつーか、あれは……」


「左利きのキャッチャーミット……兵士たちにプロファイリングを発表するぞ」

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