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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
1章 バックインブラック
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間話1 勇者カイト・ナオイ

 

 シャイナ王国、王都にある離宮、通称『勇者の館』にはソードマスターことカイト・ナオイを筆頭に彼のパーティメンバー他、王国に所属する勇者が総勢約50人が拠点として生活している。


 魔王をその手で討伐したナオイには公爵の爵位が与えられ、実質王族と等しい立場にある。

 国を、世界を救った勇者に与えられる報酬としてはそれでも足りないくらいだろう。しかし、勇者の数は多く全員にそれ相応の報酬を与えるのは難しかった。


 そこで、辞退する者を除き勇者には相応の爵位と土地が与えられている。

 ナオイは領主になることも出来たが、それを断り他の勇者たちと密に連携の取れる組織の構築を優先した。


 勇者と言えど、ここは異世界であり、異国。他の日本人たちにとって困ったことがあれば対応出来る領事館のようなものを発足させ、そこに居を構えている。


 勇者の館は公的には勇者局と呼ばれ、勇者たちによる自治権が認められた特別区となっている。


 王宮から出向し、勇者たちの生活や事務処理を行うシャイナ王国民も駐在しているが、ナオイがトップとして組織を動かしている存在である。


 館の庭には色とりどりの植物があり、洋風というよりはどこか日本庭園のような荘厳さのある、異質な場所になっている。


 そんなししおどしのカコンッと小気味良い音が響く庭でナオイは日課の鍛錬を行なっていた。


 と言っても、ナオイの全力の素振りは衝撃波とともに爆発音がするのである程度セーブした状態の鍛錬だ。


「シッ! フッ!」


 20歳になるというのに、小柄で童顔のあどけなさが残るナオイからは想像出来ないほど、ブンッと低い音というよりはヒュンッと高い音が刀身から鳴り、その太刀筋は並の実力では目視出来ないほど鋭く速い。


 仕上げに3mの太さはある丸太を居合で両断する。丸太はズレず、注意深く観察しないと切れ目があることさえ気付かないような精密な技で切断されている。


 丸太から視線を離し、石に乗せたタオルを取って汗を拭う。


 ここまでがナオイの日課だ。


「はよ〜っす。カイト、今日も相変わらず精が出るねえ」


「ヤヒコか、こんな朝早くから起きてるなんて今日は雨か?」


「俺だってたまには早起きくらいするっての〜」


 間延びしたような軽薄な口調でナオイに声をかける男はヤヒコ・トラウト。

 母親が日本人、父親がゲルマン系のアメリカ人で、パッと見はアジア系に見えない顔立ちをしている。しかし本人は日本生まれなので日本語しか喋れない。

 この世界に来て勇者と分かりにくい顔立ちから素性に気付かれずにあらゆる場所に潜入することが出来た。その外見も活かされて、斥候としてナオイのパーティで活躍しており、ナオイの理解者であり親友だ。


「どうよ、たまには一緒に一風呂行かねえ?」


「俺はどの道毎日入っているからな」


「よっしゃ、早速行こうぜ」


 勇者の館には日本人である勇者が住んでいる以上、大浴場、露天風呂、個室の風呂の完備と、実に日本人らしい設計がされている。


 あらゆるユニークスキルや知識、魔法を使用出来る勇者が集まれば、それなりに日本に居た時と変わらぬ生活水準を用意する事が出来た。


 料理でもそういうスキルを持つ者や研究熱心なものによって再現され、日本に居た時よりも贅沢な日本的な生活がほぼ自給自足で送れるようになっている。


 むしろ、その程度の贅沢で魔王と戦わされたというのに満足してしまっているのがこの国の王族貴族からは不思議で仕方がないようだが。


 金にうるさい貴族たちからすれば、金のかかりそうで強く出られない英雄たちがそれで良いと言ってるいるのだから、文句を言うものはいない。


 中には足繁く勇者の館に通い、日本文化を堪能する物好きもいる。


 大理石のタイルが敷き詰められた大浴場で汗を流し、貸切となっている浴槽に二人は入る。


「ふ〜……たまには朝風呂も気持ち良いな〜」


「お前も俺と朝の鍛錬やれよ、起こしてやるぞ?」


「いやあ〜俺は夜が遅いんでね」


「全く、一夫一妻制じゃないからって刃傷沙汰になっても庇ってやれんぞ?」


「いやいや……お前こそもう良い歳なんだし、勇者代表なんだから子孫残すべきなんだって」


「…………」


 16歳の時に召喚され、既に4年経ち二人は20歳。日本においても成人とされる年齢になっている。


 ヤヒコが水面を叩いて飛沫がナオイの顔にかかるが、ナオイは反応しない。


「まーだ彼女のこと引きずってんのか。良い加減お前も幸せになった方があの子も喜ぶと思うがねえ。シズクの奴の気持ちにも気付いてんだろ? 鈍感系主人公じゃあるまいし」


「……ああ、分かってるさ。でも、まだそんな気にはならなくてな、まあ他の貴族の紹介や圧力も増してきてそろそろ断るのもキツくなってきてるんだが、ギリギリまではあいつのことだけを考えてたくてな。一度誰かと結婚したら俺の場合はシャレにならない数の妻を取ることになるだろ?」


「そう言われると俺もこれ以上言えねえからな」


 悲しげな顔をするナオイを横目に、ヤヒコは脱力して湯に浮かぶ。


「行儀が悪いぞヤヒコ」


「俺たちしか居ねえんだからいいんだよ。そういや、カイトは最近ステータスのフレンドリスト見たか?」


「いや? どうしたんだ?」


 ナオイはステータスをオープンしてフレンドリストを確認しだした。


「ツチミチさんの名前が消えてんだわ。どこで何してるか分からなかったが、とうとう死んだみたいだな」


「そうか……同郷の者がまた一人亡くなるのは悲しいな」


「ミストロールの噂話聞いたことあるか? 多分、それツチミチさんのことなんだろうけど、討伐でもされたか、自殺したのか……」


「ミストロールね……あのクラスメイトがつけた気分の悪いあだ名から連想は出来るけど、それがツチミチさんって確定ではないんだろ? 大体、勇者を殺せる存在なんて他の勇者か自分自身くらいなもんだ、国の実力者が殺すのも考えにくいしな」


「そうなんだよね〜、だからちょっと引っかかってさ。ま、調べられる範囲で調べて見るけど期待はしないでくれよ? 何しろ消息不明だったからな」


「他の行方不明者は何か分かったか?」


 ナオイは湯に浮かぶヤヒコに目もくれず、他のフレンドリストから名前が消えていないか確認しながら聞く。


 フレンドリストは死んだ瞬間消える。よって、意識的にリストの名前を把握していないと消えたことに気付きにくい仕様となっているので、発見が遅れることがある。


 しかも、勇者筆頭のナオイ、顔の広いヤヒコでさえ全員とはフレンドになっていないので、安否確認すら不可能な者が何人もいる。


「ん〜派手に悪さしてるやつの通り名くらいで、それが勇者かどうかまでは分からないんだよな〜。まあ、カイトに目つけられたら終わりだから上手くやってるんだろうけどさ」


「問題のある勇者は魔王討伐の時点でクリタの指輪を没収しておくべきだったな」


「そうそう、あの指輪のせいで余計調べにくいんだよ。最初は便利だったけど今となったら厄介なアイテムだよ」


「お前は最初から必要無かったけどな。逆に日本人系の顔に変えてたもんな」


「たは〜! 王宮の兵士に俺だけ何回も職質されたの思い出すな〜! そのおかげで潜入捜査はやりやすかったけどな」


 二人は指輪を見つめる。それはアイテムを作り出すユニークスキルを持つ、クリタという男の逸品で全ての勇者に配られていた。


「これが性別まで変えられたら完璧だったんだけどな〜」


「お前は女風呂に忍び込むくらいしかしないだろ」


「いやいや、潜入だって女じゃないと入れなくて困ったこと何回もあるっての! まあ女風呂は入るんだけどさ」


 ハアとナオイはため息をこぼす。


 ナオイとヤヒコは風呂からあがり、キンキンに冷えた果実入りのミルクを飲み干した。


「じゃ、俺はちょっと出かけるから」


「ああ、いつものね」


 ナオイはヤヒコに断り、館を出る。


 勇者の館から、歩いて30分程の場所に戦死、病死、自殺あらゆる理由でこの世界で死んでいった勇者たちの祀られる墓地がある。


墓守り(グレイブキーパー)いるか?」


 ナオイが声を上げると、どこからともなくフードつきのローブを目深く被った男が姿を現す。


「ここに……」


 墓守りの男は必要最低限の言葉を発するのみで、寡黙だ。


「いつもの場所に案内を」


「はい」


 墓守りの認識阻害系のマジックアイテムにより、許可なく墓地に立ち入ることは出来ない。ナオイの実力を持ってすれば強行突破は可能だが、そんなことをする必然性がないので、素直に墓守りの案内に従う。


 しばらく歩くと、白い墓標が見え墓守りはそこでナオイから離れる。


 ナオイは『エリ・イケダここに眠る』と書かれた墓標の前に花を捧げて話しかける。


「また一人居なくなってしまった……ツチミチさんだ。残念だよ。

 エリ、お前には前だけ向いてろって言われたから頑張ってるけどさ……最近周りから結婚結婚って言われるのは中々キツイよ。後2年くらいなら待ってもらえそうだが、そこいらが限界っぽい。俺も所帯持ちさ、笑っちゃうよな。本当ならお前と…………平和に過ごしたかったんだけど、最強の勇者だろうと、なんでもは思い通りにはいかないな。

 でもさ、お前のこと忘れた訳じゃないからな。お前なら奥さん泣かす俺に怒りそうだけどなハハッ……」


 ナオイは涙を流しながら遺体のない形だけの墓標に向かって語りかける。


「ナオイ君、やはりここにいたか」


「会長……」


 ナオイは涙を裾でゴシゴシと拭い振り返る。


「会長はやめてくれないか?ヒカルでいいんだけどね、お互いもう大学生くらいの歳なんだよ?」


 顔立ちの整った心地よい声を響かせる優男がナオイの背後に立っていた。


「俺にとっては会長は会長なんですよ……今日が出発ですか、すみませんね俺の代わりに仕事やってもらって」


 会長と呼ばれる男はナオイたちのいた学校の生徒会長だった男だ。名前はヒカル・フセ。

 現在は外交官、勇者名代として各国を周っている。


「君はこの王都から離れられない立場なんだから、それくらいは生徒会長──いや、僕に任せてくれよ」


「そうはいってもあなた自身がやっぱり会長が抜けてませんね」


「今のは君につられただけさ」


 フセはパチっとウインクをして自身の失言を茶目っ気混じりに誤魔化す。


「出発前の墓参りですか?」


「うん、自分が何者なのか見つめられるのはやっぱりここだからね」


 フセはフセで挨拶をするべき人間がいるのだが、ナオイよりも先に来ており既に墓参りは済ませていたようだ。


「そろそろ行くよ」


「会長、旅の安全を祈ってます」


「ありがとう、行ってくるよ」


「はい、よろしくお願いします」


 フセは手を振り墓地を後にする。ナオイは一人、愛した人間エリの墓の前に座り込み、考え事に時間を使った。


「残された時間はあと2年……か……」


 誰に聞える訳でもなくナオイは悲しげに呟いた。

次話から2章入ります!

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