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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
10章 スムース・クリミナル

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10-3話 客と手紙


「フォースマン商会やっけ? あそこは割と話通じるタイプの会長やったな」


 商業ギルドでのパーティの帰り道、アウルムとシルバは夜風にあたりながら歩いていた。


「あそこは歴史がある老舗だ。変に焦る必要がないから余裕がある。貴族との取引も多いからな。だが、老舗なだけあってコネクションも複雑でな……ジワジワと競合を吸収してデカくなった背景があるから注意しろ」


「うちも狙い目やと思われてるんやろうな〜M&Aってやつ? 家業みたいなこだわりがなかったらビジネス立ち上げて売却してひと財産稼ぐってやり方もあるんやろうな〜」


「この街で1番のワンドラン商会……と言っても実質この国で覇権を握る商会の支店長で会長の息子はやはり有能だった。勇者からビジネスに関する知識を買い取り、実践している。そして、あの状況で臆さず俺に唯一話しかけてきた」


「ああ、マクドでバイトしてた奴からマニュアル聞き出したって奴やっけ?」


 ワンドラン商会は勇者の1人から世界的なファーストフードチェーンであるマクドナルドのノウハウを高額で買い取っていた。


 ハンバーガー、フライドポテトを高速で注文から提供する計算されたシステムを実現させる方法を既に自分たちの傘下にある飲食店に応用をしている。


 この新鮮な食材が集まり、せっかちな冒険者を相手にする街の飲食店産業にはもってこいのファーストフードビジネスに手を出したことで、しばらくは覇権が揺るがないだろう。


 何より、勇者の知識で儲けることが出来ると他の商人よりもいち早く気がついた経営センスが恐ろしいとシルバは感じる。


「名前こそ出さなかったが、その勇者の特徴からしてオオツキなんだよな……」


「マジで? それ俺が聞いたら笑ってまうところやわ。どうせ、あいつのことやから、そのあぶく銭でギャンブルして全部スッたんやろ?」


「だろうな……」


「やっぱ商人って油断ならんわ。エナジードリンクの噂しっかり聞きつけて、自分の店で売らせてくれって言うとはな」


 そのワンドラン商会の支店長だが、シルバの言う通りエナジードリンクの販売権を求めてきた。パルムーン商会との契約があるので回答は濁しておいたが、販売権を与えるのもアリではないかとアウルムは考えている。


 ファーストフードと甘い炭酸ジュースの相性が良いことは分かりきっているし、軍需物資でありながら嗜好品という当初の狙いにも合致する。


「ジュース単体よりも、喉乾くようなしょっぱい飯と組み合わせたらもっと売れるやろ、ボロ儲け出来そうやで」


「……乗っ取られることを心配してるんだよ。マンパワーが違い過ぎるからな。提携しないにしても、ある意味貴族や王族より敵に回すのが厄介な連中だから慎重に行きたいところだ」


「せやな〜……お? 店の前に誰か立ってるで。こんな夜中に客か?」


 時刻は既に0時を回っており、24時間営業している店などあるはずもなく、常識的に考えてプラティヌム商会の客とは思えない。


 だが、人影はそこに間違いなくあり、ずっと看板を眺めて顎を上げたまま立ち尽くす男がいるのだ。


「……酔っ払いか? シルバ、念の為に武器は持っとけ」


「おう」


 アイテムボックスから剣を取り出して懐に忍ばせ、いつでも抜ける準備をしてから近付いていく。


「うちの店に何か用か?」


 アウルムが声をかけた。


「あ? え〜と……うちの店って?」


「俺はプラティヌム商会、この店の会長だが? 何故店の前でこんな寒空の下で立っている?」


 男は突然のことでやや混乱したように帽子を触りながらアウルムを見る。シルバは死角に入り、その男が気付かないように闇から待機をしているのでアウルムだけを見ていた。


 ああ、どうやら疑われてるのだなと理解した男は帽子を脱いで、茶色い髪をサッとかき上げた。


「こりゃどうも、俺はルドルフって言う。こんな寒空の下、100年くらい身体の芯まで冷え切るくらいに立ってたのには理由がある。何、別に盗みを働く為の下調べってことじゃない」


「答えないと兵士に突き出すぞ」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺が何したってんだ! ただ親戚を訪ねて久しぶりにこの街に来たらそいつはいつの間にか死んでしまってたんだよ! しかも夜遅くについたもんだから宿も見つかりにくいで、途方に暮れてフラフラしてたんだ。そしたら見たことない店がいつの間にか建ってるなと思いながら今後のことを考えてただけなんだから、本当だからな?」


 やたらと長ったるい口上で言い訳を始めて、どこからどこまでが本当なのやら、とアウルムは呆れながら聞いていた。


 初対面の人間が全てを正直に話すとは思えず、行動からしても怪しかった。それに『解析する者』に表示された名前と、名乗ったルドルフは一致していない。


 この時点で信用するに値しない人間なのは間違いない。


「そうか、それは災難だったな。だが、夜中にそんなことをしていたら怪しまれて当然だ。俺としても店の前を知らん人間にウロつかれるのは気に入らん。面倒なことになる前に立ち去ってくれ」


 よって、やや強めの口調で遠回しに失せろと伝える。トラブルにならない程度、それでいて強制力を感じるニュアンスで。


 妙な真似をした瞬間シルバは容赦なく殺す準備をしながら、そのやり取りを観察していた。


「……」


(お? 逆らうか?)


 口をへの字に曲げて、やや不満そうにするルドルフとなる男の反応からシルバは警戒を一段階強めた。だが、まだ動きまではしない。観察を続ける。


「分かったよ……悪かったな会長さん」


(ふん、腰抜けめ……感情のコントロールが下手過ぎるわ。怒ってるけど喧嘩するのはちょっと怖い、そんな心が読める読める)


 パッと見、アウルムは強そうには見えないだろう。細身の金持ちという格好をしていることもあり、冒険者風の格好をしているルドルフの方が体格は良い。


 喧嘩したら勝てると判断してもおかしくはない。だが、アウルムが強いと理解した上での冷静な撤退というよりは怖気付いた故の、諦めに見えた。


 彼は握った拳を震わせて、パッと離したのだ。その震えは寒さからではないのは明らかだった。


「宿屋なら、そこの角を曲がって3ブロック隣に夜遅くまで受付をしているところがある。行ってみると良い」


 そして、アウルムは疑って悪かったなとルドルフに銀貨を渡そうとする。


「いや、別に金には困ってなくてね。これでもそこそこ王都で稼いで来た冒険者なもんで、本当にな」


 ルドルフは金を受け取らなかった。


「あ、そうそう……金は持ってるから要らないんだが一つ聞きたいことがある」


 だが、その場を立ち去ろうとした時、振り返ってアウルムを引き止めた。


「なんだ?」


「あんたこの店はいつからやってるんだい? この店の前にあった店はどうなった? そこに住んでた商人は今どこに行った?」


「……さあ、知らんな。俺がこの街に来て店を開いたのは2年ほど前だが、既に家は売られていたからな。そのまま買い取る形で利用しているだけだ」


「そうか……じゃあな」


 ルドルフは露骨にガッカリした様子で、手を振ってからアウルムの前を去った。


 角を曲がるのを確認した段階でアウルムは店のドアを開けて中に入った。あの男の追跡に向かったシルバを残して。


 そして30分後のことである、シルバは店に戻りこう告げる。


「悪い、冒険者向けの酒場に行ったところまでは分かったが、見失った」


「……は?」


 アウルムはその報告に耳を疑った。結局その男は見つけることが出来ないままだった。


 ***


 雪は降り続けることはなく、1週間ほどで綺麗に溶けてしまった。この日は冬特有の曇り空で、サッカー興行に関するミーティングをプラティヌム商会で行っていた。


 進行はラナエルが務める。


「俺はちょいちょい練習付き合ってるから分かるんやけどさ、うちは従業員も増えていつの間にかチームに1軍、2軍が出来てるんよな」


 シルバが現在のプラティヌム商会のサッカーチーム状況を報告する。護衛に関するまとめ役はライナーであるが、教育に関してはまだ荷が重い。


 あまり出しゃばらないように注意はしているものの、命を預かる立場なので半端なことは許されない。よって、シルバによるアドバイスや軌道修正を定期的に行っている。


 訓練としてもサッカーは優秀で、その中でも頭角を表し始めている者が出てきているとのこと。


「人数がいれば序列が生まれるのは当然だが、何か問題はあるのか?」


「あ〜結局のところ護衛任務の訓練の一つとしてやってるから、サッカーそのものの上達を意識してのは少ないな。まだそれだけで仕事にはならんから仕方ないんやけどな」


「商会としても、新たな娯楽、新たな雇用、新たな生き方として成功させたいが……肝心の技量に関してはどうなんだ? 見せ物としてのレベルは?」


 体育の授業のように、素人がボールに集まって団子状態でめちゃくちゃに蹴る。ボールをリンチするような光景が続くのであれば、厳しいだろうとアウルムは心配する。


「あ〜、足技はまだまだや。でも一応サッカーの形にはなってるな。ミスこそ多いけど一瞬の突破力、ゲームスピード、蹴った時の威力、これは鍛えてるやつが多いだけあってなかなかでな、見ててもそれなりに面白いし迫力があるわ」


「つまり、それを見せ物として客が楽しむだけのものではあるということですか? すみません、私たちはサッカーというものをあまり分かっていないので」


 ラナエルが質問をして、シルバは気がつく。そもそもサッカーの完成されたプレーや雰囲気を知っているのは自分の他にはアウルムだけで、他の皆は基準が分からないのだ。


 それを踏まえて改めて答える。


「ああ、楽しめる。ただ! 問題が一つある!」


「その問題とは?」


 ミーティングに参加する一同が商売に関わることなので緊張した面持ちでシルバの懸念点に耳を傾けた。


「他の商会のチームの練習もたまに見るけど……うちが強過ぎる」


「それは……そうだろうな」


 アウルムはそれを聞いて少し考えた後、道理だろうと納得した。


 まず、サッカーどころか訓練出来る人員が豊富なプラティヌム商会が若干異常な集団なのだ。他の商会も金儲けになると聞いてメンバーを募っているがダンジョンに通う冒険者登録のされた者たちではない。


 言わば、地元の商店街草サッカーチーム。仕事の合間に練習をする程度、所詮は掛け持ち。


 鍛えることを仕事として、訓練だけで食事と寝泊まり出来る場所を提供しているプラティヌム商会がおかしいのだ。


 スポーツ推薦の部活を中心とした高校のクラスのようなもので練習量が他とは比にならない。


 バルバランの工房との提携により、武器や防具が豊富でシルバという専門家の訓練があり、死亡率もゼロの安全マージンをしっかりとった集団。


 大きな実入りこそまだないが、冒険者だけでも明日の食べ物くらいは用意出来るという余裕がある。ノウハウがどんどんと溜まり、下の者に引き継がれている。


 商人は利益を追求するものであり、ここまで先を見た大胆な投資はなかなか出来ることではない。


 結果的に、他のチームとの差が開いてしまっているのだと、シルバは詳細を説明していった。


「強いということは良いこと……なのですよね?」


 他のメンバーが首を傾げて、まだ問題が分かっていない様子だった。


「あ〜ダンジョンみたいに一方的に勝つのと違ってな、サッカーの場合は実力が拮抗してどっちが勝つか分からんくらいの方が面白いんや。そりゃ強いのは良いことなんやけど、興業として考えるとちょっとバランスが悪いから他のチームにはもう少し頑張ってもらいたいところやな」


「なるほど……確かに、言われてみればそうですね。決闘などの観戦でも緊張感のある試合の方が盛り上がりますし」


「いっそ、うちに勝てたら賞金を与えるような大会を開いた方がやる気が出るかも知れんな。問題は賭け事の胴元にはなれんことだが」


 サッカーくじのように、試合結果を予想する賭けの収入も見込んでいるのだが、主催者となってしまうと八百長に関する問題もあり、第三者が賭けの親になる必要が出てくる。


「そこはサッカーチーム持ってなくて、公正な取引するって信頼がある商会に頼む方が良いかと思うわ。それこそ、ワンドラン商会とかな」


「ああ、そのあたりはもう少し詰めてから検討したいところだが、方向性としては悪くないだろう。さて、昼も過ぎたことだ、ラナエル、このあたりで休憩にしないか」


「そうですね、昼食にしましょう」


 昼食を取り、その中の雑談でも各々がミーティング中に疑問に思ったことを質問して答える。

 アウルムは昼食の時くらい仕事を忘れても良いと言ったのだが、皆真面目でコンセンサスを取れるように努力していた。


「失礼します、会長お手紙です」


 そんな時、店の前に立ち、警備をしている若い新入りが手紙を届けにやってきた。


「お、ありがとう。誰から?」


「テンザス商会と言ってました」


「そうか。ありがとうもう戻って良いで。しっかり休憩は取れよ〜」


「はい!」


 シルバはその手紙を直接受け取り、警備の者を返す。


「アウルム、テンザス商会やとよ。ああ、封蝋に印が押してあるわ」


 先日のパーティでアウルムと揉めたテンザス商会からの手紙。トラブルの予感である。


「なになに? ……へえ? これはまた予想外やな。てっきり賠償とか謝罪でもしろって、いちゃもんかと思ったら」


 シルバは開封して手紙を読み、笑った。そしてそれを隣にいたアウルムの席の前に雑に放り投げる。


「テンザス、ナイブル、エイドン商会の合同チームとうちでサッカーの試合だと? 何考えてるんだあいつは……しかも賭け試合か……」


「「「ッ!?」」」


 先ほど、プラティヌムと他の商会では戦力に差があるという話をしたばかり。つまり、相手側もその差は理解しているはず。勝てる見込みがあっての提案なのか、それとも他に目的があるのか。


 ただ、この場にいた全員が引き受けることにメリットがないと感じた。


 賭けの内容は以下の通りである。


 ・プラティヌム商会が勝った場合、合同チーム、及び商会の持つ人員を最大20人プラティヌム商会へ移籍させても良い


 ・合同チームが勝った場合、プラティヌム商会はサッカー事業から手を引くこと。


 これを聞いた者たちは「舐めるなよ」と思い憤りすら覚えた。


「手下をうちに送り込む気満々ですね、勝ったとしてもこちらに利がありませんよ」


 誰かがそんなことを口にすると首を縦に振り、その意見に同意する。


「乗った」


「えっ!?」


 アウルムはニヤリと笑いふざけた挑戦を受け入れると言ったことに全員が驚いた。


 ただ、一人、シルバを除いてである。


「ここらでいっちょ叩くか。どうせ断ったら悪評ばら撒かれるんやろ。ええで、喧嘩売るなら買ったるわ。俺らに喧嘩売ったら大損するってこと目に見せたる」


 シルバは「後は任せる」とだけ言い残して部屋を出て行った。


 予想外の展開にその場に残った者は不安な顔をしてアウルムの方を見る。


「これは単なるサッカーの試合ではない。サッカーを通した商会同士の代理戦争だ」


 アウルムはこれからプラティヌム商会が取るべき行動を指揮し、戦争準備は開始された。

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