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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
9章 ファミリー・アフェア

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9-28話 宴

 

「あら! おかえりなさい」


 サラエルがフリルたっぷりの可愛らしい白い服をクルリと回転させてなびかせながら弾けるような笑顔を見せる。


 丁度、市場で何か掘り出し物がないかと、商品を物色していた。無論、1人ではなく数人の護衛が側にいる。


 プラティヌム商会のエルフに手を出そうなどと考える者は迷宮都市におらず、いたとしても余所者ばかりだ。


 それなりに有名であり比較的、安全に外を出歩くことが出来る。


「ああ、今帰った。しばらく顔を見せられなくて悪かったな……皆は店にいるのか?」


「ええ、そのはずです」


 アウルムが馬車から返事をする。その隣にはシルバがいて、腕を組みながら眠っていた。


「乗って帰るか?」


「いえ、もう少しお買い物したいので」


「そうか。シルバ、俺は先に店に戻るがお前はサラエルの護衛をしながら、彼らと情報交換をしておいてくれ」


「ん? ん〜……もう着いてたか。ああ、サラエルなおはよう」


「……おはようございます」


 シルバは寝ぼけながら挨拶をする。それがおかしかったのか、サラエルは口に手を当てて笑っていた。


「あれ、しばらく見んうちに髪伸びたか?」


「別に切ってはいないですからね」


「相変わらず長くて綺麗やな〜手入れ大変やろ?」


 サラエルの髪は複雑な編み込みがされ、それでも腰の位置まで長い。プラティヌム商会のエルフの中では一番の長さだが、それがアイデンティティかつ、判別の特徴でもある。


 シルバは『髪の毛サラサラ、サラエル』で最初は覚えていた。それと、服装や持ち物が少女趣味的というか、可愛らしいものが多い。


 しかし、商品の目利きは確かであり良い品を提供する業者や職人を常にチェックしている。贋作などを持ち込むものはサラエルによってシャットアウトされ、商会の利益は守られる。


 護衛に挨拶をして、軽く業務連絡、引き継ぎを行う。シルバは会長だけあって、最近入ったであろう馴染みのない護衛たちの顔つきは一気に真剣なものになった。


 とは言え、留守の間彼女たちを守ってくれているのは護衛たちなわけであり、上から説教などをするの鬱陶しいだろうとシルバは旅の雑談で盛り上げ交流を深めるに留めた。


「でな、これがもうビックリすんのが──」


「ギャハハッ! シルバの兄貴それはヤバいっすよ〜」


「やろ? 俺もそう思ったんやけど……」


 シルバと護衛たち楽しそうな笑い声が街に響いた。


 ***


 アウルムが商会に到着すると、ソフィエルがすぐに馬を厩舎に運び込み、手入れを始める。仕事というよりは馬と触れ合うのが趣味なのだ。


「いつも悪いな」


「好きでやってることですから。よしよし、よく頑張ったね」


 馬を撫でながら、怪我や異常などをチェックするその目つきは優しげながらも真剣。馬たちも彼女のポニーテールに親近感を覚えるのか、ヒヒンと鳴いてご機嫌である。


 馬はソフィエルに任せて裏口から店に入ると、店の表側でリリエルとヨフィエルが商談をしているのが見えた。


 喋ることが得意な彼女たちが客とコミュニケーションを取ることが多い。時々漫才師のような絡みをしているのを目撃する。


 邪魔する訳にもいかず、アウルムは2階に上がる。


 商会の関係者しか入れない2階の会長室をノックするとマキエルの透き通るような声で返事がされた。


「俺だ」


「あら、おかえりなさいませ」


「おかえりなさい」


「ただいま……2人ともわざわざ立たなくて良い」


 ラナエルとマキエルは机を並べて書類仕事をしていた。机の上には山のように書類が溜まっており、商会がどれだけ忙しいのか一目で分かる。


 年の瀬ということもあり、事務処理が多くなっており追いついていないのだろう。会長という立場を気にしてか、2人は手を止めるのだが、アウルムはそういうことをされたくない。


 公衆の面前ならともかく、身内しかいないここで仕事の手を止めても仕方ない。横目で生返事をしても構わないと思っているのだが、エルフたちは真面目だ。上下関係をハッキリさせたいらしい。


「かなりの間店を空けていて悪かったな。たまには会長らしく仕事をする」


「そんな、さっき帰ってきたばかりなのでしょう? 少しお休みになられては?」


 アウルムが積まれた書類を抱えて、部屋の隅に置かれた机の前に立つ。だが、彼女たちはそんなことしなくて良いと言う。


「休む? 迷宮都市に来ている時点で休んでいるのと同じだ。少なくとも頭のおかしな連中と接することはないからな」


 そんな心配は要らないと鼻で笑う。アウルムからすれば、書類に目を通してサインをすることなど、苦痛や労働のうちに入らない。むしろ落ち着くのだ。


 溜まっていた仕事をほんの1時間ほどで片付けてしまったアウルムはそれを予測していたラナエルによって淹れられたお茶を飲み、シルバたちの帰りを待った。


 程なくして、シルバたちが戻り店は賑やかになったところで、少しウトウトとしかけていたアウルムは目を覚ます。


「あいつはどこにいるか分かりやすいな」


 ふと、そんな独り言を漏らしてアウルムは1階へラナエルとマキエルと共に降りて行った。


 ***


 店を閉めるタイミングで帰ってきており、既に店の中には客はおらず見知った顔のものたちばかり。


 彼女たちはアウルムとシルバの帰還を歓迎して改めて「おかえりなさい」と声をかけた。


「そろそろ忘年会でもするか〜?」


「また、急だな」


 上機嫌なシルバが皆で酒を飲みたいと言い出した。アウルムは笑いながら、それでもダメだとは言わないことから既に決定事項となった。


 年末にはどこの店を営業はせず、家族と共に過ごす。元々ラナエルたちは身内だけのちょっとした慰労目的の場をセッティングしようと思っていた。


 だが、会長がやろうと言うならばそれなりに大掛かりなものになる。


「俺とアウルムが皆に飯作るわ! 会長やのに店空けて旅ばっかりしてる俺らから、皆に日頃の感謝を込めてッ!」


「おい、勝手に決めやがって……まあ、迷惑をかけているというのは一理あるか」


 会長が手ずから料理を部下に振る舞うというのは普通はあり得ないことだろう。大体はふんぞり返り、酒と食事が運ばれてくるのを待つのみ。


 逆に作ったから食えと言われても恐縮してしまい、楽しくはないはず。だが、アウルムとシルバはこの迷宮都市に帰って来た時は部下たちとコミュニケーションを取って来た。


 その積み重ねによる信頼があったからこそ、料理を作るとシルバが言った時、全員が迷惑そうな顔ではなく嬉しそうにして、ワッと歓声を上げる。


 それは何故か……? 答えは至ってシンプル──2人の作る料理は美味いのだ。


 忘れてはいけない、彼らは日本人として生活してきたことを。


 アウルムとシルバがこちらの世界に来てから、様々なことに適応するべく努力した。


 言葉遣い、服装、衛生状況、治安、人間関係……。


 それら全てをこの世界で生まれ育ったと思えるようなレベルまで染み込ませる努力を現在進行形でしている。


 唯一、適応するのは不可能だと感じたのが食事だった。


 この世界に来て1ヶ月ほど経った頃、アウルムは唐突に言い出した。毎日同じものを食べても何とも思わないのが普通の感覚なので、そうしようと。


 結果は失敗。1週間で2人とも音を上げた。アウルムは珍しく、自分の完全なる間違いだった、悪かったとシルバに誠心誠意謝罪したほど。


 世界的に見ても日本人の食事のこだわりは異常である。味のクオリティ以前に、『料理をする』の基準が違い過ぎる。


 毎日同じ食事で構わないというのも、味が一定のクオリティに達していないと厳しい。そもそも夕食というより、それはお菓子なのでは? と思うものもある。


 味にうるさい上に、毎日同じものを食べることを苦痛と感じる人など、この世界でも、元の世界でも日本人を基準とすれば珍しい部類である。そんな文化の違いを思い知り、こればかりは妥協した。


 現在においても、人を殺すより同じマズイ冷めた飯を毎日食べ続ける方が精神衛生上、悪いと考えている。


 よって、プラティヌム商会の会長たちは部下たちにとってどう見えているかと言うと、『美食家』であり『凄腕料理人』なのである。


「これ普通だろ? 俺が何かしたか?」のような、典型的なセリフ、行動は絶対にせず、意図しない目立ち方はしないが、明確に無意識的に失敗してしまったのは食事に関することが多い。


 今では、勇者が食事にこだわっているならば真似するべきだとか、自分たちは食品を売っているからなどと、誤魔化す方法も得たが、それは何度もヒヤヒヤする失敗の積み重ねの上に立っている。


 そんな経緯から、アウルムとシルバの部下たちに対する慰労を兼ねた、忘年会の準備が始まった。


 ***


「という訳でッ……! 今年もなんとか無事に過ごせた。商会も軌道に乗ってグングン成長していって来年からは新しいことも色々とやる。人も増えて正直、名前もあやふやな奴もいる。でも、これだけは変わらん」


 立食形式でアウルムとシルバの2日かけて作った料理が大きなテーブルに並べられる。


 会場は商会の中。エルフたちや護衛たち、バルバランとブラッド、ルークの一家、チャックと元から親しいメンバー。

 それに加えて、新入りの護衛や運送業見習いの若者達の中でも会長の認可が2日前に降りた正式採用となる者たち。


 総勢50人超の大所帯となりつつあるプラティヌム商会。その商会を支える者たちを1人ずつシルバは見てこう言う。


「俺は……俺たちは誠意には誠意で返す。ここにいる皆に何かあったら全力で解決する為に努力する。それが上手くいくかは分からんッ! 何でも出来るとは言わんッ! 俺とアウルムだけじゃあ出来ひんことは多いッ! でも皆がお互いを助けてくれる奴らやと確信してる。

 ここを自分の居場所やと、安全な場所やと、思ってもらえるようにこれからも頑張りたいッ!

 そんなプラティヌム商会にしていきたい……今年も皆頑張ったッ! お疲れ様ッ! 感謝ッ!」


 シルバは酒の入ったコップを頭上に掲げる。それに呼応して、拍手とテンションの上がった男衆の太い声が出る。


「ほら、お前もなんか言え。会長としての責務や」


 シルバに小突かれて、アウルムが前に出る。シンと静まり返り、誰もアウルムのスピーチを邪魔する者はいない。


「……まずは共に働いた皆に感謝を。早く酒が飲みたくて仕方がないという顔をしている者は商会として求める基準に達していない……」


「「「…………」」」


 酒を飲んだ訳でもないのに、誰かの嚥下する音が響いた。緊張で思わず唾を飲んだのだ。


「なんてな、冗談だ。だが、少しだけ堅苦しい話をさせて欲しい。プラティヌム商会の立場は特殊だ。あまり聞きたくない話だろうが、ここにはシャイナ王国で亜人種と呼ばれる者たちが多く在籍している」


 アウルムがニヤリとすると、皆の緊張が途切れて小さな笑い声が聞こえた。


 だが、またアウルムの話をしっかり聞かなくてはと耳を傾けて真剣な顔つきになる者が多くなる。

 この場においては、ルークの一家以外はヒューマンではない。


 それはアウルムとシルバもである。見た目がヒューマンに限りなく近く、亜人種特有の差別などは受けていないので彼らの気持ちが分かるとまでは言えないが理解する努力はする。


「商会が大きくなるにつれて、ヒューマンたち、貴族や神官がそれを面白くないと思うことも増え、嫌がらせなども考えられる。今、皆にはそれなりに良い生活と仕事を提供出来ているとは思う。

 だが、常に危険はある。俺たちも注意はしているが常にここで守ってやるのは難しい。

 だからこそ、お互いを頼れるようにしていきたい。何か困ったことがあればすぐに相談出来るような関係を更に強くして、この商会を大きくしよう。

 ……今日は俺も皆との関係を深められればと思う。長くなったな、乾杯だ」


「「「乾杯ッ!」」」


 皆、シルバのスピーチは彼らしいと思ったがアウルムの言葉は意外だった。


 もっと人との距離を突き放していて話しかけにくい堅物のような印象を受けていた。関わりが薄い者ほどそう思っていた。


 そして、シルバと楽しそうにリラックスした表情で酒を飲むアウルムを見て、あれは誰なのだ、あれがアウルムなのかと思う者まで。


 だが、今の言葉で少なくとも頼って良い男だと判断出来る。耳障りの言葉ばかり使われればむしろ、騙そうとしているのではないかと警戒するのが、この世界で今まで生きてきた者たちの考え方。


 既に信頼を獲得しているシルバがアウルムに全幅の信頼を置くのだから、その判断は間違っていないと思わされる。気難しいだけで、シルバと同じくらい頼れるのだと。


 来年も、その次の年も、彼らを支えていきたいと思いながら豪華な食事に舌鼓を打ち、杯をあおって美酒に酔いしれる。


 皆、何かしら苦労をしてきた者たちだ。この瞬間が夢でないようにと、祈る者もいる。


 アウルムとシルバはそんな彼らを見て、今年も頑張って良かったと改めて感じる。


 仕事では人を救えないことが多い。救えない人を少し減らすだけで、マイナスをプラスには変えられないのだ。


 だが、ここにいる者たち。自分の近くにいる目と手の届く者たちだけでもプラスを積み重ねられたのだと実感出来ることで心が救われる。


「なあ……良い景色やな」


「そうだな。あまり人の命は背負いたくないんだが、その価値はあったと思う」


 シルバは壁にもたれかかりながら酒を飲むアウルムに近づき、隣に立った。壁際から見える店の光景をアウルムと共に焼き付けたかった。


「やっぱり、もうここが居場所ってか……血は誰とも繋がってないけど家族って感じするわ」


「だがよお……それ、経営者が言うのってどうなんだ?」


「クカカッ! 確かに……従業員の皆のこと家族と思ってるから! って……ブラック企業の経営者っぽいよな」


 ゲラゲラとアウルムのツッコミがツボに入りシルバは笑い出す。


「ブラックなのはリストの勇者だけで十分だ」


「お、言うね〜」


「ふん、そんな大したことは言ってないだろうに」


 ***


 酒も進みどんどん賑やかになる店の中でアウルムとシルバの楽しそうなやり取りを見ていた者がいた。


「ラナエルさん……アウルムは自分のこと『話しかけ辛い性格をしてると自分で理解してる』って良く言ってるけどさ、シルバさんと仲良過ぎるから邪魔しちゃ悪いなってところの方が大きくない?」


「ふふ……それは一理あるかもね。シルバ様はよく笑うけど、アウルム様が笑うのって基本的にシルバ様と話してる時だけだものね」


「アウルムって話しかけたら普通によく喋るし、冗談も言うし、滅多なことでは怒らないし、物知りだから皆もっと話せば良いのに」


「チャック、あなた本当にアウルム様のこと好きね……そのあなた、もしかして……」


 もしかして、チャックはアウルムのことが恋愛対象として好きになってるのではないかと、ラナエルはつい聞きたくなった。警戒をしながら顔を近づけ、答えを待つ。


「ううん……男として好きって言うのとはちょっと違うんだ。違うよ……安心して」


 チャックは笑いながら首を横に振る。ラナエルはドキッとした。


「な、何が……?」


「なんかお兄ちゃんって感じなんだよね……強くて頼れるんだけど、どこか放ってはおけない感じがする。シルバさんほど助けられはしないかも知らないけど、助けてもらった恩は返したいんだ。でも恩がなくても、それでも助けたい人なんだよ。皆がどうかは分からないけど、アウルムにはそういう魅力がある……と思う……」


「……シルバ様は?」


 ラナエルは動揺を隠す為に聞いてからすぐに酒を飲んだ。


「凄くカッコいいと思うし、楽しいし、皆の相談にも乗ってて尊敬してるよ。偉そうな言い方をしちゃうとアウルムに足りてないものを持ってて補い合ってるって感じ……でもさ、シルバさんがアウルムの恋人役だよね。落とすのは難しいと思うよ……ラナエルさんがどっち派かは知らないけど」


 チャックがそう言った瞬間、ラナエルとシルバは同時に酒を吹き出し、近くにいた他のエルフたちはコップを持つ手が震えた。

 シルバは離れた距離からでもある程度の会話の内容は聞こえてしまう。


 人を見る力のズバ抜けたチャックには全てお見通しだったのだ。


 だが、チャック並みに洞察力があるはずのアウルムだけは状況が理解出来ず、怪訝な顔をしていた。


 それを見たチャックもたまらず吹き出す。


 周囲にいた者も何がなんだか分からなかったが声をあげて笑い、楽しい夜はもう少し続いた。

これにて9章完結となります。今回気がつけば普段よりもかなり長くなってしまいました。お付き合いいただきありがとうございます。


ブクマ、☆☆☆☆☆評価で応援してもらえると嬉しいです。次章更新は3月を予定です。

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