9-20話 八つ腕の人形遣い
シルバの能力によって行動を制限された男。ステータスを偽装するスキルが高く、アウルでも本当の名は分からない。偽装されていることだけが分かる。
「答えろ、お前の本当の名はベルーガか?」
「その名をどこで……ウッ……!? ベルーガではない……」
表示されている名はベルーガ。仕立屋のオーナーとしての名はネル。正体はウォクトラムだが、ウォクトラムが本名かどうについては不明である。
ウォクトラムは抵抗するが、何故か正直に答えてしまう自身の反応に驚きを見せた。
「何者だ。名は? 生まれは? 何故こんなことをしている?」
「……ウォクトラムは私の恩寵の名前です。本当の名は──」
そこから、始まったのは『八つ腕の人形遣い』という存在がどうやって生まれたかの独白だった。
シルバの能力、アウルムの質問によって強制的に喋らされているというよりは、2人に聞かせる為に話しているようで、ウォクトラム自身の意思によって言葉はスルスルと出てきた。
今は亡き国、レレストノヴァ王国は現在のシャイナ王国と比べると五分の一程度の小さな国であった。
ここよりも西にあり、現在は紛争地帯となり跡形もないと言う。
主な産業は綿や麻、絹などの布や服、それに農作物。自然が豊かな国であり、それと同時に貧しくもあった。
王都の仕立屋ネルで働いていたヒューマンの父、ベルーガとエルフの母である、リリテラの両親の間に生まれた次男の名がヒッチンス。彼が後のウォクトラムである。
上流階級が主な客ということもあり、貧しい国でありながらも暮らしはそれなりに良く、食べるものに困ることは大きな飢饉でもない限り経験しなかった。
ある年、とある名家の息子が成人することとなった。それに合わせて儀式用の衣装を仕立てるよう命じられた一家だったが、陰謀に巻き込まれた。
敵対していた派閥の者により、一家に依頼した貴族の息子の成人の儀を失敗させる計画があったのだ。
敵対者は自分たちの依頼を優先しろと命令する。念入りに計算して、仕立屋がどれだけ頑張っても間に合わない作業を依頼した。
仕立屋ネルの家族は断ることの出来ない仕事が立て続けに入ることでほとんどパニック状態に陥っていた。
どちらかを断れば角が立つ。また貴族の依頼など命令に近く、失敗すれば命はない。
そんな時、まだ幼いながらも飛び抜けて頭が良く、近所でも有名なヒッチンスが作業の効率化を図った。
優先度、難度、作業量、あらゆる要素を分解して、これまでの店の無駄を排除し、期間内に両方の依頼を完璧に完了させたのだ。
家族はなんとかやり遂げ、一安心し、無事に納品を済ませ、それを祝して家族間でちょっとした打ち上げを行なった日の夜、悲劇は起きた。
「あれ? お兄ちゃんいないね?」
「ああ、ホッチスならさっき酒を取ってくるって言ってたな。ヒッチンス、ちょっと見てきてやってくれ」
兄を探すべく、リビングと少し離れた家の裏側に向かったヒッチンスは寒さにぶるりと震える。
「あれ……裏口が空いてるな……お兄ちゃん?」
そこが寒かったのは扉が開いて外の冷たい風が入ってきているからであった。
「き、きちゃダメだッ……! ヒッチンスッ!」
「お兄ちゃん?」
「黙れ、ガキ」
「カハッ……ゴポッ……」
振り返ると、兄とその後ろに顔を隠した男がいた。兄はヒッチンスに叫んだが、それが良くなかった。喉をナイフで掻き切られ、その血がヒッチンスの頬に飛び、数秒は状況が理解出来なかった。
兄のホッチスはついさっきまで生きて、冗談を言って笑っていたのに、今ではすっかりと力を失い、腕はダラリと垂れ下がり、人形のようになった。
「あ、あ……」
殺される。目の前の男は貴族の関係者だ。何故家にやって来たのか、これから何をするのか、聡明なヒッチンスはすぐに察しがついた。
だが、理由だけは分からなかった。
「なんで……ちゃんと納品したのに……」
「ちゃんと納品しちまったからさ」
「え?」
耳を疑った。それは誇るべきことであり、何も悪いことではないはずだ。
「ドーバチ家の依頼だけやれば良かったんだ。デンベーラ家の依頼を間に合わせないように計画したんだからなあ。それを台無しにしやがって。お前のせいで俺たちは恥をかいた。その報復さ」
それだけ言われたらヒッチンスには十分な情報だった。つまり、貴族の権力争い、陰謀、策略なんでもいいが関係のないことに巻き込まれていたのだ。
そして、目の前の男が正直にペラペラ喋るのは、生かすつもりがないから。既に息をしていない兄だけでなく、父と母も殺されるだろう。
自分も、もちろん殺される。
そして……気がつく。男が着ている服は自分たちが仕立てたもの。デザインは一つ一つ違うので、そのデザインから顔を隠した男も誰か分かってしまった。
ヒッチンスはキレた。この異常なシチュエーションにおいて妙に頭がスッキリとして、自分が今何をすべきなのか全て分かった。
「『八つ腕の人形遣い』……! お兄ちゃん……ごめんね……でも僕はこいつを許さない……!」
ヒッチンスは死体となった兄を操り、男の首に巻きつかせた。
「グッ!? なんだ!? 離せクソッ!」
死体は痛みを感じない。どれだけ刺そうとも操られているだけのホッチスだった肉の塊は男の首を絞め続ける。
「く、苦しい……やめろ……」
「お兄ちゃんはもっと苦しかったはずだ……うちで作った服を着てお兄ちゃんを殺したお前だけは……いや、お前もお前の親玉も殺す……僕たちは平和に真面目に仕事をして……お前たち貴族の無茶振りにも大人しく従い完璧な仕事をしたのに……下らない争いに巻き込みやがって……お前たちはずっとそうだ……偉そうにしてるだけで何も生み出せやしない……存在する意味がない……お前たちがいなくても僕たちはやっていけるんだ……許さない……絶対に許さない……」
ヒッチンスの元から持っていた残忍さ、殺しのセンス、恩寵の力、賢さ、全てが最悪のタイミングで噛み合い、天才的な犯罪者を生んでしまう。
男の首の骨を兄の身体を使い、折る。リビングに戻ると、父と母も殺されていた。
だが、動揺はしなかった。ああ、やっぱりなとしか思えなかった。数手先の未来がヒッチンスには見えていたのだ。
残りの刺客も全員操って殺した。
ヒッチンスは冷静だったばかりか、その後のことを考える余裕もあった。近所の浮浪者で、自分と同じような見た目の子供を殺し、家に持ち帰り、ヒッチンスに見えるように細工した。
そして、家に火をかけ、逃げた。
そこから先はあらゆる身分で生き延びた。この国の貴族を滅ぼすという願いだけが原動力となり何年もかけて、綿密な計画を練りに練り、国を滅ぼした。
だが、気分は晴れない。国を滅ぼした後は別の国を転々とするが、結局どこの国にも貴族はおり、やはり貴族は同じだった。
別にいなくても良いのだ。貴族が必要な大義名分を貴族がそれらしく言っているだけで、皆騙されているのだ。
確かに、権力や金の力で国民を守ることが出来るかもしれないが、それでもいることによる悲劇の方がどう考えても多かった。不当な搾取をしている連中なのだ。
今日食べるものも無い貧しい民の為に肥え太った貴族が存在している。おかしな話である。害悪である。
「貴族制度……この世でもっともくだらないものであり、貴族はもっとも邪悪な生き物だ……終わらせる……私が貴族制度を終わらせる……!」
「残念ながら、お前はここで終わりだ。もう何も出来ない」
ウォクトラムとなったヒッチンスは唾を飛ばしながら興奮してアウルムとシルバを睨みつける。
無駄な脅しだと、アウルムが一笑にふそうとしたその時、突如として大笑いを始めた。
「ククッ……フハハハハッ! 馬鹿なことをッ! 『もう』ッ! 始まっているのですよ……! 貴族制度は過去の遺物となるッ! 私が死んだところで止まらない……! いつ死んでも止められないように、この『八つ腕の人形遣い』がそんなことを考えていないとでも思っているのですか……! アハハハアハハッ! 死ねッ! 貴族も貴族のご機嫌を取る冒険者どもも皆死ねッ……!」
「うるさいねんッ! 国を出た後、お前はここ数年……何をしてたんや?」
シルバが胸ぐらを掴み、宙ぶらりんとなったウォクトラムを怒鳴りつける。
「良いんですかァッ!? それを聞いてッ……! あなたたちは後悔することになるッ!」
「良いからさっさと質問に答えろォォーーッ!」
「私は今から5年前…………」
ウォクトラムが比較的最近何をしていたのか、この王都での狙いは、攫った人をどこに運んでいるのか、生い立ちは聞いていてもまだ知るべきことがあった。
それを聞かなければ、この事件は終わらない。
ウォクトラムはシルバに殴られながら、嬉々として、狂気を孕んだ目で語り出した。
──だが、その時ウォクトラムの魔力が急激に暴れ出す。
「ッ!? シルバッ!」
「マジかこいつッ……!? 『破れぬ誓約』を無視してるやとォッ……!? 自爆する気か……!」
「豚どもの手柄になどさせませんよぉおおおおおッ!」
「クッ……! 『虚空の城』ッ……!」
アウルムは『虚空の城』の入り口を開き、シルバは何も言われてないにも関わらず、やるべきことはすぐに分かっていた。ウォクトラムをそこに慌てて投げ込み、入り口は閉じた。
「あ、危なかった……何なんや……」
爆発が既に終わったタイミングで入ると、肉片と焦げた匂いがする。これが王都で発生していたら周辺に被害が及ぶ可能性があった。
「あの規模なら魂ごと破壊する術式が仕込まれていたんだろう……恐らく、口封じをされていた、いや自身にそういう誓約をかけていたのかもな……契約魔法の中でも特殊なものか……しかし、この爆発威力はノースフェリの森に似ているが、関係はあるのだろうか」
「あいつ自身が目的を隠す為に仕込んでて、俺が自害させへんように命令してたんやが……喋れって言ったから自爆出来たってことか……クソッ……!」
シルバの性格から、派生した能力である『破れぬ誓約』の思わぬ穴。先に約束していたことが優先されるべきというシルバの考え方のせいで、半ば無効化されてしまった。
二つの約束が矛盾した結果、どちらかを破る必要が出た。その責任の取り方が自爆。
意図したものかまでは定かではないが、口封じの為の備えであるならば、これ以上に優れたものはない。
「とにかく、急ごう。死んでしまったものはどうにもならん。証拠品は騎士が来る前に全て徴収する」
アウルムは店の中にある書類などを片っ端からアイテムボックスに入れ始め、シルバにも手伝うよう言った。
「それは分かるが……犯人自爆したことに関してはどうするんや……」
「そこがあいつの誤算だよ」
虚空の城に散らばった肉塊を見て、アウルムは笑う。
「魂は消えても肉体は残った。修繕してくれ」
アウルムが作成した空間内の物質は直接触れずともアイテムボックスに出し入れが可能であり、一瞬でウォクトラムの肉塊を集めることが可能だ。
ミンチ状になった肉を床にべちょりと落とすと、シルバに『非常識な速さ』で普通の死体に戻してしまえば良いと言いながら、証拠品の回収を急いだ。
「おい……マジかよッ! クソッ! グロ過ぎるやろ……! ひき肉食えへんようなるわ……おぇェッ! お前これ……いや、何でもない……」
シルバは渋々、ウォクトラムの肉塊に手を突っ込み、時間を巻き戻す。蘇生は不可能だが、空っぽの肉体の状態に戻すことは可能なのだ。
「契約魔法で何も喋れなかったと報告すれば済む。犯人さえあげれば、ひとまず騎士のメンツも保てるからな。犯罪も止まるだろうし、詳しいことはキラドに報告すれば俺たちが咎められることはない」
「せやろうけど……気分悪ッ……こいつの動機も多少理解出来るところあるからな……俺らも点数稼ぎにこの死体を利用するってのが、どうも……」
「それよりも、消えた夫婦の手がかりを探して追跡する方が大事だ。こんな犯罪者に一々同情するのはよせ」
「うーん……せやなあ。それはそうやけど。死ぬ前にこいつ言ってたやろ、『もう』始まってるって……何をしてたんか分からんままやな」
「ウォクトラムは貴族制度に恨みを持っていた……その制度を破壊する何かを既に仕掛けているということだが……資本制度か?」
プロファイリングから、考えればスケールの大きなこと、それでいて目に見えにくくゆっくりと変化していくようなことだろう。
元の世界の貴族、封建社会がどのように終わったのかを考え、アウルムは推理してみる。
「どうやろうな。まあ、あり得るっちゃあり得るけど、金の価値、使い方が前世とは根本的に違うし、貴族って平民より魔法使えたりするから個人の単位で強いんよな」
「ああ、そう簡単に当てはめて分かるようなものでもないだろう…………ん、これは……封筒か」
証拠品を回収していると、アウルムは手紙を発見した。中身は無い封筒だけだが、これはウォクトラムに送られた手紙。
「手紙ィ? 誰からや、恋人とかか?」
「まさか、それはないだろう……」
「送り主の名前書いてないんかぁ? ああ、書いてるやんえーと……『H・J・R』……? う〜ん知らんな
……お前誰のイニシャルか分かるか?」
アウルムが見ていたのは表側。シルバは裏側からその封筒に書かれた文字を読む。アルファベットではないが、この国で使われる共通語にはアルファベットに対応した文字があり、『H・J・R』と読むことができる。
そもそも、これがウォクトラムの暗号名なのか、送り主の名なのか、すら分からない。これから送るつもりだったのかも知れないし、封筒そのものに意味がある可能性も拭えない。
「いや……特に俺のデータには合致する名前の人間は居ないな。暗号名なだけかも知れんからな……しかし……どこかで聞いたことがあるような気もするが……」
「お前で思い出せへんなら俺には無理やな。お、こっちには領収書がいっぱいあるで」
「全部アイテムボックスに入れておいてくれ、後で分析する」
ディラックが騎士が来たと声をかけたので、更に急ぎ証拠となりそうなものは全て乱暴にアイテムボックスに突っ込み、現場を離脱した。
後片付けは騎士や黒鉄に任せる。最初からそういう約束だった。ここで、アウルムとシルバが出しゃばっても意味はない。
契約魔法で縛られていたせいで、死んだという重要な事項だけを引き継ぎ、宿に帰った。
アウルムは「H・J・R……H・J・R……」と呟きながら首を傾げていた。




