9-15話 脅迫状
「当たりや……」
(アウルム、いたで挙動不審な指輪を売る男)
シルバは質屋に張り込み、油の匂いをプンプンさせた怪しい男を尾行した。店の外から壁越しに会話を聞いていると、指輪を売りたいと声が聞こえる。
念話で別の質屋に張り込んでいたアウルムに連絡をしてから、指笛を鳴らす。
『黒鉄』の人間が仲間を集める為に使うリズムだ。
「なぁにぃ……って、あらシルバじゃない?」
「ようテイラー。今そっちが追ってる事件の犯人の1人が店の中におる。死体から盗んだ指輪売りに来てるわ。出てきたところを捕まえて連行してくれ」
すぐに現れたのは丸坊主でメイクをした、黒鉄のメンバーであるテイラー。見た目、話し方は女性的であるが性別は男である。
「なるほどねぇ、私たちより先に見つけるなんて流石じゃない? 相変わらず良い男ッ!」
「どうも、そっちも耳飾り新しいやつか? 似合ってるで」
「あんたのそういう細かいところに気付くところ素敵よ、もっと可愛い系だったら寝てたわ」
「そりゃ残念」
肩をすくめたシルバをテイラーは気持ちの良い奴だと笑う。
仲間が2人、追加でやや遅れて合流してくる。丁度その時、犯人が質屋から出てきたのを一斉に取り押さえた。
殺さず、拘束するのはそれなりにリスクが伴うので連携が要求されるが、クランとして活動しているだけあって見事なものだった。
「な、なんだ!? 俺はなんもしてねぇッ!?」
「はぁい! あんたもう終わりよ?」
「ッ!?」
床に叩きつけられ、腕を捻り上げられることで呻きながら叫ぶ犯人の耳元で低い声を使いながらテイラーは囁く。
「テイラー、騎士に引き渡される前にこちらで尋問をしておきたい。悪いが少しの間だけ待ってくれ」
「アウルムちゃんも来たのね」
「おい……『アウルムちゃん』は勘弁しろ、これでも立場がある」
すぐにシルバのいたエリアへと転移してきたアウルムが捕物のあった現場へと合流する。ちゃん付けされること自体はどうでも良いが、それが周囲にどう受け取られるかを考えてくれと、テイラーを嗜める。
「そうね、このお店の中使わせてもらいましょ」
テイラーはドガッと乱暴に店の扉を蹴って犯人を引きずりながら店の中に入る。
「な、なんだお前らッ!? 衛兵を呼ぶぞッ!」
「馬鹿ね、衛兵呼ぶのはこっちよ。コイツは最近王都を騒がせる犯罪に関わってんの。ちょっと聞きたいことあるから使わせてもらうわね」
「ふさげんな! よそでやってくれ!」
「……ん〜、私の覚え違いじゃあなかったら、犯罪者に金品を提供、交換するのは犯罪じゃあなかったかしらぁ? あんたコイツの出した指輪買ったわよね?」
「はぁ!? 知るかよ! いやマジで知らねえって! 俺は売られたものを買っただけ! 関係ねえって!」
「じゃあ大人しくしてろやこのボケがッ!」
「ヒィッ……!」
急にガラの悪い低音で怒鳴るものだから店主は顔を青ざめて、尻餅をついた。
***
「おい、お前名前は? 冒険者のようだがどこの所属だ」
「お、俺はミゲル……! 1人でやってるEランクの冒険者だ!」
「単独だと? 背後に誰かがいるわけじゃねえのか?」
黒鉄のメンバーがミゲルの言葉に驚く。
「ミゲルちゃんあんた、黙ってても良いことないわよ、なんで人なんか殺しちゃったのよ? あら? でもこんな間抜けに私たちが出し抜かれるかしら?」
「ちょ、ちょっと待てよ!? 違うって!殺したッ!? 何言ってるんだ、俺は殺しなんかやってねぇよ!? 俺はただ金に困って……」
「金に困って死体から指輪を盗んだだけ? え〜それちょっとおかしくない? ……さっさと吐けやゴラ」
胸ぐらを掴まれ、服がミチミチと縫製のダメになる音が聞こえ、ミゲルは苦しそうに空中で足をバタつかせた。
「テイラー、こいつが火をつけて指輪を盗んだのは事実だ。だが、殺しをやってないってのは現場の状況から見ても嘘じゃない」
「こいつはただ利用された間抜け。いつでも切り捨てられるだけの犯罪の片棒を担がされて、パニクってケチな泥棒に成り下がったアホや」
「それで、俺たちが聞きたいのはこいつが、火をつける前に誰にどういう指示を受けたのかってことだ。それが黒幕だな」
「あ〜なるほど、おバカなのね、こいつ。おら、タマキン潰すぞ、さっさと喋れ」
「分かった! 言うから! 下ろしてくれ! そんで殺さないでくれ……! 」
「殺すかどうかは裁く騎士や貴族次第だからな。知らん。どれだけ困窮してようが犯罪に加担して良い理由にはなってない」
「そんな……俺は騙されたんだ! 俺は悪くないッ……!」
「へえ、なら悪くないって言えるだけの情報こっちに与えてもらわんとなあ」
ミゲルは泣きながら何があったのかをペラペラと喋り出した。この後に及んで騙した方が悪く、自分は被害者だと言い張る面の皮の厚さにはその場にいた全員がイラついていた。
そして、少ないながらもこの件の一部が見えてくる。
「えっと……それじゃあギルドで声をかけた男と指示を出した男を捕まえれば良いのかしら?」
「いや、大して意味はないだろう。俺の予測だが、ここまで用意周到な奴がその程度で尻尾を掴ませるとは思えない。恐らく、その男たちもコイツと同じで利用されただけだろうな……」
「まあ、だからと言って放置もあかんし探してもらうことにはなるやろうけどな……テイラー、そっちに絵が得意な奴いたやろ? 人相書き頼んで捜索や」
「じゃあこいつはもう用済みね、引き渡してくるわ〜……立てッ! 自分で歩けオラッ!」
テイラーはガッ! とミゲルのケツを蹴り上げて手足に巻いたロープを引っ張り連行する。
他の仲間たちをテイラーについていき、シルバとアウルムは店主から指輪を没収する。
「おいっ……金は!? 俺は損するだけかよ!?」
「テメェ……舐めたこと言うてんなよ、おいッ……! これ盗品って分かってて買ってるやろうがァッ! 何被害者面しとんねんお前ッ!
今この瞬間に逮捕されんかったことに安堵しとけや!」
「うっ……クソッ……分かったよ……」
シルバの気圧されて店主は悔しそうに指輪の損失を受け入れた。そもそも、グレーな商売をしていると知っていたからここに目星をつけていたのだ。
当然ながら、この店主も犯罪者を助けていることになり、反論する道理などない。
店を出て、シルバはその指輪をアイテムボックスに入れておく。本当の持ち主が見つかれば返すつもりだ。
「おい、これ結局ウォクトラムなんか?」
「ウォクトラムを意識しているのは間違いないが、殆どが伝承だからな。確定させるのは本人の顔を見て『解析する者』を使わん限り無理だ。だが、4日働いて4日休むってのは間違いだったな。
休んでいると思っていた期間は裏で仕込みをやってたんだから、休んでない。同時並行で色々仕込み、表で分かるような犯罪が発生してないだけだ」
本来、物語の人物、過去の人物をその言い伝えなどから未来の人間がプロファイリングするのはナンセンスなことだ、とアウルムは付け加える。
「まあこの手の知らん間に反社の片棒担いでたってのはよくある話よ。でも、今回の奴はその手口が洗練されとんな」
「殺しなんかの直接的な部分はリーダーの側近みたいなのがやってるだろうな。プロの犯行だ。足がつく部分、誘導の部分は指示だけして素人に任せる。
計画が綿密なのに対して、実行犯が素人って妙な手口はこれで説明がつく。
秩序型が無秩序型を支配している特殊な状況だ」
「……じゃあ、火事で騒ぎを起こしてる間にやりたかった本命の仕事があるってことちゃうんか?」
「だな、そしてそれは既に完了しているだろう。明日にはまた別の死体が出るぞ」
「チッ……急がんとな……派手に動く4日間で捕まえんとこっちの動きの変化に気付かれて逃げられるで。そんで、どうやって見つける?」
活動を休止して、地下に潜られたら見つけるのは難しい。捕まえるならば、まさに今でないとダメなことはアウルムも理解している。
今考えてる、とシルバに急かされながら頭を回転させる。
「……良い匂いがした……」
「あ? 俺の話か? そりゃバッチリ汗流して高級な香水使ってるからな。
「馬鹿、お前じゃない。死体の話だ」
「腐るより前に見つけたからやろ」
死んでから数日経っている訳でもなく、今は少し肌寒いくらいの気候。腐り始めて匂いがするまでにはそれなりに時間がかかる。
それは当たり前なのではとシルバは反論する。
「そうじゃない。死臭ではなく体臭の方だ。路上生活をしてる人間が臭わない、なんてことはありえない。髪も爪も健康状態は分かるが、整えられていた。垢も綺麗に拭き取られていたんだ」
「じゃないと商人の死体って思わせられへんやろうしな……いや、待てよそれって優秀な犯罪者やからって出来るか……?」
「無理だ。髪を切る技術、爪を整える技術、女の化粧をする技術、鼻が曲がるほど汚れた人間を綺麗にする技術、それらを全て犯罪の指揮をする者、その部下が持ってるとは思えない。つまり犯人は貴様だ」
「なるほど……これで解決やな。捕まってくるわってなんでやおいッ……! ベタ過ぎて突っ込むのも恥ずかしいわ。しかしまあ、となると、おるな……協力者の職人が……」
それぞれの技術で仕事をする職人がいるくらいであり、よっぽど美容に関心がある犯罪者でない限り、考えにくい死体の処理だった。
「だが、路上生活者を客として店に入れたら目立つ。連れて行くにしても身綺麗な人間が最低1人は必要だ。それぞれ別の職人の店に行くか、呼ぶにしても目立つしな……行くぞ」
「行くぞってどこにや?」
「エスメ姉妹堂だ」
「はぁっ!? おいおいおい、勇者が犯人かッ!? 直接乗り込むのは時期尚早やろ、いくらなんでも……」
「違う。だが、それが出来る人間に心当たりがあってもおかしくないし、必要な道具から考えたらそれは顧客だ。今回の黒幕は金を持ってる。貴族、もしくは地位のある商人でないと仕事が回らんからな。
路上生活者を一般人に仕立て上げる際に出てくる人間は使い捨ての冒険者のような奴には荷が重い。
かなり黒幕に近い、もしくは黒幕本人が出張る必要がある」
路上生活者と思われる死体をそれらしく見せるには金がかかる。また、そう言った業者、職人と繋がりを持つにしても資金力だけでなくコネが必要である。
その仕事はミゲルのような下っ端には任せられない。
他人を操ることが得意と言えど、状況をコントロールしたがる人間が全てを他人に任せることはまず、ない。
絶対に失敗出来ない作戦の根幹となる部分は直接動かざるを得ない。尻尾が掴めるとしたら、大きく金が動き力のある者でないと出入り出来ないような場所や作業。
そこから探るべきだとアウルムは推理した。
「犯罪の下流を見ても仕方ないから上流と繋がってそうなところから攻めるってことか……なるほどな……でも、突ついて出てきた奴がキラド並みの大物貴族やった場合どうするん」
「それはもうキラドが出てくる必要があるな。その時はその時としか言えないだろ。実力のある用心棒や刺客との交戦は考えられるから、備えておかないと……」
それが出来る人物が逮捕出来なかったり、殺すとマズイ相手である可能性はある。
こちらを潰しに来ることもあり得るだろう。警戒しつつ、今やるべきことをやる。
それしかないと、アウルムも今後の展開が面白くないことは予想している。
最初から分かっていた。だから、今回は直接的な干渉を避けている。関わる人間があまりにも多く、表の顔だけではどうにもならない規模。
あくまで本命はホシノ領の死体の件。関係があるのか、ないのか、それをハッキリさせる為の介入である。
***
「何や……騒がしいな……混んでるのはいつものことやが……」
商人の服装に着替えて、エスメ姉妹堂に訪れると従業員が慌ただしく動いていることが目立った。
繁忙ゆえの落ち着きのなさではなく、何かトラブルの予感。
「日を改めるしかないのか……」
「そんな悠長なこと言ってる場合か」
「だが、元々アポ無しで来て対応出来るほどナナ・エスメは暇してないぞ」
「こ、これは……プラティヌム商会の……!」
前回訪れた時に顔を見たことのある女がアウルムに気がついた。
「申し訳ありませんが、現在ナナ様はお忙しく対応が難しいのです……まことに申し訳ありません。何か御入り用のものがありましたら、そちらの者に注文をお願いします」
「いや、約束をしていないのだから急に合わせろと言うのも無理があることは分かっている……だが、何かあったのか?」
「いえ……その……」
店員の1人がしどろもどろになりながら、答えに窮していた。そこに別の店員が耳打ちをする。
「この方たち、冒険者で黒鉄の方とも仲が良いから話しておいた方が良いんじゃない?」
無論、地獄耳のシルバには意味のない対策だが、礼儀として聞こえてないフリをする。
「そう、分かったわ……失礼しました。この場で事情を説明するのは憚られるので別室にご案内させてください」
「ああ構わない」
シルバとアイコンタクトを取り、アウルムは他の客からは目立たない動きで別室に向かう。
茶などは不要で、事情の説明をして欲しいと先に伝えると店員は一度下がった。
「これ……タイミング的に関係あるやろ」
「だろうな……先回りされた……?」
「まさか。それなら最初からあんな小細工せん方が良いんや。方向転換するにしても1日の間にはおかしいやろ」
「だな……しかし何かあったのは間違いないな……」
誰もいない部屋で店員がおらず、2人きりとなり待つ間に少し話すが、口封じなどは考えにくい。であれば、何があったのかを想像するがこれと言って確たる推測は出来なかった。
「失礼します、ナナ様の準備が出来たのでお部屋までお願いします」
「ここに来るのではないのか?」
「ええ……その、私の口からはこれ以上言えなくて……とにかくご案内しますので、ついてきてくださいますか?」
「……分かった」
(嫌な予感するわ……)
店員の口ぶりから事態の深刻さを測る。シルバはローブの下に剣を装着し、抜く準備をする。
「ナナ様、お連れしました」
「どうぞ」
扉をノックし、返ってくる声はアウルムが抱いていたイメージとは違う暗い声。以前はもっとテンションが高く、作ったような声をしていた。
入ると、そこには5人の冒険者が部屋の隅に立ち、囲むようにして彼女を守っている。
「いつもこうなのですか?」
アウルムは彼らを見てナナに聞く。目が赤い、どうやら泣いていたようだ。
部屋の異様な雰囲気を感じながらも聞く。
「……今は特別警戒する事情がありまして……その、本日はどのような御用向きでしょうか? そちらの方は相棒のシルバ様ですよね?」
「シルバです。どうも初めましてナナ・エスメ嬢」
シルバに注意を向ける程度には落ち着きがあるのか……とアウルムは観察し、シルバは少し頭を下げて挨拶をする。
「実はついさっき、事件があり……!」
「ッ!」
アウルムが突然の訪問の事情を説明しようとしたその時、ナナ・エスメは立ち上がり、前のめりになった。
「ネネのことを何かご存知なのですか!?」
「ネネ? 妹君ですか? いえ、俺たちが来たのは商人の夫婦が死体となって発見され、家が放火された件ですが……」
「それって……私の妹が行方不明なのです……! もしかして関係があるのではありません!? あっ、そうだ……これを……!」
「何ィッ?」
悪い予感は当たる。ナナ・エスメの尋常ではない慌てぶり、一致する不自然なタイミング。
彼女は震える手で机に置いてあった一枚の紙をアウルムに差し出した。
「馬鹿な……」
「何て書いてる?」
「…………脅迫状だ。ネネ・エスメを探せば殺すと」
「あぁ?」
アウルムは手紙の隅から隅まで目を通す。信じられなかったのは内容ではない。
その筆跡の方であった。そして、これはアウルムの知っている筆跡だった。
特徴のある文字のはらい方、丸みのある角……その筆跡は──第16代シャイナ国王、アルレッド・シャイナのものと一致していた。
(あり得ない……国王が自分が書いたと分かるような筆跡でこんな脅迫文を書くなど……犯人だとしても見は的に代筆だ……まさか!? ウォクトラムが狙ってるのは……またしても国なのか!?)
アウルムの背中に冷たい汗が流れた。
今年最後の投稿になります。200話、100万文字突破、ネトコン二次選考通過まではいけたので、来年はランキングに乗れたら良いなと思います。
これからも執筆していくので、よろしくお願いします。よいお年を。




