9-14話 存在しない依頼
アウルムとシルバの泊まる部屋、その扉の前でミシ、と床板が踏み締められ軋む音がする。
防犯上、敢えて床板が軋む部屋を取っている。
「ッ!」
「……これはディラックの足音や」
シルバは足音だけで、その対象の体重移動の癖や、体重、体格、実力がザックリと判別出来る。
対して、アウルムは単に耳が良い……と言うより過敏気味なだけ。シルバの離れ業は真似が出来ないので、音が鳴れば警戒する。
背中を丸めて毛を逆立てる猫のようになっていたアウルムはいつでも魔法を発射出来る体勢を取っていた。それを解除させなければ、ディラックは入って来られない。
「俺だ……」
扉の前に立ち、決まった合図のノックをして、声もディラックであると確認出来て初めて扉を開ける。
「刺客みたいな足運びで来るのはよせ、危うく壁越しにお前の頭をぶち抜くところだった」
「すまん、あまり俺がここに出歩くのを見られる訳にもいかんからな……動きがあった」
「まあ、予想はしてたから準備は出来てるけどな。行くでアウルム」
「ああ」
そう言えば、こんな夜中に寝巻きではなく、戦闘用の装いをして、自分が来ることが分かっていたような落ち着きぶりをしているな、と2人を見てディラックは気がつく。
「なあ……流石にお前たちの知識全部くれって言わねえけど、今日起こるなら一言あっても良いんじゃねえのか?」
「不確定な情報をお前に伝えて、お前が下の者や騎士に伝えたら、お互いの立場が悪くなるだけだ。確信がなかったからな。今から現場でその確信を得に行く」
「何があったかザックリ教えてくれ」
窓からピョンと飛び降りて宿を出る。そのまま着地して、走りながら息を弾ませることもなく会話を続ける。
この程度は高いランクにいる冒険者なら出来て当然のこと。
「西の商人の家が集まってるエリアだ! 自宅で若い夫婦が殺されてて、家の周りから煙が出てるから俺たちが気付いた! すぐに消火したが玄関周りは火が回った!」
「近いな」
アウルムは脳内の地図と現在地を照らし合わせる。
「犯人は!?」
「周辺を俺たちと兵士で探し回ってるが見つかってない! 警備をしてる冒険者もいたし、兵士だって見回りしてるのにどうやって侵入したんだか」
「かなり高い隠密スキル持ちか……?」
してやられた、とディラックは悔しそうに歯軋りをする。
シルバはそんな状況で何故犯行が可能なのかを考えるが、自分でも見つからずに遂行するのはかなり骨が折れるのでは? とその不自然さに唸る。
「現場は荒らしてないだろうな?」
「ああ、お前たちが来るまでは火を消して斥候の奴が家の中に危険なものが無いかを確認しただけだ。あったのは死体くらいなもんだ」
「そうか……」
アウルムの懸念は騒ぎによることで現場が荒らされて検証が不可能になること。これはディラックにもフレイにも呼ぶつもりがあるなら、絶対に守れと命令していた最重要事項である。
そして、到着する。野次馬が集まり、白い煙が立つ家なので、到着する前に現場がどこなのかは明白だった。
「どいてくれ! ディラックだ! 通してくれ!」
ディラックは野次馬を押し除けて、家の玄関へと向かう。
「アウルム!」
「分かってる……いないな」
「何がだ?」
シルバは現場に到着するとアウルムを呼ぶ。野次馬の中に犯人がいないかを確認しろと言いたかったのだが、言われるまでもなく『解析する者』でその場にいる人間全員を鑑定していた。
ディラックは野次馬を見る2人の意味が分からずに質問する。
「火事の現場で怪しい奴がおらんかの確認やけど、おらんみたいや」
「シルバ、お前は火の動きを辿れ。俺は死体を見る」
「よう、マルヴォル久しぶりやな」
「おう、シルバ頼りにしてるぜ」
玄関の前を守っていたのは大楯を持つ戦士、『黒鉄』に所属するマルヴォル、寡黙な男だ。誰1人、勝手に通さんと言わんばかりに野次馬を睨みながら立っていた。
アウルムは軽く会釈をしてから家の中に入り、シルバは玄関を見る。
「最初に発見した奴は?」
「オリンだ。シルバに状況を報告してくれ」
「まず、厳密には俺じゃない。屋根の上で見張っていたら騒ぐ声がした。火事だって誰かが叫ぶ声だ。それでその方角を見たら煙が見えたからすぐに仲間を呼んで急行した」
「火を消したのは私よ」
「幸い、近くにセスティがいたから火は大して広がらなかった」
斥候のオリン、魔法使いのセスティが当時の状況をシルバに詳しく説明する。
「……誰や? その火事やって騒いだ奴は?」
「分からん、近所の誰か、もしくは警備していた奴だろう」
「探せ、今すぐに。そいつは犯人の可能性が高い」
「何? 自分がやったことを気付いてもらおうとするか?」
「目くらましが目的ならな……見ろ、火の動きを」
オリンがシルバの指示を訝しげに聞く。そんな頭の悪い奴がいるはずがないと言いたげな表情だった。
シルバは指差しながら、火元、そして火がどうやって移動しているかのトレースを行う。
「まず、火が直線的に動いてるやろ、あっちからこの扉に向かってな。これは火の動き方を知ってる奴なら絶対に分かる。魔法使いなんかは特にな。壁、そして天井に生き物のように燃え広がるんや。
でも、見てみろこれ、地面から真っ直ぐ扉に向かってるんや。火のデカさから見て……いや、待てよ火事に気がついて、何秒で消火出来た?」
「大体……1分くらいか? 20秒で到着して40秒で消した……確かそれくらいだったな、セスティ?」
「そうね火を消すのはすぐに出来たはずよ。そんなに大きく無かったから」
「ええか? 火のデカさ的に考えるとやな、これは火つけたやつがすぐに騒がんと成立せんのや。本来ならもっと燃え広がってるはずや。タイミングからして騒いだ奴じゃないと説明がつかんのや。やから今すぐ探してくれ。言うまでもないが、火傷してる人間は逃すな」
「なるほどな……分かった。声は覚えているから聞き込みをしたら見つけられるかも知れない」
オリンは納得して人混みの中に消えていく。残るはシルバとセスティ。金髪のツインテールで、やや幼い顔立ちだが黒いローブを着た、いかにも魔法使いと言える格好をしている。
「セスティ、他にも変なところがあるの分かるか?」
「え? う〜んどうだろうね、私火魔法は得意じゃないしどっちかと言うと消すの専門だからね」
「証拠隠滅の為に火をつけるってのはよくある話やが……それなら家がもっと綺麗に満遍なく、そして素早く燃えるように考えるべきや」
「う〜ん?」
セスティは片頬を膨らませながら首を傾げる。
「死体はこっから奥やろ。でも火の進行方向、火元は玄関から外の扉に向かってる。なんでや? 極端な話、死体に油かけて燃やした方が良いはずやのに、や」
「死体を燃やすことが目的じゃない……? 燃やしたかったのはもっと別のもの?」
「それもあるけどな、内側から火つけてるってことは、自分が出られへんやろ。外から火つけたらええのにやで? これは変や。それでもそうする必要があったなら、どっから家を出る?」
「窓……もしくは裏口かな」
「はいセスティちゃん正解!」
「子供扱いしないで」
「悪い悪い、裏口見に行くついでにアウルムの話も聞いとこう」
シルバはセスティを連れてリビングへと向かった。
***
「そっちはどう?」
「ああ、シルバ丁度良いところに来た…………」
「ん? どうかしたか……うわっ、酷いな血まみれで顔はパンパンに腫れるまで殴ってんのかこれ」
シルバが来たところで、アウルムはしゃがみ込み調べていた死体から視線を外し振り返る。そしてシルバとセスティをジッと見ていた。
「お前ら、寝たことがあるな?」
「何ッ!? 」
そんなアウルムがやや不機嫌そうに問いただす。ディラックは素っ頓狂な声を上げてセスティを凝視した。
「な、なな……何をッ!?」
「その反応……セスティ、マジかお前ッ! シルバテメェうちのもんに手出してんじゃねえぞ!」
「Sランクのクランの実力者から迫られたらシルバも断れないだろうな、むしろディラック、リーダーとして落とし前はつけてもらうぞ」
そう言ってアウルムはディラックを睨む。
「なんで俺が悪いみたいになってるんだよ!?」
顔を赤らめて動揺するセスティにディラックは目を剥いた。そしてシルバを咎めるように距離を詰める。
シルバはセスティを守るように前に立ちディラックを落ち着かせる。
「そんな冗談は要らんねん……分かったこと教えてくれや」
「なんだ、冗談か……」
ディラックはホッとして胸を撫で下ろした。
「いや、寝たのはマジや」
「ちょっと! シルバッ!?」
「そりゃコイツにはバレるって、嘘つくと後々面倒やろうが。別にお互い大人やねんし自由やっての」
「さっきは子供扱いしたのににこんな時だけ大人?」
そんなやり取りを見ながらアウルムは話し出す。
「ディラック、今見た通りシルバはセスティを守った。危険が及んだ場合、夫の対応は2つ。戦うか、逃げるかだ」
まんまとデモンストレーションの材料にされたシルバは舌打ちをする。
闘争・逃走反応の例に倣い、アウルムは分析をした。
「この傷は妻を守ろうとしてついた時の傷に見える……が」
「このナイフでか? ふ〜ん……フェイクやろ」
傷、そして血がべったりとついた凶器と思われるナイフをシルバは見比べ、それが犯人の偽装であることに気が付いた。
致命傷となった箇所の傷口と腕を切りつけられ発生した防御創が一致しない。別の凶器が使われている。
しかも、傷の様子からして、殺した後にわざとつけたもの。切りつけることを楽しんだ感じではなく、争ったと見せかける為のような傷。
「指紋は手袋はめててついてないか」
「ああ、しかもだこの死体……死後硬直から見てもっと前に死んでる少なくとも6時間前だ」
「はぁ? じゃあ犯人は殺してからこの家で6時間何してたんやって話になるやろ」
「この家では殺してないんだ……見てみろ」
アウルムは死体の足の裏をシルバに見せた。
「商人の足じゃないな……」
その死体は分厚い皮膚に覆われてマメが出来ている。
「靴すら買えない路上生活者とかスラムの人間の足だろ? 歯や肌の質感、栄養状態なんかも、中規模の商会を引き継ぎ裕福よりの生活している商人の身体じゃない。そこで俺はある仮説を持った」
「その仮説ってのは?」
ディラックが前のめりになってアウルムを急かす。
「これ、商人夫婦の死体に見せかけた他人だと思うぜ……!」
「他人だと? じゃあ本当の夫婦はどこにいる?」
「拉致されたんやろ…………ッ!」
「どうしたシルバ?」
「玄関の扉を燃やすような火のつけ方やから犯人は裏口から逃げたと思ったんやが……!」
何かに気がついたシルバは駆け出して裏口をチェックする。足跡や不自然な新しい家の傷などを見て、特に裏口の扉の鍵穴を調べた。
「やっぱりや! この鍵、壊れてないけど機能せんように細工されてるで! それが気付かれへんように表の玄関を派手に燃やしとるんや! しかも見ろ、裏口の庭ッ! 荷台の轍があるぞ……!」
「……! ディラック! 至急、出入りの商人、特に荷馬車を持つ奴を探すように騎士に依頼するんだ! 3人以上で移動したいた荷馬車を持つ人間の目撃情報があるかも知れない、人員を総動員しろ……」
「商人ッ!? 商人が殺したのか?」
「少なくとも『商人に見える』奴らは死体を運んで、夫婦を誘拐しているッ……! 身分や評判に惑わされるな、事実だけ集めて疑え! 時間が立ち過ぎている……隠されたら見つけられんぞ!」
「それは俺らじゃ角が立つな……分かった、騎士に任せるよう手配する」
ディラックはセスティと共に家を出て指示を各方面に伝える。
シルバは残ったアウルムに話しかけた。
「やっぱり、繋がってるんかな」
「まだ分からんが奴らの派手な動きの目的が誘拐なら辻褄は合う。しかしだ……下調べから侵入、拉致までの手口が鮮やかなのに対して、これはどう思う?」
「多分……火つけて家を荒らす偽装した奴と、侵入して死体を運んで夫婦を拉致した奴は別やろ。前者は素人。後者はプロ、そんな感じがする」
「やはりそうか……見ろ、女の方は指輪をつけた形跡があるだろ。でも指輪はないんだ」
「盗んだんやろ……いや、路上生活者が高価な指輪つける訳ないか……ああ、そうか……指輪で本人やって証明する為につけたけど、素人の方が欲出して盗んだんやな」
「俺たちは初めてミスを犯したのを発見した。いや、ここまで気が付く奴がいることは想定外のはずだ。現場はもう良い、俺たちは先回りする」
「先回り?」
「質屋だ。指輪を売った奴がいるかもしれん」
「なるほどな……おっと、騎士様が遅れて登場のようや。面倒なことなる前にさっさと退散やな」
シルバは玄関を守っていたマルヴォルにここを出ることを伝えて、裏口から質屋に向かった。
***
冒険者ギルドにて、Eランク冒険者の1人の男が依頼ボードを睨みつけて腕を組んでいた。
男の名はミゲル、22歳。まだまだ駆け出しで収入は不安定かつ少ない。
自分の命綱である、剣をメンテナンスする金もなく、錆びて刃はところどころ欠けているボロボロの剣を腰からぶら下げていた。
「クッソ……俺も字が読めたらなあ」
依頼の内容はよく分からないものが多い。しかしそんな冒険者はミゲルだけではなく、それが殆どで普通のこと。
ボードを見るのは字が読める者ばかりで、受付に何か依頼はないかと聞くことが多い。
ミゲルは依頼のランクと、報酬の数字だけは辛うじて読めた。ちょっと面倒な奴に借りてしまったことで、最近はその催促が厳しく、焦りもあった。
ランクと報酬から手早く簡単に稼げる仕事はないものかとボードを睨みつけていた。自分と同じように受付に並ぶ低ランク冒険者の列でうんざりとしていたのだ。
「お前さん、仕事に困ってるようだな。1人で活動してる奴向けの仕事があるんだが、話を聞く気があるかい?」
「あ? なんだよ、ほっとけ」
話しかけて来たのは、どこにでもいそうな目立たない顔つきの男。年は30後半くらいか。ミゲルは男の態度が気に食わず、また胡散臭さも感じた為適当に追い払おうとした。
「そうか、リスクはあるが楽に稼げる割の良い仕事を探してる奴がいたら教えてくれや、ちなみに銀貨5枚だ」
「ちょっと待て、銀貨5枚だと?」
ミゲルは自分のランクから考えれば、5件ほど依頼をこなさないと稼げない額の報酬を提示されて男を改めて見る。
こう言う仕事は基本的に早い者勝ち。そして何より断ってしまえば、自分以外の誰かが引き受けるだろう。
そうなれば、何故か自分が損したような気さえしてくる。
「お? 目の色が変わったな」
へへへ、と男は笑いながらテーブルで話そうやと誘導する。
「依頼の内容は? Eランクだが、剣の腕はそこそこあるぜ、探し物も得意だ」
「そうこなくっちゃなあ、ソロでやってる奴はランクの割に実力があるのが相場だから、雇う方も金を惜しみながら質を確保出来てお互い得ってわけよ」
なるほど、とミゲルは男の口車に乗せられる。出来るだけ自分を高く見せようとする虚栄心を見抜かれて、煽てられているとも知らずに。
「なぁに、そんなに難しくはねえぜ……ただ、はっきり言って訳アリだ。お前さんも見たところ訳アリ……分かるよな?」
「ああ……まあな……だから詳しく質問はしねえよ。そこのところは弁えてるつもりだぜ。問題は俺が出来るかどうかだからな
「話が早くて助かる。いや、そんなに難しくないってのは本当だ。依頼の内容は『調査』だ。最近物騒だろ? 俺も雇われてる身だが、雇い主が警戒しててな、ただギルドを通してたら無駄に手数料が取られちまうし情報も筒抜けだ」
「ふ〜ん?」
「うちの雇い主の家の周りで不審な奴がウロつくってんで、疑心暗鬼になってるのさ。お前の仕事はそんな奴がいないか、その近所で誰がどんな時間帯にウロついてんのか調べることだ。
なんでも、冒険者ギルド絡みの連中らしくてな、それを堂々とギルドに依頼しちゃあ意味ねえだろ?」
「なるほどな……だが、俺だってその辺りをウロウロしてたら怪しまれるだろうが?」
「その辺りは考えてある。明日の朝、俺が今から指示する場所に行って、そこにいる緑の帽子の男に話しかけろ。詳しい話はそいつが説明する」
「分かった。明日の朝、緑の帽子の男だな。話は通しておいてくれよ」
ミゲルは場所を聞いてから、席を立ち、冒険者ギルドを出て行った。
「へっ……こんな簡単なことで馬鹿を騙して報酬銀貨1枚かよ……ちょろい仕事もあったもんだな。せいぜい頑張れや」
男は笑いながらギルドを立ち去る。
翌日、ミゲルは緑の帽子の男と会った。怪しまれないよう、近くの家で防犯用の鍵を売る仕事をする押売りのフリをしろと指示される。
仕事をこなして近所の様子を探りその成果を報告して報酬を得た。もっと良い仕事があるが、やる気はあるかと聞かれて金に目がくらみ、引き受けた。
そして、更に数日。
「クソッ! クソッ……なんで俺が……クソッ! ハメられた……! 話が美味過ぎた……!」
ミゲルは鍵を売った商人の夫婦の家に盗みに入り、火をつける仕事を依頼されたのだ。
流石にヤバいとは思ったが、そのヤバさだけ報酬は良かった。丁度、借金を全て返済して剣の手入れが出来る額だったのだ。
「聞いてねぇぞ……死体があるなんて……!? 家に火つけるだけじゃなかったのかよ……! さっさと王都を出ねえと……! だが、まずはこいつを換金しねえと街を出れねえじゃねえか!」
ミゲルは女の死体から盗んだ指輪を睨み、路地裏でひとしきり泣いた後、質屋へと向かった。
この話で9章は丁度折り返しです。ブクマと広告下の☆☆☆☆☆評価をタップして応援してもらえると嬉しいです。




