9-13話 黒幕の心当たり
「そんなんで読めんのかよ?」
ディラックは最近の王都の事件に関する資料をまとめてシルバの止まる宿に直接、わざわざ渡しに来た。
大きいクランのリーダーが用事の為に自ら足を運ぶということは珍しい。考えようによっては、ディラックが軽んじられるような行動である。
それでも、そんな外聞を無視してでも胸の中にあるモヤモヤとした違和感を払拭する材料が1秒でも早く欲しかったのだ。
その場にはアウルムもいた。勝手に苦手意識を持ってるディラックが引きつった笑みを浮かべて挨拶をした。
シルバは渡された資料の紙束をパラパラっとめくり、一瞥しただけで、それをすぐにアウルムの胸の前に持って行った。
受け取ったアウルムがあまりにも素早く資料をめくり、眼球をキョロキョロと動かすので、ディラックは読んでいるのは分かるが、果たしてアウルムのそれは意味のある行動なのかは疑問だった。
「まあ、待てって」
「そりゃ、目で文字を追うことは出来ても理解しながら読むって速さじゃあないってことは分かるぜ。俺はこれでも母方が文官の家だからな、勉強は嫌と言うほどさせられた」
だからこそ、大きい組織を運営出来るのだが、そのディラックでさえアウルムの読む速さがおかしいと思う。
「終わった」
「終わったァッ!? 嘘だろ、そりゃいくらなんでもあり得ねえよ、パフォーマンス的過ぎやしないか」
「疑うなら試せ」
アウルムはやや不機嫌そうに資料をディラックに投げて、好きなところを選べと言う。
「じゃあ3枚目の内容は」
「被害者はローザ、マックス、ケレンの3人家族で──」
そこからアウルムは3枚目の資料の真ん中あたりまで一切つまることなく、誦じて見せる。
「わ、分かった分かった! もう良いって! 疑って悪かったよ! とんでもねえ記憶力と読む速さだ……」
「こいつは見たものを一瞬で記憶するからな」
「シルバ、何故お前が自慢する?」
勘弁してくれ、とディラックが降参のポーズをするとシルバは得意げに目を開いて獰猛な笑みを見せた。
アウルムは何か考え込む様子を早速見せて、シルバの奇怪な行動に眉を寄せる。
「それはそうとだ、何か分かったのか? いくら早く読めたところで成果なしじゃ意味ねえよ」
「当たり前だ」
「なら、聞かせてもらおうじゃないか」
3人は部屋の中にあるテーブルを囲みアウルムは話し始める。
「まず、気がついたこととして、殺す相手を念入りに調べてるってことだ。場当たり的、通り魔的な犯行ではない」
「だが、このリストには路上生活してる奴らもいるぜ? そんな奴らなんか念入りに調べるか? どこにでもいるし、いつでも殺せるだろ」
「それは例外だな。俺が言いたいのは事件の後、それ以上の問題が起きないことを見越しているって点だ。路上生活者は調べなくともそれは明白だからな」
「待てよ、家族がいる奴も死んでるぜ? 知り合いもいるだろうし死んだら問題になるって! てか、実際なってるだろ!?」
ディラックはアウルムのその考えには矛盾があると指摘する。
「俺の言う問題と、お前の問題とは意味合いが少し違う」
「どう違うんだ?」
「もちろん殺されたら騒ぎになる。だがな、ある意味話はそこで終わりなんだよ。家族が消えたら、その家族はどうする?」
「そりゃ探すだろうな」
「その通りだ。でも探す家族はもういない、お前たちも死んだ人間は探さない、そうだろ?
そこでだ、犯罪を取り締まる人間は何に目を向けるだろうか?」
「あ〜っと……誰が殺したか? じゃねえのか」
「そうだ。問題は『誰が』殺したかになり、『誰を』ではなくなる」
「なッ……!?」
「そう、強盗や放火、家族、親族がいる場合は漏れなく『全員』が何らかの方法で殺されてる。しかも丁寧に死体の判別がつかないほどに顔を中心に狙われていたり、真っ黒な炭になるようにな」
「だがそれは目撃者を消す為……か?」
「口封じなら、ありがちやな」
「それだけなら、そう考えてもおかしくはない。だが、路上生活の浮浪者を殺すのは? 攫って売るならまだしも、殺したところで何の得もないだろ」
そもそも、路上生活をしている人間が餓死や凍死ではなく明確に他殺されているという状況自体が異常である。
だが、透明にも近い、誰にも関心を向けられない人間の死は事件にはなりにくい。見落とされがちだ。
王都の人口や犯罪率など、統計的に考えてこの死亡者数は不自然であり、何らかの相関があるとアウルムは考える。
「遊び半分……それこそ憂さ晴らしで殺すヤバい奴もごく稀にだが、いる。だがよ? 俺にはまだ分からないな。俺が気にしている放火犯とどう繋がってくる?」
「それはまだ分からない。だが……見たところ家族がいる対象への犯罪は生存者がいない。他の家族が1人でも留守にしていた、なんて状況が一つもない。家族がいるかどうかを確実に調べあげた上でないとこれは無理だ。取りこぼしが必ず出る。犯行時刻が昼のケースもある、普通働きに出てる時間帯だろ」
「盗み目的なら、家族がおらん方がやりやすいもんなあ」
「そうだ。そんな計画性があるにも関わらずタイミングがおかしい。何故家がもぬけの殻の時にやらない? 矛盾している」
「でも周辺の目撃者は出さんとキッチリ仕事をこなしてる……これは現場を見ればわざと荒らしたような形跡が残っているかも知れんな」
目撃者を出していない計画性と、目撃者を出す可能性のあるタイミングでの犯行のリスクの高さは不自然である。
強盗に見せかけた殺人の痕跡がある可能性をシルバは示唆した。
「俺もおかしいことに気が付いたぜ。そもそも、この一家なんか生活状況からして盗むほどの金品があるとは思えない。
こっちの商人の家だって、娘を誘拐して身代金をせびった方が良い。家に金を置いたら物騒だからな……普通は商人ギルドに預けているだろ。脅して金を引き出させた方がずっと実入りは良いはずだ」
ディラックは2人の考察に刺激を受けて自分なりに推理をしてみる。不思議と、謎めいた事件の切り口を与えられると、スルスル自分の考えが出てきて事件の見方が分かってくる。
「ああ、だから殺すこと自体が目的で見た者には死んだという結果を伝えたいだけなんだ。ただ、何故その『結果』が必要なのか、それが分からない……動機が不明だ」
「なあ、アウルム、でも大事なこと見落としてるよな? 手口が違い過ぎるで!?
確かに被害者の選び方、事前の下調べって要素があるのは分かる。でも何人も殺す奴は殺し方にこだわりがあるし、そのつもりがなくても傾向が出てくる。
被害者だって共通点が全然ない。調べた上で殺すこと自体を目的としてるように見える、それだけや。
ちょっと乱暴やないか?」
最近、シルバはプロファイリング知識が身についてきて、自然とアウルムの理屈の綻びを鋭く指摘してくる。
お前のいつも言っている知識と違う部分があることに気が付いた。
アウルムは、うむ、と頷いて机を軽く叩いた。
「そこでさっきの話に戻ってくる。家族含めてを全員消しているのに判別がつかないような状態にする必要はないよな? だが、手段は違っても同じこだわりを感じる。
だから、そうする必要はあるんだよ。いくら王都に人が多くても似たような手口で、別々の犯罪者がいる可能性は低い」
「家で殺したら身元はすぐに分かるから、単なる偽装でもないもんな。意味がない」
身元を隠すならシルバたちが発見した死体のように服を剥いで、遠い場所に埋めるなどの処理をするべきだと、シルバは気がつく。
「す、凄え……! あの資料読んだだけでそこまでのことが見えてくるもんかよ……! お前やっぱバケモンだぜ、アウルムッ! それでッ!? そうする必要ってのは何だッ!?」
「まず、シルバが今言ったことは一つ間違いがある。この資料にもな。いや、間違いというよりは正確さに欠ける……だ。その家に家族構成と同じ死体があったからと言って、本当にその家族かどうかは疑わしいだろ?」
「おい……それって『誰を』殺したかを誤魔化す為の放火や顔面殴打ってことか!?」
「多分な、それは動機ではなく偽装、捜査の撹乱の手段に過ぎないが」
ディラック、衝撃を受ける。アウルムとシルバの掛け合いから、絡まった糸が解きほぐされ、ピンと真っ直ぐになったような爽快感と共に一つの推理にたどり着く。
「そして、ここから見えてくる仮説……殺されたと思った人間が実は生きているという可能性。そして確かに存在する死体が誰なのかという謎」
「しかも、それは1人の犯罪者がやれる範疇を超えてる。単にイカれた殺人鬼の遊びじゃなくて、もっと統率された集団の犯行やな」
「マジかよ……何かあるとは思っていたがとんでもないことになってやがるな……」
だが、その衝撃はまた訪れた。修羅場は何度も切り抜けてきたディラックであるが、冷や汗が流れる。
「ディラック、王都の最近の犯罪の裏には何かとんでもないことをしている組織がいるぞ。気をつけろ、正体は分からないが、この件を突いているお前を潰す策を仕掛けてくるかも知れん」
「俺たちが追っていたのはヤバいイカれた奴じゃなくて組織……なのか?」
「断言は出来ない。だが、状況から察するに、お前たちにそう勘違いさせておきたい奴がいるはずだ。緻密過ぎて不自然だ。
単発の別々の事件と思わせて、それらが同じと分かれば次は誰が殺したのか?
そう思わせ、次はどんな組織なのか?
そう思わせ……結局、一番重要な誰を殺しているように見せかけたいのか? 何を偽装したいのか?
という疑問に辿り着けないように何重にも罠を張っている……とすれば、強敵ってもんじゃないぞ」
ディラックは直感的に理解する。思っていた以上に状況は悪い。そんな規模の犯罪を実行する組織ならば貴族が絡んでいる可能性もある。
貴族というのは大抵が叩けば埃が出るものだが、出るのは埃ではなく、ドラゴンのようなとんでもないものな予感がする。
追跡し、発見し、捕まえて一件落着とはいかない気配。
対応次第では事態の悪化を招きかねない、自分の身を滅ぼしかねないところに知らぬ間に足を突っ込んでいる抜き差しならない現状。
「い、いや…….でも、俺を狙うって言ったって俺はSランクの冒険者で俺を殺すとなったら、それこそお前らくらいの腕利きを雇わないと……ああ、別に直接俺を狙う必要はないの……か……」
「俺らが戦闘能力が低い人間やったら、策でお前の周囲を潰す。黒鉄に不和をおこして仲間割れさせる。油断するな、掻き回されるで」
「チッ……あ〜あ〜俺もAランクで小さい所帯で気楽にやってたら良かったぜ。
悪い、今日のところは帰るわ。うちの奴らの様子見ておかねえとだからな。いや、色々教えてもらって助かったぜ。また何かあったら連絡するから、お前らも気をつけろよ」
ディラックは面倒なことになってやがると、呟きながら部屋を出て行った。気丈に振る舞い、笑顔すら見せたが目は笑っていなかった。
背中に引っ掛けた弓矢をいつでも使えるように矢筒の蓋を開けながら、歩いて行くのが閉まるドア越しに見えた。
「なあ、アウルム」
「何だ?」
「お前、全部は喋ってないやろ」
「中途半端な情報をこの段階で開示すればあいつが混乱するだけだからな」
流石に気がついていたか、とアウルムはシルバに訳を話す。
「で? 何を黙ってたんや?」
「さっき言ったことが事実であった場合、これが出来そうな人間に心当たりがあるということだ」
「勇者か?」
仮に勇者だった場合、今後の対応も変えることを考えざるを得ない。現地の人間では勇者と戦っても死ぬ可能性が高い。
「分からないんだ。通り名と噂しか」
「ブラックリストにある名前ではないんか……」
「ああ、違う。だからと言って勇者ではないとも言えないが……俺のプロファイルでは勇者の年齢層と活動してきた時代が合わないんだよ」
「それで、そいつの名前は?」
「ウォクトラムだ」
「ん……? 知ってるでその名前……てか、この世界の物語の登場人物──『八つ腕の人形遣い』やろ? 酒場で聞いたことがある」
「その物語は史実を元に作られているからな。ウォクトラムの逸話から発想を得た勇者という線もないことはないから、今の段階ではハッキリとは言えない」
『八つ腕の人形遣い』は親が子供に聞かせるような寝物語と言うより、酒場で吟遊詩人が歌うような話。
今から30年ほど前、とある国が滅びた。その中で暗躍したのがウォクトラムという男。
人を操り、自らの手は汚さない。操られた者は自分が操られていることにすら気がつかないまま。
その国に深い恨みを持つウォクトラムが復讐の為に内乱を引き起こし、計画実行から僅か1年で国が滅びた。
人を操る者、策士として度々比喩に使われるほどに有名なウォクトラム。
以前、アウルムがフォガストと話した時にそれは実在する人物であると聞いたことがある。
「まだ黙っていたことがある。ウォクトラムには署名的行動がある。それと今回の事件、合致するんだ」
「ちょっと待て……これか!」
シルバは乱雑に置かれていた資料を、時系列順に並び替える。
「『四日働き、四日休む。動かした四本の腕を残りの四本で癒す。人の倍働く勤勉な罪人、腕は四本あるだろう。それでも操る腕も必要さ、それならウォクトラムは八つ腕さ』……か」
「よく覚えていたな」
「お前が見たもの忘れられんように音は忘れへんからな」
明らかに単発で関係のない事件の資料を取り除き、怪しい事件の資料を並べた。
4日連続で起こり、その後の4日は何もない。また4日後に動き出す。
その繰り返しが7回行われて、28日。4週間が過ぎると4週間休む。
そしてまた最初に戻る。
「この歌にもなっている冷却期間、犯行ペースが『署名的行動』とは案外気付かれないものだな」
「そりゃ、冷却期間も署名的行動も連続殺人も概念がないやろ。元の世界だって『シリアルキラー』はFBIの心理分析官が70年代くらいに作った言葉やろ。知らんから気付くも何も無いと思うで」
「まあな、問題は模倣犯かどうかが現段階では分からないということだ。この歌は有名だし、単に着想を得ただけの可能性もあるからな」
「不幸中の幸い、明日から動くなら現場見れるやろ?」
「ああ……見極めるとするか」




