1-20話 後処理
頭部と肉塊、所持品のみが残り、ミストロールは死亡した。
霧が晴れ、事態が収束するとシルバは家の方へ叫ぶ。
「安心しろ! もう終わった! ヴィンスさんはマルテにこれを見せんように注意してください、子供には衝撃的過ぎるからな……」
「まさか本当にミストロールの討伐に成功したのか!?」
解除された結界からフレイが足早に現場へ向かってきた。
「こ、これは……」
無惨な現場を見て騎士として人の死に慣れているフレイであっても顔を青くして言葉を失う。
「こいつがミストロールや、まあ、アウルムが張り切ってぐちゃぐちゃにしてもうたけど」
「別に張り切ってなどいない」
シルバに致命傷を与えたミストロールに怒りを感じてやり過ぎたのは事実だが、アウルムはポーカーフェイスでにべ無く答える。
「いや、違う……私が言いたいのはそういうことではない……なんてことだ……そんな……」
「お姉ちゃんどうしたの〜?」
ヴィンスに片手で抱っこされて、目を覆われて状況が分からないマルテは呑気に聞く。
「こいつがミストロール……なんておぞましい顔つきだ……」
「父さん、マルテとニナを連れて村長に報告して来て欲しい」
「……分かった……お前らも早く戻れよ」
フレイの外して欲しいという意図が伝わりヴィンスはマルテとニナを連れて現場から離れる。
「アウルム殿、シルバ殿……とんでもないことになりました……これは……このミストロールは…………勇者です」
「「…………」」
フレイは白髪まじりの黒髪の東アジア系の顔立ちをした女の生首を見て複雑な表情を見せた。
「これがどういう事か分かりますか?」
「もしこいつが勇者なら、勇者ってのは英雄ばっかりじゃあないってことやな」
「なっ!? 違います! 私が言いたいのはあなた方……いえ、私は勇者を殺してしまったということです!」
「勇者を殺した? いや、違うなこの国で好き放題する正体不明の怪物を討伐した。その怪物が勇者だった。それだけだ」
何を言っているんだと言わんばかりにフレイは目を剥く。
「──結果的には! 勇者を殺してしまっているのです! 勇者とはこの国……いえ、この世界の平和の象徴であり、英雄です! それを殺すというのは──」
「じゃあ、何やねん!? お前の故郷の周りで子供を殺してる奴が勇者様なら仕方ないですね見なかったことにしましょう、そうするつもりやったんか!? ああん!?
お前が依頼してんねん、お前が殺すって決断してんねん、勇者ならガキ殺してええんか!?」
「シ、シルバ殿……?」
シルバの普段とは違う乱暴な口調にフレイはたじろぐ。
「フレイ、お前は俺と洞窟で子供の干からびた無惨な死体を見たはずだ。一緒に埋葬もした。後一歩遅かったらマルテがあの状態になっていたかもしれない。
それでも勇者を殺すべきじゃなかったと本当にそう思うのか?」
「ッ……!」
フレイは唇を噛み、考えなしに飛び出してしまいそうな言葉を呑む。
「むしろ、そんな英雄がこの国の人間に危害を及ぼす。それは勇者を殺すよりよっぽどあってはならないことではないか?」
「それで、フレイさんそんな勇者がこいつ一人しかおらん、そう思うか?」
「まさか!? 他にもそんな勇者が!?」
「おらんなら、それで良いんやけどな」
別にアウルムとシルバだって趣味で勇者を殺そうとしているのではない。止められるのが自分たちしかいない。それだけで、それだけが闇の神との約束なのだ。
それが新しい人生との代償なのだ。
「──フレイ、お前は王国の騎士として勇者と関わる機会がある。そうだな?」
「はい……騎士団は王宮や国に残った勇者たちの警備することも任務の一つ。勇者が召喚された当初、モンスターを倒し勇者に力を与える手助けをしたのも……我々騎士団だ……」
自分たちの手によって、ここまで危険な存在をのさばらせる遠因となったことにショックを受けているフレイの目には涙が浮かんでいる。
「いいか、勇者といえど神によって力を与えられた、ただの『人間』だ。異なる世界から召喚され、強大な力を持ち、戦うことを強いられる。
元々危険な人間や、壊れてしまう人間がいてもおかしくない」
「確かに……勇者の中には心を病み、隠居している方もいる。いるが、どうしてこんな……あんなに酷い事が出来るものなのか……」
「俺さあ、勇者ってのは与えられるんじゃなくて行動の結果認められるもんやと思うけどなあ……今からお前は勇者ですって言われて、はいそうですかって素直に順応出来るやつばっかりとは思えへんけどな」
「ならば、これは私たちの得た平和の代償がこれだと言うのか……関係のない子供たちにその責を負わせたのか……」
絶望し、地面に膝をつくフレイの背中をシルバは優しく叩く。
「俺たちが得た情報では勇者でなければ辻褄の合わないような不思議な事件もいくつか起こっている。王国は全ての勇者の動向を把握しているのか?」
「…………いや、消息不明の者もかなりの人数いる。国はそれを発表こそしていないが……」
「そうか、ではフレイの知る限りの勇者に関する情報を教えてくれ、今回の報酬だ」
「!? ま、まさか……貴殿らは……勇者を殺そうと……して……いるの……か…………最初からそれを……」
アウルムの言葉に点と点が繋がり、一つの答えがフレイの頭に浮上した。
アウルムとシルバは道中、それとなく勇者について質問していた。王都で働く人間が勇者について聞かれるのは珍しくもない。だから、フレイは二人も純粋な興味から質問しているのだろうと快く答えていた。
しかし、アウルムとシルバはフレイの勇者に対する態度から勇者を罪人扱いするのはマズイと考えて、報酬の情報を後回しにしていた。
実際に、勇者の所業を目の当たりにしてもらい、説得できる材料を与える為だ。
だから、死体が出ると考えられた村までフレイをアウルムは同行させていた。
女からの反応など、『現実となる幻影』でどうとでも知る事が出来るのだから、本当は必要が無かった。村に入る口添え、ネームバリューを少し期待した程度だ。
「まさか、勇者を殺したいのではない。本当に殺す必要がある勇者が存在するかどうか、判断する材料が欲しいだけだ」
「それは……同じことではないか?」
「いや、それは違いますわフレイさん。冒険者ってのは情報が命。ヤバい奴と関わらんようにするにはこの世界で一番強い勇者の情報集めは避けて通れん……と俺らは思ってる。
俺たちには俺たちの旅の目的があるけど、もしその障害として立ち塞がる勇者がいるなら、今回のような情状酌量の余地のないほどの邪悪な勇者なら倒す。それだけですわ」
「冒険者が勇者を倒すなどっ……!」
フレイは言いかけて気付いた。そうだ、この二人は現に勇者の一人を殺している。
それが実現可能で、戯言ではない程の実力を持っていると。
二人の紅と碧の目は嘘を言っていない。本当に彼らの中で排除するべきだと判断したのなら、実行に移すのだと、そう物語っている。
だが、勇者を守るべき立場である自分が、彼らの発言を見過ごして良いのだろうか?
無理だ、遠からず他の勇者の身に危険が──。
「あの契約はそういうことか」
旅に出る前に結ばされた契約を思い出す。自分は同意した、騎士の名の下に同意していた。ここで起きたことの一切の他言を禁じられていた。
あの時は焦っていたが、今になってみれば迂闊な契約を結んでしまっていた。
「どうする? 俺たちを止めるか? まあ、何も出来ないがな」
『破れぬ誓約』──シルバの一度締結した約束は絶対に破ることは出来ない。フレイはその事実を知らないが、破ることは許されないと言われている。これほどの力がある彼らがハッタリで言っているとは思えない。
「もう一度聞く。王国騎士のフレイ、お前は俺たちの話を聞いてどうする?」
凍りつくような冷たいアウルムの視線を受けフレイは黙る。そして、瞼を落として呼吸を整える。
フレイは決断する。
「私、王国騎士フレイは、国の為、そして国の民を守る為に存在している。勇者といえど、神に与えられし力で好き勝手にすることは許されない。
例え英雄である勇者であろうと、一線を超えたものは勇者とは認めない。それはただの害悪だ。
私の村やその近くの子供たちを苦しめたような勇者がもし、いるのであれば、あなた方が正義を全うするというのであれば、知り得る限りの全ての情報を提供し、一切の他言はしないことを騎士として誓う!」
「……そうか」
「は〜良かった……」
アウルムは片眉を上げ、シルバは胸を撫で下ろす。
「フレイさん良い人やから殺したくなかってんな」
「ッ!?」
シルバのこぼした一言にフレイは背筋が凍る。
あの温厚で丁寧な物言いをするシルバから出た言葉。そして心底安心したような表情。
その全てが、今さっきの決断が違うものであれば殺されていたのだろう。
無邪気なシルバの顔がそれを物語り、心臓が掴まれたような感覚を覚えた。
「あっ、違いますよ!? 協力してくれるって言ってるから殺しませんよ!? もし、もしの話やからっ! でもそんな事言う人じゃない約束守ってくれる人やって信じてたから!」
慌ててシルバは手を動かしながら誤解しないでと釈明する。
ああ、この人は敵、味方の境界がひどくハッキリしているだけなのだ、敵にさえ回らなければ優しいのだが、敵になれば大変なことになる、そういう危うさのある人物なのだ。フレイはシルバの一面を理解した。
次話で1章は終わりとなります。