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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
9章 ファミリー・アフェア
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9-11話 友を助ける


 ディラックは街の中を歩き続ける。シルバにただついて来いと言うだけで目的地は教えない。徐々に人通りの少ない場所へと向かっていることは分かった。


 近くに誰かが居る場所で話すことが憚られるような内容か……あるいは……。


(まさか……とは思うが、コイツが誘拐犯で何かに勘付いた俺を消す為に誘導してる……とかじゃあないよな? いやいや、それは考え過ぎか。大体ディラックは弓使い。この距離なら俺に殺されるのは分かってるはず……どこに行くんや?)


 一抹の不安。あまりにも口数の少ない深刻な表情と緊張がディラックから伝わり、シルバはいつでも剣を抜けるよう、剣の柄頭を撫でその場所を再確認した。


「ここだ」


 ディラックが足を止めてようやく口を開いたのは住宅街の一角。


「火事か?」

 

 焼け落ちて崩れたであろう、ところどころ炭となった家の残骸があるその場所にシルバを連れて来た。


「そうだ」


「火事が何なんや?」


「ここだけじゃない……密輸、誘拐、それ系の犯罪は最近起きてないんだが火事、殺人、強盗殺人、そういう犯罪はむしろ増えてるんだ……なあ、これを見ておかしいと思わねえか?」


「あん? ……ん? 周りの家は延焼してないんか、これ」


 シルバはそう聞かれて、改めて現場を見る。まずは放火犯の心理からプロファイルを組み立てようとしたが、それ以前に違和感があった。


 焼け落ちて範囲が極端に狭い。せいぜいが2〜3軒分の家の面積だ。


 平民の住む家は木造が多く、隣同士の距離が近い密集している。だからこそ、平民街は普段日陰が多いし、都会でたっぷりと日光を浴びれるエリアに住むのは金持ちのステータスでもある。


 火事となれば、日本ほど湿気の多くない乾燥したこの地域は、すぐに火が燃え広がる。


 その為に専門の宮廷魔術師部隊が火消しとして配置されているくらいだ。


「ここは俺たちのクランが火消しした。残念ながら中にいた人間は真っ黒になって見つかったが、それでも幸いなのはあまり火が広がらなかったことだ……とその時は思った」


「……火事から通報が早過ぎる?」


「ああ、そうだ。出火元もよく分からなかった。お前は人の心の動きを読むのに長けてるだろ。もし、これが意図的な火事、つまり放火だとしてだ、最近王都で放火犯がいるのは間違いないんだが……狙いが分かるか?」


 何度かシルバと仕事をしてディラックには分かったことがある。抜群の戦闘センスと感知能力の高さ。魔法もそれなりに使える。


 そんな、Sランクになってもおかしくない実力を持つシルバだが、作戦計画中に出す案がことごとく人の心を理解した上でのもの。こうすれば人はこう動くはず。であれば、こう動くべきと一々具体的。


 それが知性の低いモンスター相手であればまだ思いつくだろうが、人間相手……それも悪賢い犯罪者集団を急襲する作戦においても効果的な策を練ることが出来る。


 まるで、軍の士官のようだと感じた。それもまた貴族出身を疑う理由の一つだった。


「……ええか、まず好んで放火する奴ってのは『火』そのものを見ることが目的であって人を殺すことじゃあない。人が死んだとしてもそれは火事、という現象によって起こった結果でしかない。

 更に、火は本人にとってパワーを感じるもんや。お前の予測してるのは火をつけた奴が通報して火を消させたってことやろうが、それは考えにくいな。普通、放火犯なら火を見たいから消火させるのはおかしい」


「……じゃあ、放火ではなく火で人を殺す方が目的か?」


「さあ、それはどうやろうな。野次馬の中で目立った奴はいるか? その燃える家か、もしくはその混乱した現場自体を見るのを楽しむような他とは違う反応を見せた奴や」


「悪いがそこまで気にする余裕は無かった。被害拡大を防いで、避難させるので手一杯でな。それにいたとしても俺たちは冒険者だからな、そこまで人の反応の違いを見抜けるほどの知識や技術がない。お前とは違うんだよ」


 そこまで聞いて、火を見ることよりもSランクの冒険者を思いのまま動かす『影響力』そのものに快感を覚えるタイプの犯罪者の可能性も検討する。


 だが、まず放火で一番あり得る理由、動機としては証拠の隠滅を目的としたものだとシルバは忠告する。


「まあ、その辺は俺の相棒の方が得意や。俺が得意なんは現場の再現、事件が起こる前に何があったかを人の心理から予測することやからな。本人の気持ちになって、普通はどう動くかをイメージすることが出来る」


 シルバもボディランゲージから怪しいと察することはある程度出来るが、その精度はアウルムほど高くない。


 だが、アウルムよりも得意なことは犯罪者ではなく被害者の心の動きを読むこと。この辺りは普通の感覚が欠如してアウルムには難しく、出来ないこともないが逆にシルバほどの精度は出せない。


 互いに苦手なことは補い合って捜査を進めている。


「それが出来るからお前らは恐ろしいんだよなあ……デカい組織だって心理的な作戦で潰せそうだ」


「煽てたところでそっちには入らんからな?」


「分かってるって……正直入って欲しいがな」


「家の構造は近くにある、あんなんと同じって考えてええか? 家族構成、職業、年齢、見た目、遺体発見場所、死体の様子、殺され方、発生時刻、身につけてたもの、今言ったことは最低限教えてもらわんと話にならん。お前が最近変やと思った事件、全部や」


「ちょ、ちょっと待て……! 何っ!? 多過ぎて一回じゃ覚えられなかったがそれを全部だと!? 今までの犯罪は全部関係してるって言うのかよッ……!?」


 もしそうだとしたら、とんでもないことだぞとディラックはシルバの要求をすぐには受け入れられなかった。


「まさか、それは有り得へんやろ」


「はぁ? じゃあ関係無いかも知れない犯罪について調べるのはまるで時間の無駄だろうがよ?」


「いや、それは違うな。まず、関係あるかないかをハッキリさせんことにはこの放火犯のことは見えてこん。モンスターの生態を調べるのと同じで地道に情報を集めて確実に倒せるだけの根拠を集めんことには次の動きは出来ん。今日のところはこんなもんか……結果を知りたいなら情報を集めることやな、お前が言い出したこと……ってか、お前にも関係あるから調べてくれよ、ほなよろしく」


「クッソ……! 奢られた額じゃ割に合わねえ! 余計なこと言っちまった!」


 確かに、ディラックが事件についてシルバの意見を求めた。シルバは誘拐犯なんかがいないかと聞いただけ。ディラックが不審に思っている事件と繋がるかどうかはディラックの問題。


 もちろん、シルバとしてもその情報は欲しいが多過ぎて手が回らない。アウルムは忙しい。ならば人手の多いクランに情報収集を外部委託する方が効率的。


 手間が省けたとシルバはカカカと笑いながら手を振ってその場を立ち去った。


 ***


 パルムーン商会との仕事が終わり、アウルムはシルバと合流する。


「こっちは大した報告はないな。計画は順調に進み、後は6ヶ月……いや、1年は余裕を持って見ているが、その辺りのタイミングでエナジードリンクの販売が出来そうだ。サッカー興業の企画なんかもまとまって来ていて、パルコスもチームを一つ作るつもりで結構乗り気だな」


「娯楽は必要やからなあ。競技する奴よりも仕掛ける側が儲かると踏んで推し進めてる感があるけど」


「ま、これから殺し合いを見せ物にするのは減っていくだろうからな。人なんていくらいても足りないってのに、そんな賑やかしが出来る技量があるなら騎士や軍人にした方が生産的だ。上の連中は今更そんなことに気がついたようだ」


 事実、王都ではテロ以降闘技場での見せ物となっている殺し合いを縮小する傾向にある。テロとイメージが結びついてケチがついてしまったという点もあり、国民の心はあの光景に傷をつけられた。


 非殺傷武器により試合、スポーツなどはいくらか行われているが、問題は競技人口の少なさ。


 戦う訓練、道具を用意することはそれなりの身分で無ければ難しい。


 ボール1つで競技出来る手軽さから、サッカーは貧しい者でも参加しやすく、そこから運動能力の高さを見込み軍などにスカウトすることも出来る……と商人は貴族にアピールしており、積極的に進めようとしている。


 ボールを販売しているのは勇者の1人であり、元の世界での成功の例があるというのも大きい。


 勇者に関連したものは大体売れる。それも莫大な利益を生むものばかり。商人はその商機を逃さない。ユニフォームやグッズなどを販売する計画をしている商会はパルコスによると次々生まれている。


 その盛り上がりにいち早く気がつき、エナジードリンクという競合を許さない商品を発明、更には軍へのコネクションの足がかりとすることまでは関わっている人間以外誰も知らない。


「で、お前は?」


「ディラックと会ったから話して来たわ」


「ああ、ディラックか丁度良い今度ドリンクの試供品をいくつか渡しておいてくれ。Sランク冒険者率いるクランの評判は馬鹿にならんからな」


「いや……そうじゃなくてな、俺が資料閲覧すると死霊系のモンスターの利権奪われると思って騒ぐ奴いるやろうからってあっちが調べてくれることになって、代わりに金払うわ」


「まあ、ディラックの名前が出た時点で予想出来たな。変に目立つよりはマシだ、安全に比べたら安い買い物だろう」


「んで、ディラックの手持ちの情報を聞こうとしたんやが……」


 シルバはさっき訪れた場所、経緯をアウルムに説明した。独断によるものだが、アウルムはシルバにある程度自分に相談をしなくとも構わないと考えている。


 この手のやり取りは現場判断が必要なことが多い。その瞬間の雰囲気などは、どれだけ説明しようと本人でなくては分からないこともある。


 むしろ、飯代程度で巨大クランを動かしたシルバの采配は賞賛に値するとまでアウルムは言った。


「王都の事件を全て洗うのは俺たちじゃ物量的に無理だからな。気になるなら調べておいた方が良いのは同意見だ。それに俺たちが動くよりは『黒鉄』が動いてくれた方が問題も少ない」


「せや、調査官の身分を明らかにするなら出来るけど今はやるべきじゃあないやろ? 俺らがコンサルタント的立ち位置で捜査の方向性を指示してあっちに矢面立たせて、情報だけもらう、が一番堅いな」


「……しかしだな、ディラックが犯人のうちの1人、という可能性も現段階では排除出来ないから裏を取っておくか。フレイに会いに行くぞ」


「俺らが操ってるつもりで、ディラックに操られてたら話にならんからな。そのところは一応警戒はしてるし俺もアイツの動き見とくわ……ただ、もしこれがガチやった場合それなりにデカい話になるで?」


「その辺りの連携も含めてフレイとは話を通しておくべきだ。ああ、ヘルミナの方も必要か副団長だからな」


 ***


 翌日、フレイと話をする為彼女をシルバが行った店とは別の高級料理店へと招待する。


 パルムーン商会の持つ飲食店であり、商談を兼ねる為に利用されることも多く完全個室で防音対策までされている。


 また、客同士が顔を合わせないように配慮もされプライバシーは高いレベルで守られている。


 今日のアウルムとシルバは商人モード。服装もタキシードのようなデザインであり、この格好では馬車の移動が要求される。


 また、それに見合う服をフレイも着る必要があり、こんなケースもあるだろうと以前に服はプレゼントしてある。


「2人とも変わらないようだな。馬車を回してもらって助かった」


「久しぶり……おお……」


 先に到着して軽く雑談をしていたところ、フレイが到着する。きっちり時刻通りに動くのは騎士だからだろう。時間にルーズな人間は多い。


 ドレスを着て現れたフレイを見てシルバは思わず感嘆の声を上げた。


「……? もしかして化粧や着こなしが間違っていたか?」


 彼女を凝視するシルバの反応から何か自分の気が付かないミスがあるのでは? と思ったフレイは少し恥ずかしそうに頬を赤らめて慌てた様子で自分の服を確認する。


「いや、違う違う! 勘違いさせて悪かった、初めて見た時から美人なん分かってたけど騎士の服しか今まで見てなかったからなこれは他の騎士にモテてしゃーないやろ! ほら、アウルムもなんか言えや!」


「……垢抜けたな」


 シルバに促されてアウルムは精一杯の褒め言葉を出したのだなと、フレイは察して思わず吹き出してしまった。


「そうか……良かった……いや、実はなこの服が送られた時にプラティヌム商会の会長の1人が私にご執心だと女性騎士の中で結構騒がれて恥ずかしい思いをしたのだ」


「ふん、女はその手の話をやたらと好むからな。騎士と言えど所詮は女か」


「こら! そういうこと言うな。まーええやん、金持ち成り上がり商人が美人騎士に入れ込んで贈り物したりとモーションかける、ありがちな話やし周りがそう勘違いするのは逆に助かるからな」


「しかし、話すだけなら前回のような場所でも良かったのでは?」


 アウルムの『虚空の城』のことを言ったのだろうフレイはここまで派手な真似をする必要があるのかと聞く。


「まあ、話すだけなら実際は必要ない」


「では、なぜ?」


「お前、最近小隊長に昇進しただろ。平民出身の騎士が貴族出身の者たちと生活レベルを合わせるのは苦しいはずだ、役付きになって実家の支援もないお前が小隊長ともなれば、やっかみもあるだろう。そうなれば侮られないだけのものを用意する必要が出てくる。

 こんな場も騎士の給料では足を踏み入れるのが難しいことは分かっている、経験出来ることはしておき、もらえるものはもらっておけ」


「……まあ、要するに仕事頼んでるフレイを労ってるだけや。こっちも色々情報もらってるからお返しと、お互い平民出身で貴族相手に頑張ってるから苦労は分かってること。あんまり気にせんといて」


 2人は様々な方法で貴族や金持ちの作法を学んだ。ある時は金を払い教えを請い、ある時は店の中に張り込み様子を観察し、無作法な実力のある冒険者として金持ちの接待をしながら。


 それが如何に大変か、貧しい農村出身のフレイならば苦労は2人よりも多いだろう。協力者のサポート、これも必要なことである。


「施しを受けるつもりはないのだがな……」


 フレイは非常に気まずい顔をした。これが普通の冒険者上がりの商人ならば下心があり、上から目線だと感じて屈辱を感じていただろう。


 だが、彼らはそうではないと分かっている。


「いや、受けてもらう。抵抗感はあるというのも分かるが実際必要だ。騎士としての戦闘、社交能力は訓練されても実家が貴族、裕福な者との生活の根底となる部分が違い過ぎる。役職が上がるにつれてそれは必ずお前を苦しめることになる。それは俺たちの目的にも支障が出る」


「こいつの言い方は最悪やけど、俺らを利用するつもりで女性騎士仲間には困ったもんや〜って感じで良い。ただ、お前も分かってるとは思うけど見た目は大事や、特に美人やからな半端な格好してたらつけ入れられるどころか、足引っ張られる。

 それなりに金持ちの支援、コネがあるって見せつけるだけでも守ることはある」


「まるで兄のような口ぶりだな……分かった、ありがたく受け入れよう。実際、今言われたことはその通りで最近いくつか困ったこともあったしな」


 ここまで真っ直ぐな物言いは貴族社会ではまずない。馬鹿にしていると思い、怒るものが大半のはず。


 これがかえって信用出来ると思わせる。フレイの事情を丁寧に調べ、理解した上で確実に断れない、断るメリットがない提案をしてくる。その理由も明快。お互いに得があるからという打算的な面もありながら、約束に関しては絶対に嘘をつかない人柄。


 フレイがこの提案を受け入れたのは、2人のそれまでの積み重ねによる信頼の賜物である。


「最近は訓練も激しいのだろう? 疲れているはずだ、疲労回復、身体の栄養になるものを用意させているから味わって食べると良い。間違えた作法があれば都度指摘させてもらうが、緊張することはない。ここでは失敗は許される」


 シルバは滅多に食べることの出来ない高級な料理を楽しむフレイをニコニコと眺め、料理を取り分けて、あれもこれもと食べさせる。


 アウルムはジッとフレイを見て、時々実演してみせながら正しい食べ方、食材の調理や価値など蘊蓄を披露し、それでいて楽しく食事をする時間を害さないよう繊細な気遣いをした。


「2人ともありがとう」


「「…………」」


 ふと、フレイは食事中に感謝を述べる。2人は顔を見合わせる。シルバはウィンクをして、アウルムは僅かに口角を上げた。

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