9-10話 Sランクの友人
(な〜んか前よりゴロツキみたいな輩が増えとるなぁ)
富裕層が多く住む商人街から平民をターゲットとした商売をする店の多いエリアと平民の住宅街、職人街の丁度中間地点に冒険者ギルドは存在する。
王都で、あらゆる社会階層の人間が行き来する場所と言っても良い。
故に、乱暴者や犯罪者がうろついていることも不思議ではない。
だが、明らかにその比率が以前よりも上がっている。テロの混乱に乗じて入ってきた連中だろう、王都は人も金も仕事も他の街に比べて多い。
後ろ暗いところがある人間でも馴染みやすい都会ならではの風景だが、犯罪率の上昇も目に見えている。
スリや暴漢程度は、やられる前に気付くことが出来る。だが、そんなシルバでも、リラックスして散歩をする場所ではないなと周囲に対して常に意識を向けている。
治安の悪化、犯罪率の上昇、つまりは貧富の差の加速。仕事がないというよりは、雇用の元となる金がシャイナ王国には不足していることが顕著だ。
シルバたちがこの世界に来て2年。勇者が来てからは6年。魔王が討伐されてからはまだ4年弱。
世界が戦いの傷から癒えるにはもう少し時間がかかる。
人口も経済も上向きになるには10年は必要だろう、その過渡期においての王国の根底を揺るがすような事件、当然ながら貴族たちには痛手である。
「周辺地域の見回り、安全点検、不審者の捜索、害虫駆除、迷子のペット探し……しょぼいな……う〜ん……高額報酬は依頼完了1ヶ月後か危ういな……」
依頼の貼られたボードを見ると、Bランク以上の能力が要求されるような依頼は必然的に報酬の値も高い。そんな依頼は完了してもその場での現金手渡しは無理と書かれている。
「金が回ってねえのさ、金を持ってる連中が前ほど金を使わなくなった。それに各地の徴税人を護衛する冒険者や騎士も人手不足で税が王都に集まるのが遅れてる……珍しいなシルバ」
「よおディラック、久しぶりやな。クランの調子はどうや」
「おいおい俺の声を覚えてるのかよ? ……まあ、うちはそこそこ貯金もあるから支払いが遅れてても払ってくれさえすりゃあ大丈夫だな。その日暮らしの下の連中も問題ない。中間の層がかなり苦しそうだ。そっちは?」
「ぼちぼち……やな」
ボードを睨みながら腕を組んでいたシルバに後ろから声をかけたのはSランク冒険者であり王都でもトップのクラン『黒鉄』リーダーでもある『黒弓のディラック』。
シルバは何度か臨時のパーティを組んだ仲であり、オスヴァール伯爵家の三男という出自の実力者だ。
貴族にも冒険者にも顔が効き、シルバの王都での貴族とのコネクションを仲介した人物でもある。
巨大な黒いマジックアイテムの弓を肩に下げても見劣りしないシルバと同じ程度のがっしりとした体格。
髪の色はピンク寄りのブロンドで、後ろにまとめた三つ編みのポニーテール。
誰が見ても屈強で、金と地位を持った成功者であると分かるディラックは顔が広い故に隣に立つと目立つ。
既にあのディラックと並ぶ銀髪の男は誰かと囁く声がギルド内で聞こえる。
「ぼちぼちってか、よく言うぜ。飯でもどうだ? もちろんお前の奢りだがな」
「……なんでAランク冒険者が奢らなあかんねん、Sランク冒険者様によお。そっちこそ儲かってるやろうが」
「ハッ! 馬鹿言うな、こちとら100人以上の大所帯よ。生きてるだけでジャブジャブ金が消えていくんだよ、見込みはあってもまだまだの新人を食わせてたら、そこまで余裕はないっての」
相棒と2人で活動して、金にもならない付き合いの仕事を受ける必要もない商会持ちのAランク冒険者の方がよっぽど金はもってるだろうよ、とディラックはシルバの見入りの良さを見抜いている。
とは言え、シルバも会長として部下に多少は奢ったりしているのだが。
「相変わらず面倒見が良いな……まあええけど見返りは求めるで?」
「金がかからないことなら請け負うぜ」
***
王都でも指折りの高級料理店『ユラブ大樹』に場所を移した。ディラックが店に入り指を2本立てただけで、2人用の個室にすぐに案内される。
「流石Sランク、予約もいらんか」
「うちが定期的に食材の仕入れもやってるからな。嫌とは言わせねえさ」
グラスにワインが注がれ、乾杯をする。北方にある教会の生産したブランド品はボトルにも特別感を演出する装飾がされており、飲む前から高い逸品であることが分かる。
「俺の奢りやからって遠慮なしやなお前」
「ああ? シルバお前そんなケチな性格だったか? 良いじゃねえかよお、日の沈む前から飲むワインは最高だろうが。これがあるのとないのとじゃあ、俺の口の滑りも変わってくるってもんだ」
「ボッタクリの店じゃなかったらええけどな。味、品質に見合うだけの値段なら払うが、お前この店とグルなら覚悟しろよ?」
「ダッハッハッ! そこまでセコクねえよ、人の金で飯食うのは好きだがな。立場的にいっつも俺が奢りなんだからたまには許してくれや!」
シルバはこの店の請求に懐が痛むほどの経済状況ではない。むしろ、他の冒険者や貴族に比べても裕福な部類である。
ワインも普段飲むものより高いが、余裕で払うことが出来る。
ただ、ワインの金が払えるのと、ワインを買える立場にあるかは別物であり、そこがAランクとSランクの社会的な立場の差でもある。
Sランクで活動するには貴族との関係が切っても切れないものとなり、立場の保証の代わりに度々国からの要請を請けざるを得ない。
その辺りの義務が厄介である為、シルバはSランクにはならないのだ。
とは言え、その立場、人脈から得られる情報量は侮れない。自分がSランクにならないのであれば、Sランク冒険者の友人を作る。必然の答えだった。
「……で、何が聞きたい?」
グラス1杯のワインを飲み干したタイミングでディラックは神妙な表情を作る。食事中ではあるが、仕事モードの顔となった。
「聞きたい……と言うよりはここ最近の王国全体における依頼の記録を閲覧したい」
「分からねえな、具体的には何に絞って情報が得たいんだ?」
「幽霊、グールとかの死霊系モンスターの討伐に関する依頼がどこで何件くらいあったのか、それの年代別の記録や」
「おいおい、お前ら神官出身じゃねえだろ専門外のことに手出すのか」
「…………ディラック、俺とお前の付き合いやから言うけどそれ以上のことは知らん方がお互いの為やと思う」
やはりそれは聞かれてしまうか、とシルバは答えに窮しながらも詮索をするなと忠告する。脅しではない、純粋な懸念だ。
「いや、だからこそ敢えて言わせてもらう。死霊系は専門職だし慣れない奴が関わるにはリスクも高い。それにガッツリ教会連中の利権だ。
冒険者やってる神官だってある程度教会に金払ってるから活動を認められてるんだからな。そこに神官でもない奴らが関わるのは不味い。
マジでやめとけ、資料室の閲覧自体は俺が根回しして優先させられるが、閲覧者記録は残る。それで死霊系の情報を職員に請求したらどっかで連中の耳には入るぞ」
「自分の縄張り荒らされることを嫌う……か。そうじゃないんやがそう思われるよなあ」
奴隷商の縄張りについて調べようとしたら、教会の連中の縄張りにも首を突っ込むことになる。物事は上手くいかないものだと、シルバは鼻で笑う。
「討伐したいってんじゃないのか?」
「ああ、ざっくり言えば幽霊なんかの出没地域と周辺の生態の影響、変化について知りたいって感じなんやが……」
「なるほどな、まあお前らは学者かってくらい博識だし、そんな知識があるから短期で成り上がってるんだから、そういうことに興味を持つのも俺なら分かる」
「皆お前ではないからな……ちとリスクが高いか」
それくらいはシルバも任せたアウルムも分かっていた。表向きの職が冒険者なくらいあって、片手間ですらAランクなのだ。冒険者におけるパワーバランスや利権には常に意識をしている。
今日だけですぐに情報を集められるとは思っていなかったし、真正面から情報を請求するのは悪手。どう邪道なルートを突破するかがシルバの任務だった。
「……まあ? 抜け道がなくはない。うちのクランには当然神官がいる。何でも出来るのがうちの強みだからな」
「勿体ぶるなや、俺が払うんやぞ」
ディラックはニヤリと笑い、シルバを見る。シルバはわざとらしいため息を吐きながらワインを継ぎ足した。
「うちのクレイズは神官だ。あいつに頼んで筆写してもらえば神官が死霊系の情報を調べただけってことにはなるな……おっと、クレイズはここにいねえし飯を奢ってもらえないんだから損だなあ……リーダーだけ美味い飯食って部下にタダ働きさせちゃあ反感買うよなあ?」
「チッ、わざとらしいな。いくらや?」
「そうだなあ……あいつも最近結婚して色々物入りだろうからなあ……」
「……死霊系のここ10年間の出没地域と数のリスト、それに教会、神官の拠点の移動をまとめたもの、2日で金貨3枚。どうや?」
「へへ、毎度ありぃ!」
「お前……ホンマに貴族出身か? 商人みたいな奴やな」
「金勘定にうるさくなけりゃ巨大クランのリーダーやれるかよ? それに全員が常に活躍出来る訳じゃねえし今は少しでも即金が欲しいからな。下の連中に出来そうな仕事を見繕ってくるのも俺の仕事だ。だからリーダーの俺がわざわざギルドに直接出向いてるんだよ」
(こいつ……相変わらず身内の面倒見がええな。まあ、俺も似たようなもんか。いつの間にか家族もそれなりにいるしな)
そういう普通のリーダーならまずやらないことを積極的にするからこそSランク冒険者として、リーダーとして確かな地位を築いている。
何より嫌味がない。人との接し方、距離感が抜群に心地良い。ディラックの交渉に嫌々、という素振りを見せながらも別に嫌な気はしていない。金に余裕があるからそう思うのかも知れないが、ディラックは間違いなく良い男である。
「てか、俺を貴族出身かって言うが、お前こそ戦争孤児からの傭兵、冒険者、商人ってそっちの方が訳分からねえぞ? なあ、どっかの亡国の王族とかじゃあないんだよな……後から無礼だったとか無しだぜ?」
初めて会った時、ディラックは2人を本当に少なくとも貴族かと思っていた。オスヴァール伯爵家出身の経験から、伯爵かそれ以上の上級貴族、あるいは王族の雰囲気があったと感じた。
アウルムが亡国の王子で、シルバが幼馴染で親友でありながら、家の立場上、家来の騎士という関係性であり、国を追われたので本来の友人のような関係に戻った。
シルバのシャイナとは違う共通語のアクセントからもそれを想像させた。
そんなエピソードを勝手に頭の中で膨らませることが出来てしまうくらいに、他の冒険者とは一線を画していたのだ。
「俺の場合は特殊や。たまたま出会った相棒が賢過ぎるおかげ」
「アウルム……あれはヤバイな。賢さも強さも申し分ないが、何よりも凄いのが女に靡かねえ。色仕掛けがいっさい効かねえってのは最強だ。どんなに強い奴でも女で失敗するってのはありがちな話だ」
「頼むから二度とあの手の勧誘はやめてくれ」
「ハハ……もう懲りた……マジで……」
そんな2人を優秀なクランのリーダーとしてスカウトしない手はない。2人という小規模なら大きな枠組みに組み込まれる恩恵も理解出来るだろう。
以前、勧誘という名の接待をした。これが失敗だった。シルバはそこそこ楽しんだ。断るつもりでありながらも、好意を無碍には出来ずにほどほどに遊んだ。
だが、アウルムは接待役の女に構われることに酷く不快感を覚え、それを隠そうともしなかった。
ああ、こいつはそっち派かと更に気を回して男を当てがった。アウルムからは冷気が漏れる程の怒りが込み上げる。
そんなアウルムの態度に気を悪くした『黒鉄』のメンバーはアウルムに絡んだ。
──結果、メンバーは一瞬で床を舐め、シルバとディラック、他数名の大柄なメンバーで止めるハメとなった。
この件は双方の謝罪により手打ちとなっているが、ディラックとしてはアウルムに関してのみ、積極的な関与をしない方針を定める。
「あれはアウルムも一応気遣って我慢したんや。不幸な事故やし本人もそこまで気にしてないから、ええで……っと、話はちと変わるが最近王都の治安が悪なってるようやが……誘拐とかは起きてないんか?」
「シルバ……お前マジで何に首を突っ込もうとしてんだ?」
ディラックは食事を運ぶ手を止めた。個室はシンと静まり返り、他の客の食器の音がやけに大きく聞こえる。
「さぁ?」
「おい、誤魔化すんじゃねえ」
「俺も分からん……からお前に聞いてる。街の様子を聞いただけや。ちと、久しぶりに来たらきな臭くなってるなと思ってな。治安が悪化したデカい街は人攫いが増える。その辺り騎士が足りん、この街で頼られるのはお前やろ」
「……そうだな、確かに治安は前に比べて悪くなった。だが、人が減ってるのは俺も感じるがそりゃほとんどが自主的に出て行ってるだけだ。商人ならササルカの方に、冒険者なら迷宮都市の方にな」
シルバの体感としても基地のあるササルカ、商会のある迷宮都市に人が流れているのは分かる。
「だが、今王都はめちゃくちゃ出入り、荷物検査が厳しい。人を攫うのは無理だ。地下通路のスラムだっていくつか潰されてるからな……」
「まあ、それもそうか」
「でも──」
「ほうら、『でも』があるんやな」
行儀は良くないが、シルバは得意げにナイフでビシッとディラックを指した。
ここまでは普通の情報。そこから更に先の情報を持つのがこの男だ。2番目の兄が近衛騎士であるだけにその辺りの情報には通じている。
「出入りが厳しい分、検査をされちゃあマズイ荷物の供給が減って困る奴らは当然出てくる。王都はデカいし、穴がないって訳でもない」
「ほう、それで?」
「そんな荷物を運ぶ専門の闇ギルド、犯罪者がいるってのはあり得る」
ディラック曰く、違法な荷物の持ち運びに関する捕物が少な過ぎる。あってもケチな品であり、捕まるのも小物の犯罪者ばかり。
検査が厳しくなればなるほど、違法な品の価値は上がる。だからこそ、そんな品を運んで儲けようとする犯罪者は絶対に無くならない。
「噂があるんか?」
「いや、特にはないが、むしろそんな連中がいない方が変だろ。その辺りはうちにも調査協力要請が来てるか目を光らせてるんだがな……」
「騎士に『黒鉄』をも欺く技を持ったヤバイ奴がいるのか、それとも技ではなく……」
「待て、その先は言うな」
「むぐっ!?」
ディラックはシルバの口にパンをねじ込み言葉を遮る。
「……そろそろ出ようか」
その話の続きはここではする気はないとディラックは意思表示する。口から飛び出たパンを強引に圧縮して押し込みながらワインで柔らかくさせて一気に飲み込む。
チップも含めて、金貨10枚と銀貨5枚。食事にしては高額である。殆どがワインの金額ではあるが。
2人は支払いを済ませて料理店を出た。
「あ〜やっぱ人の金で食う飯は美味いな……さて、奢ってもらった分の借りは返すぜ」
日が少し傾いた頃、ディラックはくるりと振り返り、真剣な冒険者としての顔を見せながら、シルバをどこかへと連れて行った。