9-9話 エスメ姉妹堂
アウルムとシルバは王都へと帰還し、キラドが滞在中に利用する屋敷に足を運ぶ。
今回は商人になりすまして、商談をするという形である。実際、プラティヌム商会の会長である為、迷宮都市で急成長を遂げるやり手の商会に興味を持つのは不自然ではない。
「よくもまあ、貴様らは行く先々で面白き品に出会うものだな」
報告書を読みながら簡単に状況を説明されたキラドは呆れたように眉を顰めてジロリと2人を睨んだ。
面白き品とは事件のことである。
「いや〜別に探している訳ではなく本当に偶然なんですけどね〜……商人としての才だと良いのですが」
「まあ、ある意味才能であろうな」
「私から少し補足させていただきますと、出会うというよりは他の者たちにとっては何でもないものに価値を見出すことが得意であり、結果的に行く先々で品を見つけることが出来るというものかと」
アウルムは自分たちに非があるのではなく、事件とはどこでも起こっており、ありふれたもの。
普通の人間が見過ごすようなことにも気がつくから結果的に事件に遭遇しやすい印象を受けるだけだと反論する。
ここであらぬ疑いをかけられたら、たまったものではない。本当に偶然だったのだから。
「この資料の3枚目の商品は、出どころは掴めるか? 仕入れられるのならば是非欲しいところだが」
(ホシノに関してはほぼスルー……ダメ元やったかある程度知ってて俺らの報告の確度を試したか……? いや、どっちもの可能性あるな。このおっさんは油断ならんからな)
キラドはホシノを仲間に引き入れることは不可能、と書かれた報告書の部分に目を通して、あまり興味なさそうに次の資料へと視線を移動させた。
シルバはキラドが親族を除く、他の誰よりも信頼しているが、それでも完全に信じているのではないだろうとアウルムに念話で告げる。
(それもあるだろうが、前の調査官の調査内容も調べているはずだ。情報不足、適当な仕事、不可解なことが多かったからな)
(前任者は失踪しとるんやろ? 確かササルカでパーティの参加券を融通した奴やんな? 消されたというよりは裏切ってるやろ)
(だろうな。まあ、俺たちからそれを伝えるのも変だしヒントは与えたんだ。自分で辿り着けるだろう)
調査官も王都へのテロ攻撃以降連絡が取れないものが10人以上いる。殺されていたり、裏切ったりしているのは予測がつく。
誰が裏切っているのかを明らかにすることも今後活動するにあたって重要なことだ。
「供給先が隠されている為、もう一度探すとなると中々骨が折れるかと……キラド様、何か心当たりはございますでしょうか?」
「うむ……いくつか思い当たらんでもないな少し待て」
キラドは側仕えの1人に合図をして紙とインクを持たせる。
現在、キラドはSランク冒険者パーティの『銀獅子』に24時間体制で護衛されており、アウルムとシルバの一挙一動は常に監視されている。
会話は常に第三者に聞かれても問題のない曖昧な表現が要求される。
具体的な指示については筆談しかない。
誘拐や違法奴隷に関する情報を思いつくだけ書き連ねたメモをアウルムに側仕えを経由して渡す。
その中身を確認して、商談はお開きとなった。
***
「まあ、餅は餅屋ってところか」
「流石だな、俺もかなり情報通だとは思うがそれでも知らなかった情報がいくつかある」
キラドのメモには各地を瞬時に移動出来、潜入も容易いアウルムですら把握していなかった犯罪者の情報が羅列されていた。
勇者に関連する情報をメインに集めているとは言え、現地の犯罪者と繋がっていることもあり、それなりに調べていたつもりだが、こことここが繋がってくるのかと驚くような貴重な情報もある。
特に貴族や教会関係者との関連性に関してはキラドの情報網の方が圧倒的に上だ。
「で……違法奴隷扱ってる組織を片っ端から潰すってのも出来ひん訳やが、どうする?」
「そもそも拉致してる集団とそれを捌いてる集団が同じとは限らないからな」
「卸売業者と小売業者は別の可能性か……どっちに話聞くべきや?」
「卸売業者だろうな。同業だからこそ仕入れ先の情報は欲しいはずだ。小売業者とのコミュニケーションも当然あるだろうし、おかしな連中の噂くらいは聞くはずだ。縄張りを荒らされてイライラしてる可能性だってある。連中はその辺りの損得に敏感だからな」
「後は買うような客よな。そもそも商談を持ちかけることがリスクやろ? どうやって違法な奴隷欲しがってるって知るんや業者は……ただ、ホンマにあの死体が誘拐された奴隷かどうかは分からんからな。まるで見当違いってこともあり得るし、卸売業者と小売業者が別みたいな前提で話すのは時期尚早か」
シルバの言う通り、情報が出揃っていない段階での過度な憶測は厳禁であり、結論ありきの推測は捜査を間違った方向へ導く。
まずやるべきことは、死んだ奴隷や所持していても仕方ないデメリットの大きい奴隷を処分した際、普通はどうやって捨てるのかについて調べるべきだろう。
アウルムは一つ一つ確実なことからだな、と言って出来るだけシンプルに考えられるようにする。
「……あ! なあ、ホシノ領の死体捨てた奴らの署名的手口って、教会の処理が入ってることやん?」
「ああ。グール化して発見されるのを防ぐ為だろうな。加えて言えば、服も着せられていなかった。これは服装から身分バレするのを避けたいと言う意図があり、ホシノ領の死体がバレることは想定していなかったはずだ」
死体からは身分やバックグラウンドを推定出来るものが極端に少なかった。肉は既に分解され、骨のみとなり、しかも死体の腐敗を早める為の処理がされていたと思われる。
服、装飾品、これらがあるだけで社会階級などを推量出来るが、死体からは何も分からない、分からせるものかという強いこだわりを感じた。
そんな徹底した死体の処理の仕方という特徴からプロファイリングされているとは、捨てた者たちも流石に想像は出来ないだろう、とアウルムは意地の悪い笑みを浮かべた。
「でも全ての違法奴隷で商売してる奴らがそんな処理出来る訳ないやんか? 普通に祈祷のお願いすんのアホみたいなお布施取られるし」
「犯罪者はケチだからな、そこらへんはお構いなしに捨てるだろう。他人の迷惑など考えもせずにな」
「だからさあ、幽霊とかグールの死霊系モンスターの出没が目立つ地域けど、戦争や小競り合いがなかったような地域のグールとかって違法に廃棄された死体なんちゃうん?」
討伐依頼は冒険者ギルドに度々発注される。教会出身者の神官がいるようなパーティが大体引き受け、専門性が高いことから比較的条件も良い。
そんな依頼を今まで単発のものだと考えていたが、そもそも何故グールや幽霊のような死霊系が生まれるのか、という点にシルバは注目した。
「そうか……その地域と違法奴隷商の拠点を相互参照して地理的プロファイルをすれば多少は絞り込めるか。なかなかやるな」
「なら各地のギルド回って依頼貼ってるボード見た方が良いんちゃうか? ホシノ領には新しい死体はなかったんやし、ホシノ領が出来たことで捨て場所を変えたなら、組織の本拠地も変わった可能性はある。その影響でここ2、3年の間に死霊系の出没地域も変わったかどうかを調べよ」
国家間、領地間の境界線をめぐる争いだけではない。犯罪者集団にも勢力圏争いはある。そしてそれは国家や領地よりも流動的で短期間でいつの間にか変わっていることが多い。
犯罪に関わっていない地元の人間ですら知らぬ間に、そして気付けば全く別の組織がその土地を仕切っていることもある。
そして、その境界線、縄張りは入り混じることなくハッキリと分かれる。
狼ですら、GPSをつけて行動範囲を追跡結果、地図上で綺麗に行動範囲が分かれて縄張りを互いに守ったという結果がある。
シルバは『不可侵の領域』というユニーク・スキルを持つくらいには境界に対して敏感であり、彼ならではの視点で推理をした。そしてアウルムは自分の中で再検討し、やはり妥当だと判断する。
そして犯罪者もまた縄張りに敏感であり、一つの組織が動けば、他の組織にも影響が出る。
「だな。俺はパルムーン商会に行って商売の打ち合わせがあるからお前は冒険者ギルドで過去の情報を集めてくれ」
「あ〜それがあったか。分かった、冒険者ギルドの方は任せてくれ、王都やし情報も一番集まってるやろ」
2人は一度別行動を取ることになった。
***
キラドの屋敷がある貴族街から、パルムーン商会のある商人街へと、王城から離れるように移動していくとテロからの復興速度は、やはり貴族街の方が早い。
徐々に壊れた家屋などが目立つようになってくる辺り、身分社会というものがこの国の根幹となっているのだなと実感させられる。
アウルムは馬車の窓からそんな王都の街並みを眺めていた。現在、プラティヌム商会会長の身分として行動するアウルムは自分で馬車を操ることも許されない。
だが、そういった立場で行動していると周囲に見せることも必要である。
このエリアに住む人間は、基本的には馬車での移動となる。無論、安全の為である。近場の高級な商人街エリアなら多少は女子供でも出歩けるといった治安。
従者のような身分の低いものは徒歩か馬で何かしらの用事や連絡などを行う。
馬車での移動はステータスであり、見栄。アウルムとしてはどうでも良いことだが、商売には影響する為軽視は出来ない。
シルバは馬車の中で冒険者風の服装に着替えて馬車を降りてギルドへ向かった。
王都での移動にはいつもの馴染みの御者であるビスタを利用する。御者はいわば、タクシードライバーのようなものであり街のあらゆる道に詳しく、情報通でもある。
ビスタは口が固く、誠実な人柄であり馬車の操作も丁寧な男。金さえ払えば余計な詮索などはしないし、ここ最近の王都での出来事を簡単に教えてくれる。
「最近驚いたことといえば、有名な仕立て屋がスラムの爺さんを金持ちの商人や貴族に見えるほどに身嗜みを整えるって宣伝ですな。割と有名な爺さんで、その見違えっぷりが凄いってんで、行列が出来たくらいです」
「へえ、面白いなあ。確かにスラムの爺さんをそこまで変身させられるって分かれば、その店に任せたら間違いないって思うかも知れんもんな、頭良いわそれ考えた奴」
ビスタは的確にシルバが喜びそうなネタを仕入れて披露し、恐縮しながらも褒められて満更ではない顔をする。
シルバが高級な商人の服から冒険者風の服装に変わって馬車を降りたところで何も言わない。このような人材は貴重であり、その関係を維持したいことからシルバは気前よくチップを支払う。
それからしばらくするとパルムーン商会に到着し、馬車が止まる。
「到着致しました」
「ご苦労。馬を休ませてお前も食事をしてくると良い。家族への土産もこれで買え……プラティヌム商会のアウルムだ。パルコス氏との約束がある。取り次ぎを頼む」
アウルムは敢えて、偉そうな口調で振る舞い御者に金を持たせ、護衛に声をかけた。
王都でも最大手であるパルムーン商会本店は巨大な店舗であり、その別館が客との商談や応接などの役割を持つ。
入り口の立派な門の前には屈強な護衛が5人並び、そのうちの1人がアウルムの到着と共に駆け足で連絡に向かった。
すぐに別館へ案内され、応接室にはパルコスが立って待機しており、商人式の挨拶を軽く交わしてから立ち話をする。
バスベガで会ったパルコスだが、当時はマーキュリーとハイドゥローという偽名を名乗っていた。
お忍びで遊びに来る商人など珍しくもなく、実はプラティヌム商会の会長であるアウルムとシルバだと教えたところで大した問題はなく、今では互いにパルコス、アウルム、シルバとフランクに呼び合う仲である。
元々気安い喋り方をする男だったが、父親が失踪した時には礼儀を重んじた話し方をしていたあたり、弁えるところは弁えるという性格も伺える。
『良い物は皆で楽しめ、楽しむ為に運べ』
部屋にはパルムーン商会のモットーのようなものが書かれた真鍮の板が壁に掲げられている。
大手でありながら悪い噂をほとんど聞かない極めてクリーンなパルムーン商会らしい言葉だとアウルムは思った。
「お父上はどうだ?」
「おかげさまで、今では隠居生活を楽しんで孫におもちゃを買う金持ち爺さんだ。店の金を使い尽くさなきゃ良いんだがと頭を抱えてるんだよ」
「それは楽しそうだな……ところで、紹介してくれるか? 俺とお前の2人だと思っていたのだが」
部屋に入るとパルコスの他にもう1人、女がいた。
アウルムよりも少し暗い金髪をボリュームを出す為にカールさせ、もみあげと胸の前に垂らした襟足は縦ロールにしている女。
背は低く150cm程度ではあるが、胸は大きく、コルセットで腰を絞っていることからその段差は激しく強調されている為、子供ではないだろうと誰にでも分かる。
その女はパルコスとの挨拶の間は一言も話さずこちらをにっこりと笑みを浮かべながら観察しているようだった。
「いや、実は君の前に少し話をしていてな、顔合わせだけでもと思ったんだ」
「はじめまして。ナナ・エスメですわ」
彼女は立ち上がり、スカートを少し摘み上げて貴族令嬢の挨拶をした。
「こちら、ナナ・エスメさん。ナナさん、こちらプラティヌム商会の会長の1人、アウルム・プラティヌムだ」
「エスメ……と言うと、あの『エスメ姉妹堂』の経営者ですか。初めまして、本日はお会いできて光栄です。そちらの商品は何度か購入させていただいております」
「オーホッホッ……ゲホッゲホッ!……失礼、もちろんこちらもあなたのことは存じておりますわ。ご愛用いただき嬉しく思います。いつもタイミングが悪くご挨拶出来ていなかったので、本日こちらにお越しになると聞いて是非、一度お目にかかりたいと思っておりましたの」
急に高笑いをしたと思えば、扇で口元を抑えて恥ずかしそうに頬を赤に染めながら、ナナ・エスメはアウルムから視線を外さない。
(ナナ・エスメ──妹のネネ・エスメと『エスメ姉妹堂』という美容関係の事業を手がける……勇者……わざわざ俺に会う為に待ち伏せだと? 何を考えている)
髪の染色剤、脱色剤、シャンプー、石鹸、化粧品、あらゆる美容関係の商品を王都で売り、貴族女性から絶大な支持と影響力を持つ勇者姉妹。
運悪く会えなかったのではなく、アウルムは意図して会わないようにしていたのだ。完全な不意打ちを喰らった。
「俺の顔に何かついてますか?」
「いえ、その……店員から美しい方だとは聞いてましたが、そのお顔があまりにお綺麗なので思わず不躾に見てしまいましたわ。わぁ、まつ毛長ッ……。
どのように化粧をしているのかと思えば、何もしていらっしゃらないのですよね……?」
「一応、髪くらいはそちらの商品でケアはしていますが……購入しているのは身内の為の土産などがほとんどですからね」
恐らく美容効果があるとすれば原初の実だろうが、まさかそれが秘訣とも言えず、自分の顔面は与えられたものであり自分の努力によって得たものでもない為褒められたとて非常に居心地の悪い返事をするしかなかった。
「何もせずにそのように輝くお顔を持つなんて……化粧をすれば一体どれほどになるのやら。一度うちの商品の宣伝役になってみませんか?」
「あいにく、そう言った目立つ仕事は興味がありませんので」
「迷宮都市でガンガン商売して成長しておいて目立ちたくないってのは無理があるだろうよアウルム!」
椅子に座りながら、パルコスは顔を見られて居心地の悪そうにしているアウルムを笑い飛ばした。
「俺は折衝なんかを担当していて会長の顔役はシルバの方だからな。商会の名が売れることは歓迎するが、俺個人が目立ちたいとは思わない」
「そこらへんが変わってるんだよなあ、一代の成り上がりって普通はもっと名声を欲するんだがな」
「有名になればその分憎まれもするし、あまり俺が有名になっても仕事がやりにくくなるだけだからな」
「さて……ご挨拶も済んだことですし、そろそろ私はお暇させていただきますわ。アウルム様、また機会があれば是非今度お食事でもいかがかしら? 共同会長のシルバ様もご一緒に」
「光栄です。話は伝えておきます、しばらくは王都にいるので予定さえ合えば」
「まあ、楽しみですこと」
ナナ・エスメは扇で口元を隠して目を細めながら、豪奢な髪を揺らし部屋を出て行った。
「……変わった勇者だ」
「勇者がそもそも変わってるだろうに」
「それもそうか……さて、ダルグーアの街の状況についてだが──」
明るい彼女が出ていき、部屋は急に静かになった。アウルムは早速商売の打ち合わせを始める。
お互い商人。せっかちな進行であっても気にしない。むしろ仕事を早く終わらせることは望ましい。
パルコスもすぐに切り替えて真剣な目つきになる。
「問題は輸送時だが──」
1時間ほど打ち合わせをしてアウルムはパルムーン商会を後にした。
この話で100万文字を突破出来ました、ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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