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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
9章 ファミリー・アフェア
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9-8話 心配する友


 事情聴取を終えて、アウルムとシルバはホシノ領を出る準備をしていた。


「このような終わり方になってしまい本当に申し訳ない……」


 暴れ、調査官に対して危害を加えそうになり、挙げ句の果てに死体が山のように見つかる。


 ホシノとしては何一つ良いことがなかった訪問だろう。それが表情に隠せずにはいなかった。


「いえ、国を守った英雄に対して配慮のない質問をしてしまったこちらにも落ち度はありましたので。それに死体の件に関してはホシノ殿に嫌疑がかかることはないでしょう」


「こちらとしては以降も他の敵対勢力に加担しないとの誓いを守っていただければ、今回の訪問によって後日何かしらの咎めがあることもないと思います。最終的な判断を下さる立場にはないのですが、出来るだけ公平な報告をすることをお約束します」


「はは……お願いします」


 暴走の発端となったシルバの質問に対しては素直に謝った。シルバ個人としても、調査官としてもだ。


 人のトラウマを仕事だからといって無遠慮に刺激して良いはずがなく、そういったリスクマネジメントをするのも調査官として必要なこと。


 ましてや調査官という国に仕える立場であれば、勇者として戦ったホシノには本来頭が上がらない関係である。


 勇者からすれば、戦争には無理やり巻き込まれただけなのだから。


 アウルムも恐らくはホシノに対して罰が与えられることはないだろうと考えている。罰を与えるメリットもないし、それよりは中立の立場で何もしてくれない方が助かるのだ。


 味方にするには不安定過ぎるし、かと言って国に対して不信感を与えヒカル陣営や他の勢力に取り込まれるのも厄介なほどに強い。


 願わくば、このままこの土地で静かに余生を過ごして欲しい。それが本音である。


 死体は数体、持ち帰ることとなり、残りはホシノ領にて改めて埋葬されることとなった。


 以後、森に死体を捨てに来る者がいればすぐに連絡するという約束はしているし、実際にあれば疑われたくない彼らはちゃんと連絡するだろう。


 この土地でやれるべきことはやった。見送られながらシルバは手綱を操り馬車を進めてホシノ領から徐々に遠ざかる。


 ぐちゃぐちゃになった森から通れる場所を進んでいくので、来た時よりも時間をかけながら王都へと帰還する。


「……思えば、ヒカルはホシノの状態を分かってたからこそ、勧誘はしなかったんだろうな」


「ああ、それはあるやろうな。アイツ全然人を信じてないし、どんだけ誘っても無理やろってのは話してて伝わってきたわ。取り繕って受け答えこそしっかりしてるものの、心ここにあらずって言うか……」


「外向けの顔だろうな。妻たちの反応を見る限り普段は結構デロデロに甘やかしてるんだと思う。そうでもしないと精神状態をまともに保てないレベルに壊れてるみたいだからな」


「な〜んか、来る前に抱いてたイメージと全然違ったよな。人は見かけによらんと言うか、イメージ先行して決めつけでかかると痛い目に遭う良い例って言うかさあ」


 確かにスローライフはしてたけど、お気楽な生活って言うよりは、サナトリウム的な雰囲気があったな、とシルバは葉巻きを咥えて御者台に寝転んだ。

 馬車の操作はその時点でアウルムに投げる。


 木々の隙間から抜ける木漏れ日を浴びながら、葉巻きを炙り、空に向かって息を吐く。


「お前、最近喫煙の量上がってないか?」


「まあそうかもな〜……てか、それ言うならお前もやろ? 禁煙するべきとか言うてたのにちょいちょい吸ってるし、それに結構晩酌してないか? 夜食作ってるのも見かけるし運動してないから太るで〜」


 シルバは笑いながら、アウルムの脇腹をツンと人差し指で突いた。アウルムは身体をくの字に曲げながら、やめろとシルバの額をチョップする。


「ダァッ……! アツッ!」


 その反動で葉巻きの先端から待った火の粉がシルバの顔に落ちて叫んだ。


「俺は毒耐性が高いからアルコールによる酩酊感は殆ど感じられないし、ただの嗜好品でしかない。自分でジュースを開発してるからこそ分かるが、この世界に美味い飲み物ってワインくらいしかないからな。エールはあまり口には合わん」


「俺もエールよりはラガーのビール派やしまあ分からんでもないけどさ、ほどほどにしとかなあかんのは自覚してる……でも、ホシノみたいに身体よりも心が壊れる方が先やろうなとは思うわけよ」


「ガス抜きは大事だな。身体の方は正直なところ、頑丈に作られ過ぎているから心配はないだろう。原初の実もあることだし」


「心が壊れた場合治す方法がないからな〜やっぱりそっちのケアはしっかりしておかんとって思うし、ニコチンやアルコール程度でそれが緩和されるならええやろ。ああ、後セックスもな……いや、真面目な話」


 セックスに関する話をするとアウルムは決まって嫌そうな顔をすることはシルバも分かっていた。だが、精神的に不安定な人間にとって肉欲を満たすというのは確かに効果のある行為なのだ。


 それでリラックス出来るのであればするべきだというのがシルバの自論であり、実際それである程度ストレスは軽減出来ている。


 戦争に駆り出された新兵などには娼婦があてがわれることも普通だと聞いたことがあるシルバは葉巻きを手に持ちながら説明する。


「あのな……セックスによるリラックス効果くらいは理解している」


 その手の話はアメリカで犯罪心理学の修士号まで持つほどに研究していたアウルムにとっては当然のように学んだ範囲であり、釈迦に説法だとウザそうに返事をする。


「だが、ラーダンの言うところの俺が妖精系の血を引いているせいか……までは分からんが転生してから強がり抜きで本当に性欲というものが薄くなった自覚があるからな。多少その衝動が強くなるのが月に1度程度だと記録していて分かった。無視出来る程度のものだが」


「はぁ? なんなんそれ? じゃあ生理やん」


「いや、そもそも男でもバイオリズムは存在するんだから、あって当然なんだよ。種族によって多少の違いはあるようだがな」


「ふ〜ん……俺はこのボディになってから元から強かった性欲が更に強くなったから逆やなあ。しょーみ、一回始めたらほぼ絶倫状態。バイアグラなしでやで?」


「ああ、もう一々そんなこと口に出すな気持ち悪い。手もやめろ、下品だ。

 分かってるから娼館行くことに関してはそこまで文句言ってないだろうが。俺が文句を言うのはそこからトラブルを持って帰ってくるリスクに対してだけだ」


 シルバの卑猥な手の動きを真剣に嫌そうな顔をして拒絶するアウルムに弾丸でも飛ばされたら堪らないとシルバはすぐにやめる。


 しかし、シルバはアウルムから得たシリアルキラーや殺人に対する知識から本気で心配をしていたのだ。


「好きな女さえ出来たらヤるか?」


「性行為が可能か、性的機能があるのか、という話なら肯定だが、好きな女が出来るかという話なら否だ。……もう一度はない」


「そうか……ただ、その発散出来ひんことに対するストレスってのは全くないって考えてええんか?」


「お前……まさか、俺が性的不能によるストレスで殺人衝動があるとでも言いたいのか? ハッ!それはない」


 ナイフ等で被害者を刺す殺人行為。これはナイフを性器に見立てた、擬似的なセックスであり性器の傷つけられた死体を発見した場合最初に疑う要素ではある。


 男性としての象徴であり、アイデンティティでもあり、性衝動から道を踏み外した男は歴史を振り返っても多いい。


 それだけ男にとっての性欲、それを解消する為の性機能、性行為というものは重要なものである。


 怪我や病気、心理的な問題により性機能を失った男が殺人によって快楽を得ようとする行動はよくあるのだ。


 それを思い通りに発散出来ないアウルムはシルバから考えると健康的とは思えない。だからこそ、性欲が薄い友人の存在は心配になる。


 カメリアことツバキ・タカサゴの尋問で危うい暴力性、サディズムが垣間見えた。元々、学校で人を殴り停学になるような反社会性はあった。


 目的の為に手段を選ばず、行動指針、倫理は独自の美学によるもので、遵法意識が低く、たまたま法と美学が一致しているので犯罪にはなっていないようなグレーゾーンを歩く人格。


 そこに性的な問題は合わされば凶暴性が増すのではないか、そんな不安があったのだが、その心配を見抜かれ否定されたことで少しシルバはホッとする。


「じゃあ一応ムラっと来た時はなんとか自分で処理できてるんやな?」


「何故こんなことをお前に言わなくてはならんのだ……」


「頼む、俺の目見て、俺を安心させる為にハッキリ言うてくれ『俺はムラムラした時自慰してるから大丈夫だ』って……」


「馬鹿か、お前……しかも今『破れぬ誓約』使おうとしてるだろ、そんなことに使うな」


 アウルムは本気で嫌がって手でシッシッとシルバを追い払おうとする。それにしつこく縋り付くシルバに根負けしたように目を見た。


「大丈夫だ……」


「あ〜オッケェ〜安心したわ……ん? 『誓約』が発動準備に入ってない…………まさかお前ッ! 『現実となる幻影』で答えた幻見せたんかッ!? 使うなよ……! こんなことに……!」


「お前が言うな」


 アウルムはしたり顔で前を見ながら鼻で嘲笑した。シルバに対して一瞥もくれず、ギャーギャーと騒ぐのを無視して手綱を操る。


(ここで素直に感謝したら反応が面倒くさそうだからな……いつも助かっている。お前が失望するようなことをするつもりはない。ちょっとホシノの精神状態を見て過敏になってやがるな……)


 そんな胸中は語らなかったし、シルバも知るよしはないのだが、アウルムのシルバに対する感謝は本物であった。


 ***


「ヒカル、また桃太郎が脱走しようとした」


「まーたかい?」


 ウツリはいつものように大量の書類に囲まれて作業をするヒカルに報告をする。


 何故か生きて帰ってきた桃太郎だが、殆ど人格が破壊されて会話もまともに成立しないような酷い有様だった。


 敵の情報を持っているにはいるが、その情報を上手く引き出せないので、現状は軟禁という形にしている。


 しかし、何度も何度も脱走を図るのだ。ここは安全な場所であるにも関わらず。


「世話係がまた死んだ。良い加減処分したらどうだ」


「まあ、そうなんだけどさ。必死で脱出しようとする動きから見えてくることもあるから仕方ないんだよね」


「何故逃げるんだあいつは」


「多分だけど、実際何度も逃げては捕まって……というのをわざと繰り返させられたんだろうね。今の状況が嘘か本当か、もはや判別出来ないんだろう」


「だから誰も信じないのか……いやらしい手を使ってくるな」


 ヒカルは桃太郎が敢えて逃げられるようなセキュリティで軟禁させている。世話係は死んでも構わないような使い捨ての者を使う。


 ウツリとしては周囲への影響からそろそろやめて欲しいと苦言を呈したいところだ。


「少し散歩でもしようか……」


 ヒカルは書類にサインをして、ファイルに閉じてから部屋を出た。


「あ〜潮風が気持ち良いね……やっぱり海辺は良い。太陽の光も日本ほどは鋭くなくて快適な暑さだ。君は季節で言えば何が好き?」


「秋だな。バカンスで来るには良いが、ここは俺にとっては少し暑い」


「ま、常夏だからねここ。君はすっかり日焼けしてるね」


 両手を広げて瞼を閉じながら空に顔を向けながら器用に歩くヒカルは視界がオレンジに染まるのを楽しむ。


 ウミネコのような鳥が鳴く声と波の音が穏やかな気持ちにさせてくれる。


「俺はお前と違って外にいることが多いからな。各所の作業進捗を確認する人手がもう少し欲しいところだ」


「人は急には育たないからね〜それこそ、蜂須賀先生じゃないんだから、後3年は見とかないと……」


「あれは育つと言うか……培養とかに近いだろう」


「でもあの人はあれでアーティストとか宝石職人みたいに思ってるからねえ、面白いよね。あんな人間が教師として高校生を教え導く存在として仕事してたんだから。まあ、うちは校長先生ですらアレだから終わってるよねぇ」


「自分の事を『養宝家』なんて今じゃ言ってるが、唆したのはお前だろうに何を他人事みたいに言ってるんだ」


 この世界に来て変わったのか、元からそういう本性だったのか、以前の姿を知っていると、とても信じられないような変化をする勇者は多い。


 ウツリからすれば、ヒカルは逆に変わっていない。やることのスケールが大きくなっただけだと思っている。


 だが、そのスケールは並の人間が到底成し遂げられるようなものではなく、ヒカルですら綱渡りに近い危険な日々だ。君は神経質過ぎるのが欠点だと言われても、万難を排する為に人員不足を解消したい。


 その方法を考えるのは決まってヒカルであり、ウツリは問題があればそれは遠慮せずにハッキリと伝える。


「あっヒカル様ッ! ウツリ様ッ! こんにちは!」


「やあ、こんにちは。漁の調子はどうだい」


「今日はデカいのとれたから屋敷に父ちゃんが持って行ったよ! 教えてもらった網のお陰ですっごくとれるんだ!」


「それは良かった。頑張ってね」


 数年前までガリガリに痩せて垢まみれだった貧民の子供が今ではすっかり健康的な日焼けをして元気に漁師として働いている。


 そんな少年を見てヒカルはゆっくりだけど、確実に変わって来ているんだよ、と満足そうに笑う。


「ヒカル、聞いているのか」


「……桃太郎を監禁して逃して捕えるなんて作業は1人じゃ難しい。敵……敵と言って良いのかは分からない段階だけど、邪魔をしている存在は少なくとも2人。あまり大きな組織なら綻びが出るが、その気配がないということはどれだけ多く見積もっても精々が6人だね。統率の限界があるから。

 リーダーの年齢は20代後半以降、人種はヒューマン、あるいは見た目がヒューマンと判別のつかない種族の男。

 社会的な地位は貴族出身か……それに準じた知識を求められる仕事につける者。金は貧乏貴族なんかよりはよっぽどもっている。

 几帳面で慎重でありながらリスクを負ってまでこちらに挑発的な行為をすることから、社交性はそれなりだが好戦的でそれを活かせる腕っぷしもある。

 それに該当しそうなのは……表向きの職業はAランク以上の冒険者か、冒険者上がりの商人か、シャイナ王国出身ではない貴族の次男以降か、名の通った傭兵か、教会出身の孤児か、そんなところだろう」


「……これだからお前は怖いんだ」


 ウツリはメガネを持ち上げて、乾いた笑いを出す。


 飄々として、普段から何を考えいるかは分からないヒカルだが、一度その考えを口に出せば誰もが驚き恐れ憧れる。


 分からないなどと、言いつつも見えない敵に対して既にある程度の絞り込みはしていたのだ。桃太郎を放置していたのは決して無駄ではなかったのだと、理解させられる。


「皆僕のことを実際よりも大きく見過ぎなんだよね。期待が重くて結構プレッシャーなんだから君くらいは僕はなんでもない普通の人間として見てくれないと」


「それは……無理だ」


「無理か〜まあ、頑張るよ。やれる範囲でね……今日の夕食は何かなあ」


 ヒカルとウツリは海に浮かぶ、黒い帆のない船を眺めながら束の間の休息を楽しんだ。

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