9-7話 謎の奴隷商
6日間ホシノはしっかりと眠った。体力的にはユニーク・スキルを暴走させて使用した反動は解消された。しかしながら、こんなに寝たのは戦争以来だとホシノに言われてシルバはドキッとした。
酸欠により気絶させたのだが、それによって肉体にダメージがあり、下手すれば死んでいるような攻撃だ。
並外れた勇者としてのステータスがなければ、危なかったかも知れない。
ホシノ本人や妻たちはそれがユニーク・スキルの反動だと思い込んでいるのだから尚更バツが悪い。
気絶させた方法に関して教える訳にもいかないので、無事で何よりですと、苦笑いをするしかなかった。
現在、ホシノの寝室であり、牢獄でもある地下室にて、魔封じをつけた状態での聴取を行う準備がされている。
ホシノ、ネビィ、アウルム、シルバの4人での事情聴取である。
「さて、ホシノ領にて大量の白骨死体……現在確認した範囲で計119体ですが、恐らく掘り返せばまだまだ発見されるでしょう。
ホシノ殿、これはあなた、もしくはあなたが命令をくだせる自領のものがやったことですか?」
「いいえ」
淀みのない即答による否定。アウルムの『解析する者』による身体的な嘘を看破する能力からもそれは恐らく真実だろうと読み取れた。
「では質問を変えます、この事実をあなたは知っていましたか?」
「はい、しかし部分的にはいいえですね」
「……と言うと?」
「完全には知らなかったということです。この土地を与えられる過程で死体は確かに出たことがあります。しかし、それは別に珍しいことでもありませんし事件性のあるものとは理解していませんでした」
確かに、この時代、この世界の状況から考えても掘った場所から死体が出ることは然程珍しいことではない。
ましてや、ホシノはそれがどの程度昔のものなのか、どうやって死んだのかまでを調べるスキルがないのだから死体が出たからと言って事件性のあるものと、結びつけることは難しいだろう。
「それを王都及び、度々訪れていた調査官に対して報告はしていませんね?」
「そちらの報告書類に記録されていないのであれば、報告していないということになるのでしょうけど、開拓した時に死体の扱いに関しては調査官に一度確認しましたよ」
「よくあることとして、慣例的な対処がされたということですかね……その辺りは当時の担当者に対して一度確認してみます」
アウルムは書類にペンを走らせながら証言録取に聴取した内容を書き込んでいく。
スキルにより自動的に記録して書類化することも出来るが、話した内容と違う報告をさせない為にお互いの署名が必要なので、今回は紙に直接書く必要があった。
「あの森で誰かが死体を捨てに来た場合、あなた方は気付けますか?」
「正直なところ、森……領地は広大で村から離れた場所に捨てられると全て感知するのは無理でしょう。しかし、数が多過ぎる……流石に全てを感知出来なくとも、その全てを見逃すということもあり得ないかと。妻たちが定期的に森の巡回はしているので」
「問題は埋められた後の状態がどうなっていたのか、森があそこまで荒れては判別出来ませんからね。だからこそ発見出来たという話にもなりますが」
シルバは顔に垂れた前髪を手で撫で付けながら耳にかけ、眉間に皺を寄せた。
埋められた形跡が見ただけで分かるようなものだったのか、巧妙に隠されて気がつくのは無理なレベルの処理だったのか、今となっては知る術がない。
つまり、気が付かなかったという話は大して信じられるものではない、と暗に指摘されネビィは不快さを僅かに顔に出した。
その反応が見れれば十分、とシルバはネビィからホシノに視線を移動させる。
「1番新しい死体でも3年から4年前、時期的にホシノ領が出来る前に捨てられたもの……だとは思いますがね」
「それが分かっているのにそんな質問をするのですか。僕が怪しいから怪しいと思ってるんですか? 犯人として僕は疑われてるんですかね?」
「ええ、疑ってますよ。流石に知らぬ存ぜぬで済むような案件ではありませんし、誘拐、殺人、死体遺棄を直接あなたがやってなくとも、それを許可していたという可能性はありますからね」
「死体の捨て場として許可し、何らかの利益供与があったと?」
「そうなんですか?」
「まさか! この件に関しては一切関与していませんよ! 一切関与していないということは何もしていないということです」
「聞くのが仕事ですので」
アウルムは声が大きくなったホシノに落ち着いてくれ、と手で制す。
反応からみても、ホシノではないだろう。ホシノがサイコパスであれば平気な顔をして嘘を吐くことも出来るが、サイコパスなら人を殺したことによる良心の呵責でPTSDにはなったりはしないはずだ。
それは妻たちとの会話や領地を持つまでの過程からも推測出来る。
本題はそこではない。この聴取は形式的なものであり、アウルムもシルバもホシノがやったとは考えていない。
犯人に繋がる情報を引き出せるかがこの聴取の目的なのだ。
「死体を調べていると、ある時から被害者のパターンに変化が見られたのですけどね大体5年前から……あなたは勇者としての活動で他の勇者と比較しても特筆すべき点がある。何か分かりますかね」
「ええ、もちろんです。違法な奴隷商やそのアジトを潰して回ってましたから。妻の何人かはその時に出会っています」
「つまり……あなたはどの勇者よりも奴隷に詳しい。そこで聞きたい。この手口に心当たりはありますか?」
ホシノは騎士と協力して奴隷や人質奪還作戦などを何度も経験している。魔族と人族、それだけの単純な対立ではなく、混乱に乗じて隙あらば出し抜こうとする国家間の陰謀も数知れなかった時代だ。
直接現場で活動していたホシノは奴隷というものに詳しいはずである。
「5年前……それをわざわざ口に出したということは勇者の関与があると?」
「勇者の召喚があったのは今から約6年前。魔王が生まれ戦争が始まったのはそれよりも更に前。戦争が影響して変化があったとしたら時期が合わない」
「戦争ではなく勇者の登場によって手口が変わった……と」
「確証はありませんが、勇者にも反社会的な人物はいます。王都のテロを行ったレイト・ニノマエ、ヒカル・フセ、他にも犯罪者として手配中の勇者はいます。
奴隷と何らかの関わりを持った勇者がいてもおかしくはないですから」
「……僕にも確証はありません。ただ、噂を聞いたことはあります。それが勇者かどうかは知りません……でもあの頃、急激に力を持ち奴隷商もが恐れる者がいた……」
曰く、何度か急襲をかけ空振りだった組織があったそうだ。
その撤収速度、危機感知の速さから、当時内通者の存在を疑ったこともあると言う。
このことから、勇者が犯人ではないかと何度も考えたが、ついぞその答えは得られなかった。
「それはオーティス……ボスはKTですか?」
「ああ……いましたね、そんなの。確かに一部は潰しましたけど、奴隷というよりは奴隷にする為の誘拐と輸送に特化した連中がいたはずなんですよ。組織の名前は分かりませんけどね……ボスと思われる存在の名前だけは聞いたことあります。噂ですから信用出来る情報かと言われると怪しいですが、確かにあの頃何かが動いていたのは間違いないですけど……」
ホシノはその名から懐かしさすら感じると、皮肉気に笑いそれらの戦いを過去のものだと認識していることが見て取れた。
そんなホシノだが、これだけの死体を秘密に処理して教会関係者とのコネクションを持つことが出来る人間は限られており、当時でも異常さ、不気味さを感じたのはたった1人だけ。
KTもオーティスも奴隷に関してはそいつには足元に及ばない素人同然だと言い切った。一部業務提携はしていて、どこかで繋がってはいるだろうが、と付け加えて。
「構いません。噂からでも捜査対象を絞り込むことくらいは出来ますから」
「……『養蜂家』と呼ばれる者が度々噂で聞こえてきましたね」
「……すみません、職業柄著名な犯罪者の情報はある程度頭にはいっていますが、聞いたことのない名前です」
「ああ、失礼……多分なんですけど、それ僕たちの国の言葉なんですよ。一般的には『ヨル・フォーカ』みたいな響きで聞こえてるんじゃないですかね。同じ言葉でも地域や時代によって音の響きは多少変わりますから」
あくまで個人的な推測によるもので、その犯人が日本人であるならば、敢えて意味の通る日本語に変換するのならば、『ヨウホウカ』、『養蜂家』のような言葉から派生したのではないかと、ホシノは言う。
複数の噂から統合して共通の響きからそうではないかと、自分の中で結論を出していただけなので、信用しない方が良いとは言うものの、無視は出来なかった。
「……少し、席を外させてください」
アウルムはシルバを連れて部屋を出た。動揺を見せないように細心の注意を払い移動して、周囲に誰もいないことを確認した上で口を開く。
「どう思う?」
「俺も聞いてて思ったけど、こいつちゃうの?」
ブラックリスト、ファイルNo.5。
通称等不明であり、殺人、誘拐、人身売買に関与しているとされる勇者。
シルバはファイルを取り出して他に合致する条件のブラックリスト勇者はいないと確認する。
「ああ、俺もそう思ったから相談したかった」
「んで、俺は知らんかったけど養蜂家……かはまだ分からんとして、それに似た響きの奴隷に関する犯罪者の情報は耳に入ったったんか?」
「入っていたな……『フォガ』とか、『ヨーフォー』とか、人によって一定ではないが、そんな犯罪者の噂は確かにある……だが、俺はずっとこれを『フォガスト』から派生しているものだと思っていた」
「あ〜〜……確かにッ! 似てるわ響きが」
茶、tea、チャイ、これらが全て同じ語源であり、地域によって多少の差はあれど、派生したものだと言うことは少し考えれば誰にでも分かる。
特に人の名前などはスペルが同じでも発音がかなり違うこともあり、アウルムは複数の名前の犯罪者でも、同一人物だった、という結果を何度か経験している。
マイケル、ミカエル、ミハイル、マイク、ミックなど、アメリカ留学中の生活でもその体験は実際にあった。
ボブ、とはロバートの愛称、ロブから更に派生したものと知識が無ければ分かるはずもない変化のパターンもあり、聞いた名前から変化を予測する作業も行っていた。
結果、それによりフォガストのことだろうとの推測が誤りである可能性がここにきて浮上した。
バスベガを支配する犯罪組織のボス、フォガストの名は広く知られており、又聞きした者が微妙に違う発音で他者に広めるということはよくある。
簡単に答え合わせの出来るインターネットなどはなく、基本的には口頭による伝達であるからだ。
文字の読み書きが出来る者は少なく、正確な情報を維持したまま伝えるということはかなり難しい。間抜けな兵士は伝令には任命されない。それほどに正確に情報を伝えるということは難易度が高く信用が要求される。
大した教育を受けていない犯罪者に伝言ゲームをやらせて上手くいくはずもなく、その犯罪者の知性の低さをも逆算した情報収集が今回に限って裏目に出た。
「にしても養蜂家かあ……蜂を操るスキルとかか?」
「あるいは養蜂家の目的である蜂蜜が何かの比喩で人間の身体から何かを集めて売ってる可能性もあるな」
「あれか? 象牙とかサイの角が何かの病気に効く薬になる的な理由か? いやでも人間の部位でそんな活用出来るようなもんあるかなあ……臓器売買したところで外科的な手術するノウハウなんかこの世界には全然ないから需要もないやろうなあ」
この世界においては外科的な治療は主流ではなく、基本的には回復の魔法やポーションによる治療が普通だ。
その影響もあり、元の世界ほど外科的な処置に関するノウハウが少ない。
勇者の影響で止血や消毒、縫合という概念はシャイナ王国にて確立されつつあるが、誰もが知っていると言うわけではない。
「実際、人体の一部が役に立つかは別として、それを『役に立つと信じている人間』は間違いなくいるぞ。それこそ生け贄、なんて馬鹿げた考えが未だに残ってるのがこの世界だ」
「ちょっと脱線したけど、嫌なところは生け贄が魔法があるこの世界やと割と意味あるものとして機能してしまうことやな……」
一般的に禁忌、禁術として分類されるが、人の命を利用した魔法というものは存在している。
勇者やアウルム、シルバのいた世界とは違い、人の死に生産性があることは迷信でもなく事実なのだ。
殆どの人間は知らないが、勇者召喚の際に万を超える命が触媒として利用された。このことは闇に葬られているが実際に人の命で勇者という超越した存在を呼び出すことが可能である。
よって、この世界の常識に即したプロファイリングが要求される。
「俺はこの世界での人体の活用についての方向から、お前は養蜂家という職業から考えられる動機のプロファイリングをしよう」
「それは分かったけど、ホシノのことほったらかしにするのはマズイし、そろそろ戻らんと」
「ああ……だが、あいつから得られる情報は知れてるな。後いくつか質問したら切り上げるぞ」
一時的な中座であり、まずは聴取を終えることが優先であるとシルバは脳内でプロファイリングし始めたのを止める。
シルバが止めなければ一日中立ったまま続けかねない。
さっさと終わらせたい気持ちが足取りに出ているアウルムの肩をシルバは掴み、また面倒なことが起こる予感にため息を吐いた。




