9-6話 死人に口無し、されど骨は語る
激しい頭痛、身体が鉛のように重い倦怠感、寝汗の不快なベタつき、震える程の悪寒を感じてホシノは3日ぶりに目を覚ました。
「……ソラ!」
「ネビィ……僕はどうなったんだ……?」
なんとか瞼を持ち上げ目を覚ますとつきっきりで看病していた妻の1人、ネビィがホシノに駆け寄った。
ホシノは自分を監禁する為の寝室に両手足を魔封じで拘束された状態であることに気がつき、ひとまず誰にも危険を及ぼさないことに安堵する。
彼にとって最も恐ろしいことは寝ている時、意識を失っている時に自分が暴れて周りに危害を加えてしまうことだ。
この身体の感覚は相当にユニーク・スキルを使い暴れた後に感じる特有の症状であり、またやってしまったかと深い後悔の念に襲われる。
「安心して誰も怪我してないわ」
ホシノがまず知りたかったのはそれだろうと、長年のパートナーであるネビィはまだ熱っぽい彼の額に触れながら話しかける。
「そうか……君の手はいつも冷たくて熱がある時は気持ち良いね」
「あなた、熱が出る度にそれ言ってるわよ」
ふふ、とネビィは定番の文句を言って濡れたタオルを絞り、それを乗せながら笑う。
「はあ……またやっちゃったみたいだね。全然記憶がないんだけど……ああ、外を見るのが怖いな」
「あなたは森の方へ行ったから村の中は家の屋根が抜けちゃった程度よ」
「それを聞いて少しホッとしたよ。あっ……調査官たちは?」
安心したのも束の間、確か調査官の1人と話して途中から記憶が欠如しており、それはつまり彼らに危害を加えたことになるのでは?
また、国家権力を害する行為というのは自分だけでなく家族にも罪があると判断されてもおかしくないと事実に気がついて青ざめた。
「彼らがあなたを止めたのよ」
「本当? 自分で言うのもなんだけど、よく止められたね。それなりに実力者だとは思っていたけど凄いね、相当な実力がある」
「無事だったけど、流石に2人ともかなり疲れてらしてね、あなたは3日間眠ってたけど、彼らも丸一日は寝ていたみたい」
「そうか……申し訳ないことをしてすまないと思うよ……なんとか責任は僕だけにあるから罰するなら僕にしてくれって掛け合って聞いてもらえると良いんだけど……」
「…………」
「ネビィ?」
ホシノの目が覚めて久しぶりに会話が出来たことに破顔していたネビィだったが、心配事がある時特有の表情をしていたのを彼は見抜いた。
ウサギのビーストである彼女は耳から感情が分かりやすい。それを隠す為に耳の制御は器用にするが、その分顔に出やすくなってしまっている。
これは決まって、特に深刻な問題を思い詰めている時の仕草だ。
「それに関してはこちらが心の傷に安易に触れる真似をした結果だから咎めるつもりはない……と言っていたけれど」
「僕の危険性を隠していたことが問題……だよね」
「いえ、そうじゃないわ」
「……? どういうことだ?」
「あなたが森で力を発散した時、地面がかなり掘り起こされてね……その…………骨になった死体がかなりの数見つかったのよ」
「ッ!? まさか……彼らはその死体に関して僕を?」
「ええ、疑ってると思うわ。というか、疑わない方がおかしいもの。ホシノ領の森で埋められた死体が出たらいずれにせよ、事情を聞く必要があると……あなたの目が覚めるまで……いえ、話せる状態になるまで待つと言ってこの村に滞在してるわ」
「クッソ……厄介なことになって困ったな……どうして静かに暮らさせてくれないんだ……」
ホシノは思わず頭を抱えそうになるが、まだ重い腕は鎖の音を少し鳴らすだけで持ち上げるには至らない。
「比較的、話の通じる方たちだと感じたのだけど……どうなるかしらね」
「いや、貴族や騎士、今までの調査官に比べたらかなりまともな部類だよ。僕たち勇者の文化を学び尊重する意思さえ持ってたからね。とは言え、友達じゃあないんだ。すんなり終わるとは思えないな……身体を休めている間にその件については少し考えておくよ……ねえ、アレやって良いかい?」
「もう……こそばゆいんだからね」
「フーッスハーッ! クンクンッスンスンッ……あ〜これこれ、ネビィの耳裏の匂い落ち着く……これでナップスのおっぱいも吸えたらな〜……凄く……落ち着くんでちゅ……」
ホシノの目は次第に重くなっていき、再び眠りに入った。
妻たちの判断でホシノが調査官との面談もとい聴取を受けるに耐える状態となったのは、そこから更に3日後だった。
***
ホシノの妻が1人、ハーフエルフのシスは魔法で整地された森の一角にて、周囲の荒地とは対象的な場所に広がる光景を眺める。彼女の髪は明るいオレンジであり、耳は普通のエルフよりも少し短い。
パッと見は、ヒューマンかと思われてもおかしくない程度の耳である。
彼女、そしてネビィなどの亜人種とされるヒューマン以外の妻は、本来奴隷としてこの国では所持出来ない。
ホシノが合法的に所持出来たのは特殊なケースである。
亜人種は他国にて合法的に奴隷とされ、それがシャイナ国内で違法に取引される。違法な奴隷売買に対しての罪は重かったが、当時は戦時下ということもあり、金儲けの為に罪を犯す奴隷商やブローカーは多かった。
厄介なのが、その国を統治する種族と異なる種族の奴隷はその国で所持が出来ないのだが、シャイナ王国内にて亜人種違法奴隷を発見した場合、その奴隷の身分が市民になることはない、という点だ。
その場合、奴隷たちはどうなるのか?
答えは特殊な許可を得た買い手が所有を許可される、である。ただし、奴隷側がある程度主人の条件をつけられるというもので、買ったとしても犯罪者のような目で見られる為外聞はよろしくない。
買い手が現れるまで、違法奴隷たちは賦役に駆り出された。
これが平時であれば、奴隷商人から財産を没収し、奴隷の出身の国に送還するのだが、魔王との戦争中あまりにも違法な奴隷売買が多く、現実的ではなかった。
当時、他国との同盟という名の相互監視もあり、行き場のない奴隷たちは各国にとって悩みの種であった。
結果、面倒を嫌い違法奴隷そのものを知らぬふりをすることさえあった。現在においても誘拐され失踪したまま。残された家族は帰らぬ人となった者たちの死を受け入れる。
この世界ではありふれた、どこにでもある悲劇だ。
「女、男……どれも若いな……」
「やっぱり戦争とか村の襲撃によって死んだと考えるには不自然かぁ?」
シルバが骨を回収し、アウルムが部分的に欠けてはいるものの、出来るだけ完全な状態に近づけるように組み立てる。
若い男女の被害者、そこからシスは奴隷ではないかと、自身の経験と記憶を回想しながら思案する。
「シスさん、この辺りに集落などがあったなどという話は?」
「聞いたことがありませんね。元々、誰も住んでいない辺境の土地を主人が所望したということもありますし」
「隠れ住んでいたにしても生活の痕跡がないから、その可能性も低いだろうな。10年、20年程度の単位なら普通に痕跡が残る」
「じゃあやっぱり、状況から見て殺された後にここに捨てられてるな……」
シルバはシスに軽く質問をした。まずないと確信してはいるが、念の為の確認である。この状況で嘘をつくのか、どんな反応をするのか、それが知りたかった。
「どうしてそんなことが分かるのですか?」
「骨の砕け方、骨折の跡、栄養状況、埋められてた深さから考えて、この辺りで戦闘があったなら武器とかも落ちてるはず、でもそういう痕跡がないからですね。これは殺されてますねえ」
シルバは骨を拾い上げてシスに見せながら、死体の状況から読み取れる死因を語る。
「それに明らかに死んで年月と共に埋まったとかではなく、埋められてますから。
まあ、組織的に意図して人に発見されん場所を選んでるのは分かりますね。
それだけの人間をバレずに生きたまま移動させるのって結構難しいんで」
「生きたまま移動させるのが難しい……というのは分かりますけど、何故ここで殺してないと?」
まだ、分からないとシスは首を傾げながらシルバに更なる説明を求める。
「ん? それは一方的に処刑のような形で抵抗せず殺されてるからですね。後、死んだ時期がバラバラ。違う時期に同じ場所で同じ捨て方をする。
極めて計画的、犯罪者なら生きて移動させるリスクは取るはずがない。
死体を運んでるのを見られたところで、死人に口無し、そういう業者と偽れば済む話、もしくは実際に死体を片付ける業者がやった可能性もある、それだけの話ですよ」
「加えて、火葬していないということは煙が目立つことを気にしており、つまり存在を知られてはマズイ出所の死体。
土葬するならスケルトンやグール化する恐れがあるから、人里離れた場所を意識的に選ぶのは自然なことだろう。
集団の犯行の場合、単独よりも凶暴になりがちだが、過剰な殺傷ではない。感情で殺さず制御された処理だ。
頭は悪くない。
……移動中は逃げられるリスクが高い。生かし運ぶとは考えにくく、よっぽどの見落としがない限りは合理的に欠ける」
現場の証拠からも、行動心理からもここで殺されたのではないと、アウルム、シルバの説明がされた。
移動中の隙をついて逃げようと考えたこともある元奴隷のシスには分かりやすい話だった。
だが、シスはもうそんな話はあまり考えられなかったのだ。
下手すればスケルトンやグールが突如現れて村を襲った危険があったことを示唆され青ざめる。
身近な危険の存在を知らずに生活していたと知った時の恐怖は形容し難いものがある。
「……だが奇妙なことに浄化処理された形跡がある。
どう考えても訳アリで殺されてるにも関わらずだ」
「教会の連中……もしくは誰かが噛んどる訳か。こりゃあ結構大事な未解決事件やなあ」
「骨を見ただけでそこまで考えられるものですか……」
シスはエルフの血が混ざっていることもあり、年齢は52歳。妻の中でも最年長だが、見た目は少女のように若々しい。
それなりに人生経験を積んできたと思ったが、訓練を受けた人間とはここまで考えることが出来るのかと驚く。
(でも……バラバラの骨を元に戻して並べるなんてこと可能なの?)
洞察力、推理力も凄いが、そもそも骨を元の状態に戻し、年齢や性別まで予測する技術が特に異様映った。
ホシノという人間兵器を死なずに止めたこともあり、普通の調査官ではないということは分かる。
それ故に、彼らの心象を悪くすることは自分たちの危険に繋がると考え、恐ろしさを感じる。
「それが仕事ですから」
アウルムは、にべもなく当たり前のことだと顔にかかった輝く金髪を頭を振るって払い、また骨を並べる作業を再開する。
「全部は無理かも知れんが、出来るだけ回収して墓でも作ってやりたいな……」
「それは領主であるホシノ殿の許可がいる」
「あっ……それについては相談しておきます」
呆気に取られていたシスは2人が被害者の墓のことまで気を回すような会話をしていることに更に恐怖を覚える。
アウルムもシルバも、仕事柄悲惨な状態の死体を見ることには慣れている。出来る限り敬意を払って死体を扱い、必要な情報が得られれば弔う。
それが当たり前なのだが、調査官とはここまでするものなのだろうか、彼らが特別なのだろうか、その判断はシスには出来なかった。
「そう言えば、最初に森でしてたあの格好は何か意味があるんですか?」
シルバがホシノの妻たちが迷彩の忍者風の格好をしていたことを思い出して、ふと聞いてみる。
「あれは主人の趣味……と本人は言ってますが、戦争中の記憶が蘇られないように、敢えてあり得ない格好をさせて心の平穏を保つ為のものとでも言えますかね」
「ほう、それは……何かデザインに意味があると思っていましたが」
「主人の世界の娯楽作品に出てくる人物がそのような格好をしていた、と聞いて再現したのです。現実逃避、郷愁の一つとお考えください」
「まあ、戻れないとなるとそれなりに故郷のものは恋しいでしょうな。ニホンはここに比べて豊かで平和だったと聞いていますし」
「ここで生きていくこと、元の世界を懐かしみ、ここでの嫌な記憶から逃避すること、主人の中でなんとか折り合いをつけようとしているのが、この村のあり方です」
「それで勇者の文化が混じり合っているような生活なのですね……食べ物なんかは特にそうだ」
差し入れとして渡されたサンドイッチをシルバは頬張りながら返事をする。
マヨネーズやチーズなんかは自分たちで作り、この世界にしかない野菜や独自の調味料での味付け。
もっと日本風に寄せようと思えば寄せられるはずであるが、この世界の料理として調理されているサンドイッチ一つからでも、ホシノ自身の葛藤は理解出来た。
それはシルバもまた、葛藤している部分であり、普段の食事をこの世界のものだけで生活するのは難しいのだ。
ホシノの場合、馴染めないというよりは、この世界の嫌な記憶を思い出さないように平和の象徴である日本のものを身近に置く、その知識で一儲けしようなんて考える勇者はそれなりにいたようだが、自分の心を守る為……そんな視点はなかったなと感心しながらペロリとサンドイッチを平らげた。
ホシノが会話出来る状態に戻るまでの6日間、その作業を毎日、朝も夜も関係なくそれぞれの仕事を続ける。
シスがその報告を彼らに伝えに行った時、2人は泥に塗れながら木にもたれかかって眠っていた。
その近くには100を超える死体が並んでいた。