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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
9章 ファミリー・アフェア
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9-5話 避雷針


 シルバはアウルムを乗せながら木々の隙間を縫うようにバイクで疾走する。


 整地などされていない森の中。草木は生い茂り、道という道はなく、激しくバウンドをしながらの走行。


 アウルムは下半身の筋力のみで、振り落とされないようにバイクにしがみつき、シルバには対応の出来ない攻撃をレジストする。


「しゃがめッ!」


「ッ! クソッ! 前方の障害物はお前が対処してくれッ!」


 アウルムの頭の高さにある茂みが近付くとシルバは叫んだ。


「いつも水と光の魔法で鏡作って死角消してるやろうが!」


「馬鹿っ! 高速移動しながら俺を中心に鏡を動かし続けるのは無理があるだろうが!」


「こっちも運転で手一杯やわッ! ホシノはどうなってんねん?」


 背中越しに罵り合う。それほどまでに余裕がない。


「暴風雨になってよく見えないんだよ、もはや生きた自然災害だッ!」


 ホシノはパニック状態に陥りながら自身を傷つける存在を自動的に迎撃するモードに入っており、守るようにうねる竜巻が強くなり、もはやホシノを視認すら出来ない状態である。


「俺が注意を向けるから、お前が吹っ飛ばされない範囲で『不可侵の領域』を作り、誘い込むしか止められないだろうな……」


「おいおいッ……! どっちも危ないやろうが!?」


「俺には小さめの『不可侵の領域』を作ってくれれば良い」


「ハァッ!? ズルいやろお前ッ……!作ってくれれば良いって俺はッ!? 俺だけ危なくないか?」


「危ないからお前だろうが、継戦能力、回避能力が高いお前が危険な領域作成、射程のある俺が遠距離からの狙撃で注意を引いて誘導、これ以外に方法があるかよ」


 シルバは攻撃を貫通させたり、弱くしたり、怪我を即座に回復したりと、爆発的な攻撃力はないものの生存することに関しては群を抜いた性能を持つ。


 長い時間、戦うことが出来る。多少の無茶をしたとしても、その後に響かない。これは驚異的なことである。


 シルバを殺そうと思うなら、基本的に即死させる必要がある。首を落とすことや、治療不可能なユニーク・スキル由来の攻撃でもって、回避、回復の余地を奪うしかない。


 加えて、『不可侵の領域』による絶対的な防御。


 シルバは盾となり、確殺の力を持つアウルムの『現実となる幻影』が発動するまで守る。


 実力が上の相手でも、この2人のコンボさえ決まれば勝てる。そういう余裕があった。


 だが、今回はそのコンボを使えない。


 安全かつ、最強の戦法が使えないのであれば──当然ながら、リスクを背負う必要に迫られる。


 そして、戦闘時におけるリスクを背負うのは大抵がシルバの役割である。


「だぁっ! チクショウめっ! 今回ハズレくじばっかり引かされてる気がするぞっ!」


「潜入調査なんかじゃあ俺だって命張ってるんだがなぁ」


 強風で引っこ抜かれ降り注ぐた大木を魔法で吹き飛ばしながらアウルムは別に不公平なことはないだろうと反論をしていた。


 その時、シルバはサイドミラーを見て後方を確認する。


 何かが変わった気配があったからだ。


「ハァッ!? おいおいおいッ!? 嘘やろ嘘やろッ!?」


 アウルム、シルバの髪の毛が浮いた。風ではない。靡いたのでもない。


 静電気により、逆立っているのだ。


「こ、これは……マズイな……」


 2人の身体に悪寒が走る。鳥肌が立つ。


 静電気によって髪の毛が持ち上げられたせいか、暴風雨によって身体が濡れたせいか──否、そうではない。


 竜巻は黒々と変色し、空の雲を巻き込みながら、巨大なキノコ状の雷雲へと凶悪な見た目にモードチェンジしているからである。


「まさか、雷をこっちに飛ばすなんてこと……ないよな?」


「じゃなきゃ、雷なんて発生させないんだろうが……ッ! マズイっ!」


 余計なフラグを立てるなと、シルバに文句を言おうとしたその刹那、遠くに見えるホシノのシルエットが動いたのをアウルムは確認した。


 動きから、腕をこちらに向けたのは分かった。


 何が起きるのか、直感的に理解して、ほとんど反射的に土の壁を形成して電撃をガードする。


「シルバッ! ここだけで良いから『不可侵の領域』を作れッ! 俺があいつの気を引くからお前はここから離れろッ!」


「ッ! これしかないかッ……!」


 シルバはドリフトをしながらスピードを落として、左半身をホシノ側に向ける。


 アウルムはタイミングよくバイクから飛び降り、着地点にはシルバの投げたナイフが刺さる。


「『不可侵の領域(マイ・テリトリー)』ッ! マジで引きつけてくれよ!? 俺が黒焦げになるぞ!」


 即席の安全地帯。そこに転がりながら着地したアウルムを置いてシルバは1人、森の中へと逃げ込む。


 バイクのエンジン音を闇魔法で最小限に消音し、ホシノの視界から外れるように運転する。


「気付くなよ〜……」


 一定の距離を保ちながら、まず最初の地点にマーカーとなるナイフを突き刺した。


『不可侵の領域』、領域とはつまり面の作成であり、現在はマーカーが1つの点。次に2つの線、そして3つの面。最低でも三角形の『面』が構成されることが発動条件である。


 上空であっても、その三角形の中に入っていれば効果は適用される。


 しかし、問題となるのは面積である。


 空中を移動するホシノを捉える為にはそれなりに広い範囲で囲まなくてはならない。


 ピンポイントでの誘導は難易度が高過ぎる。難易度を下げる為には当たり判定の面積を広げるしかない。


 故にシルバの移動範囲は広がる。出来るだけ大きく、出来るだけ広く、領域を作成する為にホシノの周囲を周り、攻撃を回避し続ける必要がある。


「ッイィ……! 雷は流石に見てから避けるのは無理やッ!」


 空気の破裂する音と共に視界は白くなる。


 すぐ近くの木に落雷があった。思わず顔を引き攣らせながら、アクセルをグンと回して距離を稼ごうとする。


「これ……バイク金属やけど、感電する……? てか、金属に雷って落ちるんやっけか?」


 実際、雷が金属に落ちるということに関しては誤った認識である。


 だがしかし、高く、細いものには雷は落ちる。


 当然ながらここは森、シルバの周りには大量の木が生えている。


 木には雷が落ちやすく、近づくべきではない。そんなことも言ってられないが、シルバはどちらにせよ、危険である。


「ウォッ!? なんやッ!?」


 そんなシルバの視界にニョキニョキと空に向かって伸びる細い棒のようなものが現れた。


「どうだ、これで多少はマシか……避雷針だッ!」


 アウルムが土を魔法で操作して加工した。即席の避雷針を作り、シルバへの落雷を防ぐ。


「ッ! 助かるッ! やっぱり相棒はこうでないとなぁっ!」


 風雨で一瞬にして破壊される避雷針をまた作る。


 シルバへの攻撃は邪魔出来たとしても、アウルムはホシノの注意を逸らし、ヘイトを常に向けさせる必要があり、攻撃と並行しての作業を要求される。


 左手に持つのはアウルム特製の武器──『カドゥケウス』。


 ギリシャ神話のヘルメスが持っていたとされる杖であり、ヘルメスはローマ神話において、メリクリウスと同一視され、また英語の読みはアウルムの偽名の一つでもあるマーキュリー。


 一見、ただの高級な黒い槍に見えるが、魔力を増幅し出力を調整する杖としての役割、そしてその魔力によって生成された物の指向性、照準を補助するライフルとしての役割を持つ。


 槍、杖、銃、を兼ね備えた武器であり、これは槍、単体の性能で考えれば大したことはない。あくまで見せかけであり、アウルム自身が槍を使った近接戦闘をすることは滅多にない。


 ただし、遠距離からの狙撃──この一点に関しては絶大な性能を発揮する。


 このカドゥケウスを左手に持ち、ホシノを殺してしまわない程度の殺傷力に抑えながら、確実に意識が向くレベルの攻撃。右手でシルバをサポートする為の避雷針を随時作成。


 二重、三重の魔法を並列処理することは通常の人間では不可能であり、現在アウルムですら相当な負担が脳にかかっている。


 これは両手足を同時に動かし、それぞれ別の目的の動作をさせることに等しく、またバラバラの動きを目的を持って確実にこなす必要のある作業である。

 それが如何に困難で、如何にアウルムの処理能力が並外れて高いかが分かるかは想像に難くない。


 加えて、これらの動作には絶対に『解析する者』の処理サポートが必要であり、このユニーク・スキルの使用自体がアウルムの脳に負担がかかる為、今回のような持久戦には向かない。


(シルバまだかッ……! あまり長くは持たないぞ!)


 アウルムは鼻血を垂らしながら、上記の作業を続け、シルバに確認をする。


(悪いッ! もうちょい待ってくれッ……! 後1か所で作成は出来るが、それはホシノが動かんかったらの話やッ!)


(クッソ……どう考えても俺の方が貧乏くじだろうが……)


(そこは……お互い様でええやろうがッ……! あっぶねぇッッ! 雷スレスレやッ!)


(いいから早くしろッ! 高速移動してるお前を意識しての避雷針作成はかなりメモリ食う作業なんだよッ……!)


 会話の最中アウルムは一瞬、意識が飛びかける。唇を噛み、意識を引き戻し攻撃を続けシルバの作戦が一刻も早く成功することを祈るしかなかった。


「早く早く早くッ……! そろそろや……ここらへんでラストッ……!」


 一方シルバはアクセルをフルスロットルで森の中を爆走する。


 最早、シルバの視界は通常の人間であれば、全ての風景が放射状に引き延ばされたように見えるであろう。


 それほどの速度で、決して平らではない道、障害物のある道を一切の減速なしで駆け、都度最適なコースを即時に判断し寸分の狂いも許されないハンドル捌きをこなす。


 現在、『非常識な速さ』で感覚時間を引き延ばしている。


 つまり、シルバにとっては周囲の風景の移り変わりがゆっくりとスロー再生をされているように見える。


 時間に追われた状況で、思考を加速させると自分の身体も当然ながらゆっくりと動くように感じるので、心身の感覚のズレが起こる。


 泥の中をもがくような感覚。気持ちばかりが急いて、ゲームのロード画面中にボタンを連打してしまうような苛立ちを強制的に体感させられる。


「ッ! アカンッ! ホシノの座標がちょっとズレてるッ……! ここじゃあ領域に入れて無いッ!?」


 目当てにしていたポイントとホシノの位置関係を比べると、微妙に狙いからズレていた。


「別のルート……何ィッ〜〜〜ッ!? 道が無いッ!?」


 現在のホシノの位置から、領域作成の為に必要なポイントへの移動をするべく、バイクの進行方向を変えようとした時、薙ぎ倒された木々によって道が無いことに気がついた。


(まだかッ……!)


(ホシノの位置が若干ズレてて修正が必要やッ……耐えられそうか!?)


(クソっ……避雷針を消していいなら可能だッ! それでも精々30……いや20秒だ、これ以上は俺の意識が飛ぶッ……!)


(十分やァッ! ヘイト管理頼むで!)


「しかし避雷針がないとなると……ハッ! そうかッ……!」


 シルバはここで、足元にナイフを落として敢えて『不可侵の領域』を作成する。


 現在の置かれたマーカー3点から作られたトライアングルの中にホシノはおらず、彼を制圧は出来ない。


 ──だが、領域は成った。


 一切の攻撃行為を認めない、絶対的な無音の安全地帯の中をシルバは疾走する。


「これなら雷も竜巻も関係ないッ!」


 そして、ホシノに近づく。ここまで約15秒。領域の中を一度出て、バイクを空中に放り投げシルバもまた宙を舞う。


 閃光──シルバよりも高い位置にあったバイクに雷が直撃し、その破片が顔面を皮膚を切り裂く痛みを感じながらも、投げた。


 4つ目のナイフ。


 ホシノを囲んだ歪な四角形の完成。


「入ったッ……!『不可侵の領域(マイ・テリトリー)』ィッッ! ホシノの攻撃力300%ダウンッ! 竜巻、積乱雲の侵入を禁ずるッ……!」


 フッとそれまでの嵐は何も無かったかのように消える。シルバの許可がないものの侵入はこの中で許されない。


 ドシャリと地面に墜落したシルバは同じく落下するホシノに焦点を合わせて、領域の設定をする。


「酸素濃度……低下ッ……!」


「イヤダ……やめろやめろ……グッ……!? ハアハアハア……ア…………」


 領域内に存在する物質の除外が可能なシルバは酸素を外に追い出す。酸素濃度が低くなった空気は猛毒同然であり、それを吸ったホシノは急速な酸素欠乏症に陥り、意識を失った。


「間に合った……か……」


 シルバはそんな気絶したホシノに近付き、魔封じを装着して背中から地面に大の字に倒れた。


「大丈夫かシルバ……ハァッ……」


「全然大丈夫じゃない、『不可侵の領域』を2個作ってしかも片方は馬鹿でかいし、移動中は『非常識な速さ』で思考加速や……もう動けん……」


「食えるか……?」


「アーンして」


「気持ち悪いんだよ、顎動かせるなら動けるだろ」


「頼むわ頑張ったやん」


 パクパクと口を開けて、差し出された原初の実が放り込まれるのを待つシルバを、アウルムは嫌そうに見ながら小さな欠片を口に落とす。


「あ〜染みる……疲れた後の原初の実がいっちゃん美味いねんから」


「おい、これは最高級の回復アイテムであって嗜好品じゃないぞ」


「分かってるって……だから無駄遣いはしてないやろ。今回は無駄じゃないって。言うてお前も食べたやろ」


「こんな森の中で戦闘不能になる訳にはいかんからな……」


「取り敢えず、確保成功して良かった……」


 シルバは拳を寝転びながら、アウルムに突き出した。


「ああ……」


 アウルムも拳を突き出し、改めて悲惨な被災地とも言える森を見る。


「怪我人ゼロで、ホシノの状態も分かった。仲間に引き入れるのは無理やけど敵でもなさそうやし、アイツをパニクらせたことは奥さんとかに一応謝って落着ってところか……雨降って時固まるとまではいかんけど……」


「いや……それは無理そうだ」


「何でや?」


「雨風は地面の中に埋まってた秘密を掘り起こしちまったようだ」


「ああ?」


 シルバは寝転び、すぐそばにいるアウルムがどこかを見つめながら話していることに気がついた。


 起き上がり、その視線の先を追う。


「……お〜い、嘘やろぉ……勘弁してくれてぇっ……」


 そこには人骨が。鑑定するまでもなく、人間の割れた頭蓋骨が転がっていた。


 しかも一つではない。目を凝らすと、ここら一体に死体が大量に埋まっていることが判明した。


「ブラックリストではないと思ったが……いや、決めつけるのは早いな。骨の状態から見てかなり古いものもある。時系列的に辻褄が合わないが事情は聞くべきだろう」


「ったく……頼むから昔ここは戦場やったってオチであってくれよぉ」


 骨を拾い解析するアウルムと、嫌な予感しかしないとシルバは嘆いた。

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