9-3話 天災
「王都……というより、ここから外の情報、情勢についてどの程度ご存じですか?」
特に含む意味もなさそうに質問したホシノにシルバは質問で返す。
「いや、正直なところ全く知らないので知りません。手頃な話題として聞いただけで、そういったことに興味がなく関わりたくないから、ここでこうやって生活してる訳ですし。外はファンタジーが強過ぎる」
「……?」
まるで知らない。興味もない。単に繋ぎとしての思いつきでの質問。
ホシノはそう言うが、果たしてそれは本当だろうか。そのまま信じる程2人は甘くはなかった。
それに『ファンタジーが強過ぎる』とは何だ? アウルムとシルバは視線を交差させる。
「……それが、今回調査に来た理由でもあるんですがね」
「そう言えば……前回からかなり間隔が空いている。と言うことは何か問題でもあって、その問題に僕が関係している可能性の調査ということですかね」
型通りの調査、ホシノは最初はそう考えていたが、どうやら疑いをかけられ、彼らはやってきたのだと気がつくと途端に真剣な表情に変わる。
「別に特段、あなたを容疑者として疑っている訳ではありません。あくまで規定通りの聞き取りを国内の勇者の方々にしているだけです」
「……ですよね、僕を始末しに来たのでしたら、『あなたたち』じゃ、まるで足りないんですから……僕は『天災』、大勢の敵を殺しまくった勇者の中でも上位の強さを持つ者ですから強いですよ」
「「ッ!」」
それは露骨な威嚇であった。動物が唸り、身体を大きく見せるように、ホシノは強烈な殺気を一瞬だけアウルムとシルバの2人に向けた。
『天災』──それが彼の二つ名であり、与えられた資料から、ソラ・ホシノという人物の基本的な情報は既に把握している。
魔族との戦争において、単純に敵を殺した数を記録した『勇者討伐序列』という資料が存在する。
ホシノはその中で600人以上いた勇者の間で5位の実力を誇る。
討伐数、破壊範囲だけで言えば戦時中において最強格とも言える存在で、その脅威性から王国は領地の所有を認めた。
他国に行き、潜在的な敵となるよりはマシであるからだ。
そして、それは純然たる事実であり、慢心や誇張ではない。
強い──アウルムとシルバは資料上の文字ではなく、肌を通しておおよその脅威度を理解する。今、この瞬間何か攻撃を仕掛けられ、それが本当に殺す気であれば危険であると分かるほどの強さ。
ブラックリスト勇者ではない……はずだが、それでもこの男の機嫌を悪くする、敵に回すことは避けるべきだと判断するに値する。そしてお互いに警戒度が上がる。
「……まあ、詳しい話は風呂から上がってからで良いでしょう。全裸でピリピリするのも馬鹿らしいですしね」
***
風呂から上がり、着替えたシルバはホシノの個室にて冷たい氷の入った茶を飲む。
自家栽培のハーブティー。砂糖も用意されていることから、サトウキビなどの栽培もしているのか、商人から買っているのか、などを考えていた。
アウルムは風呂から出た後はこの領地の様子を見たいと言って、ホシノの妻に案内される形で出かけた。
「ベッドがない……ということは寝室ではないのですね」
「まあ、普通は寝室と私室は同じですか……僕の場合妻が複数いるので自分の部屋にベッドは無いんですよ。アレする時はそれぞれの妻の部屋でね。寝る時は私の寝室で。聞きたいのはソレでしょう?」
「ハハ……まあそうですね。失礼ですが、奥さん同士で喧嘩……なんてことはないんですか? その……あなたの取り合いみたいな……」
「ハハハ……ないですよ。皆仲良くやってます。僕は寝相もイビキも酷いんですけどね……ほ、ほら、勇者のパワーで寝ながら暴れたらシャレにならないから普段は別の建物で寝てるんですよ。お互いの安全の為にね、最近は小さい子供も出来ましたし」
「勇者の家庭にもそれなりの苦労があるんですねえ。参考になります」
アイスブレイクとしては下品ではあるが、妥当な話題。勇者の生活について調べるのが仕事ですものね、とホシノは軽く笑いながら答えた。
笑い方はぎこちなく、引き攣ったような気味の悪さのあるものだが、それ自体は問題ではない。
まばたきもドライアイか緊張によるものだろう。社交性はあるが、会話自体はあまり得意ではないことが分かる。
同じような意味を繰り返す重言も多い。
「それで、何かあったんですよね? 僕を始末するなら軍隊持ってきてるはずだし、何か聞きたいってのは本当なんでしょうけど」
お互いにお茶を飲み、一息ついたところでホシノは話を切り出した。
「王都でとある勇者が暴れたことについてはご存知ですか?」
「いいえ……あ、いや半年前くらいから出入りの商人が王都がゴタゴタしてて物価が上がってるみたいな話はしてましたけど、詳しくは知りませんから知りません」
「……知ろうともしなかったと? 外で何が起こっているのか興味がないというのと、外に対して何ら警戒をしないというのはまるで別の話だと思うんですがねぇ」
ホシノは思い出したようにそう語るが、それが演技であるかどうかまではシルバは見抜けなかった。しかし、変な話ではあると思う。
例えば国が戦争状態にあるのであれば、ここも侵略される可能性が出てくる。いくら隠居生活とは言え、外界の情報をシャットアウトしても、問題ないと言い切れるほどの防衛機能がこの領地にあるとは考えにくい。
「僕はそういう警戒だとか、敵だ味方だのを気にして生きたくない。だからこうやって隠居してスローライフをしてます。妻たちはある程度外の情報は知っているでしょうが、僕が聞きたくないから耳に入れないように配慮してくれているんです」
「そうですか……ただ、今回に関してはこの土地の領主、そして勇者としてどれだけ隠居がしたくとも答えてもらう必要がありますし、この件について嘘は許されません」
「でしょうね。それで誰が何をしたんですか?」
「事の発端はニノマエと言う勇者で」
「ニノマエ? 聞いたこともないですね……」
「ええ、殆ど誰にも認知されていなかった勇者で……」
シルバは王都でのテロ事件、そしてヒカルの裏切りについて説明していく。ホシノの反応はどれも初耳といった様子で純粋に驚き、時々、信じられないと言いたいような顔をしていた。
「まさかそんなことに……」
顛末を聞かされて、ホシノは神妙な面持ちでお茶を飲み、唇を湿らせた。
特にヒカルの行動については明らかに動揺しており、額からは汗も流れていた。
涼しい季節であり、風呂から上がり身体が火照っているという訳でもない時間帯であるにも関わらずだ。
「単刀直入に聞きますが……ホシノ殿、あなたヒカル・フセの仲間ですか?」
「いいえ」
シルバの一歩踏み込んだ質問に対して、ホシノは即答する。感情の乗っていない極めて冷静な声だった。
「ヒカル・フセとここ1年以内に接触しましたか?」
「いいえ、しかし部分的には……はい」
「……! と言うと?」
「直接的な接触ではありませんが、そう言われると1年ほど前にあの人から念話が来ました。ただし、仲間としての勧誘などではなく、勇者同士の定期的な連絡として、あくまで事務的な生存確認、と言った感じですかね……」
「覚えている範囲で構いません。その時の会話の内容を出来るだけ詳細にお願いします」
シルバはメモを取りながら話をしていた。アウルムに渡された表情や仕草に注意しろと書かれた行動のパターンを網羅したチェックシートのような役割がある。
今のところは嘘をつく兆候はないが、普通の日本人という訳でもない。言葉と身体的な言語が一致していない。
話す内容は嘘ではないが、シルバに対して心は開いていない。全て演技である。人の良い人物を装っているに過ぎない。
それは徹底されており、だからこそ、この場で全く嘘をつかないという心理も不思議ではある。
「本当に大した内容ではないですけどね」
「内容の価値についてはこちらが決めることですので、お気になさる必要はないです」
「ああ、そうですか……え〜と確か……」
ホシノは視線を左上に向けて会話の内容を思い出そうとする。記憶を思い出す時と、何かを考える時のジェスチャーの違いを事前に観察し、今、嘘の記憶を作っている訳ではなさそうだとその様子をシルバはジッと見る。
だが、シルバは何かが引っかかる。嘘こそついていないものの、隠し事があるのは分かる。
それがシルバにとって関係があるのか、ヒカルから想起された嫌な記憶なのか、判断はつかないが一層、防御的な姿勢を取りながら面談を続ける。
(強い……かも知れんが、コイツはもしかしたら……メンタルがもう……)
確かに殺気は本物であり、強者特有のものだった。だが、その力を十全に使いこなし『戦えるか』については無理なのかも知れない。
今も精一杯の演技で表向きの顔であり、妻と子供の前ではまるで違う顔で、かなりギリギリな精神状態なのでは。
家族を守る為に村のリーダー、父としての自分を作りながら会話をしているのではないか?
罪人でもないこの男をこれ以上追い詰めるような質問はあまりに酷ではないか?
シルバは自問自答する。
だが、潜在的な危険である勇者、それもかなり強い勇者を放置するなどあり得ず、気は進まないが会話を続ける必要がある。
(あ〜、仕事とは言え……嫌な役回りやなあ)
表情を変えず、ため息もつかずに、ただホシノの言葉を待った。
***
「例えば、誰かが病気になった時はどうしていますか?」
シルバがホシノと話をしている一方でアウルムは領地の中を歩く。
与えられた土地の中でも、その一部に壁を建設しその中を村として居住している様子。
領地の面積を十分に活用した暮らしではない不自然さを覚える。
ひとまず、調査官として先入観を持たずに無難な質問をしてみることにした。
「薬草を栽培し、私が薬を作っています」
「ほう、確かあなたは……」
「ネビィです」
ネビィと名乗ったのは灰色髪のウサギのビーストであり、ホシノの妻の中ではリーダーのような役割をしている人物。
薬の調合が出来る元奴隷の女。他にも5人いる奴隷の妻。
プロファイリング技術の一つとして、被害者から犯人の行動を分析する被害者学というものがあり、ホシノが妻として選んだ、あるいは奴隷として所有するに至った女性の共通点を探ることでホシノの性格を分析しようと試みる。
(よそ者が村をウロウロするというのにたった2人の案内。舐められているのか、探られて痛い腹などないというアピールなのか……)
アウルムは自由に村を見ても良いと許可されており、好きに村の中を歩き回りながら、都度気になったことを質問していく。
「あなた方はホシノ殿とどのような経緯で出会ったのですか?」
「それは皆バラバラだからねぇ〜私の場合はぁ〜」
背の低い赤髪の女、名前はナップス。ネビィと外見的な特徴は一致せず、人種もビーストとヒューマンで明らかに違う。
背の高さ、髪の色、顔のバランス、胸の大きさなど共通点はなさそうだなと思いながら彼女の話を聞く。
ナップス、彼女の場合は王都のスラム出身であり、食うのに困った末、盗みを働いたところを捕まり奴隷落ちとなった。
だが、実績の欲しい兵士からの依頼で、端金欲しさに、地元の仲間だと思っていた人間に情報を売られたというのが真相のところのようだった。
食うに困った直接的な原因も、その売られた仲間との金銭トラブルであり、最初から仕組まれていたことだったと。
どこまで本当かは分からないし、アウルムも別に本気で信じてはいないが、参考にはなる。
他の妻の話なども聞いていると共通している点があった。奴隷にさせられた経緯が、身内による裏切り。
彼女たちを自己投影して救うことで自分の過去を救おうという行動ではないかとの予測がつく。
このロジックを殺人に向ける犯罪者もおり、行動としては一貫性がある。
逆に考えると、ホシノは裏切りという行為に対して過敏であり、厳しいのではないか。ヒカル・フセの裏切りについてどのような反応をしたのか。
これは後でシルバに確実に聞かなくてはならない内容だと記憶しておく。
「不快だとは分かっている上で……これも仕事のうちなので気を悪くしないで答えてもらいたいんですがね、何故ホシノ殿は奴隷として購入、あるいは保護、譲渡される形で所有した、あなたたちを妻にしたのですか?」
「それは、どういう意味のある質問ですか?」
ネビィは足を止め、不快感を隠そうともせずアウルムを見た。
「奴隷は奴隷のままでいろと?」
「……そんな話はしていません。奴隷を購入するのと、奴隷を一般市民の身分へ解放するのとでは難しさが段違いです。金も手続きもそれなりに必要で、この領地の中で暮らすだけならば、別に家族扱いしたところで誰にも何も言われないはずですから」
記録上は奴隷解放は戦争終了後に領地をもらった時に条件として提示していた。
貢献による報奨金から差し引いた状態での解放だった。
だが、ここの生活を見ている限り、別に必要がないのではとも思える。
つまり、ホシノは奴隷を解放することにこだわったということである。わざわざ王に向かってその条件をつけ、書類に明記させたのは異常と言っても良い。
この世界において奴隷を所有した人間が契約期間や契約時の金を奴隷が返済し切る以外の理由で解放することは滅多にない。
特にメリットがないどころか、デメリットの方が多い。アウルムが冷酷という訳でなく、この世界の一般的な人間の考え方では道理に合わない行動。普通はしない。
アウルムの疑問は調査官ならば、単純に不思議だと思ってもおかしくはない。表向き、他意はない質問で勇者と現地の人間の考え方の違いを浮き彫りにする為の質問。
だが、アウルムは彼女たちの視点でのソラ・ホシノという勇者の所感を聞きたかった。
(こういう回りくどい聞き方をしなければ、コイツらは答えない。ホシノが彼女たちを守るように、さっきから村というよりはホシノ個人を異常に守ろうとしている……何を隠そうとしている?)
守ろうとするのであれば、攻める。批判的なニュアンスとも取れる聞き方を敢えてすることにより、彼女たちはホシノを擁護する発言をするだろう。
その擁護する内容からホシノという男の行動が見えてくる。
「元々、ソラ……夫は私たちと結婚する気なんてなかったんですよ。勇者の方たちを信用出来ず、そして元の世界の甘い考えもあって、裏切られない味方を作る為に奴隷を購入した、という部分は正直なところあります。
私たちも最初は変態の勇者に買われて戦地に連れて行かれることに絶望したこともあります」
だが、旅を続けるうちに徐々に信頼関係が築かれ、ホシノは戦争が終われば彼女たちを解放して1人になるつもりだったと、ネビィは語る。
「見ての通り、女しか買ってませんからね」
と、やや自嘲気味に、そして仕方なさそうにホシノを皮肉った。
「解放した後、彼はどうするつもりだったんですか?」
「──死ぬつもりだったようです。元の世界には帰れず、騙し騙され、殺し合う生活にうんざりして、何より命を奪い過ぎたことを後悔しているようで」
「何故、考えが変わったんですか」
「私たちが頼んだんです。奴隷と主人の関係だったとは言え、背中を預けた人ですから、その人から戦争でもない場所で死の気配を感じるのは流石に気持ち良くありませんからね」
やはり、戦争や奴隷といった要素には予測出来ない部分が多い。アウルムの知識の中にはない関係性。
ただ、聞いている限り、当時のホシノには奴隷を所持することによる抵抗感よりも生存の為の確実な安全が欲しかったことが窺える。
それ程に人が信用出来ず、戦争によってそれが悪化したのだろう。
「奴隷として買われたことに関しては恨みはなかったと?」
「その頃には、ですがね……優柔不断なところがある困った人ですが、全員に対して好意を持っていることは気付いていましたから、奴隷と主人という関係の役割が終わったことで、新しい関係性が必要だと思ったんです……それに……」
「それに……?」
「奴隷が主人を大切にしている場合、もっとも困ることはなんだと思いますか?」
考えたこともなかった。アウルムは空を見ながら、しばらく考え込んだ。
「命令に逆らえないこと、ですかね」
「その通りです。夫の命令は私たちのことを考えて私たちの為に判断する。でも、その命令が必ずしも夫や私たちが真に望むものとは限らない。
間違えていることもあります。奴隷と主人の関係では、それに逆らえないのです。夫が間違えていると思った時に私たちはそれを無視出来ない。これはお互いの為になりません」
「それで、説得して現在に至ると……」
「夫は……スローライフだとか、隠居だとか、表向きはそう言ってますけどね……実際は違います。
ここはこの世界では規格外の強さを持った……英雄でありある意味では人を傷つける武器でもあるソラ・ホシノという心の傷ついた勇者を癒す土地、勇者を閉じ込めておく檻なのです」
(自分自身を恐れているのか……これが秘密か)
ホシノは病んでいる。話を聞けばそれは分かる。それが調査官や国に露呈すると不穏分子として始末されるリスクが上がる。
だから、守ろうとしていた。この領地ではなくホシノ個人、ホシノの心を守ろうと動いていたのだと、違和感を解消するピースが見つかる。
であれば、外界との関わりを断とうとして、興味もないことにも納得がいく。
知る気がない、というよりは知ることによる精神の影響を極力抑える為の措置。
(だとすると、シルバに与えた質問のリストはマズイな……先に知りたかったが結果論でしかないか……)
裏切りに対する恐怖、シルバは今頃ヒカル・フセについての質問をしている頃だろう。
それはホシノにとって良い影響を与えない、火薬の側で火遊びをするような危険だ。
そんな時、薬草畑の一角を歩いていると、あまり見かけない植物が目に入る。
(これは……調合によっては麻薬にもなるし、向精神薬にもなるエスティーラ・ハーブ……おいおい、ホシノのまばたきって緊張とかじゃなくて薬の影響じゃねえか?
マズイだろ、薬を作る知識と適切な薬を処方するのとでは話が違うし、そんな気安く使っていいもんじゃないんだが……)
アウルムが内心冷や汗を流した時、大きな音が鳴ったのと同時に、ホシノの自宅の屋根が吹き飛んだ。
(遅かったか……)
「「ソラッ……!」」
ネビィとナップスは血相を変えて家へと走り出した。