1-19話 一か八か
今日も試験的に違う違うでの投稿です。
シルバは結界を解除する。
その身体は無防備そのものだ。
「ミストロール、かかってこい。お前、何がなんでも俺を殺したいんやろ? 悪いけど差し違えでもお前のことは殺す。お互い接近戦タイプや、攻撃力が防御力が上回った方の勝ち……シンプルにいくで」
シルバは腹をポンと叩き、ここに打ってこい。
そう挑発する。
「死ねぇあああああっ!」
「ッ! オラァッ!」
霧の中からミストロールが姿を現す。
しかし、それはシルバの背後から。やや、反応に遅れたシルバは振り向きながら剣の向きを変え、斬りかかる。
ガキィイイインッ!
シルバの剣はミストロールに届いた……が、右手で剣をガードされ刃はポッキリと折れた。
そして……シルバの腹部には貫通して飛び出た血まみれのミストロールの左腕が。
「グフっ……!」
「調子に乗んなよ冒険者風情がぁっ! 私を愚弄した罪死で贖えっ!」
「ハッハッ……痛ってぇ……」
呼吸が出来ない。息が吸えない。それでも酸素を身体が欲している。浅い息をするので辛うじて精一杯。それ以上は激痛が襲う。
「俺は……痛みには弱いねん……痛がりやねん……だから…………このチャンスは絶対に逃がさん!」
『非常識な速さ』──発動。
「何っ!?」
「離さへんで……ッウ〜ッ!」
痛みに耐えながら、シルバはミストロールの左腕を掴み、更には髪を掴む。
「お前の時間を1万倍に遅らせる……お前、どこ見てんねん?」
ついにミストロールの動きを止めたシルバ。絶対に逃がさない。精神の感覚速度を落として超スロー再生のようにしか行動出来ないように成功する。
これで大きな隙が出来る。後はこいつの身体を朽ちさせるだけ……そう思いミストロールの顔を見ると、こちらとはまるで違う別方向に焦点を合わせていた。
ジッと見つめる何かを辿る。
だが、霧の中、何も見えない。何も存在していないはずの場所……の、はずだった。しかしそこには……。
「マ、マルテ……フレ……何して……危なっ……結界から出るなっ……言う……やろ……」
息も絶え絶えに声を出すシルバ。しかし動けない。お互いに動けない状態で縛り付けているというのに何故、二人はこんな危ない場所に……ポカンとしたその顔に無性に腹が立つ。
こんな痛い目にあってでも守ろうとしているというのに。
「『現実となる幻影』──蜃気楼」
マルテとフレイの姿がぐにゃりと歪みのその先からアウルムが現れる。
「間に合っ……たか……」
「無茶し過ぎだ、馬鹿。家の中の光を魔法で屈折させて、彼女たちの姿を違う場所に移した。そしてこいつは1万倍にゆっくり流れる世界にいる。これなら目を逸らすことは出来ない……10秒だ。鏡張りの世界で醜い自分を見つめながらお前は切り刻まれる幻影を味わえ」
アウルムはそう言うと、ミストロールの身体はバラバラに砕け出す。
「な、なんで……私が……望んでこんな顔に生まれたかったんじゃ……」
ミストロールは言葉を振り絞りながら自身の過去を思い返す。
ミストロールとなる前の日本人の少女には姉がいた。
姉はどこにいってもその整った顔を褒められ可愛がられた。
しかし、少女は姉とは全く違う顔をしていた。
愛想がない、目つきが悪い、可愛げがない。ブサイク。そう言われ続ける人生を送る。
残酷にも子供ながらに大人の反応が姉とは違うことに気付いていた。
どこか外に出かけても、姉は可愛いねと言われちょっとしたサービスを受ける。
少女は子供でも分かる差別を受ける。
決定的だったのは、中学生の頃、高校生だった姉が芸能事務所にスカウトされた時。姉が可愛いなら妹の顔もと確認した時のスカウトマンの見下しの目を忘れることが出来なかった。
そこから、少女は美しいとは正義である。という考えに囚われ始める。自分が優しくされないのは美しくないから。美しければ物事は上手く運ぶ。
中学を卒業し、高校に入る前の春休みにはメイクを練習し始めた。自分なりに練習をして、いくらかマシにはなったが、それでもメイクではどうにもならないような骨格レベルでのブサイクさ、老けた顔は消えなかった。
知り合いの居ない少し自宅からは遠い高校に入ると、中学の時ほど、自分をバカにする人間が居ないことに気がつく。
少女はやはり、顔は大事なのだと確信を得た。
しかし、悲劇はまたも起こる。新入生向けのレクリエーション合宿の際、メイクを落とす必要があった。本来の顔を見た時の同級生のギョッとした表情は心に深い傷を与え、次の日からは噂が広がり始める。
「あいつのスッピンはとんでもないブサイクだった」と。名前から文字って『トロール』というあだ名が一人歩きを始める。
許せない。生まれ持った自分ではどうしようもないことで攻撃される道理があってはならない。奪いたい。私を笑うその顔を剥ぎ取ってやりたい。
彼女にそんな暗い心が生まれ始める。
そんな彼女が異世界に来た時与えられた能力は血を吸う必要がない、それでいて吸血鬼のような『処女の・偽吸血鬼』血が苦手な彼女の為にあつらえたような能力。
能力を使えば、実際驚くほど顔が美しく変化した。
これは、これこそ自分が求めていたものだ。映画で見た姉が演じた吸血鬼のような人間離れした美しさが手に入る。
まさに天からの祝福。青天の霹靂のような転機が訪れた。魔王退治など、自分には関係のない事。世界の事情をある程度知った後は他の勇者たちの前から姿を消した。
最初は良かった。美しい顔でいれば周囲の反応がまるで違った。そもそも美の価値基準が日本とは異なるという事情もあるが、慣れない異世界であってもサービスされることもあった。人生史上、最高な瞬間を送る。
だが、そんな生活を送るほどブサイクな自分に戻ることを恐れ始めた。
能力の効果はかなりの時間持続する為、実のところ彼女の顔は既に美女のはずだった。
ユニークスキルの他の効果を使用さえしなければ、エネルギーは消費しない。
精神的なストレス、コンプレックスから来るプレッシャー、感情に左右される顔つき。能力とは全く関係のない部分が彼女の顔や髪に影響を及ぼし始める。
これは、いくら能力を使用しても解決出来るものではない。
次第に美しくなれない──もっと能力を使う。果ては人を殺すまでに搾り取る。能力を使い霧に紛れ子供を襲う。また無駄なエネルギーを消費して元に戻る。悪循環に陥り、顔つきはどんどんと変わっていく。いつしか、顔に余計な力が入るようになる。精神状態は人相と関連している。それがユニークスキルではカバーしきれなくなる。
既に彼女の認知は矯正のしようがないほど歪んでしまっていた。
だが、アウルムが見せた幻影は美しくなった後の彼女の狂った行動を映すものだった。久しぶりに客観的に自分を見た。
鏡と写真ではイメージが異なるのは鏡に映った自分は反転している上、見たと同時に脳内で修正しているからと言われる。
(なんだ、私綺麗じゃん……)
彼女は最後にそう思うと共に息絶える。
頭部と肉塊のみが地面にビチャビチャと落ちる音がした。
シルバは地面に倒れ込む。
「さっさと傷を塞げ、死ぬぞ」
「ぽ、ポーション飲ませてくれ……身体が動かん……」
「全く……」
アウルムはため息混じりにアイテムボックスから回復ポーションを取り出してシルバに飲ませる。
身体の自由が少し戻ったシルバは腹の時間を巻き戻して傷を治した。
「ハァハァ……危なかった……」
「お前、心臓貫かれてたら即死してたぞ」
「へへ、心配かけましたわ」
「勝てたから良かったが……まあ、白銀……シルバが吸血鬼を倒す『銀の弾丸』となったのはシャレが効いてて俺好みの展開ではある。──まあ、ヤクザの鉄砲玉という方がしっくりくるが」
クックックといやらしい笑みを浮かべる。
「そこはシルバーブレットで頼むわ……あ〜疲れた」
大の字になって地面に寝転がるシルバ。空を見上げているといつしか霧は晴れ、青空が広がっていた。
「取り敢えず、勇者一人討伐成功、やな」
「ああ、お疲れ様」
シルバとアウルムは横から振り抜いてハイタッチを交わした。
ブラックリスト勇者──残り21人。
1名、討伐成功。
ファイルナンバー6 『ミストロール』
被害者数:確認出来る範囲で最低54名。