9-1話 二重奏
お久しぶりです。ストックが溜まったので本日より連載再開させていただきます!
休載中の出来事として、ネトコン12にて二次選考を通過いたしました!ありがとうございます。
ササルカ近くの基地には地下にシルバの私室がある。訓練の出来るスペース、工作用の大きな机、防音素材を張り巡らせた壁と床。
大きな部屋の中央には椅子が2つ向かい合って並んでおり、シルバはその片方に腰掛ける。
「よし、じゃあ合わせて見るか!」
休暇中、やることの無かったシルバの時間潰しとして作成したチェロを持ち、弓を弦にあてて低く伸びのある音を試しにならす。
「お前がチェロ弾けるなんて、知らなかったな」
「楽器は一通り触ってるから素人よりは出来るな。後転生して能力が上がってるから上達が速いし、前より上手いくらいや。音楽の基本は同じやからな、楽器ごとの癖はあるとはいえ、弾けるわ」
「それと、俺がヴァイオリン弾けるって知ってたのか? 言った記憶がないが……」
椅子に座るシルバの隣に立つアウルムはシルバが作ったヴァイオリンを持たされており、デュエットを無理やりさせられることを、やや面倒そうにしている。
「いや、お前が出来るって言ったことはないけど、音楽理論全く知らん訳でもなく、クラシックの曲好きやから、ガキの頃に意識高い母親にピアノかヴァイオリンやらされてたんちゃうかなってプロファイリング」
「……俺にとって嫌な思い出かもという配慮はしなかったのか?」
「今から俺とデュエットするのは良い思い出やろ? 弾けて良かったやん。無理やり教えられるよりマシやろ。後マジで嫌ならクラシック曲を間違えても普段鼻歌で歌うことはないはずや」
「身内にプロファイリングされるのはあまり気分が良くないな……にしても無茶苦茶な理屈だ。まあ良いが……言っておくと、15年以上弾いてないからあまり運指の難しい曲は無理だ」
苦々しげにシルバを睨みながら、ヴァイオリンを構えて一応の演奏する意思を見せた。
「これなら行けるやろ?」
D、A、Bm、F♯mとシルバは続けてチェロを鳴らし、その進行ならば流石にお前でも知っているだろうとニヤリと笑う。
「……カノンか、2人足りんが」
2小節目からアウルムもシルバのやろうとしている曲を理解して、演奏を開始する。
『3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調』、パッヘルベルのカノンと一般的に呼ばれる曲。
「今度はラーダンとミアも誘って四重奏や」
「闇の神の使徒は音楽隊じゃないんだぞ」
本来、更にヴァイオリンが2人必要な曲ということもあり、物足りなさを感じながらもアウルムは演奏を続ける。
シルバはいつか4人で弾きたいと言いながら、ぎこちなさを感じる演奏をするアウルムに合わせて旋律を奏でる。
アウルムは勘を取り戻しながら、次第に滑らかに演奏出来るようになり、街の路上で演奏すれば多少金を投げてもらえるだろうか、と言えるクオリティでデュエットをこなした。
***
演奏が終わり、どこかやりきったような表情をするアウルムを見てシルバはくすりと笑う。
殺し、殺され、追い、追われという過酷な生活を送る日々。
能力や収入という面で言えば転生前からは考えられないほどに恵まれているが、決して楽な日々ではない。
いつか死ぬ恐怖は常にある。
そんな日々の中であっても、ちょっとした出来事が色鮮やかな思い出となる。
シルバは軽い気持ちで提案したことだが、美しい記憶となったことに満足感を覚えた。
「……何ニヤニヤしてんだ?」
「別に。普通に弾けるし、弾くんやなと思って」
丁寧にケースにヴァイオリンを仕舞うアウルムがシルバに気がつき、怪訝な顔をする。
「音楽鑑賞や演奏が嫌いと言ったことはないだろ」
「そう言えばサイコパスには共感性がないから、共感する必要のある歌詞のついた曲より、クラシックみたいな歌詞のない曲の方が好む傾向にあるって話聞いたことあるな」
「ほう? お前からそんな知識が出てくるとはな。確かに『時計仕掛けのオレンジ』でも、主人公がルートヴィヒを好んでいたからな」
ヴァイオリンケースの蓋を閉じると、アウルムは少し感心したと言いたげにシルバの方を見た。
「あ〜、あの目開いて強制的に暴力的な映像見せながら音楽聴かせるシーンな。あんなんで人格矯正出来るんか?」
「お前も見ただろ? 俺が桃太郎に何をしたのか」
「あれは矯正ってか、人格破壊やろ。でもお前の『現実となる幻影』を無理やり食らわしてたのって……?」
「今気がついたのか? そうだ、時計仕掛けのオレンジを参考にさせてもらった。目を閉じられていたら無力だからな。それと、人格を矯正するというのは、やや無理があるな。それこそ、生まれてからの記憶そのものを書き換えるくらいのことをしない限りは」
アウルムの唯一の攻撃的なユニーク・スキル『現実となる幻影』は攻撃を成功させればほぼ確実に殺すことが出来る。
ただし、盲目の人間や、目を閉じる相手に対しては無力。
拘束し、強制的に目を見させて幻影の世界の中に入れれば逃れることは出来ない。
記憶とは曖昧なものであり、部分的に事実を書き換えることは可能である。
だが、全ての記憶を真っ白にして新しく書き込むことは出来ず、悪人を善人に更生させるような力はない。
「……善人を悪の道に落とすことは容易だが、その逆は難しい。仮に出来たとして、それは果たして本人なのかとも思う。考えようによっては魂の殺人ではないのかとな」
「テセウスの船的な話かなあ。魂の殺人か……つまり、お前は魂とは何かってのを記憶の積み重ねやと考えてるんか」
「いや、そこまで単純だとは思ってないな。俺は肉体からも影響を受けると思う。肉体という外的な要素、記憶という後天的なもの、生まれ持った性質という先天的なもの、この3つが混じり合っているのが魂だと思う。そしてこれはシリアルキラーを産む要素としても考えられる。
でなれけば、魂から作られるユニーク・スキルというものの説明がつかない」
「俺らの過去の経験を元に構成されたユニーク・スキルもあるし、例えばマキナは生まれ持って車を作り出す魂を所持してたのは変ってことやな? 現実にあるものやし、現実からの影響で魂は変質していくと」
片付けも終わり、出発の準備をしながら2人は会話をする。
武器やアイテムに不備がないかの確認をしながら、その一つ一つを手に取り、アイテムボックスに入れ、ポケットやホルダーに装着していく。
「闇の神は俺たちにこの肉体を与えたが……この肉体は一体誰かと考えたことがあるか?」
「新しく作ったというより憑依させてるってことか? いや、知り合いとかが出てくる可能性あるし、それはないやろ」
「ああ、それはないと思う。だがな、俺たちを構成する魂の器なんだ。それまで入っていた器とはまるで違うものに入った魂に何の影響もないと思うか」
「それって、俺ら自身が自分でも気付かんうちに魂の本質が変わってくるってことか? そう考えると恐ろしいけど……じゃあユニーク・スキルも人によっては変わるってことちゃうんか?」
そこで、シルバは一つの仮説に至る。魂が変質していき、その魂によって作られたユニーク・スキルもまた変質するのではないかと。
そして、自分たちはもはや転生前の白銀舞、金時理人ではなく、この世界で生きる為の仮の名であったはずのシルバ、アウルムへとなりつつあるのではないかと。
演じていた役に取り込まれていき、それが自分自身となっていく。これは自分たちだけでなく『勇者』という肩書きを持つ彼らにとっても影響はあるはず。
自覚的でなければ、いつの間にか別人になっている危険性をアウルムは示唆した。
「それは今更だろう。勇者の一部は『覚醒』と呼ばれるユニーク・スキルの性能が向上、進化する現象は既に確認された事実だ。
むしろ、逆。ユニーク・スキルが魂に影響している可能性。ユニーク・スキルの存在のせいで魂が変わるのかということ。互いに影響しあってはいると思う。
だが、勇者は転生ではないというのが俺たちと決定的に違うところだ」
「人格が破綻する要因としてユニーク・スキルを持つことを前提とした肉体、器じゃないことによる拒否反応か……」
「そこまでは断言出来ないが、行動予測として元の世界のプロファイリングを当てはめるのも無理があるという気がする。前提となる条件があまりに違うからな」
アウルムのプロファイリング知識はアメリカ社会を前提とした行動分析であり、アメリカの法律、人種、宗教などの影響を受けた人々が作り上げたもの。
ユニーク・スキルが人格に及ぼす影響や異世界に放り込まれたティーンエイジャーの研究などはない。
「だからお前が独自にこの世界で使える手法を確立させようとしてる訳やろ?」
「だが、時が進めば進むほど予測出来ない方向への変化があるだろう。彼らはこの世界で生活している。俺たちがこの世界に来たのはタイミングとしてはベストだと思うが、あまり悠長にもしていられないなと日々感じる」
予測不能、世界に及ぼす影響の大きさも不明。
それが福音となるのか、呪いとなるのか。
2人がこれから向かう場所、出会うであろう人物は特にプロファイリングが難しいとアウルムは資料を改めてシルバに渡す。
「この世界の人間と結婚して、子供を持つ勇者……そりゃ、言われてみればいるやろうなと思うけど、正直意識したこともなかったな」
「それに勇者の血を引く子供についても注意が必要だ。この世界に勇者が来てもう6、7年になるだろう。言葉を話しある程度物心のついた歳の子供がいてもおかしくないほど時間は進んでいる」
「のんびりしてたら俺らが殺した勇者の子供が復讐に来る……なんてこともあるのか」
「あり得るな。それこそカイト・ナオイの血統を欲しがる貴族などいくらでもいるだろうし、勇者の子孫絡みの問題は今後増えるはずだ」
「ていうか、その後継問題でまさに今王都がゴタゴタして俺らが駆り出されてる訳やし……ヴィルヘルム派、フリードリヒ派、カイトと王女くっつけてカイトを次期王にする派、無茶苦茶やなあ」
「今回、ある意味勇者の子孫が周囲にどのような影響を及ぼすのか、という一つのモデルにはなるだろう。考えようによっては彼は王だからな」
ソラ・ホシノ。これからアウルムとシルバが接触する予定の勇者の名である。
他の勇者と大きく異なる点は領地を持つ勇者であること。
魔王との戦争後、どのように生活するかは人によって違うが、土地を持ち、自分の領地で生活する地方領主のような立場にいる勇者。
もっとも、貴族的な義務などはなく、定期的なその土地で得た収穫物や現金を納税する程度のもの。
現地の女性6人と結婚し、所帯を持ち、この世界でこの国の民と生きることを選択した勇者。
ササルカより北東、王国では南東部に位置する森の中に領地を持ち、外界との関わりを殆ど持たない隠居のような生活をする勇者とコンタクトを取ることが任務である。
任務の目的はキラド派閥への引き込み、及びヴィルヘルム、ヒカルなどの敵対派閥との関係があるかの調査。
国に敵対的な行動を取らないという約束の元、領地の所有を認められていることから、危険でないかの調査は必須である。しかしながら王都の混乱などもあり後回しにされていた案件である。
調査自体は本来の調査官の仕事である為、アウルムとシルバに白羽の矢が立った。
「戦争帰りの英雄はハーレムでスローライフか……ある意味典型的やな。話が通じるとええけど」
「少なくとも、6人の妻がいて、子供がいて、小規模ながら共同体を指揮する立場にある人間だ。社交性がなければ務まるはずがない」
「なよっとした、ええ顔しいの優男かぁ? 見てるだけでイラつきそうなんやが……大体、妻って言ってもこの資料によると元奴隷やろ? まともか?」
シルバの感覚としてはそもそも人を所有するという行為自体に抵抗感がある。この世界の人間ならまだしも、人権教育を受けたであろう日本人が奴隷を妻にした、という事実そのものにグロテスクさを感じ、嫌悪感が表情から隠せない。
「……好色、という印象は否めないが先入観を持ってプロファイリングするのは危険だ。奴隷を所有した経緯や妻にした理由が不明だからな。元の世界の倫理観を当てはめない方が良い。
だが、警戒心が強く、忍耐力のある男なのは間違いない。心を閉ざされたら交渉も難しくなる、接し方には注意が必要だな」
情報から読み取れることだけを分析してプロファイリングするべきだとシルバを注意する。
奴隷を購入、所持する日本人の心理的な情報も今回で手に入るだろうとアウルムはシルバとは逆に楽しみにしている。
かなり特殊な部類の勇者であることには違いない。また、ブラックリストではない勇者とじっくり話をする機会というのも珍しい。
カイト、ヤヒコ、ヒカル、カタクラ姉弟、戦いの中以外で会話をしっかりと交わした勇者は少ない。
友好的な関係を築き、他の勇者についての情報も得たいところ。基本的にキラドの筋から得られる勇者の情報はこの世界の人間の解釈による情報だ。
勇者の見た勇者の情報は貴重である。
「お堅い調査官モードよりも、礼儀正しい日本人的なアプローチでいった方が良さそうか……なら今回は俺が前に出て喋った方が良さそうやな」
「言い方はともかく、表情が顔に出るからなお前は。少し心配だ」
「……いや、それ言うならお前怒ったら顔赤くなるの知ってるか? 全体的に色素薄いから皮膚も瞳孔の変化も前の身体より分かりやすいんやで?」
「…………自覚はあまりなかったな。そうか、やはり肉体の変化は行動にも影響が出そうだな、自分のことは見落としていた。いっそサングラスでもするか」
「おいおい『メン・イン・ブラック』じゃないねんから……間抜けやろそれ」
「冗談だ、行くぞ」
アウルムの開いた『虚空の城』の入り口に足を踏み入れ、2人はソラ・ホシノの住む領地、ネルラ森林、ホシノ領へと向かう。