8-24話 変わりゆく周囲
そう言えば、スコ速さんの方で「今一番更新楽しみにしている作品って何? その24」でブラックリスト勇者を紹介してくださった方がいたようで、少し遅くなりましたがこの場を借りてお礼をさせて頂きます、ありがとうございます。
数ある作品の中で、そう思って頂けるのは作者としてもありがたい限りです。
しかしながら本日、8章最終話です……笑
アウルムとシルバは目の前の状況に驚き、どうなってんだこりゃ……と、立ち尽くしてその光景を眺めていた。
迷宮都市で祭りが開催されるらしく、大通りには数多くの露店が並び、テントの設営など賑やかな様相を呈していた。
驚いたのはそのことではなく、働くビースト種が非常に多いことである。若い少年少女が仲良く、そして統率の取れた動きで荷運びをする為に行き来する姿が見える。
その指揮をするのはライナーだった。
「何なんやこれは……?」
思わずシルバは自慢したくて仕方ないとご機嫌さを隠せない尻尾の動きをさせているライナーに聞いた。
「なかなかやるもんでしょ?」
「お前が教えたんか?」
「最初はちょっとした、お使いをやらせてた。俺のお駄賃が太っ腹だってんで、ガキどもの間で噂になってちょっとずつ人数が増えたんですわ。
んで、あんまり多いとお使いの奪いあい、喧嘩になってしまって……」
「ああ、お使いのレベルを上げていったんやな?」
「そうです。まあ俺らも食えない辛さってのは分かるし、仕事が回せるもんなら回してやりたい。金がなくて飢えると余計なことしでかそうって考える奴もいるし、結果的に治安は多少良くなったかと思いますが、いかがかしら?」
「ライナー、丁寧な言葉遣いを覚えようというのは殊勝なことだが、シルバの訛りとラナエルたちの女の言葉遣いが混ざっておかしなことになってるぞ。
真似するならルーク辺りにしておけ」
行動自体は別に良い。プラティヌム商会のある迷宮都市の貧民ビーストの数は多く、それがまともな職を得ることで食いっぱぐれることなぬ、犯罪にも手を染める必要がない。
それにより、治安が良くなれば警備するライナーたちの負担も減る。
だが、ライナーの言葉遣いがおかし過ぎる。間抜けであり不気味なレベル。関西弁のようなイントネーションとお嬢様的な言葉遣いが混じり、それならば、粗野な言葉遣いの方がまだマシだろう。
声変わりをしている思春期の少年のすぐにひっくり返る声のような、絶妙な変わり目にライナーはいた。
頑張って商会の警備として相応しい言葉遣いを覚えようとする努力自体はアウルム、シルバ共に認め褒めた。
だが、誰かがハッキリと言ってやらねばならないこともあった。
「やっぱそうか……自分でもおかしいとは思うが正解が分からなくてな。今は昔の喋り方にさせてもらうぞ?」
「ああ。それで、何人くらいいるんだ?」
「大体50人くらいか……戦うのが苦手な奴らは荷運びをする仕事に今はついてる。ちゃんと、商人ギルドにも申請してビーストだけの運送、簡易な設営を業務とした下部組織を作った。
……報告したよな?」
「報告はされてるが、忙しくて詳しく目を通す暇がなかったから、今こうやって状況を理解して驚いているところだ」
ライナーは一瞬、やらかしたかと尻尾を股の間に入れてビクッとした。
アウルムが知らなかっただけで、その報告書をスキャンはしていたので、『解析する者』にて、それを読みながら答えた。
定期的に店の地下にある工房に資料がまとめられ、それを一気にスキャンだけはしているのだが、その全てをしっかりと理解するほどの時間は最近なかったのだ。
「戦うのは苦手な奴らはって、言ったけど得意なやつはどうしてるんや? ダンジョン 連れて行ってるとか言わんよな?」
「まさか、アニキたちがいねえのに死ぬかもしれないリスクは流石に取らねえよ。
護衛見習いとして今は公園で訓練をやらせてる。
初心者講座つーか、別にモンスターを殺さなくても鍛えることは出来るし、ダンジョンに入る時の為の心構えとか連携とか、やれることはいくらでもあるからな」
「へえ……ええやん」
聞けば、戦うことに怖さを感じない者には公園内を走らせたり筋トレをしたり、武器の扱いを教えたりしているらしい。
チームワークの一環として最近流行りのサッカーもやっているという。
シルバは小学校時代に少しの間だけ少年野球チームに所属しており、練習中にトレーニングか遊びなのかも分からない、何故かサッカーをした時がやたらと楽しかったことを思い出しクスりと笑った。
「武器……? まさか買ってやったのか?」
「いやいや、そうじゃなくてだな……ブラッドがバルバラン親方との修行で作った、売り物になるかどうかってレベルのやつを材料費程度で譲ってもらってんだ。
まあ、その材料費は俺たち警備の予算から出してもらってるんだがな」
ライナーは警備の人員を増やす為に商会の金を使う権限が与えられている。
だが、金の使い方までは分からないようで、今のところは与えられた予算を全然使っていないことがアウルムの読んだ報告書で分かった。
「そうか……ラナエルたちが許可したなら構わない。俺たちの顔色を伺う必要はない。まあ、危険だと思ったら相談はするがな。
それと、金はもう少し使っても構わない」
「いいのか?」
「分配された予算は警備関係にしか使えないし、それを差配するのはお前の仕事だ。ケチケチしてないで全部使って良い。商会を守ることが出来るなら無駄遣いではない」
ライナーはなんとか少ない金で成果を出す方が良いという貧乏根性が染み付いており、絶対に必要ではないものを買ったりする発想がない。
アウルムから使い切れと言われ口をポカンと開けた。
「金の使い方って言うか、まあそれもやけど、組織をデカく、強くする為の考え方やな。ちょっとずつ教えていくわ。
まずは競争やな。平等も良いけどダンジョン潜るってなったら、やっぱり強くなろうって意思がないと無理や。ビーストって上の者に従う傾向にあるから、ヒューマンよりその欲が無いと思う。
頑張ってるやつには多少のご褒美、特別扱いしてもええな」
「ああ、シルバの言う通りだ。不公平感が出過ぎるのも問題だが、特に頑張っているやつにはしっかりした装備を揃えてやる、とかそういう方向で金は使って良い」
「そうか……俺らは最初から全部揃えてもらってたから、その考えはなかったな」
「それは急ぎでそうする必要があったからだ」
ライナーたちは仲間になった後、上等な装備を全て支給されており、ある意味チーム間での不公平はなかった。
それ故に教え子に差をつける、という考えもなかった。
だが、じっくり育てるつもりなら競争心を煽った方が良いとアウルムとシルバは考える。
「勉強になるぜ……」
「勉強……と言えばだが、お前たちはこれを読め。強くなる方法をまとめたものだ。字を読むのにも慣れていなくても、読めるように分かりやすく書いたつもりだが……まあ分からなければラナエルたちに聞いてくれ」
「本かっ!? 凄え、本って高級品だろ? え、書いた? これアウルムのアニキが自分でわざわざ書いたのか!?」
厚みのある本を現在の警備員全員分あると言ってライナーに一冊を渡した。
「俺が描いた絵も載ってるから分かりやすいと思うで! 一応俺も目通したけど、俺でも読めたからな!」
「いや……シルバのアニキは普通にって言うか……かなり読み書き出来る方だろ? それは参考にならないぜ?」
いつも書類を作成してるマキエルさんがそう言ってるくらいだから、間違いないとライナーは苦笑いで答えた。
シルバの出来る出来ないの基準は日本での教育を受け、更にアウルムと比較して、なので、ライナーからすれば貴族かよ、と内心思うレベルである。
ちなみにアウルムは賢者かよ、である。
しかしライナーは本をパラとめくり、小さく口にしながら文字を読んでいき、凄え凄えと言いながら内容はしっかりと理解出来ているようで、アウルムはホッとする。
「本も読めるようになりなさいって、マキエルさんから言われたけど、どうにも内容に興味がなかったが、これは面白え!
俺は本が苦手だったんじゃなくて、面白い本を知らなかっただけなんだな! 強くなれる情報をこうやって読めるなんて嬉しいなあ……夢見たいだ」
「……いや、喜んでくれるのは書いた甲斐があると言うものだが、泣くほどのことか?」
いつの間にか、ライナーは涙を流して本が汚れる! と慌てて涙を拭いた。
アウルムとしては、くすぐったさを感じる仕草だった。
「身体が不自由で、今日の飯にもありつけるかって浮浪者の俺が、今ではガキ共の世話して迷宮都市でも有力な商会の警備のリーダーで、読み書きが出来て、本が面白いって知れたんだぜ!? 感極まってもおかしくないだろ!?」
「そりゃ、お前が苦しい境遇でも腐らんと、俺らと会ってからも真面目にやって来たからや。誇れ」
「シルバのアニキ……これ以上泣かすのは勘弁してくれ! 俺だって今はちょっとばかし立場ってもんが出来たんだ、みっともねえからよ!」
ドンッと、シルバは泣くライナーの胸を叩いた。ライナーは更に泣きそうになり、思わず空を見上げた。
「ライナー……これからデカい商売をするつもりだ。そうなると商会も大きくなり敵も増える。下のやつらを育てるのも必要だが、まずお前たちをこの街で最強にする必要がある。
今夜からまた、例のアレをやるぞ」
「……アウルムのアニキ……これ以上泣かすのは勘弁してくれ……」
アレとは、アウルムとシルバによるダンジョンに篭ってのスパルタ訓練であり、文字通り血反吐を吐くものだ。
定期的に行われるのだが、それがあまりにも厳しくライナーたちは訓練があることを告られると毎度顔面が蒼白になり、異常なまでに勘弁してくれとゴネ出す。
ライナーはその残酷な通告を受け目を閉じて、穏やかに眠るように、シルバに対して言ったのと同じ言葉をアウルムにも送った。
***
王都の騎士団の訓練所ではキンキンと朝早くから剣と剣のぶつかり合う音がする。
「ふうふう……ハァッ!」
「フレイ、もっと殺気を抑えろ。無駄な予備動作も多い、剣筋が丸見えだ」
「はいっ! 団長ッ!」
騎士団長、ライオネル・キングライトはフレイと訓練をしていた。
まだ騎士たちが訓練を開始する時刻よりも2時間早く、フレイはマンツーマン指導を受け、汗を流す。
ライオネルはまるで、力など入っていないかのように滑らかに剣を操り、フレイの剣を絡め取ってそれを弾いた。
実際、剣を動かすのに必要最低限の力しか使っておらず、腕力によるものではなく確かな技術によってフレイの剣を手から離していた。
「剣は死んでも離すな!」
「はいっ!」
「そして離した瞬間が無防備過ぎるぞ! 次を常に考え続けろ!」
その技に感心していたフレイの腹に容赦なく蹴りを入れる。身体をくの字に折り曲げてフレイは後方に吹き飛んだ。
「ほう、俺の蹴りを食らって受け身を取る程度は出来るようになったか」
加減しているとは言え、ライオネルの蹴りを食らえば大抵の騎士は泡を吹いて気絶する。
転がりながらダメージを分散して、片膝をつき嘔吐するまでにフレイはなんとか留めることが出来た。
ライオネル・キングライトはそれまでの騎士らしい戦い方はしない。騎士らしい戦い方を教わることが出来なかったという幼年時代を過ごしたが、それがかえって彼を強くした。
騎士の戦い方には型やルールがあり、それを守ることこそが騎士としての矜持であった時代に、それまでの常識であった型も基礎もまともに学んでいなかった少年が大人の騎士を圧倒した。
そこから、騎士としての型やルールが才能のある少年に負けるようでは、王や国を守る技術として意味がないのでは? とまで言い放った。
当然、周りの騎士たちは生意気な小僧がと、ライオネルを攻撃の的にした。
だが、ライオネルは騎士の戦い方を否定しながら、騎士の技から使えるものは、しっかり学ぶという柔軟さも持ち合わせていた。
その当時、いなかった純粋で貪欲な強さへの執着と、それを実現する生まれ持った才能、恵まれた体格により、誰も寄せつけない実力をすぐに表すようになった。
有名な逸話として、ストリートのナイフを使うようなゴロツキの少年から技の手解きを受けた、と言われるほどの貪欲さである。
勇者さえ、いなければ間違いなく王国の生ける伝説であったであろう男を独り占めしての訓練、光栄ではあるが並大抵の者はついていくことは出来ない。
平民生まれの女でありながら、ついていくことが出来るフレイは異質な部類である。
次期隊長候補として期待を寄せられている故の訓練だった。
「……そろそろ朝飯だな、一旦切り上げるぞ」
「……ハアハア……ご指導、感謝します」
まだ息が上がっているフレイはよろけながら、立ち上がりライオネルの訓練に礼を言う。
「技もそれなりだが、そろそろ迷宮都市で身体能力を上げた方が良いだろうな」
食堂へ向かう途中、ライオネルはフレイを見てそう言った。
訓練の一環として、騎士団は迷宮都市のダンジョンでレベルを上げることによる身体能力の向上をする。
だが、身体能力の高さと技が釣り合っていなければ、意味はなく、中途半端にある身体能力の高さで実力を勘違いすることは何よりも危険であると考えられている。
フレイはそろそろ、レベルを上げても良いかと思われる頃、つまり技術が身についてきたのだと、ライオネルは判断しているようで、フレイは少し嬉しそうに唇を噛み締めた。
***
「ヒカル……桃太郎が見つかったそうだ」
ヒカル・フセの相談役であり友人のウツリは書斎で作業をしていたヒカルの部屋に入ると、すぐに報告をした。
手に持っていた書類を机に置き、ウツリの顔を興味深いと言った表情で眺め続きを待つ。
「僕はてっきり裏切ったのか、捕まったのか、まあいずれにせよ、もう二度と会うことはないと思ってたんだけどね?」
「さっき、迎えを送って帰ってきたところだが、酷く衰弱していてな……言動もかなり支離滅裂だが、どうやら捕まって逃げてきたらしい」
「へえ?」
ヒカルはそれを聞いて更に興味深いと、口角を上げてニヤリとした。
「一番無いと思ったパターンだったね。まあ、逃げてきたのではなく、逃がされただろうけど」
「そう簡単に捕まるとは思えないからな。これから話を聞くつもりだが、同席するか?」
「是非聞きたいねえ。彼の冒険が一体どんなものだったのか、聞ければだけど、PTSDみたいな状態なのかな?」
「ああ、戦争帰りの連中と似たような反応をしていた。よっぽど怖い目にあったんだろうとは思うが──」
「誰が、それをやったかってことだよね。やっぱりいるよねえ……僕たちに敵対する勇者か、もしくはあるとしたら古来からの、今まで表には出てこなかったラーダンのような英雄が……」
ヒカルは長い垂れたピアスを手で遊ばせながら、少し考え込むようにして、片目を細めた。
「そう確信する為の作戦だったのだから、ある意味成功とは言えるが……勇者はともかく、古来種、または亜神がハエを払う程度のことはしても、わざわざ街まで出向いて大暴れして監禁するとは思えないな。連中は基本的には隠居して外の世界への関心がない」
古来種とはヒューマンたちが繁栄し勢力を増して国を起こす前から存在していたとされる、原初の知性を持つ生き物である。
言葉を話すことが出来、他の知性ある種族よりも圧倒的に生命力が強く、格が上の存在。
ゲームのリリース初期に作られた、運営の調整が甘かったと言われそうな反則的なキャラクターのようなものだ。
だが、ゲームとは違いバランス修正の為のパッチが追加されることはなく、強いままである。
欠点を強いて挙げるとすれば、長命かつ、強い故の繁殖力の必要性の低さからくる個体数の少なさ。
現在、徐々にその数は減っていき、絶滅しかけであること。
ラーダン始め、ミアなどの龍人族。エルフ、ドワーフ、などの妖精族と言われる種族の始祖である、本来の意味での妖精などが、まさにそうである。
ラーダン曰く、アウルムはその始祖となる妖精族の血を引いたヒューマンとのミックス。シルバは龍人族のミックス。
また、亜神とはその古来種の中でも特に強力であり、その昔、光の神、闇の神の宗教が広がるまでは土着の神として信仰されていた過去を持っていたり、この世に存在する生き物の中で、古来種以外の種族が努力しても到達しないような格の違う強さを持つ、存在。
実際は神ではないが、神の次に強いとされている存在を亜神と呼ぶ。現在、記憶を失いその事実を認識してはいないが、ラーダンも古くからの有名な英雄であり、亜神に名を連ねる1人である。
稀に古来種以外にも亜神になり得る存在は出てくることはあるらしいが、古来種の生まれ持つ能力の高さとそれを維持する寿命の長さに比べれば儚いものであり、歴史の中に埋もれてしまう。
ウツリはメガネの位置を直しながら、ヒカルを見る。
「成功と言えば成功だね……関心がないのは本当にそうだ、彼らは全然ッ! 人の話聞かないし……あんなに疲れることってあるのかって思うよ。
結果、変わり者が2人だけ、こちらについたと言うか、長い人生の暇つぶしとして付き合う程度のもんだからね。
それは引き込めなかった勇者も同じことが言えるけど。
話して解決出来そうな連中は、あらかた勧誘終わってるしなあ……本当に誰だろう?」
「お前ですら、それをする奴が思い当たるようなら、誰にも分からんだろうな。意図が読めん分不気味だ。
強いて言うならヤヒコ・トラウトくらいか……」
「そんなこと出来るのに生かして逃すってのは変な話だよねえ、そこまで間抜けじゃあないはずだけど、桃太郎が凄く頑張って、なんとか命からがら脱出したって可能性もあるから、結局は先入観なしで話をちゃんと聞いてみないことには始まらないね」
ヒカルは資料をトントンと、叩きながらまとめて立ち上がった。
「取り敢えず行こうか」
「準備はしている」
ウツリはドアを開けて、ヒカルを連れ桃太郎のいる部屋へ向かった。
これにて8章は完結です。ここまでお付き合いありがとうございました!
ブクマ、☆☆☆☆☆評価、レビューなどで応援して頂けると嬉しいです。
9章の原稿がまだ完成していないので、しばらく休載をさせて頂きます。
今年中には連載再開出来るようにと思っていますが、まだ前半しか書けていない為、絶対とは言い切れません。
良かったら時々、更新してないか覗いてやってください。