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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
8章 パラダイスシティ
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8-23話 人材


 新たに創設されたキラドによる秘密の組織であるが、アウルム、シルバのやることはさほど変わらない。


 先に護衛任務はノースフェリの件が特例であり、基本的にはその役目ではないと辞退している。


 今回、キラドの護衛が手薄だったのは大きく2つの事情がある。


 ・キラドの護衛はかなり有名な実力者であり、大衆にも顔が知られている為、密かに自領に帰る、ノースフェリに寄る、といったシチュエーションでは不向きであること。


 ・護衛の親族の1人が内通者であり、既に粛清された為、身辺調査がやり直しとなり、命を預ける相手としては信用が出来ず、配下による報告待ちであり軟禁状態にあること。


 以上2点である。


 キラド領には信頼できる護衛が数多くいるので、今のところはセキュリティに喫緊の問題はない。


 だが、情勢を考えればもう少し質を向上させたいところである。


 これはトーマス・キラドだけでなく、キラド家全体に問題が波及している。親族間の結束が強い分、攻撃するならば身内を狙うのは常套手段であり、どのみち、警備の増員は必要だ。


 現在はヘルミナがつきっきりで護衛をしている。能力的にも護衛に向いているので、仮面を被り、顔を隠しながらの護衛任務に当たっている。


 後数日で近くにいる馴染みの冒険者に護衛を招集出来るので、ヘルミナはワイバーンに乗り王都に帰る手筈となっている。


「あれで良かったんか?」


「あれ、とはどの件だ?」


 現在アウルムとシルバはキラドの屋敷の屋上から街を眺めていた。


 シルバは赤いリンゴに似たフルーツを手に持ち、豪快に齧りながらアウルムに聞いた。


 資料を眺めながら、アウルムはカットされたフルーツをナイフで行儀良く食べる。アウルムは手が糖分でベタつくのが嫌いだ。


「桃太郎や」


「良かったかどうかは後から分かるものだからな……最善は尽くした。こちらの情報が漏れることはほぼないだろう。

 あちらがこちらの動きを突くのなら、こちらもやり返すしかない。手数も経験も負けてる相手なのだから、不利なのは変わらない。

 もっと味方を増やすしかないな……」


「あのリストか……ブラックリストだけで十分やのに」


 桃太郎から直接情報を引き出すようなことはしなかった。装備や健康状態など、見て察せる程度の外見上の情報を分析するまでに留めた。

 むしろ桃太郎に情報を入れることが目的だった。


 まず、桃太郎はアウルムに襲われた時の記憶を捻じ曲げられている。


 記憶というものは曖昧で時間をかければ変質していく。


 なかった事実をあったと、言い聞かせるうちに偽りの記憶が生み出され、脳内で補完されてしまう。


『現実となる幻影』と『非常識な速さ』の合わせ技による洗脳が行われた。


 ビリーと与一はターゲットを逃してしまい、その件から互いを責め、仲間割れを起こし殺し合う。そして両方死ぬ。


 その際に受けた流れ弾によりダメージを負い、人攫いに拉致され長期間監禁されていた記憶が埋め込まれた。


 なんとか隙をついて逃げたが、現在地がどこなのか、監禁していた組織は誰なのか、全て顔を隠され拷問をされていたので分からないという非常に曖昧な情報を持たされたまま、アウルムによって王都近くの街に捨てられている。


 桃太郎に与えた体感時間は半年。1ヶ月の拘束であったが、長い間監禁されていたと桃太郎は感じるようにされた。


 心身ともに崩壊寸前であり、この状態からヒカル陣営に救出されたら、あちらは彼をどう扱うのか、それを見極める為の策であった。


 偽装された記憶まで判別出来る能力があるのであれば、2人は終わりである。


 桃太郎が生きていようが、殺そうが、これまでの旅の痕跡は掘り起こすことが可能であり、偽装など何も意味を持たないものとなる。


 時間の問題でしかなく、関係者は全て狙われる。


 そこまで心配していては何も出来ないことになる。


 だから、これはリスク承知の博打行為であり、物事はなるようにしかならない、とアウルムは悟りのような心境にいるのだが、シルバはそのことを結構心配している。


 シルバとしては小熊族や商会の関係者など、守りたい者が多い。最初はそういった存在を作らないように生活しようと目標にしていたが、目標は目標であり、現実は思うようにはいかない。


 結局のところは感情がシルバ、そしてアウルムという人の行動を決定し、見捨てられない仲間を作った。だが、その選択に後悔はない。


 ただ、心配の種であるのは間違いがなく、それが弱みであり、強みでもあるのだが、そこまで簡単にアウルムほどは割り切れなかった。


「リストからスカウトする業務も必要だが、プラティヌム商会の守備を厚くしたい。商会の規模は少しずつ拡大しているが、護衛の数が少ないからな」


「どこでも人手不足、優秀な人材の取り合いやなあ。ライナーの案、本格的に進めんとあかん時期か。もう少し後にしたかったが、時期を選べる立場ではないしな。

 あいつら初期メンバーはSランクくらいには鍛えんとやな」


「それはお前に頼む。俺はポーションの商売関係の打ち合わせと、身辺調査で手いっぱいだ。

 短い休暇だったな……」


「案外、やることないと落ち着かんもんやし、休暇って向いてないんかもな。まあ、たまに休むのもアリやとは思うけど……こっからは育成期間やな。

 そういえば、ヒカル陣営も手下を増やして育成ってのはもちろんしてるよな?」


 これからは、今強い者を囲うことが激化し、今後強くなる見込みのある者を先んじて見つけ、強化していく流れとなるだろう。


 戦後、失った命の多さにより働き手の人口は大きく減った。そして、ベビーブームとも言える出産ラッシュが起き、5歳以下の人口は相当に多い。


 その年代の者が戦力になるには最低でも今から10年はかかるが、それよりも少し上の世代。現在15〜20歳の世代の育成が急務となる。


 これは魔王との戦争には参加しなかった世代である。


「育成か……はっきり言って今回の連中はお粗末な練度、連携だった。単に見捨てられた都合の良い駒か、育成途中か、分からんがより強くなると考えるべきではあるな」


「やっぱ、どっか遠くの外国に亡命してるって線が濃厚かぁ?」


「さあ? 無人島とか、そういう可能性もあるがな」


「規模的には隠すのが難しいレベルやと思うけど、自分たちの国でも作るつもりなんかあいつらは」


「知らんが……少し驚いたのは勇者の手下だった連中は階級がバラバラだった。ヒューマンしかいなかったが、身分制度を破壊したい……なんて考えがあるのかもな。

 人種という縛りを無視すれば人材不足の問題は解決するんだがな……愚かな貴族には無理だろう。身分差による登用をしない、というだけでもヒカルたちの方が進んでいるな」


「結局のところ、俺らは亜人種と仲良くするべきやし、人材は選び放題ってのは有利なままやな」


 騎士、軍人、シャイナ王国においてどちらも平民でも実力さえあれば入隊が可能である。


 しかし、それはヒューマン種に限定されており、無視出来ない人口の亜人種を無視しているというジレンマがある。


 亜人種の入隊を許可すれば戦力としては十分補強が可能であるが、信仰上の問題、長い歴史の中での慣例により、未だにそれは改善されていない。


 国内でそれなりに良い生活が出来る亜人種は一部の商人か、冒険者であり、プラティヌム商会は亜人種と友好的な関係を結べるように努力している。


 闇の神の使徒という問題もあるが、貴族的なしがらみのない2人は、買い手市場である亜人種と手を組むことが出来る。


 普通よりも優遇すれば信頼関係が築きやすいという打算的な面もあるが、それでも差別意識がなく、金と力がある2人はその点に関しては間違いなく有利ではある。


「ライナーたちを1軍とするなら、主力メンバーは全員Sランク相当の実力、その下に2軍3軍でAランクは最低10人、Bランク以下の100人くらいの下部組織を作らないと、支店が作れないからな。頼んだぞ」


「100……数は迷宮都市の人口からしたら余裕やろうが、質は保証しかねるで。何せ俺の手が届くレベルの規模じゃないからな」


「ライナーたちは表向きの看板だ。亜人種が憧れる分かりやすい迷宮都市での成功例として働いてもらう。

 育成のマニュアルも既に作成しているし、それを下の連中に教えてもらう。

 お前がやるのは上位層の特訓だな。より実践的で対人戦闘の訓練はダンジョンでは無理だ」


「ああ、了解。皆には死んで欲しくないしな、その辺は抜かりなくやるわ。だから読み書きを身につけるの優先させてたんやな」


「そうだ。生存率、成長率は知識である程度までコントロールが出来る。普通の冒険者には経験で培ったノウハウを継承するという概念がないからな」


 亜人種かつ貧しい出身で、職のツテなどがない者はまず、冒険者で稼ごうと考える。


 そして、大抵のものがつまずく最初のポイントは元手の無さである。


 武器、装備、薬など必要経費は安くはない。冒険者としてのスタート地点に辿り着くことすら困難である。


 木や石で出来た簡易な装備で戦い、怪我が原因で死ぬことも多い。

 また、依頼失敗における罰金を支払えず、更なる泥沼にハマることもある。


 その試練をなんとか乗り越えた者たちに次に立ち塞がるのは知識のなさである。


 稼いだ金をどう使えばいいのか、モンスターの弱点を調べるなど、読み書きや知識がないと上のレベルには上がれず、どこかのタイミングでミスをして死ぬ。


 この問題から、中級の冒険者の人種比率はヒューマンが圧倒的に多い。


 パーティには最低1人、貴族の家庭出身の次男以降が入っている。


 そして、上位のS、Aランクは逆に奇跡的に生き延びた亜人種がグンと増える。生まれついた身体能力の高さ、経験、知識などが釣り合うと高みに登れる。


 それでも亜人種が半分、ヒューマンが半分といった比率のパーティが多く、完全に亜人種のみで構成されたパーティでSランクまで到達したのは歴史上、記録されていない。


 Sランクは実力ももちろんだが、功績など政治的な要素も入り、実力で運良く生き延びた亜人種だけで到達するのはかなり難しい。


 ──だが、その新人たちの育成をプラティヌム商会が支援すれば、どうだろうか?


 資金、知識、武器、あらゆるサポートが可能であり、効率良く成長する為のノウハウなども2人は熟知している。


 そして、アウルムはその知識を本にした。


 知識として次の世代に継承出来るように。


 それを学び、下の者に教える立場としてライナーを始め、現在プラティヌム商会の警備を担当している者たちが理解出来るよう、読み書きは優先して教えた。


 Bランクまでで燻っているような冒険者からすれば垂涎ものの、超貴重かつ有用な知識の詰まった攻略書である。


 攻略書を理解出来るレベルの識字能力を獲得しているとの報告は既に上がっており、本格的な戦力強化が可能な段階へと至った。


「それが上手く行ったとして、そう遠くない未来で問題になるのが、金だ。稼いだ金をどうやって管理するか。結局、亜人種向けの銀行業務が必要になる」


「教会の利権にモロ喧嘩売る感じやし、避けられへんか」


「とは言えだ、亜人種にあいつらは金は貸さないだろ? なら、利権を脅かすようなことはないはずなんだがな。

 損するよりも、自分たち以外が得するのが気に食わん連中なんだろうよ。話が通じるとは思えん、やる時は徹底的にやるつもりだ」


「教会……で思い出したけど、勧誘するリストにおったな。神官の『カンベル兄弟』やっけか? お前知ってる?」


「噂程度には、だがな。それに元神官だ。腕は確からしいが、神官をやめた理由だとか、性格とかは何も分からんから、そこは会って確かめるしかないだろうよ」


「どこにいんのか分からんのやろ」


「教会と敵対してるみたいだからな、そう簡単に見つけられるとは思えんな。引き込める可能性はあるが、理由によるとしか言えん。危険なら排除するべきだ」


「そんなんばっかりや、まともな奴と知り合いたいなあ」


「さて……そろそろ出発するか」


 今日はキラドの街を出る日。キラドが気を回して馬車を用意してくれた。


 アウルムとシルバは瞬時に移動が出来る為、ありがた迷惑ではあるのだが、馬車で移動をしていると身内ですらアピールしておくことは意味がある。


「気をつけろ2人とも」


「どうも、そっちもお気をつけて」


 変装したキラドは街の門まで見送りに来ていた。もちろん変装をして、だが。


 シルバは軽く挨拶をして、アウルムは会釈する程度に留める。


 御者のシルバが手綱を操り、馬車や発進する。


 2人の姿が見えなくなるまでキラドは見送りを続けた。


「主人と従者の関係ではない、というのが不思議ですね」


 ヘルミナは見送りをしていた、キラドの護衛として同行していたが、ふと、そんな言葉を口にした。


 侯爵の副大臣が平民にこのような態度を取ることは珍しい。まるで家族のような扱い、事情を知らなければ息子か孫か、そんな関係のようにも思える不思議な距離感だと、ここしばらくその会話を聞きながら考えていた。


「不思議か……まあ、そうだな。不思議……いや、奇妙な出会いではあったか。あやつらは何を考えているのかよく分からん。冬蝕ですらお調子者に見えて油断ならん知性を時折り覗かせる。

 だが、行動で信頼に足ると証明出来るような者は少ない。それ故に失ってはならない友人であり、そうあり続けたいものだと思っている」


「そこまで……なのですね」


「それほどのことをしてくれているからな。そろそろ戻るか、裁判も終わり、また王都を戻らねばならん」


 くるりと反転して、キラドは穏やかな表情から、厳しい老年の目つきへと変わり、屋敷へと戻っていった。

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