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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
8章 パラダイスシティ
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8-21話 毒入り


 雨が上がり、勇者たちは倒れた。雨風で体温を奪われぬよう避難していた人々はいつの間にか街を出歩き、いつもと変わりのない朝が訪れている。


(無事かアウルム?)


 シルバは戦いが終わると勇者の死体を回収し証拠の隠滅を行いながら連絡を取る。


(片付いた。桃太郎は『虚空の城』の中に閉じ込めてあるが、キラドと合流が出来ていない。まだ街は出ていないと思うが探してくれ。

 後片付けは全て俺がやる……ああ、助っ人のヘルミナだが、怪我をしているから治療してやってくれるか?)


(頼むわ。作戦完了の目印をつけながら捜索を開始する)


 勇者、そしてその手下。それらがこの街にいた痕跡を完全に消し去る。


 これはブラックリストの勇者を殺した場合でも同じであり、髪の毛や皮膚など、DNAを解析出来てしまいそうなものは完全に掃除する。


 基本的にはその掃除作業はアウルムが徹底して行うので、シルバは与一の血痕、肉片などがこびりついた座標を伝えてからは、その場をすぐに立ち去る。


 目深くフードを被り、街の建物の目立たぬところに傷をつけて回る。事前に決めておいた敵の排除が完了したことを示す印である。


「あれか……死んではないのか?」


 屋根に飛び移ると、遠くの方で赤い塊が寝そべっているのが分かった。動きはほぼなく、この距離からでは状態が分かりにくい。


 一度建物から飛び降りて、音を立てないように人の間を走り抜け、ヘルミナのいる場所まで向かう。


「ッ!」


「おおっと、落ち着いてくれ……味方や」


 目を閉じて浅い息をしていたヘルミナが、屋根に登る気配を感じ取り、レイピアを握った。


 シルバは調査官の証であるネックレスを見せてから近付く。


「貴方、見た顔ですね……王国祭の時に墓地付近の警護に志願していた冒険者が表の顔ということですか」


「さあ、それは与えられた権限上、肯定も否定も出来ない内容ですが治療しましょうか……といっても消毒とポーションなんですけどね」


 自分の顔をよくそこまで覚えていたな、と内心ヘルミナに驚きながらも曖昧に返事をする。


 これが経験上最も無難な回答だ。上下関係が激しい身分差である為、上の意向で無理、という文句が割と通る。


 誰もが下手なところを突きたくはないので、よっぽどの事情がない限りはそれで許される。今回は調査官という身分からも、追及はされなかった。


「助かります。身体があまり満足に動かせないもので」


(こんな美人が副団長か〜割と礼儀正しくて横柄な感じでもないからやりやすいけど……戦うとなるとやり辛いな〜しかも、人妻やし……ん?)


 シルバはヘルミナに肩を貸してまずは身体を起こす。


 女性と言えど比較的大柄でアウルムと同じくらいの背丈であり、全体的にガッシリとしている。

 鎧の胸部分は大きく迫り出していることから、女性らしい身体をしていることも分かるが、ひ弱な印象は受けない。


 傷口からの出血はそこまで多くないように見える。であるにも関わらず、随分と消耗している様子に違和感を覚える。


「失礼……鎧を外させてもらっても構いませんか?」


「お手数をおかけしますが……そのもう少し人目につかないところで脱がして頂けると……」


「ああこれは……気が付かず申し訳ない」


 シルバはナイフを四方に刺して結界を作ったと告げる。


 そして鎧を外していく。


(下着は良くあるけど鎧を脱がすパターン……レアやな)


「ん〜? これ、一体どんな攻撃を受けたのですか?」


「勇者の世界の武器、銃です。ただ、弾丸に何かしらの効果が付与されているとは思いますので……くっ……」


「おっとあんまり動かないでください……破片が体内で砕けてるな……厄介な……」


 ヘルミナの穴が空いた脇腹と肩はどす黒く変色しており、黒い枝のような線がジワジワと広がっている。


 特殊な攻撃を受けているのはまず間違いないが、どう処置をするべきかとシルバは迷う。


『非常識な速さ』による完治はマズイ。治療として不自然過ぎるし、副団長を誤魔化せるとは流石に思えない。


 しかし、このままポーションにより治癒能力を上げても弾丸の破片が何かしらの悪さをする可能性がある。


「……私は死ぬのですか?」


「いえ、それはないかと。ただ、今ある環境では治療が思いの外難しい……無茶なお願いとは承知していますが一旦眠ってもらいたい。相当な痛みがあるはずで、暴れてしまうと治療も難しくなりますから」


「それは……」


「分かっています。この状況で気を失うということが恐ろしいのは」


「放置していたら死ぬのでしょう? ならば、この命預けます」


「信用、感謝します」


 シルバは手に持っていた眠り薬をヘルミナの口に持っていき飲ませる。長いまつ毛を持つヘルミナの顔を見て、眠りについたことを確認した時点で『非常識な速さ』を使用して時間を逆戻りさせる。


 破片は体外から摘出され、傷は塞がる。


「すんませんな……旦那さん」


 完治した皮膚に火を纏わせた指を突っ込み、穴を開ける。人工的な銃創を作った。

 更にそこにシルバはポーションをかけて、ゆっくりと治っていき、傷跡として不自然にはならない細工をする。


 完全に治すことが出来るが都合上、それはやるべきではない。信用してくれた無防備な女性の身体に指を突っ込む行為に、後ろめたさを感じながら治療を終える。


 ローブを被せて背負い、街を歩き始めた。


 ***


「…………ここは……はっ!」


「ヘルミナ落ち着け、私だ」


 覚醒して間もなくは焦点の合っていなかったヘルミナだが、すぐに状況を思い出し身体を起こした。


 無意識に腰に下げたレイピアの柄を持とうと手を動かすが、それをキラドに止められる。


 ここは馬車の中であり、現在もガタゴトと揺れている。


「まずは、急な呼びつけにも関わらず、助けてくれたこと本当に感謝する。今回はかなり危うい事態だった」


「義父様……いえ、キラド卿、頭を上げてください。騎士として警備局の副大臣をお守りする、当然のことです……今はどちらに?」


「……ローズフル卿、今回の件、他言は許されんことは理解してくれ。さて、今は我が領地に向かっている」


「キラド領へですか……あの……」


「うむ、突然失踪したことによる心配であれば、既に手は打っているので安心されよ。其方は表向き、緊急の招集がかかったことになっている。勝手で悪いが、領地に着くまでは護衛をしてもらうことになる」


「そうですか……是非、と言いたいところですが私の怪我では…………?」


 ヘルミナは脇腹と肩の痛みがほとんどないことに気が付く。包帯が巻かれているが、本当にただ巻かれているだけのような感覚だった。


「……私は一体どれくらい寝ていたのですか?」


 そこまで治るのであれば、相当な時間寝ていたはずであり、思っていたよりも空白の時間があるのではと、少し恐ろしくなる。


「半日だ。もう少しで日が暮れるから今夜は野営する」


「半日……ですか? よほど腕の確かな者に治療されたのですね、あの大柄な訛りのある調査官ですか……そう言えば……私をノースフェリまで運んだ調査官に直接キラド領まで移動させてもらえば良かったのでは?」


「治療したのは冬蝕のことだな、後で礼を言っておけ。転移させたのは夏蝕だが、それは無理だ。

 あれはどこからか禁制のスクロールを入手し、王都と繋いでいただけのようだからな。それに、そういった手段をこちらが持っていると他者に知られるのも都合が悪い。

 今回、私は何事もなく王都から自領に帰還した、ということになる」


「左様ですか……」


 空間系の魔法として転移は存在している。だが、使い手自体は非常に少なく、その魔法を固定させ使い切りでの使用が可能なスクロールがごく少数、出回る程度。


 主に重要人物の緊急脱出用であり、恐ろしく高価である。


 安全の問題から街の中への転移などは禁じられている為、本来はキラド自身がそれを取り締まる側である。


 それを使ったと悟られるような移動自体が要らぬ揚げ足を取られかねないリスクとなり、情勢的にその揚げ足を取られると命取りになりかねない。


 ヘルミナはアウルムの工作により、特殊な任務に招集されたこととなっている。それ自体は重役の騎士であれば珍しくなく、表向きは体調不良や実家の都合、VIPのお忍びの護衛など、方便はいくらでもある。


 話の辻褄合わせをすれば、破綻が見えるが、どこで何をしていたのかを探るような迂闊な真似をする者はほとんどいない。

 成果不明の薮を突くにしてはリスクが大き過ぎるからである。


 アウルムは今回のスクロール使用に関する費用をしっかりと請求している。


 シルバからすれば『ぼったくり』であるが、アウルムとしては、実際使いたくはなかった手であり、リスクの出費であると考えている。

 スクロールの存在の説得力を持たせる為にも請求はする。


 シルバが立会人となり、その件に関しては口外を禁ずる約束をしている。

 ヘルミナもこの後、その約束をすることになる。


「敵は迫ってきているようですね」


「ああ……今日の一件は小手調べに過ぎんだろう」


 ヘルミナは国賊ヒカル・フセの一派の攻撃は王都襲撃だけでなく、未だに続いているものであり、現在王国は戦争状態であると再認識した。


 ***


「今回の件、完全にヒカルにしてやられたな」


「ああ? 全部倒して1人捕虜やのにか? あっちの目的が何にしろ、未然に防いで失敗に終わらせたと見ても良いんちゃうのか?」


 野営地にて、他の商隊に紛れながら周囲を偵察するアウルムはシルバにポツリと悔しさの混ざった声でこぼす。


 シルバは足を止めて、アウルムの意見は悲観的に過ぎないかと返す。


「まさか。あいつらはただの捨て駒で、死んでも構わない。成功すればラッキー程度のもんだ。

 本質はこっちの反応を知る為の探りでしかない」


「……なら、失敗した……つまり、キラドを守るのは誰か、とか勇者を殺せる力がある奴がいるかの確認……そんな情報がもう漏れてしまったってことなんか?」


「間違いなく、だな。殺そうとする勇者を無力化して監禁? 現実的じゃない。桃太郎はたまたま上手く行っただけで、戦闘タイプならまず無理だ。

 殺すしかない。だが、殺した時点で一つの情報は得られる。どう転んでもヒカルは俺たちに一歩迫った」


 シルバは商隊の人たちが近くにいないかを改めて確認して、視線を左右に動かす。

 それぞれの集団は火を起こして、身を寄せ合い夜の寒さを凌ぐ。


「俺たちを炙り出しにかかってるってことか……」


「そもそも、俺たち使徒という異質な存在は知らないだろう。だが、ブラックリストの勇者が死んでいることには流石に気がつくはずだ。何者かが動いているという疑念は持っていると考えるべき。

 ……今回の密入国はその存在の手がかりを得る為のものだったら? というか、それも目的の一つとしてあったと俺は確信している」


「知ってるならキラドからか……そして、それは実際間違ってないどころか、この上なく正しい。確率の高い順とは言え、正解に辿り着いてしまってるしな。

 俺らがキラドとのコネを持とうとしたのもそれが理由やし、お前とヒカルは考え方が案外似てるのかも知れんな」


「……もっと危険だ」


 シルバに言われずとも、アウルムはヒカル・フセの存在を強く意識している。

 知性に関しては方向性こそ違えど、負けているのでは? そんな弱気な前提をする必要があるほどに狡猾であり、慢心が命取りになると肝に銘じている。


 危険度で言えばこの世界で一番であり、にも関わらず分からないことがあまりにも多い。


 これまでの功績、行動、逸話と現在の人物像がまるで一致しない気味の悪さすら覚える完璧さ。


 プロファイリング的視点では、教祖的カリスマ性を持つ秩序的なサイコパスの傾向が顕著に見られる男。


 手段を選ばない。選ばないことに対して何の躊躇も見せず、居場所や目的すら不明で、危険な勇者を手下にしている相手と戦うにはシルバと2人では限界がある。


 どれだけ知略で上回ろうと、物理的に人手が足りないという弱点を今回露骨に突かれた。ヘルミナを呼んだのも苦肉の策である。


 もっと大掛かりなことをされれば、対応が追いつかず、こちらの動きから人員の規模感まである程度はバレてしまう可能性もあった。


 それを勇者4人を投入して行う冷酷さから、危険などという表現では足りない脅威であるとアウルムはシルバに伝える。


「──それで、桃太郎はどうするつもりや」


「森が吹っ飛んでいたからな。弥助はあれで死んだんだろう。だから尋問は無意味かも知れん。お前みたいな能力で口封じされていてもおかしくない」


「でも普通にこのまま何も効かず殺すのも、どうなんや? 捕らえた意味ないやん」


「……いっそのこと逃す、という手もあるなとは思っている」


「はぁ?」


 予想外の提案に、シルバは顔の左半分にだけ力を入れたような表情をしながら聞き返した。


「逃したら桃太郎はヒカルたちの拠点に帰るだろう。そして情報を持ち帰る」


「そらそうやろ。で、俺らの情報をリークされたら困るよなって話してたやろ。頭おかしなったんか?」


「いや、頭がおかしくなるのは俺ではなく桃太郎。情報を抜くのではなく、逆に入れる。

 偽りの記憶を持ち帰らせ、あっちを混乱させる。

 送りつけられた毒は毒を入れてお返しする……ま、相当にリスクはあるんだがな。どう思う?」


「……中々ぶっ飛んでるな、おい」


 シルバは葉巻きを取り出してアウルムに渡す。指先から火を出して、アウルムが吸い出すのを確認してから自分のにも同じことをする。


 一旦間をおいて考えた。フウと煙を吐き出して話を続ける。


「で、実際のところどんなもんのリスクやと思ってる?」


「『現実となる幻影』の能力自体がバレる可能性はほぼないが、嘘を吹き込まれている……洗脳されているとバレる確率は20……いや30%くらいはあるだろうな」


「思ってたより高いな……ヒカルはそれに気がつくと思ってんのか」


「やり方次第……吹き込む嘘のシナリオは練る必要はあるだろうが、俺の言っている毒とはそういうことではない」


 アウルムはそう言って少し笑いながら、葉巻きを咥える。

 シルバは夜空を眺めながらその意味を探る。


「ああ、今後偵察して帰ってきた連中の報告は信じていいのかって疑念を少しでも与える攻撃ってことか」


「そうだ。後手に回っている以上は防御し続けても、手数の多さで負ける。キラドの位置がバレていたことからも、内通者がいるのは間違いないからな。

 ここらで何かしらの反撃が必要だがその相手の居場所が不明だ」


「だから、確実にこっちからあっちに何かを送るには桃太郎という媒体が必要となってくる、か……なら、毒入りのキビ団子を持たせて帰ってもらうとするか」


 桃太郎になぞらえた、シャレの効いた返しをしてやったぜ、としたり顔でシルバはニヤリと笑う。


「いや、桃太郎からすればヒカルたちのいる方がお爺さんお婆さんのいる故郷であり、ここは鬼ヶ島だぞ。キビ団子の比喩はおかしい。

 鬼が持ってた金銀財宝だ……呪いの付与されたな」


「ウザ、お前ダル……」


「分かるか? 俺とお前で金と銀……だから金銀──」


「分かるわ! 一々説明せんでええねん」


 アウルムのしたり顔に腹の立ったシルバはアウルムの顔に煙を吹きかけた。


「グッ……目に染みた……やはり鬼か……」


「馬鹿なこと言ってんと、そろそろ戻らんとあかんやろ」


「ああ……」


 キラドたちのいる場所の方へと2人は戻った。

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