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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
8章 パラダイスシティ
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8-20話 血は雨で流れる


 矢の上に乗り、空中でその矢と靴を紐で固定する。これで安定して、空を自在に飛び回ることが出来る。


 与一は街全体を一望出来るほどの高さまで上昇し、不意を突かれた男を睥睨する。


 このまま逃げた方が良いとは思う。だが、放置するのも危険。顔を見られている以上は殺すしかない。


 ふと、街を見ると雨雲は街だけを狙い撃ちにしているかのようなサイズと位置であることに気がつく。

 ゲリラ豪雨を遠くから撮影した映像のような状況がこの街にも起こっている。


「これは仲間がいるね……それもこの規模の雨を人工的に作る出すのは魔法使いだ。となると撃ち落とそうとしてくるはず。こちらは空から丸見え……街の中を低空で移動しなが、あの男をまずは殺すか」


 同時に2人を相手にするのは厳しい。遠距離からの狙撃を得意とする与一は回避、感知の能力はそれほど高くない。


 万が一、不意を突かれると反応しきれない可能性がある。


 であれば、確実に1人ずつ倒す。自分のような追尾能力を持つ攻撃が出来る相手はほぼおらず、確率的にもその心配をするだけ無駄である。


 そして与一は一気に下降する。ターゲットであるシルバを見失わない為にも、常に見える範囲で追いながら攻撃を繰り返すべきだ。


 矢を番え、疾走するシルバに狙いを定める。


「どうやって攻撃を避けている?」


 シュパッ! っと音を立てて矢は風を切る。直立不動で空を睨みつけていたシルバの背後を狙い、建物の間をすり抜けながら、矢は高速で進む。


「ッ!? 馬鹿なッ! あの速度の矢にコイツは反応している……! 死角からの攻撃だぞ! しかも何故当たらないんだ!」


 建物の影から飛び出した矢はシルバの背中に向かって地面スレスレの高さから一気に上昇し、貫いたかと思われた。


 だが、シルバは眼球をギョロリと真横に向け、その意識は背後からの矢を確実に捉えた反応をしていた。


 そして、その反応自体が与一にとっては信じられないものだった。それが出来たのは今までで、ほんの数人。片手で数えられるだけの人間。


 どう足掻いても敵わない、格の違う存在だけが出来た芸当である。


 更に不可解なのは、回避していないこと。矢に反応をしているのであれば、避けることも可能なはず。にも関わらず動かない。


 そもそも、与一の放った矢は外れない。軌道を曲がることが出来るのだから、避けたところで、その避けた先に軌道が修正され続ける。設計上、外れることはない。


「何なんだ……何を相手にしている……?」


 与一は更に矢を複数放つ。同時に多方面からの攻撃であれば、どう反応するのか。


 街の建物よりも少し高い位置を移動しながら、シルバの周りを旋回するようにして、その動きを見極める。


「何ィッ!? 矢を素手で掴んだ……!?」


 矢はまた、当たらなかった。感触的には身体をすり抜けているはずであるが、それがあり得るのかは分からない。

 しかも今度はその内の一本の矢を掴んだ。


「人間……じゃないのか?」


 突飛な発想ではあるが、このファンタジーな世界において決めつけは危険。人間にあり得ない動きをする敵の可能性も頭に入れておくべきかと、考える。


 物理攻撃が効かないようなタイプのモンスターも珍しくはない。シルバはそのタイプかと、考えたがそれはすぐに否定される。


「宿で腕を飛ばしたはずだ! 攻撃は効く……!? アイツッ……腕が生えているじゃあないかッ……!?」


 そこで、与一は根本的なおかしさにやっと気がつく。


 ──何故あの男には腕が生えているのか。


「考えられるのは……人型のスライムとかか? いずれにせよ人間じゃあないのは確実だね……矢をすり抜け、腕が生える、恩寵があったとしても成立しない。

 であれば、元々そういうことが可能な生物か……不思議な世界だよ」


 未知であり、不気味な存在のシルバの一挙手一投足を目視する為、距離を僅かに縮めた。


 シルバの間合いの外、十分に安全である距離からの攻撃。


 しかし、その間合いの目算には誤りがあった。


 シルバは直径2mはある巨大な火の玉を与一に向かって投げ込んだ。


「魔法も使えるのか……だが遅いッ!」


 与一は一層、弦を強く引き、矢を放った。矢は火の玉を貫通して爆散させ、そのままシルバに向かって直進する。


 今までシルバに放った矢の中で最強の威力。与一の指からは血が噴き出すほどの強さで引き絞られた一撃。


 だが、その矢はシルバではなく地面に突き刺さる。


 シルバが欲しかったのは時間。足に力を溜めるだけの時間。クラウチングスタートの構え──からの跳躍をする為の僅かな猶予。


「俺に向かってくる矢は速いが、お前が乗ってる矢はそんなに速くない……!」


 矢の上に乗っている状態では矢が持つ本来の速さは発揮出来ない。視界があまりにも高速で動き、ブレる。


 また、固定しようとも慣性の問題でバランスを取りにくい。所詮は棒の上に乗っているのだから。


 シルバはラーダンから教わった身体強化とその応用による戦闘術で、爆発的な瞬発力を得た。


 アウルムが自身の魔力を体外に射出する魔法に秀でているのに対し、シルバは魔力を体内で循環させることで戦闘能力の向上に関連したスキルにリソースを割り振っている。


 魔法使いよりも、体術、近接戦闘をメインとした使い手の方が戦闘に必要とする魔力は少なくて済む。


 そしてシルバの保有する魔力量はラーダンの要求する水準を満たしたレベルであり、決して低い部類ではない。


 加えて、アウルムとは違い魔力量を増やす方向での成長を目的としていない。


 ──故に瞬間的な身体能力の爆発力はアウルムを超え、ラーダンに迫る。


「──消え……ッ! グハッ!?」


 与一の視界から一瞬シルバが消える。そして、次の瞬間には眼前にシルバが肉薄しており、高速のタックルによって与一は吹き飛ばされる。


 トラックに追突されたような内臓が骨と皮膚を破り後方に持っていかれるような衝撃を受けた。


 そして、その衝撃に目を白黒させているうちに矢の制御が奪われ、また身体の自由も効かない異常なまでの重力を感じる。


「──ようこそ、俺の『領域』」へ」


不可侵の領域(マイ・テリトリー)』の中に与一は落ちた。


 ──正確にはシルバによって叩き落とされた。


 シルバは街を走りながら、広域の陣地作成を行なっていた。立体的な動きで行動範囲の広い与一を特定のポイントに誘導するのは極めて難しい。


 誘い込むのが現実的でないならば、強制的に引き摺り込むしかない。


 反応速度を超えた体当たりにより、与一はダメージを受け、更にシルバの領域内で身体能力が大幅に引き下げられる。


「お前、絶対当たったか確認する癖あるなあ。連射されてたら厳しかったけど、プライドが高くて助かったわ……それと……」


 与一の癖をシルバは見抜いていた。矢が身体に当たる瞬間、攻撃の手を止め、命中をしっかりと確認する。

 その命中こそが快感であり、遠距離からの攻撃スタイルということもあって、射った後が非常に無防備であることを見抜いていた。


 故に、火の玉で視界を一瞬塞ぎ、隙を作った。

 カーブする矢は効かないことも敢えて印象づける動きをした。


「グッ……! なんなんだ……」


 スウ、とシルバは大きく息を吸い、胸が膨らむ。


「……俺よりも高い場所にいるなァ〜〜〜ッ! このボケガァッ!」


「ギャアアアアアアッ……!」


「……ちょっと全身過ぎたな」


 怒号だった。鼓膜が裂ける程の大音量による音波の衝撃が与一に走る。肋骨が数本折れ、内臓にも出血がある状態での音の攻撃により全身に耐え難い痛みが発生する。


『増幅』──シルバがヴァンダルより獲得した自身の魔力の威力を底上げするスキルにより、声帯を魔力強化した状態での声は殺人的なボリュームの音のエネルギーを発射することが可能である。


 ただし、周囲への被害が大き過ぎる為、現在いる『不可侵の領域』内のような場所でしか使用が出来ない。


 目標は相手の耳にピンポイントで、音を運ぶ攻撃が出来るようになること。他の誰にも聞こえず、対象となる場所にのみ聞こえる人間超指向性スピーカーを実現すること。


 結果としてはその範囲は与一の肉体全身であり、狙っていた精度ではなかったが、意識を刈り取るには十分な威力だった。


 身体の中を突き抜け、内臓や脳を破壊する音の攻撃は相手の外側を斬るような外傷によりダメージを狙えないような敵を想定したものである。


 今回はせっかくの勇者という頑丈な肉体のサンプルを利用した。


「なるほど、全身の穴という穴から汁が出るのか……ちょっと汚い攻撃やな。まあ良い練習にはなった。いや、もうちょっと練習しとくか……今度はお前が的や」


 シルバは与一の全身がゼリー状にぐちゃぐちゃになるまで殺人音波をぶつけ続けた。


「カタギの人間殺しといて知らんぷりなんかさせるかアホが」


 肉塊となった与一にシルバは吐き捨て、『不可侵の領域』を解除し、キラドとの合流に向かう。


 ***


 ヘルミナは血の盾を目隠しとして扱う。一度でも銃弾をその身に受ければ後は一方的に蜂の巣にされることを分かっていた。


「クッ……!」


 ビリーは視界を塞ぐ邪魔は血の塊を狙って撃つ。


「痛てぇ……破片も操れんのかよッ……」


 しかし、割れて散らばる凝固した血がショットガンのようにビリーを襲う為、乱射は出来ない。

 頬を僅かに破片が、かすめてからはビリーは無闇矢鱈に破片が生まれるような撃ち方はしなくなった。


 人間の反射能力を超えた速度の銃弾。しかしそれはレイピアを使うヘルミナにとっては恐ろしく速いだけの突きと大した違いはない。


 基本的に直線の動きで自身に向かって発射される為、銃の向きから予測は可能である。


 撃つ寸前に動き、血を操作すれば命中は防げる。ビリーの射撃の腕は確かで、ヘルミナが動きさえしなければ、狙い通りの場所を撃てている。


「だが……その血ィッ! 操れる範囲は3m程度と見たッ! 回避は出来ても俺の脅威にはなり得ねえッ!」


 空中に浮かび、ビリーに射出される血だが、威力は大したことがなく、距離を取れば取るほど、その威力は落ちる。

 また真っ直ぐにしか飛ばせないことから、操作可能な範囲から投げつけているだけだと見切った。


 であれば、ビリーが注意すべきなのは徹底して距離を取ることのみ。


 ヘルミナの動きを予測して、その動きの先の位置に銃弾をぶち込むことまでは然程注意する必要がない。


 銃弾一発一発が即死に繋がる危険なものであり、それを回避することにも神経をすり減らす。


 加えて、血の操作も並行するとなると、長期戦に持ち込むほどあちらは疲弊する。


 この時点でビリーはヘルミナを狙い撃ちをするのではなく『削る』ことに意識をシフトさせる。


「オラァッ!」


 ヘルミナが動きさえしなければ当たる位置に狙いをつけて、トリガーを引く。


 そして、その間に距離を空けるべく隣の家の屋根に飛び移る。


「『繁茂の緑弾(プラント・バレット)』ッ!」


 ヘルミナの足元の屋根瓦に撃った緑の弾丸は破壊力こそ無いが、一瞬で蔦を発生させ、行動の阻害をすることが出来る。


「まだまだ行くぜッ! 『毒蛇の紫弾(ヴェノム・バレット)』で確実に足を止めてやるッ! こいつは猛毒……なんてなァッ!」


 足に蔦が巻きつき、動くのが僅かに遅れたヘルミナは回避ではなく防御を選ぶ。


 しかし、ビリーが実際に撃ったのは『爆裂の赤弾エクスプロージョン・バレット』である。


「ウッ……!」


 着弾した瞬間に爆炎を撒き散らし、ヘルミナは衝撃を吸収しきれず、後方に大きくのけ反った。


 その際、足に巻きついていた蔦のせいで、バランスを崩して屋根を転がり落ちそうになる。


 雨に濡れ、グリップが効かないのかレイピアを突き刺したことでギリギリ踏みとどまることが出来た。


 雨足は徐々に弱くなっていき、街を出歩く人間もチラホラ出てきた。その間にビリーは笑いながら更に距離を取る。


「おいおいお〜いッ! 別に苦戦したいんじゃあないが、副団長ってこんなもんだったのかよっ!? 俺は勇者にも引けを取らないこの国の希望って聞いてたからやり合うの楽しみにしてたんだぜぇッ!?

 ガッカリさせんなよなぁ〜!」


「私は……国を守る…………国に仇なす貴様らは絶対に殺す……騎士の誇りにかけて……!」


「なら、守ってみろよ。雑魚平民をよぉッ!」


「なっ……! やめろ!」


 ビリーは騎士の誇りを侮辱したいが為に、ヘルミナが守るべき対象だと言う平民を撃ち殺した。


「あ〜遅かったなあ。もう3人も守るのに失敗したなぁっ! ええっ! おい副団長さんヨォっ! ダハハハハッ! 頭に血が上ったんならご自慢の能力で抑えることだなあッ!」


 街の中にビリーの挑発を目的とした高笑いが響く。ハットを抑えて、背中を丸めながら笑うビリーにヘルミナは激昂する。


 銃口が向けられていた時には屋根瓦を落としながら、蛇行を繰り返し、照準を出来るだけ合わせないようにビリーに向かって走っていた。


「ま、そうするしかないよなあ……!」


「貴様が無意味に流した血、軽いと思うなッ!」


「そんな動きごときで外すと思ってんのかよ! 」


 ビリーは二丁の銃を構えて向かってくるヘルミナに照準を合わせた。


 ヘルミナは殺された民から血を吸い取った。そして、操ることが可能な血の量を増やし、盾の枚数を増やす。


「へっ! しゃらくせえッ!」


 ビリーは目にも止まらぬ速さで連射する。


 当たったのはたった2発。血で滑らせ僅かに軌道を曲げたが、それでも弾丸はヘルミナの腹、そして肩に命中する。


「出血を防いだかッ……だが無意味な血ってならテメェの方だろうがッ! 終わりだ! 限界が来てやがるな! 足取りがフラフラしてるぜッ……」


 ──だが、ビリーの視界、眩む。足に力が入らず、思わずタタラを踏む。


「ん……なんだ……?」


「血を流し過ぎたようですねッ! 雨で気付きませんでしたか?」


「まさか……ッ! お前ッ……!」


 ビリーは自分を頬を触る。ヌルリとした血の感触。かすり傷にしてはあまりに多い出血。

 一歩、また一歩ヘルミナが近付く度にその出血量は増える。


「操作範囲はブラフか……! クッソっ……!」


 ビリーは典型的な貧血の症状に陥っていた。


 ヘルミナは最初から距離を詰められないことは分かっており、接近しての斬撃は諦めて作戦を立てる。


 そこで、血の射程範囲、硬度、操作精度を偽った。


 じっくりと時間をかけた方が有利であるとビリーに誤認させる為に危険な綱渡りを選んだ。


 異変を感じさせないよう、雨で流れていくことで察知されないようにゆっくりと、それでいて確実に血を抜いていた。


 代償として無関係の民の血が流れたのは自分の非力故。だが、その殺した瞬間にビリーは注意がヘルミナから逸れた。


 その機を悲しみ、後悔で見過ごすほど、ヘルミナの決意は甘くない。


 一気に距離を詰めたのは怒りからであり、こちらの殺意に気が向けばそれで良かった。

 経験上、理解している確実に意識に異常が出るまでの出血量まで後、僅か。その僅かな量を一気に奪う為にリスクを承知で接近した。


「トリガーを血で……ッ!?」


 ビリーの闘志はまだ消えていない。眩む視界の中で、銃をヘルミナに向けるが、トリガーは血が固まり、動かせない。


「終わりです」


 ヘルミナは振りかぶる。後数歩の距離で剣は届く。


「な訳ねぇだろうがよおッ! こいつはユニーク・スキルだぜ!? 更にィッ!」


 ビリーは銃を消した。そして再度銃を生成する。


 それだけでは終わらなかった。銃口はヘルミナではなくビリー自身に向けられた。


「自害ッ!?」


「『増血の紅弾(ブラッド・バレット)』、『回復の蒼弾(ヒール・バレット)』ッ……!」


 ビリーは2発の弾丸を自身に撃ち込む。この弾丸はポーション、回復魔法等ではカバーしきれない失血を補う弾丸と軽度の傷であれば即時回復可能なものであり、人を殺すことも出来れば生かすことも出来る。


「これでチャラだッ! 作戦失敗お疲れェッ! そして死ねぇえええっ!」


 両手に構えた銃で貧血の症状は消え、正確にヘルミナを狙う。


「──やはり玩具です」


「グゥッ!? 太陽ッ……!」


 真っ直ぐに走っていたヘルミナは盾を解除する。


 それにより、今までビリーの目を守っていた太陽光がヘルミナの背後から差した。


 雨は止み、晴れていく雲の間から差し込んだ光によってビリーはまたしても目が眩む。


 それはヘルミナがビリーを殺すのに十分な隙だった。ビリーは周囲の環境に気を配らず、ヘルミナの動きだけを注視するようにずっと仕向けられていた。


 雨上がりの後の太陽の存在を利用されることなど最早頭にはなかった。


 ──心臓を一突き、そしてヘルミナとゼロ距離となったビリーの血液は全て搾り取られていく。


「ブフッ……ち……く……」


 体外へと漏れる血はカラカラに渇くミイラとなりつつあるビリーを封じ込めるようにして氷柱になる。


 これがヘルミナの『朱氷柱』と呼ばれる所以である。


「武器はあくまでも殺すことを効率化した手段であり、それを使うことが目的となってはいけません。

 だから玩具なのですよ、貴様のソレは。


 シャイナ王国近衛騎士団副団長、このヘルミナ・ローズフルが貴様如き下郎に負けることはないッ!

 罪なき者の命を弄んだことは死で贖うことすら生ぬるいッ! これで終わって感謝せよッ!」


 ヘルミナがレイピアを振ると、ビリーで出来た氷柱は賽の目上に細かく砕かれ、屋根から滑り落ちた。


「……とは言え、やはり勇者……無傷とは行きませんでしたか……」


 ヘルミナは屋根の上で倒れ、晴れた空を仰ぎ見た。たった1人。一方的に殺すだけの一騎打ちに慣れていない敵を1人殺すだけでこの消耗。


 軍人とは違い、騎士とは1対1での殺傷能力に優れる集団であり、その中でも団長に次ぐ実力者のヘルミナですら、肉を切らせて骨を断つ戦い方を強いられる。


 恐るべきは経験、技術の差を容易に埋める勇者のユニーク・スキル。


 騎士団の平均的な水準を現在の自分レベルにしないことには戦いようがない。だが、それが現実的とはどうしても思えないことは自信が一番理解している。

 それでも、その現状に甘んじて諦めて良いのだろうか?


 ヘルミナは葛藤しながら流れる雲を見る。


「デントル……私は私の気持ちを部下たちに押し付けているだけなのでしょうか? あなたがいなければ、下の騎士たちの内心も、もう分かりませんよ……」


 己が進もうとしている道の果てしなさに、ヘルミナは深いため息を吐いた。


 涙が目尻からこめかみを伝い、耳を濡らす。


「……雨が止んでしまったのを忘れていました」


 騎士として、屋根の上とは言え、公衆の面前で落涙することは恥となる。


 涙の原料は血である。


『凍血』により、固まった涙は彼女の顔からポロリと剥がれ落ち、普段の強い意志の現れた顔つきに戻った。

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