8-18話 的
「感触的に腕……? あの不意打ちを避けたのか……? 手練れが護衛しているようだね、面白い。桃太郎殿、敵の動きはどうなっている?」
2m以上の長さを持つ、和弓を弦を指でなぞりながら与一は目となる桃太郎に念話で状況の共有を頼む。
髪をポニーテールにして、前髪を一房垂らすことで、照準をつけやすくするルーティンがあることから、髪をいじるのが癖になっている細身の優男が与一である。
(は、はいっ……それが単独で宿を出たようで……黒い服の赤の髪をした大柄な男です)
「そいつはキラドではないね……でも、護衛の大柄な男は銀髪じゃなかったかな? 変装しているってことかな?」
(体格的にはそうだと思います……はい。でも……)
「ん? どうしたんだい?」
(その……えっと、怪我はしていないようですよ?)
言い淀む桃太郎に相槌を打ちながら次の矢を手に取るが、その手はピクリと反応した。
「確かなのかい? 一本は外れた。だが、一本は確実に当たった手応えがあったんだけどね?」
与一のユニーク・スキル『四扇の的』は弓そのものを召喚する能力である。
名前の由来となる実際の那須与一の持つ弓は十二束三伏の約88.5cmからなる、強弓であるが、それよりも遥かに強力な能力を持つ。
一つ、放った弓の軌道を自在に曲げることが可能である。また、矢は目視せずとも感覚的に位置、感触のフィードバックがされる。
一つ、弓は1kmまで飛ばすことが可能である。また距離による威力減衰は無視される。
一つ、弓はステータスによる防御力を無視して貫通する。
一つ、弓の威力は使用者のステータスに影響する。
以上、4つからなる極めて単純な能力である。
剣と魔法、あるいは創作上の世界においては飛び道具は比較的、弱い部類。攻撃力の劣る武器とされ、弓が効かない敵なども珍しくはない。
だが、与一のユニーク・スキル『四扇の的』はそれを許さない。
ステータスによる補正による防御を認めず、与一本人の力量により、結果が左右されるものであり、インフレしていく中で埋もれることはない設計となっている。
この弓は魔王との戦争時に猛威を振るった。
安全な位置からの徹底した狙撃。将を片っ端から撃ち落とし、指揮系統を破壊する。
射程に入っていれば、与一はどこからでも攻撃が可能であり、桃太郎のような遠隔操作による監視の出来る仲間がいる場合は表に出る必要すらない。
「偽の情報をあの一瞬で掴ませた……? 面白いね。ん? 雨か……だるいなあ……」
(与一さんの攻撃は雨だと精度が落ちます……?)
「いいや、それは影響しないんだけど、湿気で前髪がうねっちゃうのがねえ……ザックリした位置教えてくれる? ちょっと様子見したいからさ」
(分かりました、はい……西の大通りを黄色い塔の方に向かって走っていますけど……こっちの雉が雨で動きが遅くなるので、見失うかも知れません……はい、ごめんなさい……)
「仕方ないよね、あ〜あ、嫌だけどそれなら出るか……」
与一はとある宿屋の中にいた。部屋の窓を開けて見えるのは向かいの建物の壁である。
そこから、弓を放てば、建物に当たることは無く直角に曲がり的を追尾するようにして軌道は有機的な曲線を描く。
「地図は濡れるし目視かあ……高い所陣取ったら流石にバレバレだもんなあ……まあ、バレるまではいっか」
窓から飛び出して、屋根に登り、街を一望出来る塔を目指した。
(与一さん……敵は塔に登って与一さんがいないかを確認した後降りていったようです、はいっ!)
「おっと……ふふ、ちょっと早過ぎたね。桃太郎殿、サポートはもういいから……ソラッ!」
与一は笑いながら弓を放った。
***
「露骨な遠距離攻撃してくる相手は人間やと初めてやな……卑怯とは言わんが芋ってる奴はムカつくなぁッ……!」
既に回復は済んでいるとは言え、腕を吹き飛ばされ、シルバは絶賛怒り爆発中である。
街の中を疾走し、見晴らしの良い場所を探す。
「このタイミングで雨ってことはアウルムやな……助かるッ!」
矢の音は既に覚えた。耳の良いシルバは雨による反響音から接近が感知しやすくなる。
「あの塔ッ……!」
シルバは黄色い塔を目指して走る。まだ矢は飛んでこない。しかし警戒は怠らない。
狙撃するならば、まずはあそこを取るべきである。普通であれば、だが。
安直ではあるが、可能性を潰すという意味でも向かう必要はある。無視は出来ない絶好の狙撃ポイントである。
「キラドのおっさん大丈夫かなあ……アウルムの助っ人が間に合ってくれればええけど……人の心配してる余裕がないからなあ」
走りながらも自身の考えを整理する為1人で喋る。
「LDSK……ロング・ディスタンス・シリアルキラーやったか? シリアルキラーというよりは軍人タイプか? まあ、何にせよ厄介や。俺はアウルムと違って接近戦タイプやからなあ……」
敵の性格、戦闘スタイルの分析。手持ちの情報がない中での戦いにおいては必須事項。
「チッ……空振りか……」
塔に登るも、無人。最近誰かが登った形跡もなし。
「どっから攻撃してきたんや?」
シルバは塔を降りながら周囲に目を光らせ、耳を澄ませる。
大通りに出て、これからのアプローチを検討している時であった。
「ッ! 来たかッ!」
空気を高速で切り裂く音。鏑矢のような派手な音こそしないが、聴覚が強化されているシルバはすぐに察知する。
(『貫通』ッ……!)
接近戦を得意とし、遠距離からの攻撃に弱いシルバにとって、一時的に攻撃を回避することが出来る貫通はもはや必須のスキルとなっている。
だが、無限に使えるわけではなく、一時的な回避であり、長期戦には向かない。
また、ヒットアンドアウェイのスタイルを取る敵とは相性が悪い。
「何ッ!?」
シルバに向かって来た矢はすり抜ける。しかし、その矢は止まらずに通行人を3人、巻き込むように軌道を描き、直撃した人間の体は破裂した。
「見境なしか、ふざけやがって……楽しんでるなぁ。人の多いところは被害がデカくなるが……それも折り込み済みの誘導か? チッ……すまんかったな……」
無関係の人間の死体にシルバは謝りながらもすぐに離脱する。出来るだけ巻き込む人間を増やさぬように人通りの少ない道を選ぶ。
だが、逃げているだけでは意味がない。どこかのタイミングで捕まえて攻撃が当たる距離まで接近する必要がある。
「一番戦いたくない相手かもな……こういうのが……おっと、早速『登った』なァッ!? このアホガァッ! 攻守交代じゃッ!」
走るシルバは足を止める。そして来た道を反転し、塔へと向かう。
***
「さぁてさぁて……うん、見晴らしがいいね……ここなら……ッ!」
与一はシルバの登った塔に遅れてやってきた。一度登った場所であれば、普通は再度は探さない。
であれば、逆にここは与一にとって約束された安全地帯となる。
鼻歌混じりに塔に登り、獲物を狩ろうと弓を構える姿勢に入ろうとしたその時だった。
与一の足元に違和感、走る。
ピィンと高い音が鳴る。
「弦ッ!?」
弓使いの与一の弦から着想を得たシルバのブービートラップ。
張り詰めた弦は塔の小さな足場に巧妙に仕掛けられていた。
侵入した瞬間、高い音を鳴らすように設置された弦は雨の降るノースフェリの街に響く。
雨音により、普通の人間であればすぐに掻き消えてしまうほどの然程大きくない音である。
だが、その音を確実に聞き分けることが出来るシルバにとっては反撃の合図となった。
「何ィッ〜!? 足場がッ……!」
弦のなった直後、塔の木で出来た足場は腐り、どす黒く変色して脆くなった。
与一の体重を支えることは出来ず、バキンッと鈍い音を立てながら、崩壊する。
シルバはKTから得たスキル『例外的付与』を使った。
塔から去る前に、アウルムが作成した強い腐食効果を持つ薬品を足場に撒いていた。そこに『非常識な速さ』の効果をセットする。
弦の音が鳴った瞬間に効果を発動。
本来は長い時間をかけて腐り落ちる木の床はその合わせ技により一瞬にして崩れ落ちる。
そして、与一は塔から投げ出される形で落下していく。
「何なんだよ……クッソッ……!」
矢を番え、塔の壁を射抜く。矢尻にはロープが結びつけられており、与一は咄嗟にロープを掴んでぶら下がることで落下を回避した。
ロープをゆっくりと手放し、地面に着地する。
「見ぃつけたァッ……!」
「──ハッ!」
与一の背後には凶悪な裂けそうな程、獰猛な犬のように口角を吊り上げるシルバがいた。
水溜りを踏みつけ、距離を詰める。
確実に仕留められる射程に後一歩まで足を運ぶ。
「覚悟しろこのクズ野郎が」
「ま、マズイ! ……なんてね、射ったのは一本だけだとでも思った?」
「なっ!? 自分に矢をッ!?」
与一の矢は一度射出されれば威力は落ちない。そして自在に曲げることが可能。
空中で待機させ飛ばし続けることが出来る。
二本の矢はシルバではなく、与一に向かって高速で飛来する。
口封じの為の自殺か!? と思ったが、違った。
与一は軽くその場で跳躍。二本の矢を足場にして乗った。
そして──器用に矢に乗り、矢は与一を空中へと高速で運ぶ。
「ハアアアアアァッ!? アリかよそれッ!?」
「接近戦対策くらいしてるのさ!」
グングンとシルバから距離を取りながら与一は矢の上で高笑いをする。
シルバはその光景を呆然としながら見ることしか出来なかった。
***
「相変わらずですね、まだそんな『玩具』を振り回しているのですか」
「ハハッ……ああ、そうだが? こいつは最高の『人殺しの道具』だ。にしても、相変わらず良い女だなぁ、副団長? 式典の時くらいしか顔を合わせなかったが、マジでイカしてるぜ、お前」
「お前のようなゴミを殺す女が良い女、ということなら間違いないですね」
「良いねえ良いねえ、上品な言葉遣いで言ってる内容はめちゃくちゃ勝気だなぁ、おいッ! そういう女を負かして泣かして犯すのが俺は大好きなんだよッ!」
雨に濡れて、傾斜もある。不安定な滑りやすい屋根という足場での戦闘。
レイピアを武器とするヘルミナに対してビリーの武器は踏み込む必要のない銃。
ユニーク・スキル『極彩色の魔弾』
通常の鉄の弾丸に加え、色のついた弾丸それぞれに特殊効果を持つ。
人を殺傷する為に開発、研究、進化を遂げてきた銃は剣のように長年の経験、技術の研鑽がなくとも、素人ですら引き金を引けば、凶悪な武器となる。
速度、威力においても、努力の必要はない。
必要な技術はただ、精密であるかどうか。
そして、ビリーは今の今まで的を外したことはない。
ユニーク・スキルによって生成された銃と弾丸は構造的な狙いのズレが発生しない。
自動追尾のような効果を持たずとも、技量により当てることが出来る。
成長のリソースを身体能力ではなく、確実に当てることだけに割り振り、殺人に特化したスキルセットはこの6年に及ぶ戦闘で完成している。
弾丸を避ける──これは不可能である。
この世界の生物がどれだけ、地球よりも超越した身体能力を持とうと、どれだけ努力をしようと、攻撃として最速なのは爆裂により弾き出された弾丸である。
音速を超える速度による攻撃、移動、これはビリーの知る限りにおいては弥助の光速移動しか不可能なものであり、そもそも、撃たれてからの反応は生理的に神経の伝達が間に合わない。
よって、狙いさえ定まれば必中である。
「……死んだ……」
「あぁ? なんか言ったか?」
「お前らの王都出撃で私の弟が死んだ。国を守る忠実な騎士でした。名前はデントル……。
聞きましょう、何故私の弟は死ぬ必要があったのですか?
お前たちの行動には一体どんな大義があるのですか?」
ヘルミナはレイピアをビリーに向けて真っ直ぐに構える。その剣先はいつもならば、ブレることはないが、その質問をした時は僅かに震えていた。
「知らね」
「……ッ!」
「俺は会長について行っただけで、あの人が何したいのかとか、マジでどうでも良いんだわ。平和な世の中って退屈でよぉ、あの楽しかった戦争が懐かしいなあって俺は腐ってたんだ。
で、ついて行ったら今はこうやって近衛騎士の副団長と決闘だぜ? 最高じゃねえか、だから……」
「だから?」
嫌な予感はしていた。聞きたくなかった。聞いたとして、それなりの大義がビリーの口から出たとして、納得して剣を収めることが出来るのか?
否である。そして、聞けば聞くほどにくだらない幼稚な……いや、戦争に取り憑かれた哀れな人間特有の狂気を感じた。
これは珍しくもない。軍人には一定数そう言った輩がいる。
「だから、お前の弟が死のうと、俺としてはその価値はあったぜ?」
「ッ……貴様ァッ!」
「おっと、舌戦はもう終わりかい?」
ヘルミナはバキンッと屋根の瓦を踏み抜く。一気にビリーとの距離を詰める。
接近するヘルミナは真正面。ビリーが苦労することもなく、当てられる角度。
いつ抜いたのかすら分からぬ早業でビリーは既に銃をヘルミナに向けており、3発、連続で撃ち込む。
弾丸が硬いものに当たる音がする。だが、それはヘルミナではない。
ヘルミナの恩寵『凍血』。
血液を自在に操ることが可能であり、この能力によって元から持つ才能と血の滲む努力の末に彼女は副団長へと至る。
赤いマント。これはヘルミナの弟、デントルの死体から抽出した血液を操作して肌身離さず装着しているものである。
そのマントが現在、ヘルミナの前を滑らかな半球上に変形し、彼女を守る。
「なんだよそれッ! 面白ぇなッ! ……まあ慌てんなよ、『爆裂の赤弾』ッ!」
距離を詰められるのはビリーとしては不利。
よって、強制的に距離を空けるべく、着弾したと同時に進行方向に対してのみ爆風を発生させる弾丸を使用。
血によりガードされ、致命傷をヘルミナに与えることは出来なかったが、これ以上の接近は許さない。
そして、十分な距離さえあれば、ビリーは一方的に弾丸をヘルミナに当て続けることが出来る。
弾切れになることはない。これは武器でありながら、ユニーク・スキルである。
「やはり『玩具』ですね、そんなものでは私は殺せません」
「どうかな? それは俺とお前の玩具の定義の相違でしかないと思うがなぁッ!」
ビリーは両手に銃を構えて笑った。