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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
8章 パラダイスシティ
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8-17話 雨の降る街


(空から監視されてるのは面倒だな……落とすか)


 ノースフェリの街の上空を旋回しながら目を光らせる雉。恐らくは俯瞰して全体の状況を把握する為のテイムされたモンスターか、召喚されたもの。


 アウルムはその雉を物陰から観察していた。


 槍と魔法の威力、精度を高める魔法使い系の標準的な装備である杖を独自に合体させた特製の武器を手に取り、目障りな雉を撃ち落とすべきか、思案する。


(何度でも出せるならこちらの存在に気付かれるだけか……しかし、狙撃手がいるのはシルバとキラドにとって厄介だな)


 相手の能力や性格などある程度把握した状態で殺すといういつもの方針が今回は出来ない。


 突発的な襲撃、しかもこちらの位置は既にバレており、仲間になりすますという大胆な行動にまで出ている。


 つまりは、この街で相手は決めにきている。


 この人の多い、複雑な地形の街の中での暗殺、もしくは拉致がベストだと判断しての行動。


(桃太郎と呼ばれる勇者は『猿』で変身して、座標を口頭で伝えた。そしてすぐに与一によって狙撃された。

 つまり、桃太郎は猿……雉もだな……それを通じて情報を把握するユニーク・スキルがあると考えるべきだ。猿が念話も使えて仲間に情報を伝えることが出来ると言ったところか?

 それにしても遠隔操作型か。本体を発見して殺さないことには止まらないだろうな。

 後は……犬か、どういう能力だ? )


 分からないことが多い。それぞれの動物を同時に出して操れるのか、その動物が一体だけなのか、動物に割り振られた能力は何なのか。


 街をウロつく野犬というのは珍しくもなく、当たり前のように犬には要注意。

 加えて、ビリーと弥助の襲撃にも気を配らなくてはならない。


 街の人間全てに鑑定を行っていては間に合わない。


 居場所を突き止めるか、あちらから出てこさせるか、いずれにせよ敵を発見する必要がある。


(既に後手、そして人数不利。俺は一時的に離脱しなくてはならない……その間はシルバとキラドが危ないな……なら出来るだけの邪魔はさせてもらうッ!)


 アウルムは瞬時に街の外に転移する。


 杖を空に掲げて魔法で雨を発生させる。単純な科学的知識の応用。熱と水の操作で雨雲を生成しノースフェリに雨を降らせる。


 雉の飛行の妨害、嗅覚を使うと思われる犬から匂いという手がかりを消し、弓矢の精度を下げる。


 シルバは水の音の反響から空間的把握が可能であり、雨音がその邪魔にならない程度の威力に調整をする。


 全て、有効であるという確信はないが、何もしないよりはマシだろうというとっさの機転によるもの。


(時間稼ぎになると良いが……)


 2人の生存を祈り、アウルムは再び姿を消す。


 ***


「雨か、ありがたい」


 宿を脱出し、人混みに紛れるキラドは突然降り出した雨に僥倖であると、唇を歪ませる。


 これで顔を隠し、足早に移動しても違和感は少なく、足跡や匂いなどから追跡もされにくくなる。


 この人の数の中から足跡を追跡するのはほぼ不可能。


 石畳のない下町は土であり、ぬかるみにより深く刻まれた足跡も後から歩いたものたちによって消されてしまう。


 これが人通りの少ない場所であれば手痛い雨となるが、この街においては有利に働く。


(この歳になって若い頃のような追っ手からの逃走をするハメになるとはな、少し運動しておけば良かったか)


 経験こそ歳をとった今の方がある。しかし、肉体は全盛期に比べるとやはり衰えを感じさせる。


(あの勇者たちに連携などは期待出来ない。桃太郎による大雑把な指揮を受け、後は単独行動。であれば、各個撃破も不可能ではないか)


 キラドは勇者の性格やユニーク・スキルなどをおおよそ把握している。そして、今回この国に来た刺客たちは癖の強い者が多く、協力などはまずしないだろうというのがキラドの読み。


 普通に考えるのであれば街を出るべきである。しかしそれ故にその行動は相手としても狙っているはず。潜伏し、気配を消す。


 街にいるのか、もう出たのか、分からない状態が望ましい。


 最高の結末としては息を殺しながら待機。アウルム、シルバが勇者を全て倒して、安全の確保がされてからの接触である。


 しかし、それは期待するべきではなく、既に相手のペースでことが運ばれている今は意表をつく反撃の手が必要かと、キラドは移動しながら策を練る。


(私ならば、街の出入りを監視出来る場所で張る。しかし、あちらには鑑定のスキルがあり、その情報を読んで判断するはず……であれば)


 キラドは複数のマジックアイテムを持っており、ステータスを偽装するもの、鑑定そのものを妨害するもの、それぞれを所持している。


 今回はステータスの偽装が出来るアイテムを使用する。


 危険ではあるが、変装をしながら街の門の前まで出向き、それらしき人物がいないかを確認するべきだと考えた。


(多少の訓練は積ませているようだが、甘いな)


 門に近づくにつれ、『誰か』を探す怪しげな者の数が増えていく。


 勇者に帯同している工作員であろう。目立たぬように心がけてはいるのだが、その手の者を操り、発見することが仕事であるキラドにとって特殊なアイテムやスキルなどを使うまでもなく敵を割り出していく。


(3人で1組が3つ……少し減らすか)


 キラドは毒の仕込まれた指輪を装着して敵に接近する。


「おっと……すまねえ」


「気をつけろ」


 後ろから身体をぶつけて、目の前の男のバランスを崩す。直接の接触はせず、ただの平民を一枚噛ませてそちらに注意が向いた瞬間に攻撃する。


 即効性の毒ではあるが、攻撃されたと気がついた時には既にキラドはその場にはいない。


「ウッ……!?」


「どうした!?」


 毒が回った男が倒れ、その仲間が異変に気がつく。


(素人め、仲間がやられようと知らぬフリすら出来んのか。その程度の人間で私を倒せるとでも思っているのか?)


 倒れた男を中心に野次馬が形成される。その反応から他に仲間がいるかを更に割り出す。


「なんだなんだぁ?」


(ッ! アレは…….やはり、あいつか)


 人混みを掻き分けて現れたのはビリーと呼ばれる勇者。


 特徴的なカウボーイのような帽子と拍車のついたブーツをガチャガチャ鳴らせて隠れる素振りもなく堂々と姿を現す。


「……毒か、思ってたよりやるなぁ」


 ビリーは野次馬をぐるりと見渡す。まだ近くにいるはずだと、目を細めてホルスターに入った銃に手を添える。


(ここで使うか? ふん、やってみろ)


 キラドはそれを当然注視していた。むしろそれが狙いである。彼の知る限り、あの武器には大きな音が発生する。


 得体の知れぬ巨大な音に人々はパニックを起こす。逃げやすくなり、アウルムとシルバもその騒ぎから敵の位置をおおよそではあるが、知ることが出来る。


「…………やめだ」


 意外にも冷静。ビリーは伸ばしていた手を戻しダルそうに耳の穴をほじって、フッと小指に乗った耳くそを息で飛ばす。


(お前は、な……)


「あぁん? ……ッ!」


 キラドは魔石を人々の足の間を縫うようにビリーに向かって転がした。


 ボンッ! ボボボッ!


 小規模の爆発。せいぜいがちょっとした擦り傷や軽い火傷程度の威力の攻撃。


 だが、いきなりの爆発音に街の人間はパニックを起こす。


「なんだぁあッ!?」


「逃げろ逃げろッ!」


「どけぇ!」


 人を押し除け、我先にと逃げ出す人々の絶叫に紛れてキラドは姿を消す。


「チックショウッ……! 」


 ビリーはジャンプする。混乱に陥る街の人々を避けるように家の屋根に避難し、状況を俯瞰する。


「桃太郎ッ! 見えてんのかッ!? ……チッ、ダメか……」


 雉の目で何か分からないかと桃太郎に情報を求めるが空振りのようで、苛立ちながら散り散りに逃げる人々を睨みつける。


「舐めやがって……『静止の白弾(ストップ・バレット)』ッ!」


 ビリーは銃を抜く。リボルバータイプの銃であり、薬室に白でコーティングされた弾丸を1発装填。

 撃鉄を起こし、トリガーを引き絞る。


 キラドの放った魔石よりも数倍大きい爆音。そして閃光。


 つまり、フラッシュバンと同じものである。


 音と光により、人々は一瞬硬直する。完全に静止した世界が生まれる。


(ッ! クソッ!)


「ハッ! 見つけたぜぇっ!」


 だが、キラドだけは動きが止まらなかった。止まったが、あくまでも演技であり、反応が少し遅れた。


 攻撃をレジストするアイテムを多数装備していることにより、音や光の影響を受けない状態では周囲の人間と同じタイミングで反射的な反応をするには無理があった。


「間に合わんか……!」


 キラドはすぐに姿勢を低くして群衆の間を転がり、攻撃の回避に移った。


「逃がすかよッ! 『毒蛇の紫弾(ヴェノム・バレット)』ッ……!』


 屋根の上から銃口を向けるビリーの殺気を肌で感じ取る。弾丸の速度は今のキラドでは避け切るのは難しい。


 アレは一度擦りでもすれば、逃げ切るのは不可能だ、とキラドは妙にゆっくりと感じる時間の流れの中で敗北の接近を悟る。


「──間に合いましたね」


 キンッと高い音がして、放たれた弾丸はキラドには届かなかった。


 キラドの前には、赤いコートを着た背の高い女がレイピアを構えていた。


 その背中を見て、キラドは少し安堵する。


「……気をつけろ、雑魚どもは私が始末する」


「ええ、私は一度に何人も殺せるタイプの戦い方ではないので、お守り出来ないことは非常に心苦しいのですが……緊急ですからね、お任せしますよ」


「頼んだぞ『朱氷柱』。アレは生かす必要はない」


「もう、その名前では呼ばないでと言っているのに……もちろんです、『義父様』」


 女はヒョイと飛び、屋根に乗り移った。


 キラドはそれ以上は何も言わずにすぐにその場を離脱する。


「……おいおい、なんでこんな場所にお前がいるんだぁ?」


「それはこっちのセリフです。国賊……害虫めが、どの面さげてこの国に再び足を踏み入れた?」


「王都にいると聞いたんだが隠れてたのかよ? しかしまあ大物が出てきたなあ……近衛騎士副団長のヘルミナ・ローズフルがいるとは」


 近衛騎士副団長、ヘルミナ・ローズフル。


 代々、近衛騎士を輩出するローズフル侯爵家の中で最強の戦闘能力を持つ長女にして次期当主が確約された23歳の秀才。


 キラドの3番目の息子、リルバスが婿入りという形で結婚している為、ヘルミナにとってキラドは義理の父である。


 普段は近衛として、そして数の少ない女性騎士として、女性の高貴な身分を護衛する立場にある。


 ではその彼女が何故、この場にいるのか。


 時は少し前に遡る。


 ***


 シャイナ王国の騎士団は王都の襲撃から、社会的な信用を大きく落とした。


 襲撃を未然に防ぐどころか、内部にもヒカル陣営に取り込まれた者が多数いることが判明し、役に立たないと民衆に石を投げられる始末。


 少し落ち着いた頃、信用回復、そして国を守るという誓いの為、訓練は文字通り血反吐を吐くレベルの厳しいものが行われるようになった。


 今日もまた、新たに加入した新人騎士たちは訓練終了の合図と共に崩れ落ちる。


「情けねえと言いたいところだが……最初はこんなものだ」


「団長……しかし敵はこちらが成長するまで待ってはくれませんよ?」


「だが、こちらが焦ったところで結果は変わらん」


 ハアとため息を漏らしたヘルミナの肩を分厚い手で叩いたのは王国最強の騎士、ライオネル・キングライト。


 田舎の男爵家に生まれた騎士であり、一代にして王国最強まで登り詰めた本物の天才。


 稽古相手、指導者、あらゆる環境においてローズフル家には足元にも及ばない小さな家の出身でありながら、騎士団に入団してからは頭角を現し、18歳にして最強となり、15年間騎士団長として王を守り続けている。


 純粋な剣術は勇者であるカイトに比肩する圧倒的な存在のライオネルは、寡黙である。


 その実力をひけらかすことはなく、ただ王国の繁栄の為に働く忠実な騎士であり、誰も信じられない国内で王が唯一、裏切りはあり得ぬと断言した男。


「皮肉ですね……ヒカル・フセの考案した指導要領により、以前とは比べ物にならない効率での成長が可能となったとは」


「使えるものはなんでも使う。それが敵から与えられた知識だろうとな。選り好みしている余裕は我が国にはない」


「……そうですね、ではそろそろ失礼します。お疲れ様でした」


「ああ……俺はまだ元気な中堅の相手をする。最近フレイの成長は目覚ましいものがある」


 ヘルミナは一礼をして、その場を立ち去る。


 自宅へ帰ろうとする道中、馬を止めて路地に入った。


「さっきから追跡しているな。何者だ」


 金髪の仮面を被った男が物陰から両手を上げ、敵意はないとアピールしながら現れる。


「……調査官? 誰の手先ですか」


「我が主人に危険が迫っている。ヘルミナ・ローズフル殿、助力を求める。こちらを」


「この紋章は義父様ですか……ッ! これは事実なのですね?」


 ヘルミナは封蝋を剥がし、書類に目を通す。無論目の前のアウルムから警戒をしたままではあるが。


「ことは急を要します。主人から特別に許可を受けた転移陣が用意されています。今すぐ、ご同行願いたい」


「……国賊共を殺す機会、この半年以上待ち望んでいました。真実であるならば、是非。行きましょう、夏蝕殿」


 書類にアウルムの身分を保証する旨が書かれており、そこから夏蝕と呼び、疑うこともなくヘルミナはノースフェリに向かった。

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