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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
8章 パラダイスシティ

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8-15話 ガイジン


 ノースフェリの街を出ると歩いて30分程で森に到着する。


 夜明け頃、東から差し込む朝日が森の木々の隙間を縫うようにうっすらと森を照らしていた。


「いるんだろ? 出てこいよ……マリク」


 ヤヒコ・トラウトは街からずっと監視され、何者かに追跡されている気配を察知していた。


 そして、国内に入った刺客のうち、自分を狙うとすればコイツしかいないと確信していたので、敢えて名前を呼ぶ。


「oh〜ヤヒコ君〜お久シブリデース! デモ、ワタシ、もうマリクじゃなくて弥助ネ」


「何が弥助だ、馬鹿かテメェは。しかもまだそんな喋り方してんのかよ、普通に喋れるんだから普通に喋れや」


 森の木に隠れていた弥助こと、マリク・メイソンは侍のような甲冑を装備して、ガチャ、と音を鳴らしながら両手を広げて姿を現した。


 弥助は背が高く、手足の長い、黒い肌を持つアフリカ系の顔立ち──つまり、黒人である。


 ただし、留学生ではなく生まれがアメリカなだけで、育ちは日本。基本的には日本人として教育を受け日本語は流暢に喋ることが出来る。


 このカタコトのステレオタイプな外国人仕草は本人が好んで演じているだけのもの。


「ノンノン、こういう喋り方の方が圧倒的にクールデェース! ワタシは見た目が皆とは違うカラ、子供の頃はガイジン呼ばわりにとても、ショック受けたネ。

 でも……この世界ではワタシがこうと言えば正しくナッチャウノデースッ!

 このアニメみたいな世界ではこういうガイジンムーブが逆にクールで『キャラが立つ』ことが分からないのは残念デェス……」


「……もういいや、面倒くせえ。で? 何のようだ?」


「ヤヒコ君、街で見かけマシタ。それで、もし殺せるなら殺して良いってカイチョさんが言ってたので、絶好のチャンスと思ったのデスヨ。カイト君とお仲間もいませんしネェ」


「へえ……お前、俺1人なら勝てると思ったのか。舐められたもんだぜ」


 ただ話をしに来ただけならば、もう少し交渉の余地はあった。だが、弥助はヤヒコを殺す為に来たのだ。


 そして、こんな馬鹿に勝てると思われていることには少し腹が立っていたヤヒコは糸を伸ばして戦闘の準備を始めていた。


「勝てる……というよりは戦ってみたかっただけデス! でも、正直アナタはキャラが被ってたので邪魔デェース!」


「は、ハァ!? どこが被ってんだよ!? 全然違うだろうが!」


 何かこいつに悪いことでもしたのか、と過去の記憶を遡ってはいたが、思い当たる節がなかった。


 しかし、その理由は意外、というよりも意味不明なもので、ヤヒコは大きな声を出し、その真意を聞き返す。


「ガイジン枠は1人で十分デェース!」


「俺はドイツ系の親父と日本人のハーフなだけで日本人だっつーの! そもそも白人と黒人じゃキャラ被りでもねぇだろうが! つーかガイジンって呼ぶな!」


「それは他の勇者と違う人種、というだけでこの世界の人からすれば被ってマァス! それに名前もヤヒコと弥助は音が似てるので困りマァス!

 ハーフならぁ、純粋ガイジンのワタシの方がガイジンとして上デェス! 既得権益を守るべきデェース!」


「テメェ『弥助』じゃなくてマリクだろうが……! 勝手にそっちが途中から黒人で剣使うユニーク・スキルあるからって信長の刀持ちの弥助と自分を重ねて名乗ってるだけだろ!?

 大体、弥助は侍じゃなくて刀持ちだからな!? 全部お前が勝手に寄せてんだよ……!」


 あまりにも暴論である。マリクという名を勝手に弥助に変えて自称しているだけ。


 黒人と剣のスキルだからと日本史において謎多き黒人の弥助を自分と同一視している異常さ。

 奴隷として南蛮人から織田信長に送られたという黒人弥助には侍であったという確たる証拠はない、眉唾物の一説に過ぎない。


 そういう可能性もある、という歴史のファンタジー、トリビアとして夢想するのは自由であるが、この弥助を名乗るマリクはこの世界で、黒人侍、弥助を実在のものとさせようとしている。


 その野望の中で、ヤヒコ・トラウトという存在が邪魔。


 それだけの理由で目の敵にされていると知ってはヤヒコとしても納得がいかない。


 存在の否定。これは親につけられた名前も否定されており、自分の人種についても意味不明なレッテルを貼られている。


 特に恨みはなかった相手だが、それを聞き、ヤヒコは即座に殺すと覚悟を決めた。


「hahaッ! 『あやとり』ではワタシには勝てまセーン!」


 ヤヒコの伸ばしていた糸は既に弥助を取り囲むように操作されていたが、それを笑いながら日本刀でピュピュッという風切り音とともに切断する。


 切断されヤヒコから離れた糸は霧散して実体を残せない。


(チィッ! 切断系の武器の相手と戦うのはこれだから嫌なんだよッ!)


 ヤヒコにとって、最も相性が悪く勝てないと思うのがその糸を切断するユニーク・スキルのトップに位置するカイト・ナオイである。


 また、カイトに比べて格下ではあるが、日本刀を使う弥助も相性が良くない。


 ユニーク・スキル、『闇糸使い(ナハト・クレイド)』は非常に応用の効く、オールマイティな能力である。


 攻撃、防御、索敵、支援、など戦闘に必要なことはヤヒコ1人で賄えるほどに幅の広い使い方が可能であり、パーティの中では遊撃を担当し、それぞれの能力を最大限に活かせるように動いていた。


 最高火力のカイトがいる以上、攻撃に回る必要性が薄かったが、ヤヒコ単体の攻撃力は決して低くはない。


 岩をも切断可能である糸だが、側面からの斬撃には弱く、一定の強さの攻撃で切られてしまう耐久性。


 過去に暴れた弥助をその糸で止めたことがあった。当時は止めることが出来たが、今は呆気なく切られてしまったことから、弥助の成長を理解した。


 やはり、勝てる算段、自信があって戦いに来ている。


(正面からやり合うのは不利か……なんせこいつのユニーク・スキルは……)


 その時、ヤヒコの目の前がパッと光る。


「ッ!」


「隙アリッ! デェースッ!」


「──グァッ!」


 ヤヒコの視界から弥助が消えた。その刹那に背後から殺気と声がして、糸を束ね背を守り、正面から身体を引っ張ることで緊急回避をする。


 その身体を引っ張る糸の速度があまりにも早かったので、ヤヒコは木に激突し、衝撃に声を漏らす。


(あ、危なかった……! 反応が遅れてたら首が飛んでたッ……! 光属性の付与された剣による瞬間移動攻撃……メタ過ぎんだろうが……!)


 弥助のユニーク・スキル、『電光切化(でんこうせっか)』は速さに特化した能力である。


 ユニーク・スキルによって生成された日本刀を構えると、光ると同時に直線的に瞬間移動が可能。


 移動可能な射程はヤヒコの知る範囲では25m程度。


 移動中は実体が無く、あらゆる攻撃が無効となるが、その無敵時間は移動までのほんの一瞬であり、移動が終わると強制的に実体化される。


 故に、ヤヒコがこの弥助にダメージを与えられるのは実体化された瞬間、もしくは瞬間移動する前しかない。


 しかし、ただでさえ切断系の武器に弱いヤヒコの闇属性の糸は、光属性を持つ日本刀との相性が最悪。


 闇属性の持つ吸収の効果が打ち消されてしまう。


 一度に操作出来る糸のうちの50%にもなる大量のリソースを使用しての防御でやっと、攻撃を止めることが出来る程度。


 糸はヤヒコを中心に生成され、その生成される量は現在はヤヒコを一つの毛糸玉とすると、ヤヒコの身体5人分の量までである。


「良い反射神経してマスネェッ!」


「そう何度も避けられると思うほど呑気でもねえよ、俺の戦い方でいかせてもらうぜ……! 姿を消せるのはお前だけじゃねえんだよ」


 ヤヒコは激突した木に持たれかかっていた。背後からの奇襲を防ぐ為だったが、正面から来ると分かっていて回避出来るほど甘い相手ではない。


 自身の身体を糸に変形させ、ほどけた人形のようにスルスルと手足が消えていき、一本の長い糸となって弥助の前から姿を消した。


「でも光と違って糸ダカラ、見えにくいだけで消えてナイってことデスネェ〜ッ!」


 弥助の言う通り、限りなく目視が難しい状態になるだけで消えているわけでも無く、ヤヒコが糸状態になると、一本の糸となり、無数の糸を出すことは不可能になる。


 ただし、切断に対する攻撃は殆ど無力化され、致命的なダメージを避け、次の攻撃まで時間を稼ぐことは出来る。


「木の裏にコソコソ隠れるつもりデスネェ〜分かりマァスッ! ならば森林伐採といきまshowッ!」


 弥助は今はヤヒコが攻撃してこないと判断して自身の周囲の木を切り倒しまくった。


 直線移動のユニーク・スキルにおいて遮蔽物は邪魔。死角にもなる、木を減らすほどに弥助にとっては有利になる。


 しばらくその作業を続け、森の中にポッカリと穴が空いた。


 朝日が差し込み、その穴部分は明るく照らされ視界は良好。そして、闇に紛れて見えにくい糸も発見しやすい。


 半径約25mの円が弥助を中心に形成される。


「これで木に糸を隠して回り込ませることも許しマセェンッ!」


「──そいつはどうかな?」


「ッ! FIREッ!」


 ヤヒコの声がした方に突っ込みはしない。牽制を兼ねて火球を放り込んだ。


「火炙りにしても良いんデスケドネェッ! それじゃあ面白くナイッ!」


 反応はない。火球は木にぶつかり、葉を一部燃やして煙を上げるが、ヤヒコが移動した気配は感じられなかった。


「ッ! 木を投げタッ!?」


 ガサガサっと大きな音が鳴ったと思えば、弥助が切断した木を掴んだ糸が四方八方から投げ込まれる。


 宙を浮く木々。そして、弥助の足元には影が生じる。


 注意が上に向いた一瞬を突き、森の中から糸が地面を伝いながら弥助に接近していた。


「ッ! クソッ!」


 弥助は構え、即座にその場を移動する。円の中心から円の端へ。


 そして、それはつまり、森に近づいたということ。


「シマッタッ……!」


 移動した先で弥助の視界の端に蠢く黒い塊があることに気がついた。


 誘導させられていたと気付き日本刀を三度振るう。


 絡みつこうとした糸は瞬時に切り払われ、すぐに森の暗闇から距離を取った。


「真ん中に戻らないと……ッ!」


 弥助はそう思った時に気がつく。


 そう、真ん中には木が大量に投げ込まれていた。弥助が移動可能な範囲は円から輪へと変わっている。


「お前……戦争での人殺しには慣れてるが……対人……しかも暗殺はまるでど素人だな?」


 森の中からヤヒコの声が聞こえるが、その音は移動している。その音を追うように弥助はグルリと身体を動かした。


(どこから来る……?)


 音、気配、感じられる異変を察知するべく、弥助は神経を研ぎ澄ませ刀を構える。


 下手に動くのは危険。それはさっきのやり方で学んだ。


 最善の手は姿を見せた瞬間に迎撃。反射速度では負けない。


「ッ! 後ろから来ると思ってマシタッ!」


 木の葉の揺れる音がした。弥助の背後から束ねた糸は槍のようにして攻撃を仕掛けてくる。


 それをスパッと切る。


「…………!」


 そしてすかさず移動。敢えての移動。


 今は回避の必要は無かったが、輪を回るように短距離の瞬間移動を繰り返していく。


 徐々にその輪を縮めていき、中心に投げ込まれた木を滅多切りに。細かく、遮蔽物となることすら許さないほどに刻む、刻む、刻む。


「本体はコッチッ!」


「チィッ!」


 弥助は投げた木の中にヤヒコが隠れているのではないか、そんな疑惑を持った。それくらいは考えて動く油断ならない男であり、その疑惑は最後の木を切った瞬間に確信に変わる。


 ヤヒコの頬が切先に当たり、確かな手応えがあった。


 下半身が糸になっているヤヒコの姿がハッキリと見えた。


 絶好の機会。完全に裏をかいた。


 ──だが、弥助は刀を振り下ろさない。


 ヤヒコが糸で動きを封じたから? 違う、敢えて振り下ろさないのだ。


 構え。そして零距離からの後方への瞬間移動。


 ヤヒコが攻撃をするならば、間違いなく今。


 勝ったと思わせての不意打ち。それに対するフェイントでのタイミングずらしを狙った。


「なにぃいいいッ!?」


 ずらされたタイミング。移動したその瞬間に空を切ったのは弥助を包むはずだった糸の塊。


 そして間髪入れずにキラリと光る弥助と刀。超高速、否、光速で再びヤヒコに弥助は再接近し──。


「ヤバっ──」


 ヤヒコは顔色をサッと青くする。回避不能、防御間に合わず、意表をつかれて全ての対応が後手に回り、弥助の放つ斬撃を邪魔することは出来ない。


「ワタシの勝ちでゴザルッ!」


 斬ッ!


 ヤヒコの首は一刀両断にされ、鮮血を撒き散らしながら宙に舞った。


 血と脂のついた日本刀を振るい、ピッと地面に血痕が散る。


「──切り捨て御免ッ!」


 弥助は動かぬヤヒコの死体に語りかけた。

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