8-14話 何者
「では、貴様ら……貴様らは大司教の手駒の商人を誘拐の教唆脱税、横領、領主殺害容疑で私の領地に連行しているのだな?」
「一言一句間違いありません」
キラドは顛末のまとめられた書類とアウルム、シルバの間を往復しながら、最終的な確認を行う。
「可能であれば、動けと命令した……確かにそうは言ったが加減と言うものを知らんのかお前たちは。これはもう揉み消すなど不可能な段階だぞ」
「そりゃ、揉み消されたら困るから、そういう風に動いたんですわ」
「教会は金を持ち過ぎですからね、軍が教会寄りなのは予算が莫大な献金から来ているからでしょう?
こちらとしても軍を指揮するヴィルヘルム王子が政権を取り、警備局が解体され、調査官の身分を剥奪されては困るんですよ」
「商売、金儲けに関しては貴族より神官の方が上手いですからね〜」
「……」
自派閥の貴族、ダルグーアがワインの生産により領地を成立させ、その代償として搾取されていた現状に歯痒い思いをしていたのは事実。
だが、今回の動きはあまりにも多方面を巻き込み過ぎである。
軍、教会が干渉してくるのは目に見えており、今その突き上げを食らっては困る。
アウルムとシルバはそのことを理解していないのか、とキラドは殴りつけてやりたかったが、疲労回復に効くポーションに関しての話がまだであったことを思い出す。
何か、続きが、裏があるのだ。それを聞くまでは判断を下せないか、と怒りをなんとか鎮める。
「それで、どう繋がる? ここから本当に良い話に繋がるのであろうな?」
「当然です。まず、これはプラティヌム商会とパルムーン商会によって販売される予定です。勿論、キラド卿及びフリードリヒ殿下の許可があれば、という前提はありますがね」
「……私と殿下が許可をすると思う根拠はなんだ?」
アウルムは自分たちがこんな問題の種となりそうなものを許可すると確信している様子。良いものだから、などという職人的発想ではないことは分かるが、その思惑が見えない。
「売り上げの一部は国の為に還元されます」
「それを『税』と呼ぶのだ、何を当たり前のこと……」
「いえ、通常の税を支払うのはもちろん、そこから更に売り上げを払います。ただし、払うのは売る側では無く買う側。これを買い、飲むことで疲労回復だけでなく、国に貢献する愛国者という肩書きを得られるます……亜人族であっても、です」
「迷宮都市の冒険者なんか欲しがるやろうな〜……それを聞きつけた軍も」
「ッ!? 民の視線を国の内ではなく外に向けさせるつもりか!」
シャイナ王国の人口の3割から4割がヒューマン以外の種族であると言われている。正確な統計がされていない以上、断言は出来ないが、無視出来ない数の者たちである。
そして、大抵は貧しい者、犯罪者、冒険者である。意図的な格差を作り、ヒューマンの国民を統制しやすくした。
だが、差別される亜人種としては面白くない話であり、それが犯罪の原因となることは治安を守る立場として知っている。
身分も職も制度もあらゆる場所において爪弾きにされる亜人族が犯罪に走るのは当たり前であり、魔王という共通の敵がいなくなった戦後に内側に目が向くのは人の感情として当たり前。
それはキラドとしても、何とかせねばと思っていた部分であった。ただし、キラドが亜人に対しての差別意識が薄い訳ではない。治安という観点から今以上に締め上げてはいずれ爆発する。それだけのことである。
そこに、この提案である。
「これを買えば国に貢献していることになる……いやしかし、そんな簡単に行くとは思えんな」
すぐには飛びつかない、慌てて結論は出さない。出来るだけ考えられる材料、時間を確保する。
普通に考えれば、個人の出来る領域を超えている。しかしながら、個人ではなく国の上の方にいる人間、そして最大手の商会までをも巻き込めば可能。
恐ろしいのは自分の判断次第で難色を示しつつも、実際は出来てしまうだろうという予測がついてしまうこと。
そういう権限がキラドにはある。
「そりゃ最初はそうでしょうよ。段階ってもんがありますからね、最初はまず迷宮都市の冒険者と、とある興行の選手の間でイケてる飲み物として売るんですわ」
「イケてる……? 意味の分からん言葉を使うな冬蝕」
「おっと、失礼しました。つまり、必需品かつ贅沢品の憧れにするんですよ、これを」
「別に怪我や病気には効きませんからね、既存品のポーションとの競合もないですし、これはポーションというよりは普通に美味しい飲み物として売るつもりですから」
それに加えてアウルムとシルバは説明をしていく。
キラドには全く無かった視点のもので、最初は胡乱な目で話を聞いていたが、その戦略の周到さに舌を巻かざるを得なかった。
「分かった。これであれば国民全体の仲間意識、国内の治安問題、王都の収入、そしてそれを軍需品として欲しがる軍に対しての発言力の復活、教会の力を削る、有益であり、素晴らしいと正直に賞賛しよう。
だが貴様ら……その為にダルグーアを乗っ取ったな?」
ダルグーアの問題を取り除くのは良い。だが、そこをポーションの生産拠点とする為に動いていることには苦言を呈さずにはいられなかった。反逆と取られてもおかしくないような越権行為である。
だが、アウルムはそんなキラドの感情を理解しながらもまるで意に介さない様子。
「元々教会に乗っ取られていたでしょう。私たちはあなたの派閥の人間であり敵ではないんですよ? 『取り返した』という表現にして頂きたいですね」
派閥の長の目の前で、なんら忖度のない不躾な発言。どこが派閥の人間なのだと、言いたいところだが口先でおべっかを使う貴族よりもよっぽど確かな功績を挙げている。
この2人は行動で示している以上、その信頼を損なうような発言はするべきではない。何より、敵に回すメリットが全く無い。
「ああ、そうだ……これで上手くいけば酒保商人になれますから、軍への出入りがしやすくなりますね」
「それが……それが目的か? 最初からそこに着地する為にこれほどの策を練っていたというのか?」
自分で言いながらもあり得ないと思った。
ポーションを開発する為の技術者や資金、パルムーン商会との協力関係、亜人族への説得力を持たせる為の亜人族のみを雇うプラティヌム商会の活動、ダルグーア領への干渉。
あまりにも大掛かり過ぎる。そんなものは10年以上かけて成功するかどうかの計画であり、不可能だ。
動きが早過ぎる。
自分に接触してきたのも、これが狙いかとさえ思えてくるほどの綿密な計画だが、それが出来て目的が酒保商人になるでは説明がつかない。
「ヴィルヘルム王子に恨みが? いえ、まさかありませんよ。邪魔なだけでね」
先読み、今まさに言おうとしたことをアウルムは先読みして口に出し、否定した。
となれば、個人的な恨みかとも思ったが否定した。本当にそうならこの場でそれを言う意味はない。
「では何がしたい、お前たちは何者で、今後何をするつもりなのだ」
「何者……それを今、ここで口にして信じますか? 勿論正直に答えるつもりはありませんが。
──強いて言うならば平和を求めます。それ以上でもそれ以下でもありません」
「大体、俺らが何をやったか、口先だけでなく行動がどういう結果をもたらしてるのか、そこで判断するしかないと思いますけどね、俺たち以外の誰であっても」
「…………分かった。この計画は殿下の奏上し説得もしよう。領地に戻り、エイサを裁く。
そしてまた王都に戻り……3ヶ月だ、3ヶ月待て。それまでは動くな」
キラドは最終的に、アウルムとシルバを信頼することを決断した。今では都合の良い外部委託の捨て駒のようにどこか考えていた節があったが、その考えは改めねばと自分に言い聞かせる。
具代的な根拠があったわけではないが、しっかりとした協力関係を築き、裏切るような真似をしなければ裏切ることはない、と自身の経験から直感的に判断した。
そもそも、情報を管理しているトップであれど、必要な情報が全て揃うことはなく、推測によって判断する状況の方が多い。全てを集めてから動くのでは遅過ぎる。
今は内側が最も信用出来ない時。この2人はどこの派閥にも干渉を受けず独自に動くことはこれまでの行動からも明らかだ。
もし、それまで織り込み済みで背中を刺すつもりであったのなら、争う術も力も、もう殆ど残っていない現状では無力だ。
であれば、賭けに出るべき。根拠のない信頼をすべきだと、判断するほかなかった。
「……ただ、それまで私が生きていれば、だがな」
しかし、敵が多過ぎる。現在、漠然とした危険というよりは差し迫った刺客が送り込まれた情報が入っている。
勇者に狙われている以上、3ヶ月どころか、明日さえ生きているか怪しい。
素晴らしい計画ではあるが、国を動かすほどの力はこの2人には無く、だからこそ、こうやって自分に相談をしている。
それが可能である立場のキラド本人が生きていなければ、ただの希望的観測であり、その計画は水泡に帰す。
「狙われてるんですか? いや、立場からしたら当たり前か……」
「当たり前だが、今回は事情が違う。先程ヤヒコ・トラウトからの情報でヒカル・フセの刺客である勇者4人とその部下が既に国内に侵入していることが分かった」
「……もしそれが確実ならば、キラド卿は間違いなく狙われるでしょうね。命ではなく何かしらの情報を求めて入国していると思われる」
「それは私もヤヒコ・トラウトとも共通の認識である。あの男が1人は邪魔なので消すと言っていたが、それでも3人は脅威だ……ああ、そういえば別れ際に私に何か渡していたのを確認していなかったな」
ヤヒコはキラドとの別れ際に肩を叩きながら、服の中に何か入れていた。
宿に戻ってから確認するべきだったが、アウルムとシルバと会話をしていたので、まだ見ていなかったことを思い出す。
それは小さな紙切れ。暗号で書かれていたが、その内容は刺客がどの勇者であるかについての情報だった。
「……『ビリー』、『弥助』、『与一』、『桃太郎』、と呼ばれていた連中が来ているようだな」
「どういう奴らか知ってるんですか?」
シルバはその紙を覗き込むようにしてキラドに聞く。
「魔王との戦争では際立って敵を殺した数が多く……そして、戦争……いや、戦うことそのものを楽しむことが出来た勇者だ。当時は頼もしいものであったが、敵となると厄介な勇者だ」
「ユニーク・スキルの詳細は知っているのですか?」
「ハッキリとは分からん。魔法とはまるで違う仕組みでありその全貌を理解したと決めつけるのは不可能だ。
ただ、『ビリー』は銃なる武器を使い、『与一』は弓を、『弥助』は異世界の剣を使う、要するに武器と戦い方しか分からぬ」
「『桃太郎』は? そいつは?」
「こいつは戦いはせぬ、と言うより直接見たことがない。諜報能力に優れているのは確かだがな。
勇者のユニーク・スキルについて情報漏洩の危険を説いたヒカル・フセは具代的な活躍について言及せぬよう情報を封鎖した。
我々に分かっているのは召喚時の聞き取りによる自己申告のものと、噂から考えられるおおよそのものであり、正確とは言えん」
今になって思えば、こうなる時のことを考えて情報を隠すように動いていたのだろう、まんまとやられた、とキラドは愚痴をこぼす。
アウルムもフレイから協力を得て、勇者たちのザックリとした名簿は把握していたが、名前とこの世界の人間によって解釈されたユニーク・スキルの説明でしかなかった。
その情報程度の脅威と判断するにはあまりにも危険で、ブラックリストとの一致させる為の補足資料以上の価値はない。
ユニーク・スキルの内容に関しては嘘をついている可能性もあり、目視とプロファイリングによる分析が必要である。
だが、キラドと違いアウルムとシルバはその名前から能力についての予測が可能である。
これは明らかに意図した名付けであり、能力や脅威度についてもキラドよりも分析出来る部分は多い。
それでも油断は出来ない相手である。戦闘の経験が桁違いに高いということはユニーク・スキルの扱いに長けているだけでなく、基礎的なステータスも高く、他にも戦闘向きのスキルを所持しているということになる。
「取り敢えずはキラド卿を領地まで無事に送り届けんことには話にならんってか……どうするよ?」
「キラド卿を餌にして誘い出すしかないだろ。隠れてる敵を発見するのは難しいからな。ずっと守り続けるのも不可能だし、時間の無駄だ」
「ま、待てお前たち、勇者を殺すつもりか? いや、勝てるとでも思っているのか?」
当然のようにアウルムとシルバが自分を囮にして戦う前提で話を進めていくので、たまらず口を挟んだ。
「……? どのみち戦わんことには話進まんでしょ? お願いして聞く相手じゃないなら勝算気にしてなんか意味ありますか?」
「それはそうだが、どこからそんな自信が湧くのだ」
「別に自信あるって訳じゃあないんですけどねぇ……何処にいるかも分からんヒカルたちの一味がこの国にいるなら潰しとかんと面倒でしょう……まあ、多少恨みもありますしね」
「キラド卿、我々を護衛として雇い入れた形でキラド領まで向かうことを提案します。戦闘が出来る者とは言え、6人では無理がある」
「選択肢は他にないか……変装はしておけ。表の顔であろうと、今回は私の従者共にも見せるな。そして最初に顔合わせをして以降は距離を取りながら索敵をしろ。
私に護衛がついているということも悟らせるな」
「了解!」
「……それでは、そろそろ戻りましょう。こちらは明日の朝に顔合わせで、それまでは周囲を探ります」
再び、アウルムの『虚空の城』によって宿屋に戻り、一時解散となった。