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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
8章 パラダイスシティ
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8-13話 孫と祖父


 ダルグーアの街での一件から1ヶ月が過ぎた頃、トーマス・キラドは王都から西の丁度キラド領との中間辺りに位置する街、ノースフェリに滞在をしていた。


 滞在の表向きの理由はキラド領へ帰る為の休息、補給の為の宿泊。


 しかし、本当の目的は別にある。ここ、ノースフェリは王国を東西に横断するマジックロードの都合上、人の行き交いが多く、都市としてそれなりに発展しており住む人間よりも旅人が多い。


 見知らぬ人間が歩いていても何ら不自然ではないという、お尋ね者、お忍びの要人、そして諜報に関係する者にとっての重要な拠点である。


 もちろん、キラドは情報を集める為にこの街にやってきていた。


 街の性質上、治安はやや悪めである。

 この街の領主はキラド派閥の者であり、情報の集まる拠点としてあえて見逃している者もいる。


 王都の王城ほど、気の休まらない場所は無く、油断すれば暗殺される。油断していなくとも暗殺される可能性は常に付き纏う。


 どれだけ警戒しようと、ユニーク・スキルなどの対策の難しい攻撃をされた場合に防ぐ手段は少ない。


 死ぬ時は死ぬと一定の覚悟はしているのだが、捕まった場合に漏洩してはいけない情報を強制的に漏洩させられ、国に危険をもたらすことが何よりキラドは怖かった。


 故に常に即死出来るような毒を仕込み、気絶などをさせられないようにマジックアイテムなどで対策はしている。


 今は身内だと思っている人間すら、本気で信じてはならない。ヒカル・フセの手は想像以上にあらゆる箇所で回っており、現在進行形で裏切り者の報告が上がり続けている。


 馬車の長旅も併せて疲労困憊で身体が重い中、宿屋でストレッチをしていると、ふと、2人の男の顔を思い出した。


 ぎこちない作法と言葉使いながらも、どこか愉快で許してしまう大柄な武官タイプの男、完璧な作法と言葉使いの文官、あるいは他国の諜報関係者としか思えぬ男。


 怪しいこと、この上ないが、今のところは問題ないどころかこの2年で旅の目的とやらをやる片手間にどんな調査官よりも成果を上げる確かな実力の持ち主たち。


「あの男たちの方がまだ信じられるとはな、世も末だ」


 キラドは皮肉混じりに鼻で笑いながら平民の服装に着替えて、変装をして宿の部屋を出る。


 隣の部屋にいる従者たちに出かけると声を掛けて宿を出て街を歩き出した。キラド一行は表向きはただの商人である。


「おお……流石ですね一瞬気付けなかったっすよ」


「……『アラクネ』、まだこの国にいたのか」


 変装したキラドに近付き、その姿を見て驚きながら軽薄な口調で話しかけたのは茶髪の青年、ヤヒコ・トラウトだった。


 ヒカル・フセに関する情報を集める為、今まで基本的には王都から動かなかったこの男が、旅に出たという報告は聞いていた。


 しかし、この街で話しかけてくるとは思わなかった。いや、この街だからこそ、いてもおかしくはないのか、とキラドは考えを改める。


 敵でも味方でもない勇者の中でも上位の戦闘力を持つこのヤヒコとの距離感はキラドでも掴みきれていない。


「ハハッその名前、恥ずかしいんで勘弁して欲しいんだけどな〜おじいちゃん」


「おじいちゃん……歳の差を考えれば当然だが……部下の前ではやってくれるなよ?」


「分かってるって。この場で一番自然な関係を考えただけだから」


 次第に、ヤヒコは敬語混じりから孫と祖父の関係として話し始める。


「気付いてるかは分からないが……ちょいとややこしい奴らがこの国に入ってきてるのは知ってるか?」


「……孫よ、腹減ってないか?」


「マジ? おじいちゃんの奢りだろ?」


「孫に奢らせる祖父がどこにいる」


 笑っていたヤヒコの表情が途端に険しくなったことに気が付き、本気で聞く姿勢を取った。


 屋台で適当に何か買うことにして列に並んだ。


「あ〜肉串を4つ、いや6つだ。お前は若いからな食えるだろう?」


「ああ、いけるよ」


「あいよ!」


 店主から肉串を受け取り、列を離れて道を歩く。どうやらそれなりに人気の店らしく、人はかなり並んでいた。


 急に立ち止まり裏路地に行くなどはしない。旅人としておかしくない挙動を続けてながら、話をしろというメッセージは確かにヤヒコに伝わっていた。


「『糸の仕入れ』が必要だったか?」


「……これで小声でも聞こえる」


 ヤヒコは糸を互いの耳と喉に繋げ、双方の声が周囲の人間に聞き取れないほどの音量でも会話が出来るようにした。


「さっきの話だが……あの後消えた勇者のうち武闘系の奴ら3人に加えて、諜報系の奴が1人、勇者ではない部下も連れて入ってきてることを確認している」


「それについては初耳だな。まず、情報は確かか? ただあちらには『スキップ』がいるのだ、侵入を阻止するのは不可能だからな……驚きもせんわ、問題は目的の方だが……」


「情報源に関してはまあ……ハッキリとは言えないけど、俺は顔が聞くからな。複数のユニーク・スキルの合わせ技で調べたってだけで勘弁して欲しいが信用は出来る。

 で、目的の方だけど連中はどうやら探し物をしているらしいな」


 転移陣を利用して瞬間移動が可能な勇者が敵にまわっている以上、その可能性については常に警戒しているところであり、対策する方法など無い。


 だが、その気になれば王城を荒らし刺客を放つなどあまりにも簡単であるのに未だにそれが起こっていないということはヒカル・フセはシャイナは潰す必要がないと考えている。


 それが上層部の見解である。


「それは人か、物か、どちらかは分かるのか?」


「多分、人だ」


「根拠は?」


「……実はあんたらこの世界の人間には知りようがないんだがな、問題のある勇者がこの数年でかなり死んでる。というかほぼ確実に何者かによって殺されてる。

 それは俺たちにもあっちにとっても脅威ってことだ、そいつ……あるいはその集団を探しているんだろう」


「勇者が勇者を殺していると?」


「多分な。行方不明の奴の中に力を持った奴がいるはずだ。俺たちはてっきりヒカルがやってたのかと思ってたんだがな……あっちが探りを入れてるってことは違うんだろう。まあ、そう思わせる作戦かもとか、疑い出したらキリがないんだが」


「国の治安を預かる身としてはハッキリ言って犯罪者である勇者が死のうと何とも思わん。だが、今はこちらに都合が良くとも、後々危険にもたらさない保証などない……か」


 キラドは正直なところ、勇者の存在自体消えてしまう方が都合が良かった。自分たちの手に負える範囲の者たちではなく、結局のところ勇者は勇者、あるいはそれに匹敵する超越した者しか相手が出来ない。


 様々な恩恵もあったが、魔王との戦いが終わった今では面倒ごとの種でしかない疎ましい存在である。


 今、特に問題のある勇者が消えていくのは助かる。だが、その矛先がこちらに向いた時のことを考えずにはいられない。


 せめて、何者でどういう考えなのかだけでも知りたい。


「で、忠告だ。キラド卿、あんた……間違いなく狙われてるぜ?」


「だろうな。この国で最も重要な情報を持っているとしたらこの私だ。強引な手段が取れる勇者ならば私を狙うのは当然、効率の面から考えてもそうなるだろう」


「俺は味方でもないが、利害関係はある程度一致していると考えている。国の治安維持は俺やカイトにとって重要だ。死なれたら困るからな」


「ふん、だからと言ってお前が護衛をするわけでもないのだろう?」


 キラドは肉の刺さった串を平民らしく雑に頬張り、食べ終わると道に捨てた。


「それは俺の仕事じゃないからな。子飼いの騎士や調査官にも護衛が得意なタイプはいるんだろ? そいつらに頼むことだな」


「調査官、騎士、どちらも深刻な人手不足だと知っていて良く言うわ……そもそも、シャイナに在籍する勇者と我々の信頼関係が破壊されている状態なのだ。どれだけ手持ちの人間を使ったところで限界はある。

 勇者を護衛として雇えない以上、意味のない忠告だな」


「……それもそうだが、やはりヒカルからすればそこが狙いの一つだったんだろうな」


 現在、この国の人間は勇者は危険で信用の出来ない存在だという声が強い。


 対して勇者も、ヒカル内通者、協力者の多数いたシャイナの中枢を信用しておらず、関係は非常に悪い。


 ヤヒコ、そしてキラドもそれがヒカルによる策であることは見抜いているが、人の感情とは難しく全員がその考えを共有出来てはいない。


「まあ、そうだな……俺としてもチョロチョロされるのも癪だから戦闘系のうち1人は釣り上げてやるよ。後はそっちで何とかしてくれ」


「全く……簡単に言ってくれるな。それが出来たらやっている。それにそんな実力のある者を護衛に連れていたら要人がいると宣伝しているようなものだ」


「ハハッ、騎士団長とか強いけどあの人目立つからな〜確かに丁度良いやつってなかなかいないだろうな。

 さて、話はこの辺で切り上げるか……しばらく会えないだろうが、知り合いが死んだ話聞くのは好きじゃないからな。長生きしてくれよおじいちゃん」


 ヤヒコは馴れ馴れしくキラドの肩を叩き、夜の街に消えて行った。キラドは人の話は全て話半分で聞くが最後の言葉は本当にそう思っているように感じた。


「おじいちゃんか……私の孫はまだ成人しておらんわ。さて、宿に戻るか……」


 ポツリと独り言をこぼして、尾行などに注意を払いながら宿の部屋に戻り、日の沈んだ真っ暗な部屋の中でマジックアイテムをすぐに使用した。


 防音のマジックアイテムである。


「……何をしているのだお前たち」


「お久しぶりです、キラド卿」


「偶然もあるもんですな〜」


 闇の中から出てきたのは屋台の列に並んでいたアウルムとシルバであった。


「目を疑ったぞ。あの男の前に姿を現すなど、正気かお前らは」


 見かけた時に全く反応をせずに素通りした自分を褒めてやりたいとさえ、キラドは思った。


 ある意味、この2人はキラドにとっての隠し玉。頭痛の種でありながらも秘密兵器。


 誰にも知られてはならない、重要機密である。


 調査官の資格を与えたこと自体極秘であり、その権限はあるのだが、それが明るみに出た場合のリスクはかなり高い。


「もちろん、正気です。というよりヤヒコ・トラウトがこちらを認識していないかの確認の為にあえてやったことですから」


 言外に何かしらの偽装能力がヤヒコの鑑定や直感を上回る方法があると、言いたいことは理解した。


 それが余計にこの2人の正体を分からなくさせる。勇者の目を欺けるということは、ほぼ誰にも正体を悟られる心配がないということにもなってしまうからだ。


「それで、偶然会ったので挨拶ということはあるまい?」


「そうですね……今回は良い話と悪い話を持って参りました」


「ふん、お前の言う『良い話』がこちらにとって本当にそうなのかは甚だ疑わしいものだな。多少の利になることはあるのだろうが……」


「いや本当に良い話だと思いますけどね……ただ、こんな不用心な場所では話すのが憚られるますので、移動して頂けますかね?」


 アウルムはスクロールを取り出した。


「短距離転移のスクロールか、どこでそんなものを……まあそれは良い。だが少し待て。急に消えては騒ぎになる」


 キラドは部屋を出て隣の部屋にいる従者にしばらく寝るので緊急時でもない限りは起こすなと連絡をしておく。


「それでは行きましょうか」


 アウルムはキラドの目を見て笑い、地面に敷き広げたスクロールの魔法陣が発光して視界が真っ白に、そして真っ暗な場所に変わる。


 部屋は元々暗かったので、一見移動したとは分かりにくいが、外の喧騒が全く聞こえないことから、宿の部屋とは違う場所なのだろうと推測はつく。


 ここは、アウルムの『虚空の城』の中の空間である。転移したと思せたに過ぎない。


「明かりを用意しろ、何も見えん」


 明かりをつけると、古びた廃墟の一室のような場所にいることが分かった。


 ただし、これはアウルムの作ったセット、ハリボテであり、外には何もない。


「どこだ、ここは」


「言えません。秘密の場所ですから」


「私を安心させるつもりはないのか?」


「安心ですか? 今更私が何を言ってもキラド卿は鵜呑みにするとは思えないのですが。 意味がないことかと」


「はあ……夏蝕のアウルムよ、お前は表面上の作法は正しくとも、本質的に相手を敬うという部分が欠落しておるな。通常の部下であれば鞭打ちにしてくれるわ」


「ご忠告、痛み入ります」


 この態度だ。言葉遣いではなく、態度が問題であると指摘に対して皮肉で返すような生意気なところがある。誰かに何か批判されようとも全く傷つくことはない、毛の生えた心臓をしているのだろうと涼しげな顔を見る。


「……それで、冬蝕のシルバ、この私が座ることも許可しておらんのに、お前だけ座っている状況をおかしいと思わんのか? 夏蝕ですらまだ立っているのだぞ」


「……? キラド卿が座った後なら良いのでは?」


「普通は目上の人間が座ることを促してから座るのだ」


「あ〜……なるほど」


「良い、わざわざ立つな……なんて無茶苦茶な奴らだ」


 失敗したと言う顔をして椅子から立ち上がるシルバを止める。ハアとため息がこぼれた。


「お疲れみたいですね」


「その一因はお前たちだ! やめろ冬蝕、そんな真剣に私のことを心配していますという顔をするのは!」


 優秀であるが、疲れる。


 自分の下にいる者であれば絶対に通じる常識というものがまるで通じず、そして無礼をしたからと言って何が出来るのだと言われているような余裕に無性に腹が立つ時がある。


「疲れているのであれば、飲み物は如何ですか?」


「……これは?」


 アウルムが机の上に液体の入った瓶を置いた。


 黄色く、泡が立っていることから発酵して炭酸のある酒の類かとも思ったが、酒ならば酒と言うだろう。


 であれば、これは何なのか。キラドは目を細めてその瓶を手に取った。


「それが、今回お話に参った理由です。それは疲労回復に効く新しいポーションと呼ぶべきものです」


「……夏蝕よ、これが『悪い話』なのだろう? そうだと言え」


 それを聞いてキラドは一瞬にして、もしそれが本当なのであれば、各方面にどういう影響が出るのかについて検討し、厄介な事にしかならないと結論を出した。


「いえ、そうですね……私としてはこれは、これから話すことについての前提となる情報、その中心にあるもので、どちらでもないのですがね」


「クソッ……今私がどれだけ忙しいのか分かっているのか? これ以上心労を増やすつもりか……」


「酷い言い草ですね、あなたの心労を多少解消する為に動いていたのですが」


「結構大変やったんですよ〜?」


「それは必ずお前たちにとって何らかの得があるからやっているだけのことだ。さっきも言ったが私の為だけではあるまい。

 だから、心配するようなフリはやめろ!」


 実際、キラドは最近は5時間眠れればまだ眠れた方であるというくらいには激務をこなしていた。


 キラド領に戻る旅路も決してラクなものではないが、王都での仕事量に比べれば大したものではない。


 この道中だけでも、少しゆっくりとしたいと思っていたのだが、ヤヒコには勇者に狙われていると言われ、アウルムとシルバからは、どう考えても不穏な物を持ち出されこれから話が始まる。


 貴族としての矜持でギリギリ体面を保つが、勘弁してくれというのが、キラドにとっての本音であった。


「それではこちらをご覧ください」


 アウルムが紙の束を渡した。その中身をチラと見ただけでキラドはハリボテの部屋の天井を仰いで目を閉じた。

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