8-10話 禁じられた遊び場
「待たせたな、この街の地図を用意した」
アウルムはシルバ、マイルズ、そしてモーズ爺さんのいる倉庫に合流した。
「はぁ? 早過ぎんだろ、騎士の家があるエリアからは馬でもここから15分はかかるってのに」
「急いでいる、そういうのは後にしろ」
「いや、急いでるってレベルじゃねえと思うんだが……」
シルバが連絡したと言ってから5分程度でアウルムが合流したことにマイルズは驚く。
それを無視してアウルムは木箱の上に地図を置いた。
既に夕方になっており、日が傾き空はオレンジになっている。倉庫の明かり取りからの光だけでは暗く地図がハッキリと見えなかったので、光魔法で照明を作った。
「うお、魔法か……流石冒険者だな」
「モーズ、時間がないから早速聞くが、騎士が子供を安全に隠せる場所はどこだ」
「……先に言っておく、ブロンゼスを捕まえたら俺が殺す」
「ダメだ。ブロンゼスは法の元に裁かれるべき……と言いたいところだが、この街の事情を考えると、そうも行かない。
ブロンゼスには表向き、森を捜索した末にモンスターに襲われて死亡していたところを発見された、ということになってもらう」
モーズ爺さんは槍を強く握り、アウルムとシルバ、そしてマイルズを睨んだ。だが、アウルムは即答でそれを拒否する。
本来であれば、絶対に認めない。だが、この街の騎士が犯人だと明るみに出た場合、領主の管理責任問題となる。
完全にこの街の住民からの信用を失う。そうすると、この街は機能不全に陥る。
エイサに確実に弱味を突かれる。だから、アウルムのプランとしてはエイサたちは裁かれ、ブロンゼスは関係ないところで死亡。事件をエイサたちになすりつけて、全てを有耶無耶にして揉み消し、闇に葬り去る。
もちろん、それは濡れ衣であり、エイサたちは認めるはずがない。だから、証拠は捏造して印象を操作し、街の住民も騎士にもエイサ側の犯行だと思わせる。
では、本当に何もないのであれば、法廷で真偽官の元で証言は可能だな? という風に持っていく。
当然ながら、それはエイサ側からすれば絶対に避けたいことであり、抵抗が予想される。もし、抵抗すれば探られて痛い腹があるから抵抗するのだ、住民はやっぱり、犯人はあいつらだと考えてしまう。
そう思考を誘導されているとも気付かずに、そしてその程度の情報操作はアウルムにとって、造作もないことである。
「ただし、それはビーリャを無事に発見出来れば、という条件がつく。早速始めるぞ」
「それだけ聞ければ十分だ……兵士としてそれはやっちゃいけねえことだってのは俺だって分かってんだ……恩に切る。
へっ、この街のこんな詳しい地図なんてあったのか……初めて見たぜ。でだ、ブロンゼスが犯人という話で進めるなら怪しい場所は3箇所ほどある」
(ほう、この爺さん平民で地図が読めるのか……一瞬で地図と実際の土地を頭の中で結びつけたな)
アウルムはモーズ爺さんの平民の兵士では考えにくい知性の高さに驚きつつも、話を黙って聞く。
「一つは、領主様の持っている今は使われていない古い倉庫。一つは街外れの枯れ井戸、ここはハシゴがついてるから隠れようと思ったら隠れられる。最後は森の中、中って言っても森からすぐ近くなんだが、洞窟がある」
「ちょっと待った、このあたりに洞窟があるなんて俺は聞いたことねえけど?」
マイルズは言外に多少ボケてるから、その辺りはあんまりアテにしない方が良いんじゃないかと、シルバとアウルムに視線を送った。
「そりゃ、お前ら世代は知らんだろうが、俺がガキの頃は皆、子供だけの秘密の遊び場にしてたんだよ。
昔、隠れんぼして、1人だけ隠れたまんま寝てしまってな。誰も気がつかないまま皆帰って大騒ぎになったことがあって、それ以降は近付くのも禁止された。
だから、俺より下の世代は知らんで当然だ」
「その寝ていた子供、ブロンゼスだろう」
「んで、モーズさん、候補挙げてるけどホンマはそこやって確信してるんちゃうんか?」
「……何なんだお前ら? その通りだが、何故分かるんだ?」
「「それが仕事やから(だから)」」
「「……」」
妙な沈黙が少し続いた。
「だが、他の候補地についても多少は検討しておくべきだな。俺はブロンゼスの家を調べたが、性格的に家の近くである場所は避けたがるだろうな。几帳面で神経質、頭はそれなりに良く、犯行自体が計画的だ。エイサの件でそっちに目が行くというのも分かってる。
そういう奴は自分の普段の行動範囲の場所にビーリャを連れては行かないだろう」
「なら、余計に倉庫と枯れ井戸はないな。前を通るくらいだし、どれだけ叫んでも声は聞こえないような場所だが、巡回のルートからは近い」
「そうか……ならば、シルバたちはその洞窟に向かってくれ。俺は念の為、他の2箇所にいないか確認する」
「分かった。ちょっと細かいその後の打ち合わせしたいから2人は馬の準備してくれるか」
シルバはマイルズとモーズ爺さんに馬の準備を頼み、アウルムに話す。
「どうするつもりやお前」
「もしビーリャを人質にして抵抗した場合は躊躇いなく殺せ。モーズが怒ろうと安全を最優先にしろ。で、お前はその後ウルドとの大立ち回りが待ってるからな。
俺はそっちの状況が分かり次第、住民と領主を焚き付けて操る……これを持っとけ」
「これは?」
アウルムがシルバに手渡したのは糸。それも平民が着ている服にしては不相応な質の良い青いだった。
「ウルドの服の糸だ。尋問の時に採取させてもらった。罪はあいつになすりつける。とは言ってもあいつは無罪じゃないからな? 証拠はこの通り、既に山のように揃ってる。王都の騎士に突き出せば言い逃れなんか出来ないレベルでな。
しかし、そうなると抵抗するのは必至だ。この街の人間じゃあいつは抑えられないからな、お前の出番だ」
「そういうことね……最終的には殺すんか?」
「ああ、殺す。そもそもキラドの街でニアミスしてるような奴と戦って生かしておくのもリスクだし、ウルドの小児性愛があってそれをまんまと利用されてるんだよ」
今回の一件は誰もがウルドの仕業に違いないと思うほどに悪評が際立っているような男だと、具体的な証言をシルバに伝える。
「ってことは、ブロンゼスの件がなくとも、遅かれ早かれ同じようなことが起きてただろう。
しかもだ……残念なことにこの国に子供に手出したからと言って大した咎めはない。
せいぜいが苦情を言って金を払う程度だ。
俺たちが止めない限り、Aランク相当のパワーを持った男は好き放題しまくる」
「……そうか、真偽官とかからしたら、それは大した罪じゃあないって判断で自分たちの権威を脅かさん限りは動かんのか。
ブラックリストじゃないし、これは完全な私刑の範囲内やが、そんな甘い発想が通る世界ではないってことやな。止める手段が俺らが殺すしかないって……イカれてるわ」
法廷の場に引きずり出されるような事態はそこに至る時点で、少なくとも国家、貴族の関わる場所でのメンツに関わるようなレベルの話となってくる。
平民同士の諍いなどは基本的には兵士が間を取り持ち、罰することは出来るが、牢に入れられたとしても保釈金で解決が出来てしまう。
しかもAランクという普通の者からすれば圧倒的な力を持つ冒険者とトラブルを起こすことを兵士ですら恐れる。金、力は下手すれば弱小貴族よりも持っている場合もある。
貴族と平民、この間には大きな身分の壁があるが、平民の中にも目に見えない身分の差は確かに存在しており、弱者は圧倒的に弱者である。
殺人でも起こらない限りは中々兵士としても動けない。兵士も所詮は兵士という職業の平民である。
それなりの規模の街にはフォガストのような裏の自治組織があり、街で勝手をする者に制裁をくわえる用心棒的な役割があり、みかじめ料で生活をしていることが多い。
ただし、民から税のようなものを徴収するのは貴族の特権であり、治安維持の為にある程度は見逃されるが、やり過ぎると貴族が出てくる。
良い悪いは別として、大抵の街はこれでバランスが取れている。
それが田舎になると、権力者の腐敗が強く独裁的な支配が起こりがちであり、このダルグーア領では教会にコネを持つ商人が領主よりも強いという少し珍しい形の構造となっていた。
しかし、罪は罪として裁かれることがないという構造自体は何も珍しくはなかった──そのパワーバランスを崩せるほどの強者が現れるまでの話ではあるが……。
「シルバ、準備出来たぜ!」
「じゃ、行ってくるわ」
「ああ」
シルバはすぐに馬に乗り森の方へと駆け出して行った。
「……この街を守る騎士の犯罪により、この街は団結するか、皮肉だな……」
アウルムもすぐに倉庫に向かう為、『虚空の城』の入り口を開き、中に入った。
***
「見ろ、新しい馬の足跡や。荷馬車の轍はないってことは途中で乗り換えてるんか……間違いなさそうやな」
案内されながら森を進むシルバはすぐに人の移動の痕跡を確認した。
「どこ?」
「これや、これ」
「シルバ、お前よくそんなの馬に乗りながら見つけられるな?」
「慣れや、冒険者やからな。これくらい出来んと死ぬわ」
「この方角ならやっぱり洞窟だろうな、問題は生きてるか……だな」
「放置されてたとしても、モンスターに襲われでもせんかったら生きてるくらいの時間ではある。
ただ、ブロンゼスが捜査に協力して白ばっくれてんと、あっちに向かった理由が気になるな……」
何故、この森の洞窟を隠す場所に選んだのか。それは想像が出来た。
誰にも見つからなかったという幼少期のある種の成功体験。そういった経験はその後の人生にも大きく影響することがある。
当時のブロンゼスからすれば恐ろしい体験だったはずだが、逆に考えれば、そこはブロンゼスにとっては見つからない安全な場所との認識もされていることだろう。
そして、その安全圏である洞窟を探そうという世代は居ない。まさか、昔から知っているこの街の騎士がそんなことするとは思いもしない。
ブロンゼスの誤算は、モーズ爺さんの話をまともに取り合う人間など居ないはずが、シルバはちゃんと聞いたということ。
「そう言えば……ブロンゼスって昔いじめられてたんだよな……ちょっと変わった奴だったから皆で追いかけまわして、ブロンゼスは隠れるってのが多かったな。その時にあの洞窟を見つけたんだった……お、見ろ、空の樽だ」
モーズ爺さんはシルバに声をかけて槍で樽を差した。
「ここで酒樽から取り出して馬に乗せて運んだってことか……あ! 荷馬車がこっちに捨ててあるぜ、いくらなんでも雑じゃないか?」
続いてマイルズも痕跡を見つける。
(雑……見つかることを恐れてないな。捕まえる前の手口は綿密で計画されたものに対して、それが済んだ後の動きが適当なんは見つからんとタカくくってんのか、それとも……)
マイルズに同意しながらも、シルバはブロンゼスの行動には矛盾を感じる。その矛盾した部分に、どうにも嫌な気配がすると先を急いだ。
***
「あれか……間違いないな?」
「ああ、あそこだ」
「そうか……じゃあ、案内させるだけさせて悪いけど、俺が良いって言うまで来るな。俺1人で行く」
「何言ってんだシルバ……娘の仇を目の前にして大人しく指を咥えてろってのか?」
モーズ爺さんはシルバを睨みつけた。
「違う、お前らビーリャを人質にされた時に交渉出来る知恵と経験あるんかって話や。ハッキリ言って邪魔や。ナイフでも首につけられてる状態で何が出来る?
下手に刺激せず最適な会話が出来ると思うんか?」
「いや……それは……」
「だから、俺に任せてくれ。その後のことは好きにしたらええ。俺はあの正面の入り口から入るから、もし別のところから出てきたりしたら大声出して呼んでくれ」
「……分かった、行くぞマイルズ。隠れて様子を伺う場所がある」
「お、おう……シルバ……頼むぞ」
「ああ、お前も行きたい気持ちは分かってる。任せてくれたからには最大限の努力をするって誓う」
シルバはマイルズの胸をドンと叩き、行ってくると挨拶をして洞窟の入り口までジャンプして接近した。
「縄梯子……何回か利用してるっぽいな」
洞窟の入り口は少し高いとこらにあり、斜面には縄梯子が垂らされていた。
それも真新しいものではないことから、複数の犯行に利用していたのではないかと、嫌な予感は強くなる。
「壁面が濡れてて苔がある……水が湧いてんのか? 水の音……丁度良い……エコロケーションッ!」
耳を澄ますと、ポチョンポチョンと洞窟の天井から地面の水溜りに落ちる音がしていた。
シルバは風魔法と聴覚を魔力操作で強化して、洞窟内に反響する音から空間を把握しようとした。
「直線で出口は無し……声はせんが、気配はあるな……良かった……まだ生きてたか……」
生きてさえいれば、シルバは治療が出来る。ビーリャと思しき子供の息遣いが確かに感じられて胸を撫で下ろす。
「となると……ブロンゼスはマジで何をしとるんや? まさか寝てるんか……」
シルバは闇魔法を使い、気配を最大限に遮断しながら、洞窟の中に入り、状況を確認していた。
そして、その場で見た光景は──
「って嘘やろ……マジで寝てるし……何コイツ?」
ブロンゼスと思われる白髭の男と、ビーリャと思われる少女がお互いに身を預けるようにして眠っていた。
ビーリャに暴行されたような形跡はない、スヤスヤと本当にただ眠っているだけ、ブロンゼスも同じだった。
その異様な光景にシルバは度肝を抜かれ、ホッとしながらも硬直していた。悲惨な光景、冷たくなったビーリャの姿、そういうものを多少覚悟していた。
少し遅く間に合わなかった事件、この世界に来てからも数度体験しており、それは慣れるものではなかった。
だが、ビーリャは無事で犯人であるブロンゼスに怯える気配もないどころか、信頼しているような眠り方。
「……不可侵の領域……起きろ、ブロンゼス、お前は終わりや」
絶対的な安全地帯を作り、ビーリャを傷つけることは不可能になった。そして、シルバは剣をブロンゼスの首に突きつけ、声をかけた。
「うん……? ──ッ!? な、なんだお前はッ!? 誰だッ!?」
「おはよう、良く眠れたみたいやなブロンゼス……俺はシルバ、シルバ・プラティヌム。通りすがりの冒険者、依頼は確実にこなす」