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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
8章 パラダイスシティ
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8-9話 ビーリャの痕跡

 


 シルバはエイサの店からビーリャの家まで、帰る際に使うであろうルートを辿るところから調査を始めた。


 現場は維持されることがなかったので、足跡などから追跡を行うのは既に不可能な状態だったが、何か異変や痕跡がないかの確認をする。


「マイルズ、そもそも、何で子供1人で帰ったんや? 普通大人がついてるやろ」


「あ? あ〜……そりゃ、あんたが都会の人間だから不思議に思うだけだな。この街は子供でも用事さえありゃ、1人で夜でも出歩くのが普通だ」


「危ないやろ?」


「危ない? 皆顔見知りでモンスターが入ってくることもない街の中で何を警戒するってんだ」


「そりゃ、こういう事件が起こらんように警戒するんや」


「……今となっては遅いが、その通りだな……でも、まさかそんなことが起こるなんて思わなかったんだよ。なあ、モーズさん、普通だよなあ?」


「俺は娘が出かける時は必ず送り迎えに行くが、この街なら普通ってのは、そうだな」


 防犯意識の違い、都会ならまず子供が夜に出歩くなどあり得ないが、閉鎖的な村は事情が違うらしい。


 一体何に警戒するんだよと、マイルズは最初は言いたげだったが、実際こういうことがあると、何かあってからでは遅く、常に何かあるかも知らないという警戒は大事だと途中で自分で気がついた。


 それでも、自分たちの落ち度というより、こんなことをする奴なんているなんて考えたこともなかった、とある種の正当化により、精神を落ち着かせようという動きがシルバには分かった。


 それをここで責めても仕方ないが、やはり迂闊だったと言わざるを得ない。統計的にこの手の犯罪は身内の犯行が多く、単純な殺人事件も大抵は痴情のもつれ、家族間のトラブルが殆ど。


 昔はシリアルキラーのことを動機不明殺人、及び殺人犯と言ったが、殺人というのは知り合いの中で発生する、それが常識としてあった。


 故に、そういったトラブルのない人間が他人に殺されることの意味が当初は分からなかったのである。


 こんな小さな街に金も持たない子供、そして逃げる場所もない土地となると、誘拐するなんて発想は誰にも浮かばない。それがこの街の人間の考え方。


 シルバから言わせれば、逆に誰でも無警戒なので簡単に騙せるということになる。


「この辺りは夜になると暗いか?」


「まあ一応夜でも作業する奴はいるから等間隔に火が置いてあって真っ暗ってこともないが、そりゃ大通りでそこから外れたら殆ど何も見えないな」


「ビーリャが歩くとしたら大通りか?」


「家は大通り沿いだから、家のすぐ近くに来るまではそこ以外は歩く理由がないはずだ」


「なら、子供1人を抱えて移動するとして、大通り以外を歩くのって可能やと思うか?」


「ふん、無理だな。そりゃこの俺でも難しい」


 モーズ爺さんが即答する。誰よりもこの街の道に詳しいと自負する人間が無理と言うなら無理なのだろうとシルバはそれを信じる。


「理由聞かせてもらっても良いか」


「殺すなら簡単だ。路地に隠れてたら良いからな。路地の方は大通り側からは見えないが、路地からは大通りが見える。待ち伏せするには丁度良い。だが、子供はすぐに騒ぐしその声は響く。

 夜に泣けば流石に誰かが窓を開けて確認する。

 路地に逃げ込んだところで暗くて下手に動けんし、犬を飼ってる家もそれなりだ。路地をうろつく奴がいたら犬がワンワン吠えよるし、最悪噛まれるからな」


 そんな状態で子供を抱えて移動するのは現実的ではないし、すぐに見つかってしまうとモーズ爺さんは断言した。


「それで、シルバお前はそれを知って何を考える?」


「せやなあ、その話を聞く限り無理やり連れて行ってないんやろうなあ……暗い夜道を子供が1人で歩き、そんな時に知り合いと鉢合わせ。家まで送ってやろうと言われる、そんなところやろうなぁ?」


「お、おい……俺を見るなよ、俺じゃねえよ?」


「ああ、マイルズお前ではないやろうなあ。嘘つけるほど器用じゃあないし? でも、お前に極めて近い人間がやった、その可能性はあるし、それが一番普通にあり得る話や。

 という訳で、お前とその一族、親戚の家とそいつらが自由に入れる場所全て言ってもらおうか。普段人があんまり出入りせんようなところ、つまりビーリャを隠せる場所や」


「俺の家族疑うのかよ!? あり得ないぜ!?」


「お前、ズレてんなぁ? この街でそんなことが起こるはずがない、そういう慢心が招いた結果やろこれは。なら、お前の家族に限ってない、なんて話もないんや。

 言っとくけど、この手の話は身内が大抵犯人やし、身内のお前を介入させるべきでもないからな。

 俺の言ってる意味、分かるか?」


「……ッ! そりゃそうだけどよ……」


「先に言っとくと、お前は場所案内したらそこには入るな、何も触るな。お前が犯人じゃなくても身内を庇ってると疑うような真似したら取り押さえる必要が出てくる。

 時間がないしそういう手間は無くしたい」


 これも本来はマイルズに言うべき内容ではないが、シルバの『破れぬ誓約』があるからこそ、出来る裏技のようなもの。

 とにかく、時間との勝負である為この街に慣れている兵士の協力は必要不可能である。


「大通りはここまで、こっからは細い道か……」


「狙うならこの辺りだな」


 大通りを順に歩き、自宅へと続く道を曲がり足を止める。


「この辺りは誰でも通るか?」


「ここら辺に住んでる人間、それにワインとか材料を運ぶ為の荷馬車と警備の巡回くらいだな」


「マイルズ、それじゃ正確じゃねえな。ビーリャが居なくなった時間から考えても荷馬車を使って作業するのは若い奴らで、年寄り連中はもう飯食って寝る準備に入ってる。

 しかも、作業内容的に2人以上でだ。

 単独で行動しておかしくないのは親族、兵士、騎士くらいだ。シルバ、お前はどっちだと思ってやがる?」


(この爺さん……なんや? ボケ老人にしては鋭いな、街の治安を守ってきたベテランなだけあるってことか……)


「俺は1人の犯行やと考えてる。通常の人攫いなら複数で役割分担するのが効率的やが、この規模の街で顔見知りの子供を攫う計画を共有するのは考えにくいな。

 計画を口に出すだけでも危険やし、逃げ場のない環境や。

 誰にも言えへん欲求をずっと隠し続けてきた奴、それもビーリャにとっては、ある程度信用のある若くはない男、現状言えるのはここまでや」


「おいおい、そりゃまるでウチの親父とか、叔父さんのことみたいじゃねえか……」


 マイルズがパッと思いつく、プロファイルに該当するのはその辺りの人物であり、考えたくもないと言いたげだった。


 この街で似たような事件が過去にあったということから、それが別の犯人による偶然の一致とは考えにくく、同一犯によるもの、シルバはそう考える。


 であれば、犯行当時に大体20歳としても少なくとも今は50代以上の男。


 また、そういう点ではモーズ爺さんも該当していることは忘れていない。この時点ではモーズ爺さんを完全にシロとは判断していなかった。


 ボケていることから、やった記憶がないという可能性も考慮しているので、同行を許可して反応を観察している。


 ***


「……何も手掛かりはなしか、クソッ!」


「焦るのは分かってるが、うちのモノに当たるのは勘弁してくれ」


「ああ、すまん」


 空の酒樽を蹴るシルバをマイルズが咎めた。マイルズに関係する場所は全て捜索したがビーリャは未だ発見に至らなかった。


(落ち着け、考えろ……アウルムが今取り調べしてるが、エイサとかに関係してないパターンが最悪やからな。可能性は潰しとかなあかん。

 でも、足取りがまるで分からん……一体どうやって家から歩いて15分程度の距離までのところでビーリャを警戒させずに思い通りに運ぶことが出来る?)


 いくら夜とは言え、子供を無理やり抱えて運べば目撃された時の言い逃れが難しい。


 マイルズの父から聞いたモーズ爺さんの娘の話も状況は非常に似ていることから、犯人は1回目の時より学習し計画をブラッシュアップさせているはず。


 思いつきで迂闊な行動を取るような年でもないはず。


 シルバは蹴った酒樽を睨みながら、犯人が取るであろう行動を想像する。


「……! 酒樽……そうか、酒樽に入れて隠してる可能性があると思って倉庫の酒樽は全部チェックしたが、酒樽に入れてから運んだなら、この街ではありふれた光景……なら、荷馬車を使える人間や……マイルズ! モーズさん! この街で酒樽を夜に動かしても怪しまれへん、荷馬車を運転出来る人間は誰や!」


「だからお前さっき荷馬車はモーズさんが2人以上で動かすって……」


「──騎士だ。空の酒樽を移動させるなら、職人だが、中身の入った酒樽を荷馬車に積み込み、それを領主様の屋敷の倉庫に運んで保管するのは騎士の仕事だ。

 騎士の運ぶ酒樽には誰も手出し出来ねえし、近付くことすら怒られる。


 職人なら、酒樽を保管する場所から取りに行く奴、積み下ろしをする奴、それを受け取る奴、何人もの手に渡るからバレやすい。


 だが、酒樽を一度受け取ってから誰からも調べられず、安全に子供が入った酒樽を運び街の中をうろつけるのは騎士しかいねえ!」


「お、おい何言ってるのか分かってんのかモーズさん! あり得ないだろ、皆騎士様って貴族に近い身分なのに凄く良い人たちばっかりだぜ!? そりゃ可能性としてはそうだろうが……俺は信じられねえよ!?」


(騎士……制服、基本的なことやなやっぱり!)


 サイコパスの犯罪者は制服のある職を好む傾向にある。制服とはある種の社会性の保証であり、目に見える分かりやすい権威。


 信用を得やすいものとして、犯罪者はそれを利用する。


 ──騎士、それはこの街において圧倒的なステータスであり、最も自由の効く職業。

 元の世界のように職業選択の自由がないので、騎士になろうと思ってなれる訳ではないが、立場を利用する上では信用、行動力ともに都合が良い。


 シルバはすぐにアウルムに念話を使う。


(アウルムッ! 状況的にこの街の50代以上の騎士が犯人の可能性が高い、今何してるんや!)


(今は領主の屋敷でお前が言っていた台帳を確認していたところだ。そして奇遇だな、俺もついさっき、同じ結論に辿り着いた。

 異なる方向から同じプロファイルの人物が浮かび上がる、これはほぼ確定だな……。


 騎士の名前はブロンゼス。2週間前に妻が病死しているし、30年前には息子が死んだすぐ近くのタイミングでジダという娘が失踪している。

 病弱な母親、そして最近は妻の介護を若い頃からしていたようだが、これが長年のストレス要因。家族との死別、これが引き金だな)


(さっさとそいつを取り押さえるべきやが、そっちにいるんか? エイサの店の方か?)


(……いや、そこが問題だ。そのブロンゼスは本日は体調不良により、仕事を休んでいるとの報告があったそうだ。だが、今そいつの家の前にいるんだがな……誰も居ない……当然、ビーリャの姿もない。

 一人暮らしだから、隠すなら自宅と思ったがアテが外れた)


(一人暮らし? おいおい、騎士って準貴族みたいなもんやろ、使用人とかおるんちゃうんか?)


 アウルムが母親や妻の介護をしていたという話から、若干騎士のイメージと違うな思いながら話を聞いていたが、一人暮らしなど、あり得るのかと初歩的な質問をシルバは思わずしてしまう。


(お前……そりゃ、王都とか都会の騎士の話だろ。エリートの騎士、フレイとかを基準にしてるな。こういう規模の街の騎士ってのは平民よりやや金持ってるってレベルで、使用人なんか雇える収入はないぞ。

 家もこじんまりとした一軒家だ)


(そうなんか……使用人とかいること考えてたから、騎士は無理かもってちょっと思ってたけど、認識の相違で要らんタイムロス食ったな……クソッ!

 やっぱ常識のすり合わせしとかんと、こういう捜査は難しいで……それで、そこにおらんとしたら、どこにいるんや?)


(そこだ、そこが問題だ。一度合流してこの街に詳しい人間に話を聞かんことには当たりがつけられん。

 それに騎士の連中は俺がブロンゼスを疑ってることは分かってるからな……こんなスキャンダル都合が悪いから協力はしないだろう。まるで俺が悪者みたいな態度を取りやがる。尋問も時間がかかるし、誰か良い奴知らないか?)


(あ〜ジダって娘の親父、モーズ爺さんや。今俺の隣にいる。娘のことやって忘れてるんやが、昔そういう事件があったことは分かってる……多少記憶の混濁はあるが、この街に詳しいのは確かな人やな)


(そう繋がるのか……その記憶が繋がった時、混乱する可能性があることも考えると厄介だな、精神的なケアはお前に任せるぞ、俺はそこまで気を回す余裕がない。

 ブロンゼスが犯人と公になったらこの街は大変なことになるからな、事後処理まで考えるとエイサ、ウルドが邪魔だ。一旦そっちに行くから動くな。場所を教えてくれ)


(了解……)


 シルバは現在地を教えて念話を終了する。


「おい、何なんだよシルバ……さっきから黙って俺たちのこと無視して気味が悪いぜ……」


「悪いな、マイルズ、モーズさん。アウルムと連絡を取るマジックアイテムを使って話してた。

 で、俺たちは犯人が誰かほぼ分かった」


「マジかよっ!? 誰なんだ?」


「騎士のブロンゼス……モーズさん、マイルズ、その名を聞いて心当たりはあるか……?」


「ッ……! ブロンゼス……!」


 シルバがそう言った瞬間、モーズ爺さんの目が大きく開いた。それはあり得ないという意外性からの驚きではないということはすぐに分かった。


「ブロンゼス……! ジダが消えた時に死体が発見されたと最初に俺に報告してきたのはあいつだ……! やっぱりあいつが……!」


「モーズさん……あんた……記憶が……え、ってか……ブロンゼス様ッ!? 子供に優しいって評判の騎士だぜ!? え!?」


 モーズ爺さんの顔は憤怒に染まり、持っていた槍を強く握りしめながら、震えていた。

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