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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
8章 パラダイスシティ
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8-8話 未解決事件



「マイルズ、ちょっとええか……」


「何だ?」


「……ここじゃちょっとな」


 シルバはマイルズに声をかけて、騒ぎから少し離れたところに移動する。


「で、なんだよ?」


「モーズ爺さんが来たん気付いたか?」


「え、モーズ爺さんが何なんだよ? いや、来たのは知ってるけどよ」


「様子……おかしくなかったか。なんか目つきが違うと言うか恐ろしいもんでも見たかのような表情をした気がするんや。何か知ってるかもやな」


「おいおい、アテになるわけないだろうが……ボケてんだぜ?」


「マイルズ、そこで何をコソコソしている」


「も、モーズ爺さん……いや、別に……」


「そこのデカい銀髪の冒険者……俺の話をしてたな? ジジイ扱いしやがって……俺はまだ35歳だッ!」


 いつの間にか、モーズ爺さんは路地裏に来てシルバとマイルズの話を聞いていた。


 35歳、もちろんそれはあり得ない。実際は75歳と彼自身の認識と40歳もの違いがある。


「……な、悪いけど今は構ってる場合じゃねえって」


「どうやろなあ……この街の古株、話聞いて損することはないと思うけどな……モーズさん、あんた話を聞いた時にビックリした顔になってたのを俺は見てた。

 何にビックリしたんや?」


 マイルズは自分の年齢も分かってない爺さんに話を聞くのは無駄だと言う。だが、シルバは話を聞いてから判断するべきと考えた。


「何って、俺は『またか』って思ったんだよ。3年前くらいに女の子が消えちまった事件があったんだよ。なあマイルズ」


「ッ……それって……おい……」


「そうなんか? マイルズ? ……マイルズ……?」


 モーズ爺さんの発言にマイルズは露骨に顔色を悪くして言葉が詰まったのをシルバは見逃さなかった。ただ、その動揺の仕方が普通ではなかった。


「シルバ……3年前……ではないんだが今から30年くらい前にジダって女の子が消えたらしいんだ。親父から聞いたからそれはマジだ。この街の怖い話としてもそれなりに有名……まあ、街の人間が閉鎖的な田舎にウンザリしてある日急に出ていくってのはそこまで珍しくはねえよ……だが、それはモーズ爺さんの娘だ……!」


「何ッ!?」


「記憶がごちゃごちゃになってて時間は間違えてるし、それが自分の娘って自覚もないみたいだ……どうやって自分の頭の中で折り合いつけてんのは分からねえが仕事終わりは妻と娘が料理作って待ってるって言いながら帰るからな……いやしかし、確かに状況は似てやがる。俺も言われて今思い出したがな……」


「これは……ホンマに何か知ってるかも……やろ。ちょっと待て……例えばやが、この街から出て行った、あるいは急に消えた人間の記録とかってあるか?」


「……ある。税を払う時に家ごとに照合するから消えたら死んだ扱いにして名前を消す台帳がある。文官が時々それ持って歩いてるからな……それは領主様が管理してるから俺には確認しようがねえが、それが無ければ困るはずだ」


 シルバはそこまで聞き、このボケてしまったモーズ爺さんを重要参考人として話を詳しく聞くべきだと考えた。


 こんな規模の街は年月が経っても基本的には変わらない。もう何十年もワインを作る街として領地経営がされる。


 ある種の独占的な商売をメインにしている街に変化は必要がない。


 つまり、モーズ爺さんの生き字引的な知識は過去の使えないものではなく、現在進行形の生きた知識。


「モーズさん、ビーリャって子が消えたとされる最後の目撃箇所から近くの案内頼めるか? 街には詳しいよな?」


「当たり前だ、若いマイルズの脚力には勝てねえだろうが、この街は俺の庭みたいなもんで地図なんかなくとも全部頭に入ってる。追いかけっこしたら余裕で逃げ切れるくらいにはな」


 モーズ爺さんはこめかみをトンと叩き自信たっぷりに鼻を鳴らした。


「おいおい、マジで連れて行く気かよ……心配だから俺もついて行かせてもらうぜ?」


「それは構わんが探し方は俺ら冒険者のやり方でやらせてもらう」


 マイルズは頭をかきながらシルバの判断はどうかしてると言いたげだった。


「やっぱりお前旅人じゃなくて冒険者か。冒険者ってのはモンスターを殺したりするのが専門だろうが。消えた子供を探すとなると、犬みてえに鼻が効くとでも言うのか?」


「鼻は知らんが、人の探し方については多少詳しいし、耳の良さには自信あるで……行こうか」


「……街は俺たち兵士が守る。マイルズッ! 余所者に任せっきりにするんじゃねえぞ!」


「分かってるっての……ビーリャは俺の身内だぜ?」


「そうか……ビーリャはお前の……」


 モーズ爺さんは少し考え込むようにしてから「ついてこい」とシルバとマイルズを連れて現場へと向かった。


 ***


 シルバが現場に向かった頃より時間は進み、取り調べをしていたアウルムの焦りは増すばかりだった。


(マズイな……エイサは多少頭が回るとしても馬鹿な手下共は平民で教育など受けていない。

 話を矛盾なく示し合わせるほどの賢さはない……しかし、状況から見てこいつらは限りなくシロ……無実だ)


 そう、アウルムの焦りの原因は予期していた中でも悪いパターン。つまり、エイサたちが犯人ではなく、事件はこれで解決しないということ。


 全ての人間から話を聞くのに2時間かかった。2時間……事件発生から既に15時間が経過。タイムリミットはもう9時間を切る。


 現時点で急激にビーリャの生存率が下がって行くことに対して有益な情報が得られていない。痛過ぎる損失である。


 何か隠していると感じてもそれは事件とは関係のない悪事。しかも、人によって倫理観が違い過ぎてアウルムからすれば完全に悪事であっても、それを悪いこととは考えていない者もいて、想定よりも時間が奪われた。


 別件で逮捕するには十分過ぎるほどの情報は得たが、それは今は重要ではない。こいつらをどうにかするのはいつでも出来る。


 だが、話を聞けば聞くほど、犯人は街の中の人間であるという確信が強まっていき、途中からは時間の無駄だと分かっていながらもエイサ及びダルグーア男爵の目があるので最後まで終わらせた。


「ダルグーア男爵……ちょっと二人で話せますか?」


「……ああ、お前たちは外せ」


 ダルグーア男爵はすぐに部下を下がらせる。二人きりとなった部屋で緊張の糸が切れたのか、ハアと溜息を漏らして椅子に深く腰掛けた。


「それで……どうなのだアウルム」


「恐らく同席していたので分かっているとは思いますが……彼らは犯人ではありませんね。犯人は……」


「──街の住民か。途中からそんな気はしていた。しかし、どうしてくれるのだ? エイサには大きな借りを作り挙句は犯人ではない。

 これが明るみになれば、混乱だけが残る。捜索どころではなくなるし、ビーリャが見つかったとしてもだ。

 法外な対価を求められ、それは間接的に住民を殺すことになる。

 これでは何も得がなくいずれにせよ奪われるだけだ」


「……ダルグーア男爵、犯罪の検挙に得などありません。損失をより少なくするように足掻くことしか出来ないのです。何か起こってからでしか犯罪は潰せないのです」


 歳の割にしっかりしており、聡明。だが、貴族的な考え方であり、損得感情が混ざっている、犯罪に対して本質的な勘違いをしているとアウルムは指摘する。


「む……それは……そうだが……しかし……」


「ですが、奴らはこの件に関して無実だと証明したいが為にボロを出しました。言わなくても良いことも山のように喋ってしまった。尋問に抗う術を知らない素人にこちらは有利な状況で話をすることが出来た。それには気付いていましたか?」


「ッ! そうか、奴らの話からこちらが有利になる情報は確かにあったな」


 黙秘権──これは多くの国で認められた犯罪に関わった場合の被疑者に対する権利である。


 また、弁護士をつけることも出来る。


 しかし、そんなものはこの世界には存在しない。何故権利として認められているか──無ければ疑われた者が圧倒的に不利であるから、不公平であるから。


 エイサ及び部下はアウルムによって巧みに誘導され、話す必要のないことまで喋らされており、それを防御する術も知識もなく、情報を引き出された。


 ──余計なことを言ったと自覚することも出来ずに。


 彼らの発言、つまり調書であるがそれは一言一句正確に記録される。アウルムの『解析する者』により詳細に文字にして書き起こされる。


 そして、『筆者士』によってそのアウルムだけが見ることが出来る情報は紙に書き出されてしまう。


 言い逃れのしようがない証拠は既に完成しており、法廷の場に引きずり出されて、この情報を元に質問をされれば確実に裁かれる。


 この作業を見越して質問をしたせいでアウルムは想定よりも多少時間が取られていた。


 だが、問題はあくまでビーリャの早期発見であり、何の成果もなく取り調べが終了したと住民に発表した場合の反応である。


 それで納得するはずもなく、教会の御用商人が万が一殺されでもすれば、この街は教会によって粛清されるだろう。


 そこがアウルムとダルグーア男爵の懸念する部分。そして、今後の動くに大きく影響が出る重要なポイント。


「私が身を切るしかあるまい……多少強引ではあるが、証拠隠滅を防ぐ為奴らを拘束……までは無理だが監視することにする。ただし──」


「その間に我々がビーリャを発見するしかない、ですか……言っておきますが発見出来るかも、発見出来たとして生死の保証など、何も出来ませんよ。

 出来るのは探すのに全力を尽くすということだけです」


「……半日、半日が限界である。それ以上はエイサたちも住民も抑えるのは不可能だ……このままでは確実に血が流れる。行け、冒険者アウルム。領主権限であらゆる便宜を図る故何としても発見せよ」


「…………」


「どうした、何故黙っている?」


「住民の出生や死亡、それらに関する過去数十年分の記録がされた台帳はありますか」


「ッ!? それが今何の関係がある!?」


「今すぐ見せてください……そこにこの街に長年ひっそりと巣食う老獪な犯罪者がいる証拠があるはずです」


 唐突な質問にダルグーア男爵は怒りのこもった口調で批判気味に質問返しをする。

 だが、その質問には意味があった。アウルムがシルバから念話で台帳を調べろとの要求を受けてのことだった。


「何を馬鹿な……過去数十年分の資料を読んでいるうちに時間切れとなるだろう」


「私に限って言えば、それはありません」


「……アウルム、貴様ただの通りすがりのAランク冒険者ではないな? 尋問方法と言い、キラド卿の紹介状と言い……まさか……」


「はて……一体何を仰ってるのか私には見当もつきませんが……台帳の閲覧の許可を頂けますか?」


「……これを持って行け。領主の特別な許可を得ている証だ。屋敷の者に見せよ」


 ダルグーア男爵はアウルムに対して何かを確信したかのように頷き、懐から金細工のされたバッジを取り出した。


「証……と言えば、貴様も持っているのであろうな?」


「その質問の意味が分かりかねますが……念の為言っておきますと今回、この街に訪れたのは誰の命令でもありません。商売の為に足を運んだまでのこと。


 ただ……以前からエイサという商人の悪行をキラド卿が把握しているか、ということについては肯定しますがね。ビーリャ以外の件については追ってしかるべき対処がされるでしょう」


「ッ! やはり……! あのお方はこの領地を見捨ててはいなかったのか……!」


 ダルグーア男爵は目の色を変える。アウルムが髪を手で払った時に首元に僅かに光る鎖が見えた。


 その鎖のデザインは記憶にある、国家治安調査官の『証』に近いものだったからだ。


 しかしながら、アウルムは今回その身分を明らかにしてはいないし、仄めかせたまでである。


(感情、思考を顔に出し過ぎだな……そこまで頭は悪くないのだろうが、駆け引きが下手過ぎる。だからエイサ程度のクズに良いようにされるんだ……いや、地方の田舎領主ならこんなものか……これでは宮廷内の貴族ごっこにはついていけまい。

 ……まあ、だからこそこちらとしては都合が良いのだが)


「──ただし、ダルグーア男爵……今回の件、ビーリャとエイサの話は全くの別件。ビーリャの件はマイルズから報酬の約束はしています。それが無事に終われば、エイサの件に関してこの街が対価を払うのはエイサでも、キラド卿でもなく、我々です。どうか、そこをお間違えなく」


 アウルムはそう言って部屋を出て行き、男爵の屋敷に向かった。


「…………アウルム……そしてその相棒のシルバ……私は一体何者の手を借りてしまったのだ」


 ダルグーア男爵は椅子の背に体重を預けて天井を仰ぎ見た。

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