8-7話 商人エイサ
「やめろ! 止まれ! それ以上近付くな!」
「どいてくれ! もう勘弁ならねえ!」
「そうだ! ぶっ殺してやる! イカれ野郎どもがッ!」
「なんであんなクズの味方するんだよッ!? あんたらこの街の人間だろうが!」
「この街の人間だからこそッ! この街の人間が怪我するような真似はさせるわけにはいかないッ……!」
騎士、兵士が連携し街の人間が押しかけているエイサ及びウルドの商店は暴動のような有り様で、危うい状態だった。
もし仮に本当にエイサたちを殺した場合、この街の人間がタダで済むはずもなく、それが分かりきっている騎士と兵士は手を出させるわけにはいかない。
だが、住民の感情は別。今動かねばいつ動くのだと店を包囲して、大人も子供も騒いでいる。
石を壁に向かって投げ込むものもいる。
「下がれッ! 領主様がいらっしゃった! 話をつけて下さるッ! 落ち着けッ!」
騎士の一人が馬を走らせて集団の中に割り込むようにして登場し、大きな声で注目を集める。
「領主まで出てくるか……シルバ、俺が話すからお前は聞き込みを開始しろ」
「……せやけど、皆ウルドが犯人やと思ってるで? 他に犯人がいるかもって思うような質問はマズくないか?」
「聞き方を工夫するんだ。誰もが自分の周囲にそんな人間がいるとは思いたくないし、思わないようにしている。
だから、『犯人を見たか?』ではなく、『その現場を見た人を知っているか?』と間接的に聞くんだ。協力者を探すように仕向けて、現場、時系列を洗え。ここにいる者の反応、ボディランゲージも観察しろ」
「了解……時間ないってのにこんな騒いでる場合かよ……」
そして、数分後領主であるダルグーア男爵が馬車から降り群衆をかき分ける騎士たちに守られて現れた。
(若いな……22歳……鍛えてはいない細身……典型的な文官タイプだが……その分話は通じやすそうか……?)
彼を見ながらアウルムはどのようにアプローチをかけるのが最適かと考える。
本来は貴族対応はシルバに任せて、現場の捜査などをした方が良い。
調査官としての言葉遣い、貴族に仕える者としての言葉遣いに関してはシルバは完璧ではない。
ただし、平民の冒険者として身分ある人間と会話するのはシルバの得意なところであり、的確に相手が気持ち良くなる会話のテクニックを持っている。
アウルムが担当するのは、時間の節約の為である。
ダルグーア男爵がエイサたちに質問をし、その後に聞くのでは二度手間、そして今回の事件においては取り返しがつかないほどの大幅なタイムロスとなる。
絶対に話し合いに同席しなくてはならない。
「……そこのお前、見たことがないが余所者か」
ダルグーア男爵がアウルムに気がつき、声をかける。『余所者』というワードに敏感に反応した住民たちが一斉にアウルムの顔を見た。
「答えろ、直答を許す」
「昨日の夕方、この街に立ち寄ったAランク冒険者、アウルムです。こちらの兵士マイルズに消えた少女の捜索を依頼されました。
冒険者は失踪者や犯罪者の追跡、捜索を請け負うこともあり、知識があります」
「……部外者は引っ込んでいろと言いたいところだが、騎士や兵士はそういったことは専門ではないからな……耳を傾けておくべきか……」
警戒、そして疑いの目がありながらも万が一何か関連しているのであれば放置するべきではないか、そんな彼の感情の動きが読み取れた。
即座に突き放されなかっただけでも、ある程度の理性、知性の感じられる男だと分かる。
そして、ここでアウルムはダメ押しの切り札を使用した。
「タイミングを考えれば怪しい、そして警戒するのは当然でしょうが……こちらを紹介状です」
「……ッ! これは……お前たち下がれ」
アウルムが渡したのはキラドからの紹介状。今回は調査官ではなく、冒険者としてだが調査官という身分はそう簡単に明かすべきものではない。
それが難しく状況の場合でも、相応に信用出来る人間だと証明出来るようなものは用意されていた。
キラドの派閥である男爵程度の格の低い田舎の貴族からすれば、その家紋の入った紹介状は驚くべきものである。
封蝋を剥がして、ザッと中身を確認する。そして、一度目を閉じて思案した後、「ついて来い」と顎でアウルムの同行を許可した。
***
「ようこそおいでくださいました……そしてこの度はご迷惑をお掛けして本当に申し訳ない……とは言え、こちらとしても何が何やら……」
「エイサ殿、あまり余裕はない故単刀直入に聞く。街の人間は貴殿の護衛、ウルドがビーリャという少女を誘拐したと騒いでいる。
……これは事実か?」
「なんなら、この店を隅から隅まで探していただいて構いませんが?」
挨拶とそして僅かな会話から、男爵は貴族として上からの話し方をしてはいるが実際に強いのはエイサであるとすぐに分かる。
エイサは太ってハゲており商人としてはありがちな風体。キツネのようなつり目で悪賢い顔つきをしている。そして余裕がある。領主が来て慌てているような素振りは一切見せない。
男爵は貴族が商人に外聞に傷つかない態度でありながらも、その内容は気を遣ったトーンで話している。
そして、仕方なしといった感じで命令を下した。
「……探せ、床下、屋根裏も徹底的にだ」
「「ハッ!」」
「こちらにはまるで探られて痛い腹などありませんからね……むしろ、驚いていますよ。ありもしない疑いをかけられて朝から住民に殺されそうになってるんですから……これは貸しですよ? 明確な証拠がある訳でもないのに家をひっくり返されるんですからね。
で? ウルドが犯人でないと分かった場合、どう責任を取られるおつもりで?」
「…………それは……」
騎士たちが店の中を探す間、エイサは露骨に圧力をかけてきた。実際、男爵は相当にリスキーなことをしている。
疑いをかけられ、商人としての信用に関わる問題。
領主まで出張ってきて、何も無かった申し訳ない、では済まないレベルの話。
これをエイサは明確に『貸し』だと言う。男爵の顔色が悪くなるのも無理はない。
「それでぇ? さっきからそこに突っ立ってる見慣れないそいつは誰なんですか?」
「冒険者のアウルムだ。昨日街に来た。この街とは全く関係のない人間として公平な判断をしよう。
男爵殿もエイサ殿も裏で金銭のやり取りがあって揉み消したなどと陰でイチャモンをつけられるよりはマシなはず。
やっていないなら、いないで幾つか質問させてもらって構わないな?」
「ほ〜う、冒険者ねえ……それもそうだ、私もウルドも無罪であると証明出来れば報酬を払おう」
「いや、それは結構。金で握り潰すのと同じ意味になる」
「……ふん、それで何が聞きたい?」
言ったそばから買収を持ちかける。悪事に慣れ過ぎた人間特有の発想であり、この件が無罪であったとしても別件で良からぬことをしているのは、まず間違いないと確信を強める。
「エイサ殿及び、関係者全てが昨日の夜、いつどこで何をしていたのか聞かせてもらいたい。一人ずつ。どこか私と二人きりになれる場所は? その間、話など合わせていないか、ダルグーア男爵には監視して頂きたい」
「ほぅ?」
「ッ! ……それは……いや……」
エイサは面白いことを言うと言いたげに口角を上げて、腕を組んだ。
男爵は、些かやり過ぎではないか、それでは完全に犯人扱いで、何も出なかった時に決定的に不利になると判断に迷った。
「男爵、子供が行方不明になった場合、生きて発見出来る希望があるのは通常丸一日程度です。既に半日以上経っている、時間がありません。迷っているほど猶予はありません」
「貴様ッ! 誰に口を聞いているッ!?」
アウルムはさっさと決めろと、言外に急かしている訳だが部下の騎士からすれば主人に対して不敬を働く冒険者でしかなく、アウルムを怒鳴りつけた。
「お前とは話していない、従者が勝手に口を開いて騒ぐな。時間がないと言っただろうが」
「やめよ、バスケス……了解した、アウルム……やれ。この街は私の街……そして住民は領主である私が守らなくてはならない。
そしてこれは放置出来ない深刻な問題だ。必ず……何が何でもビーリャを発見しなくてはならないッ……!
……例えそれが死体となっていてもグールとなっていても……だ……」
男爵は目を閉じて逡巡した末、答えを出し、覚悟を決める。
物騒な世界。子供が簡単に食い物にされる世界。
男爵はもう既にビーリャは生きていないかも知れないと考える。経験則的に生かして監禁するということが難しく、殺すことが如何に容易であるかを知っているからこその予測。
しかし、死体を直接確認するまでは生きているという前提でアウルムは探すべきであり、タイムリミットまでの緊張感を切らすべきではないと付け加えた。
捜査、捜索のやり方にミスが許されない状況である。現場のコントロールをしなくてはならず、それは余所者では難しい。
この街のトップである男爵が正確な指揮を取ることが解決への『必要最低限』の条件。
「ではまずあなたからです、エイサ殿」
「……男爵様、もし私たちが潔白であれば……ワインの生産を2割増やすということで今回のことは水に流しましょう。何、住民たちの睡眠時間を多少削れば無理でもない量だ……ですよね?」
「……ッ! 話は全てが片付いた後、じっくりとすることを約束する」
「疑われるのは心外ですが、終わった時の楽しみにするとしましょう」
(悪くない逃げ方だ……この場面でも言質は取らせないか……しかし、本当にこいつらが犯人じゃなかった場合、男爵が切り抜けるのは不可能だな。これは時間を稼いでいるだけだ。
エイサも商人だから馬鹿ではない。確約が取れていないのに気がつかない訳がない。後でどうとでも圧力をかけられる……絶対的な自信があるからで、何ならこの場で2割の約束がされていない以上更に吹っ掛けることも出来るようになったというわけか……)
アウルム、ダルグーア男爵、エイサは別室に移動して事情聴取を開始する。
***
(ここにいるのは……60人くらいか街の規模からしても意外と少ない……やっぱりエイサとウルドにビビってんのか? まあ全員が暴徒化したら流石に収拾つかんからな……)
シルバは今もなお大きな声を上げてエイサの館兼店である建物を囲みながら、兵士と騎士と睨み合いを続けている様子を観察していた。
(ステータス鑑定してもこの時代、この世界、大概の人間が男なら戦争に駆り出されて一人は殺してるからあんまり意味無いんよなあ)
アウルムとシルバは鑑定により大まかな犯罪歴を知ることが出来る。
鑑定によって表示されるのは『殺人』、『詐欺』、『窃盗』、『冒涜』、『暴力』、『破壊』、『虚偽』の8つであり、この世界において基本的な罪として分類される。
アウルムが奈落で囚人たちが捕まった理由までは分からなかったこともこれに起因する。
通常の鑑定石等では、賞罰の有無が表示されそれによって街に入れるかどうかという判定が出来る。
しかし、この戦争などによって人を殺した場合でも殺人は殺人としてカウントされる。その為、この世界における罪人とは、ステータス上の犯罪歴ではなく、裁判等にかけられて、実際に断罪された者のことを言う。
システム的に記録される犯罪歴だけでは誰が何をしてその罪をカウントされているのかは不明である。
数値上だけならばアウルム、シルバともに既に100人以上の人間を殺している大罪人ということになる。
しかし、実際に裁判にかけられ罰を与えられた訳ではないので罪人ではないという扱い。
これに関してはステータスの偽装でどうにでもなる為、さほどの問題ではない。
そしてこれはこの街の人間の中に犯人がいると仮定して捜査する場合ほぼ役に立たない。
もう少し平和な時代であればある程度絞り込めたかも知れないが、魔王との戦争、そして魔王が登場する前の時代においても戦争は起こっており、平民は駆り出される。
男で、それなりの年齢で殺人が記録されている平民は珍しくもなんともない存在であり、それだけで疑う理由にはならないのだ。
で、あれば、やるべきはステータスなどでは分からない部分。普通に観察して分かることから探るほかなく、カンニングは許されない。
(取り敢えずここにいる人間は全て記録やな。アウルムみたいに一瞬でメモは出来んし、取り敢えずあんまり使ってない録画機能で後からあいつに確認させるか……)
念話、およびその追加機能として視界の情報を記録して共有することが出来るシルバはこの場にいる人間の顔を一度は視界に入るように動く。
ただし、これは長時間使うことに向いてないのであくまで顔を記録する為に使い、観察自体は録画無しで行う。
ステータスの項目に『知力』がある。これは単に頭が良くなる、回転が上がる、処理能力が上がるというだけではない要素である。
精神系の攻撃を受けた際の影響度合い、また攻撃をする際に相手に効きやすくすることに作用する。
また、感覚器官の鋭さを増強することも含まれる。
難易度の高い魔法や技には知力が要求される為、強者で知力が低いということはまずあり得ない。
アウルムのユニーク・スキルは知力に大きく依存したものであり、持続時間、効果範囲、疲労感などを軽減することが出来る。
この為、アウルムのステータスのバランスは魔力、知力に大きく偏ったものであり、対してシルバは知力は必要最低限レベルまでしか上げておらず、戦闘に必要な体力や攻撃力等にリソースを割り振っている。
故に、シルバは長時間の録画という脳に負担のかかる処理がアウルムほどは行えなず、出来ても精々が3分程度であり万能な能力ではない。
『非常識な速さ』による体感速度の変化に対応するのもこの『知力』が要求される。
しかし実際の戦闘では要所要所、瞬間的に使用するのでそこまでの知力は求められない。
(あ〜くそッ! これ『非常識な速さ』より頭痛くなるの速いねんな……俺の魂に合わせた能力じゃなくて無理やり追加しとるからやろうが知力上げとくべきか……ん?)
この場にいる人間の顔を歩きながら記録していき、頭痛を堪えて内心舌打ちをしていると、槍を杖代わりにヨボヨボと歩くモーズ爺さんが目に入った。
この騒ぎに聞いて駆けつけたのかと思ったが、近くにいた住民と話をしていると目つきが変わった瞬間があったことにシルバは気がついた。
(今この中で一番不自然な反応を見せたのは……あの爺さんか……)
シルバは確かにモーズ爺さんの焦点が合い、表情の変化があったことを見逃さなかった。