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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
1章 バックインブラック
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1-17話 ミストロール

 村長宅に戻り、モンスターの襲撃があったが無事に退治したと報告すると子供達だけでなく、大人まで喜んだ。


 こんな小さな農村では冒険者が自分たちの生活を守ってくれるというのは心強く、貴重な肉や素材を得られたことはシルバが思っているよりも大きなことだ。


「それで、何かトロールについては分かりましたか?」


 浮かれた者たちの多い中、村長は危機が去っていないことを理解している。


「まだ、なんとも……明日も引き続き調査しますんで、子供達は家の中で保護しといてください」


 取り敢えず、シルバの倒した8頭のマーダーウルフを残し、ヴィンスの倒した2頭は解体され、夕食に振舞われた。


 子供達にせっつかれて、冒険者の話をして疲れたシルバは村長宅の小さな客間で眠りにつく。結界を張っているので安全だ。


 朝、小鳥の鳴き声と共に起床する。安全とはいえ危険は完全に排除されていない。浅く、いつでも有事に対処出来るように剣を外さずに眠っていた。


 身支度をして部屋を出ようとした時、アウルムから念話が来る。


(俺だ。昼前には村に戻ってくる)


(どうしたんや連絡遅かったな)


(こっちでも色々あってバタバタしててな、そっちは異常はなかったか?)


(マーダーウルフの群れと戦ったけど、怪我人は無しやし皆無事や。昨日1日調査したけど大した収穫はないな。強いて言うなら村の野菜もらったくらいか?)


(そうか……逃げ延びた子供と話が出来た。トロールは間違いなく人間だ、赤い石のついた指輪をしていたそうだ……念の為聞くが、そんなものをつけてる奴が居なかったか?)


(いや見てないな。といっても指は意識して見てなかったから確実ではないけど。でも農民がそんなもんつけてたら変やし気付いたはずやが)


(なるほど、ひとまず安心か。でも油断はするなよ? そういう奴が村に来たらまずステータスを見ろ、見えなかったら勇者だ)


(了解。今のところはステータスが見えん村の人間はおらんから大丈夫や)


 シルバはアウルムの忠告を受けるまでもなく、油断はない。安心させる為そう言って念話を終える。


 ***


「おはようございます!」


「シルバ殿、お早いお目覚めですな」


「冒険者の朝は早いんでね……そういえばアウルムから連絡が来て昼前には戻るそうです」


「そうですか、しかしどうやって連絡を?」


 村長とヴィンスはリビングでお茶を飲みながら会話をしていた。村長はシルバに疑問を投げかける。


「そういうマジックアイテムがあるんです」


「ほ〜、都会の冒険者は便利なものを持っているもんですな」


「ちと、高くつきましたけどね」


「村長、そんなもの無くてもこの村じゃ走って話せば済むじゃないか」


「それもそうか」


 ヴィンスの冷静なツッコミに3人で笑う。


「お父さん〜お婆ちゃんのところ行きたい〜」


「マルテ、まずは皆に挨拶しなさい……すみませんシルバ殿、娘のマルテです」


「昨日見てたので知ってますよ、おはようマルテちゃん」


「ん……おはよう……」


 フレイによく見た顔つきの黒髪のマルテは父親に隠れながら恥ずかしそうに挨拶をする。


「人見知りなもんで……」


「構いませんよ、失礼ですが姉妹二人ともヴィンスさんにはあまり似てませんね、母親似ですか?」


「ええ、そのお婆ちゃんというのは例の婆さんでね、母方の祖母に髪の色が似てるもんで懐かしいんでしょう。その婆さんはまだ弱ってるから迷惑がかかるし、こんな時に相手させる訳にもいかないんですが、顔を見に行きたがるんですよ」


「そう言えばそのお婆さんの顔は昨日見ませんでしたね。一応、その人にも出来れば話を聞いておきたいんですが会うのは難しいですか?」


「どうでしょう? 殆ど口を聞かん人ですから役に立つかどうか……」


「森に捨てられて老人ならトロールの言い伝えなんかも知ってるかも知れませんし、念の為聞いておきたいのですが。マルテちゃんもその時に連れて行きましょう。

 我々についていけば安全やし、多少の息抜きにはなるでしょう。ずっと籠ってたら息が詰まると思います」


「分かりました、お気遣いありがとうございます……」


 老人の訪問はマルテを気遣った、ただの方便であると察したヴィンスはそれ以上言うことなく感謝したのみだった。


 ***


「マルテちゃんはお婆さんと話したことあるん?」


「マルテには話してくれるよ。大人とは全然話さないからマルテが代わりにお話してる」


 シルバはお婆さんの世話をしている人がいる家に向かいながらマルテと話す。


「へー、よっぽど話すの嫌なんかなー」


「分かんない……」


「ニナ、ヴィンスだ。冒険者のシルバ殿が婆さんにトロールの話聞きたいって来たんだが今大丈夫か?」


 ヴィンスが家のドアを叩いて家に入る。


 勝手に入るのかよ、と思ったが、日本でも田舎はこんな感じだったなと父方の実家に行った時のことを思い出す。


「おや、ヴィンス。婆さんなら奥で寝てるよ今起こすからちょっと待っててくれ」


「分かった……マルテ、シルバ殿の邪魔をしたらいかんぞ、大人しく見てるんだ」


「はーい」


 にしても、ニナはあんなに老けてたか? トロールのせいで疲れてるのかもな。早く解決したいものだと、ヴィンスは若干失礼なことを言いながら待つ。


 ニナと呼ばれる30代後半の女性は家の奥に向かって行き、お婆さんを連れてくる。


 お婆さんは確かに白髪まじりだが黒髪でフレイやマルテに似ているような気もした。この世界では黒髪はいるにはいるが、少ない方だ。黒い茶髪の方が多いし、それ以上に前の世界ではあり得ない色の人間も大勢いる。


 アウルムは魔力が影響しているのかな、なんて考察をしていたのを思い出す。


「こんにちは、俺は冒険者のシルバ言います。もしトロールのことで何か知ってたら教えてもらえへんかなと思ってきました」


 お婆さんはトロールと、聞くと表情をこわばらせた。これは何か知っているのだろうか。そんな予感をさせる反応だ。


「お婆さん、喋るのキツかったら首振るだけでも出来ひんかなぁ?」


「冒険者さん、私でもこの人は会話しないんだよ。記憶がないみたいで自分の名前も言えやしないんだから」


 ニナは残念そうにやれやれと両手をあげる。


 そんな時アウルムから再び念話が来る。


(なんや? 急ぎじゃないなら今、人前やし後にしてくれるか?)


(それはすまなかった、では手短に。もうすぐ到着する報告と、言い忘れていた事を伝える。トロールは黒髪の女で顔、もしくはなんらかの外見にコンプレックスを持ってる可能性が高い。だから人里離れてこそこそ隠れて生活している)


(何ィ?……そうか、そう言う……悪いが大急ぎで村に迎え! 俺の勘が当たってるならトロールは目の前にいる)


(はぁっ!? 分かった……大急ぎで向かう)


「お婆さん、じゃあその服で隠してる手見せてくれへんか?」


「シルバ殿、手……ですか?」


 何故そんな質問を? とヴィンスは奇妙そうな顔をする。


「手ってのは、その人の生活を表す。冒険者なら冒険者の手、貴族なら貴族の手、職人なら職人の手。お婆さんがどういう育ちしてたか、だけでも分かるかもって思ったんや」


「手ねえ……そんなこと気にした事も無かったねえ。ただ、このお婆さん、赤い石の指輪だけは絶対に外そうとしないからよっぽど大事なものなんだろうって事は分かってるけど……」


 ニナは頬に手を当ててそう言う。その手は日焼けした農民の手だ。


「指輪……ねえ、ちょっと見せてくれへんか?」


「…………こ、これは大事な指輪……母の形見……」


 お婆さんは指輪を守るようにギュッと胸の前で隠したが、その残光は目に焼き付けられた。


「「「喋った!?」」」


 シルバ以外の人間は初めて声を出すお婆さんに驚愕する。

 シルバはその手を掴んでスベスベと撫で回す。


「へ〜お母さんの形見ねえ……変やなあ、お婆さんの手、悪いけどお婆さんにしては綺麗すぎるなあ……せいぜい30代前半……いや、20代の手のようにシワもシミもないなあ……それに──俺にはその指輪『マジックアイテムにしか見えへん』けどなぁ!?」


 シルバの鑑定に映る指輪。マジックアイテム『ダミーリング』と明記されている。


 顔立ちの人種を変える効果があるマジックアイテム。顔は変えられても髪の色は変えられない。手ほど年齢が現れる部位は少ない。


 そして、お婆さんのステータスは『???』と表示されている。




「お前、『ミストロール』やな」






「ッ!?」


「シルバ殿!?」


 お婆さんの表情が鬼のように変わり一気に殺気を放つ。


 そしてその身体から漏れ出た殺気は霧へと変化し家の中を包む。


 ドギャッ!


 咄嗟に、シルバはお婆さんを殴り飛ばす。家の壁が破壊されてお婆さん──いや、ブラックリストの勇者は逃走を試みる。


「結界の中に入れぇえええっ!」


『不可侵の領域』を展開して3人を守る。


 視界が悪い。ミストロールは水魔法と風魔法を使い霧を発生させているのか、勇者のユニークスキルなのかは分からないが、不利な状況に引き摺り込まれる。


「ヴィンス! 二人を結界の中から出すなよ!?」


「あ、ああ……」


「そんなお婆さんがトロールだって言うのかい!? そんなのあり得ないんじゃ……」


「どういうこと!? どうなってるのお父さん!?」


「ジッとしてなさい!」


 …………何も見えない。2メートル先も見えないほど濃い霧に包まれている。


「チッ……ウインドカッターッ!」


 風魔法で風の刃を使い霧を払う──が、ほんの僅かな時間視界が拓けても再び霧が立ち込める。


「ダメか……」


 敵の能力が霧を使う以外に分からない以上迂闊に動く事が出来ない。


 例えば霧に変化するようなものなら、不意を突かれる可能性がある。


(アウルムまだか!? 現在戦闘中! トロールが霧に紛れて3人守りながらや、応援がいる!)


(この霧は『ミストロール』のものか……今村長の家の前で守りを固めている。合流は難しいと思うが現在位置は?)


(そっちは俺の結界張ってあるから安全や!村人全部押し込んでこっちこい! 素早いぞ!)


(この霧なら俺の能力も使いにくい……不利な戦いになるな)


(グッ……んにゃろう! 攻撃してきよった! 結界ガンガン殴りつけてきてるから引きつけられてるけど、無理やと諦めたら逃げよるで!)


(こういうタイプは一度逃げられたら発見するのが困難だ、絶対に逃すのは許されない)


(分かってるなら早よ来い! ファイアボール!)


 シルバはファイアボールを天に向かい打ち上げて爆音を響かせる。


(見えたか!? ここや!)


(すぐ行く……!)


 念話終了。


 さあて……トロールを挑発してでも引きつけとかなあかんのか……それにしても霧を使う女のトロールで『ミス』と『ミスト』のダブルミーニングとは気が利いた通り名やな。偶然か?


シルバの心臓はドクドクと脈動を早めた。

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