8-3話 土産とペット
プラティヌム商会の2階、従業員のみが立ち入れる会議室にて6人のエルフは机の上に乗った数々の品を見ながら互いを見合わせた。
「どうしよう……これ……ねえ、ラナエル」
「どうってどう思う? ヨフィエル……」
「これって、『そういうこと』……ではないのよね? サラエル?」
「超のつく、高級品ではあるのは間違いないわね。でも問題は……」
「その意図よね……あのお方に限ってそれはないと思うけど……」
「ラナエルあなたが代表者なのだから聞いてくれないかしら?」
彼女たちが頭を抱えて話し合う原因はバスベガから戻ったアウルムとシルバからの土産。
代表して、アウルムがその土産の数々をここに置いていき、現在は休暇中とのことで連絡は取れない。
故に困っている。
服や装飾品、マジックアイテムなど食品以外のもの、大き過ぎて移動させにくいもの以外は全てこの部屋の机の上に置かれていた。
本人たちとしてはサプライズのつもりであるが、それが逆に説明するべきことをしていない為、問題となっていることをアウルムは知らない。
そして、問題となっているのは下着である。
「私たちの格に見合うものを身につけろ、とは常日頃アウルム様は仰るけれど……下着って、期待して良いのかしら?」
「ラナエル、その手の期待を何度してアウルム様に裏切られてると思ってるの? 今回も絶対そうよ!」
一般に、男性から女性に下着をプレゼントするということは、つまり『そういうこと』──間接的な夜のお誘いであるのだが、それを分かっていてプレゼントしているか、どうかという話である。
一族がほぼ途絶えている現状、後継ぎ、子孫を残すというのは彼女たちにとって非常に重要であり、その父親である相手はアウルムかシルバ以外に考えられない。
だが、当の本人たちは遠慮している為、なかなか自分たちから言い出すことも出来ないセンシティブな話題である。
強く、賢く、誰よりも頼れる相手を伴侶に選ぶというのは当然であり、彼女たちの周辺でそれに該当する男性というのはアウルムとシルバしかいない。
アウルムとシルバはその辺りは、生活に余裕が出来て業務に支障をきたさないのであれば、好きな相手を見繕えば良いと考えている。
だが、2人は現在の状況的に自分たちの最大の弱点となり得る子供を作るつもりはないし、別にエルフたちが幸せであればそれで良いという感覚の隔たりがある。
アウルムは一線を引いているし、性的なことに興味があまりないというのは何となく分かる。
と言うか、それに関して触れるのはちょっと怖いというのが正直なところである。
対してシルバは性的なことに寛容であり、女性が好きでエルフたちは美しいと褒めてくれる。
猛烈なアタックをすればイケる気はしている。多分イケる。
でも、そうなってはいけない。立場を利用しているような気がするし、今は責任を持てるような状況にないので、筋を通せないので、とお互いのことを思って必死で自制心を保っているような状況。
その気持ちを突くような真似は不義理である。
それに、もし仮にアタックした場合のアウルムの反応がやはり怖い。
そんなタイミングで久しぶりに顔を見せた主人たちが下着を送ってきたのだから、当然のことながらエルフたちはザワついた。
いよいよか、と。
業務が終わると、アウルムとシルバのどっち派? なんて年相応の娘としてはおかしくないような恋バナに花を咲かせることもある。
そんなことを楽しめるような精神状態になっただけでもアウルムとシルバとしては安心だと思うだろうが、彼女たちにとっては真面目な話でもある。
「……ん? ちょっと待って、これ何か……手紙? メモ?」
マキエルがジッと下着を見ていると、その間に何か紙が差し込まれていることに気がついた。
「何て書いてあるの? マキエル?」
「……はあ、やっぱりあの方らしいと言えばらしいけど……まあ、これは私たちにとっては肩を落とす内容ね。これ、シルバ様が書いた土産についての説明よ」
普段のシルバの性格や見た目からは想像しにくいが、意外にも達筆で綺麗な筆跡のシルバによって書かれた土産のメモであると、分かった。
「早く読んでよマキエル」
「落ち着いてソフィエル。それにリリエル……別に値段なんか書いてないから帳簿は用意しなくていいから」
「なーんだ……」
「えーと、読むからね……」
マキエルは代表して、シルバの書いた手紙に目を落としてそれを読み上げて始めた。
『え〜皆、これを読んでる直前には多分騒ぎになったと思う。俺は絶対そうなると思ったんやが、アウルムにそういう話するの今はヤバいと思ったから、こっそりメモを仕込んだ。
だから、最初に謝っとく、ごめんッ!
求愛的な意味やと思ったよな? いや、俺もそれ誤解させるから良くないやろ! って思ったけど、バスベガの最高級の下着はそう簡単に手に入らんから持ってた方が良いってのはその通りやし、反論しにくかった!
好きなもん取ってくれ、って訳じゃなくてそれぞれのサイズや目の色、好みに合わせて似合うのを俺とアウルムで見繕ったつもりではある。
あっ! サイズに関してやが俺は知らんからな!? あいつは知っとるけど俺には教えへんって言うから俺も紳士として知らん。色、デザインだけ選ばせてもらった。
変な疑いはせんようにッ!
まあ、普段使いには向かへんと思うから、取っておいてくれ。皆大事な人が出来たら、その時が来たら使ったら良いんじゃないかな?
若干キモいかもって思うけど、せっかく買ったし日頃の感謝の気持ちやと思って受け取ってくれると嬉しいな。
振り分けは2枚目を見るべしッ!
シルバ』
「「「…………」」」
全員が深いため息と共に崩れ落ちて力が抜けた。
何ともシルバらしいと言えばシルバらしい内容、口ぶりではあるし、アウルムの考えも「まあそうだろうな」という範囲なのだが、お前ら全然分かってないじゃないか! という肩透かし感による怒りも、ややあった。
真面目に議論していたのが、馬鹿らしくなるような内容である。
「私たちにとって『大事な人』があなたたちなの全然分かってないじゃないですか!?」
「もう……いっそ泣き落とししない?」
リリエルが冗談半分、でありながらも半分は本気という口ぶりで提案する。
「いや……それシルバ様には通用してもアウルム様にやっちゃ絶対ダメな方法よ……あの人は理屈でねじ伏せないと絶対に納得しない人……」
「理屈って……ラナエル、私たちの一族が滅びかけてるから子種ください、他に信用出来る相手がいないのでそれしか方法がないって言うの? それは流石に私恥ずかしいんだけど」
「私だって恥ずかしいに決まってるでしょ! まさかそんな直接的な言い回し出来るはずがないでしょうに」
時々、冗談混じりな雰囲気にはなるが、内容に関してはどの道将来的には話し合う必要がある。
まず寿命的に、エルフであるラナエルたちの方が長生きをする確率は高い。
寿命を考慮せずとも戦いの場に身を置くことからも突然2人が死んでしまう可能性だってある。
そして、闇の神の使徒である2人に忠誠を誓っているというのが大きい。
これは絶対に漏洩してはいけない情報である。
であれば、必然的に深い関係を築く相手は少なくなる。
その辺りまで覚悟して忠誠を誓っているのだが、アウルムとシルバとしては、それはそれ、これはこれという認識に齟齬が発生していることを知らない。
最悪、シルバの『破れぬ誓約』が働くので漏洩に関してはまず大丈夫だろうという考えもある。
そもそも、であるがヒューマンとして扱われる2人と亜人であるエルフが結ばれて子を持つということがこのシャイナでは体面が悪い。
少なからず差別に合うし、アウルムとシルバの評判にも傷がつく。そういった問題もあり、エルフたち側からそういう話をするのが難しいという問題もある。
この亜人が比較的多い迷宮都市ですら、確かに差別はあるのだから実際2人が良いと言ったところでそう簡単な話ではないのだが、それを考えるだけならば自由であると定期的にこの手の話題が上がる。
恋愛結婚自体があまり主流ではないこの世界では、血の繋がりを持つということは大きな意味を持つし、意味があるからこそ結婚で縁を結ぶという事情もある。
彼女たちは2人に対して恋愛感情を持っているかと言えば、これは否である。ただし、この世界で最も信頼出来る異性であることには間違いはない。
消去法的にも、現実的にも、アウルムかシルバとの子を持つしかないというエルフたちの苦悩を2人はあまり理解していない。
抜け駆けはなし、50年以内にはなんとかアタックしよう、とエルフ的なズレたスケール観で作戦を練り始めたのだった。
***
「ペットだと?」
休暇中、時間を持て余すシルバが不意に口にした言葉に読書中のアウルムが反応した。
「欲しくない? こう……俺たちの過酷な日々を癒してくれる至高のモフモフがさあ?」
「……小熊──」
「ちょっと待てお前ッ!? 今、小熊族じゃあかんのかって言いかけたなあッ!? あかんやろ!? あいつらペット枠はあかんやろ! 友達やぞ!?」
「ダメか……」
アウルムが何を言おうとするのかシルバは事前に察知した。時々平気でゾッとするような無神経な発言をするのがアウルムだ。
小熊族をペットとして見ているとあれば、これは『話し合い』が必要だぞ、とシルバは睨んでみせる。
「いや、むしろモフモフは彼らで足りているし、普通のペットとは違って意思疎通が出来るからペットなんかよりもよっぽど良くないかと思ってな。
正直、動物の世話なんかしたくない。同じ言葉を喋っているはずの人間ですら意思疎通が難しくイラつくのに、言葉すら話せないとなると、俺はキレるかも知れん」
「別モンやろうが、それは。あ〜ペットって言い方が良くなかったな、『従魔』ならどうや? 癒しでもあるし、役にも立つよな」
「今更テイム系のスキルを上げるってのか? どう考えてもリソースの無駄遣いだろ。まあ、偵察要員としてネズミとか虫を使役出来れば便利ではあるが……」
実際、スキルをある程度自由に割り振りが出来るアウルムとシルバが従魔を使うことは可能である。
しかし優先度が低く、それであれば戦闘や魔法、耐性などの実践的なスキルを鍛えるべきだとアウルムは考えている。
「はあ……だからお前はモテへんのよなあ。俺はそこまで真面目な話じゃなくて、もし飼うとしたら何が良い? くらいの軽いノリで話したつもりなんやが、そこまで現実的な話されると白けるって言うか」
「そんな軽い気持ちで生き物を飼って良いわけがない……だが、飼うならという話で暇を潰すのは構わない」
命を預かる責任の重さを理解して、出来るだけその重さを軽くしたいアウルムにとって、エルフ達、その護衛たち、小熊族、最近ではチャックと既に十分過ぎるほどに背負っていると感じている。
情報漏洩の観点だけでなく、人が気安く人の命を預かるべきではないという考えが一致しているからこそ、シルバもこれまで人間の奴隷を買うという選択はしていなかった。
仲間たちに対しては従属の契約ではなく、対等な相互利益と、それに付随する秘密保持の約束、関係を結ぶにあたり発生する可能性のあるリスクの対処、保護という極めてイーブンなものである。
アウルムとシルバではない側がその関係を終わらせたいと思えば出来る関係であり、奴隷とはまるで違う。
ただし、その関係が終わった後でも秘密保持は絶対という決まりはあるが、『飼う』とは本質的に異なるものだ。
「せやなあ……ありがちな質問として、お前犬派? 猫派?」
「うーん……鳥か馬だな」
「ゴラァッ! 会話のキャッチボールせえや! 誰がフリーバッティングしろ言うたんや!?」
「まず基本的に、小さい動物……僕はかわいいですよ、みたいな顔してる生き物ってなんか腹立つんだよな。小型犬とか、やたらと吠えてムカつくしある程度賢い生き物が良い……よって、飼い主の言うことを聞くデカくて賢い犬だな。ああ、犬派だ俺は」
「そんな……そんな決め方ってあるかよ! ってお前に言うてもしゃーないな。お前はそう言うやつやった。
因みに俺は猫派、断然猫派。あのワガママな感じが可愛いんや。
どんだけワガママでも可愛ければ許せるし、なんでも言うこと聞いてしまうな〜あ〜猫飼いたい」
「そういえば昔飼ってたんだったか……」
「せやで、それもあって贔屓目に見てるけどな」
シルバは転生前に飼っていた猫のことを思い出して、余計に猫が飼いたくなる。実際世話をするとなると、家を空けることも多いので、不可能だということは理解している。
こうやって猫の話が出来ただけでも多少は満足が出来る。
時々、野良猫を撫でていることもある。
「ペット……で、思い出すのは良くないとは分かっているが、この世界にはビースト……獣人種がいるだろ? あいつらはマジで不思議だなと時々思うことがある。
ビーストと言っても、その獣の特徴の残る度合いにはグラデーションがあり、個体差があるからな。
その血の濃さで違う生き物ベースなのに仲間意識を持ったりと、元の世界とはまるで違う感覚だ」
ビーストと、ひとまとめにしているが、彼らの中では3種類ほどに更に細かく分類されている。
顔が殆ど元の動物の者、やや、その特徴が残ってはいるが人間的な者、耳や尻尾程度しか特徴が残っていない者と非常に多様性のある種族である。
「……一度、ライナーとヌートにその手の質問をしたことがあるが、デリケートな話らしく若干嫌がられたな」
「何を聞いたんや?」
「いや……そのオスの猫なら性器にトゲがついてて、オスの犬ならコブがあるだろ?
その特徴も引き継いでるのかって聞いただけだ」
「お前……それ、パワハラとセクハラのコンボやで?」
俺でも流石にそんな質問は出来んわ、とシルバは相棒の遠慮のなさ、デリカシーのなさに引いた。
「分かってる。だが、それこそ俺たち日本人が知らないだけで、この世界での常識だった場合失敗するかもだろ? それこそ下ネタってのはどの世界でも相手と距離を詰めるのに有効な方法だからな。潜入先で使えることもある。必要な質問だったと思っている」
「それは……そうかもやが……で、実際どうなん?」
「実際? いや、流石に見せるのは恥ずかしいから勘弁してくれって言われたから口頭で説明を──」
「待てやッ!? 嘘やろッ……!? お前、あいつらにチンコ見せてくれって言うたんかッ!? 頭おかしいんとちゃうかお前ッ!? 超えてるやろッ! 一線をッ!」
「百聞は一見に如かず、だからな」
「今まで聞いてきた中で一番最悪の使い方しとんなそれ……」
ヤバすぎる、普通はそこは踏み留まるだろうというラインを平気な顔で実は超えていたと話すアウルムがヤバすぎるとシルバは動揺を隠せなくなってきた。
結局、それは個人差があるらしく、ライナーもヌートも人間のもの、一般的にはヒューマンと呼ばれるものと同じはずだ。しかしながら他人のモノをそこまでしっかり見ることもないので、ぶっちゃけ分からないというのがオチだった。
「そりゃそうやな……エロ本とかもないし、大人になってからそんなにハッキリ見ることあるのはむしろ女の方が多いから、女に聞いた方が詳しい説はあるな」
「ああ、だから俺はこれが一般的なヒューマンのモノよりも、やや大きめのシルバの男性器だ、と絵に描いて説明してだな……」
「マジで何をしてるんやお前はああああああッ!?」
今度こそ、耳が痛くなるほどの大音量でシルバは怒鳴った。アウルムはわざとらしく、耳を両手で覆い、うるさいんだよ、と呟く。
「どうなってんねん!? エルフたちの体型は厳守するくせに俺のチンコのプライバシーだけ適用されてへんのは筋が通ってへんやろうがァッ!?」
「……いや、フフ……お前のチンポには……フフ……筋が通っているだろ?」
「どつき回すぞお前ェッ〜〜〜!?」
1人でツボに入りケタケタと笑うアウルムとは対照的にシルバは真っ赤になって怒り出した。
ある休暇中の夕食後のことであった。