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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
8章 パラダイスシティ
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8-2話 エナジードリンク


 アウルムはエナジードリンクを開発する必要があることをシルバに説明し始めた。


 スライスされ、たっぷりとガーリックをぬりこみパリッとした食感のトーストを齧りながら話を聞く。


「前の世界で最も有名なエナジードリンクと言えばなんだ?」


「そりゃあ……『レッドブル』ちゃうか?」


「ああ、そうだ。世界的には俺たちが生きていたタイミングではレッドブル、次いでモンスターだった。

 しかし、そもそも何故レッドブルが台頭したかってのは創業者の1人が日本及びその近辺のアジア諸国でリポビタンDを始めとしたドリンクが人気だったことに注目し、欧米でも売れるんじゃねーかと考えたのが始まりだ。


 で、低所得者を最初にターゲットにしていたわけだが……広告が上手かった。マーケティングの賜物だな」


「エクストリームスポーツの宣伝でのしあがったってのは有名やな」


 シルバはレッドブルについてイメージを思い出しながら、確かに、運動とか、イケてるイメージを持たれたものと結びつけて、そこで飲むものとしての宣伝は上手いと思った。


 なんとなく、何かする前に気合いをいれるならコレ、といったイメージがある。そういうイメージがあること自体凄いなとも感心する。


「ポーションや魔法で怪我や病気の回復が可能だ。それは間違いないし、そういう面で効能なんかについて張り合っても意味がない。

 だが、『疲労』についてはどうだ?」


 そこでシルバは「あっ!」と声を上げた。


「確かに! 疲労を回復させることをメインとしたポーションってないやん!」


「この際、疲労が実際に回復するかどうか、それを劇的に感じられる効果を持つ飲料を開発出来るか、というのは実は重要ではないんだ」


「疲れた時、頑張る時に飲むのはコレッ! って飲料……薬は別にないってわけか!」


「いや、正確にはある。ただしそれは薬品で高価で一般人は買えない値段設定だ。しかも効果優先で薬品だしクソマズイからな」


「つまり……ジュースとして……嗜好品としても飲める疲労回復目的の商品は……出回ってないッ!?」


 シルバは一度、迷宮都市、それにバスベガで売られていた飲み物や薬品を思い出しながら考えたがそれに該当するようなものは売っていないことに気がついた。


 つまりは圧倒的なブルーオーシャンの存在を発見したということになる。商会を経営するものとして、興奮せざるを得ない。

 元の世界では自分がパッと思いつくようなアイディアは既に誰かがやっていることが多かったからだ。


「魔王との戦争が終わり、復興中とは言え、比較的に近年では平和な時代が訪れ始めている。

 すると大衆は娯楽を求める。迷宮都市なんかじゃ人気の冒険者の活躍談が人気だろ?

 しかも、あそこじゃ最近王都から誰か勇者が教えたんだろうな、サッカーが流行り始めてる」


「そうやん! この前久しぶりに戻ったら子供がボロボロのサッカーボール蹴って遊んでるの見つけてビックリしたわ! なんか蹴るって遊びはそりゃあるやろうけど、ルールまで一緒やった!」


「そしてサッカーは世界で最も競技人口の多いスポーツだ」


 サッカーはルールが非常にシンプルであり、必要な道具が少ない。アメリカに留学していたアウルムは野球やアメフトはそれなりに人気があるが、人種間、貧富の差による隔絶が大きいと感じていた。必要な道具、かかる金が多いからだ。


 対して、バスケはそれに比べると必要なものが少なかったし、貧しい階級にいても始められるから人気なのだと実感した。


 アメリカではあまり人気のないサッカーであるが、それは世界的に見れば局所的な誤差に過ぎず、支持される理由が分からなくなることはない。


 ワールドカップの経済効果、視聴率は歴史あるオリンピックよりも高い。


 それだけサッカーには普遍的な人を熱狂させる力がある。


 既に迷宮都市だけでなく、王都でも大人までもがたまの休みの遊びとしてやり始めて流行の訪れを予感させている。


 人々が血がを流さずに、殺し合いをしないで済む、それでいて楽しい、そんな娯楽としてまさにサッカーが丁度良かったのだ。


 ここまで説明したアウルムはニヤリと笑う。


「……ッ! おいおいおいッ! お前まさか……!?」


 その笑みを見てシルバは立ち上がった。


「エナジードリンクの広告塔として商会がスポンサーのサッカーチームを作る」


「うおおおおッ!? マジかお前ェッ!?」


「落ち着け、この話には先がある。というか本当の狙いだ」


「本当の狙い……? エナドリで馬鹿みたいに儲けて商会のパワーを上げようってその話に先があるんか!?」


 興奮したシルバを一度落ち着かせて席に座らせる。


 アウルムはアイテムボックスからバスベガで販売していた、微妙に味は違うが確かにコーラと認められる黒い液体の入った瓶を取り出した。


「コーラ、分かるな?」


「そりゃもちろん」


「では、コーラの起源については?」


「あーコカの葉とコーラの実の入った薬やっけか?」


「ああ、頭痛薬だ。医者が開発したものがジュースとして、嗜好品に変わっていったが、薬効も求められてだ。ペプシも、ドクターペッパーもそうだ。

 ──つまりは薬品、エナジードリンク」


「お前がガリバー旅行記を異世界召喚ものと考えてなかったように、俺もコーラをジュース以上の何かとは考えたことなかったな」


「で、だ。コカ・コーラは第二次世界大戦中にアメリカで軍需品扱いをされていた。

『甘い』という刺激は中毒性が高い。ある意味、どんな麻薬よりも砂糖の方が麻薬と言えるだろう。

 そしてその甘味は戦場の兵士には必要な嗜好品とされ、求められた。それまで制限されていた砂糖の流通量を都合してまでコーラを作らせたくらいに、重要な物資だった。


 低所得で不安定な職である冒険者の多い迷宮都市で、宣伝して人気を得る。当然、国の上層部はそれに気がつく。

 今シャイナはニノマエとヒカルのせいで軍の方が勢いがあるし、余裕が出来たら他国を侵略する気満々だからな。


 そこで、兵士たちの疲労が回復出来て、マズイ飯の多い戦場での娯楽としてバッチリのエナドリがヒットすれば?」


「これまでアクセスしにくかった軍の御用商人の地位が獲得出来て、軍の方でも調査したりと動きやすくなるってことかッ!」


 キラドに恩を売り、警察組織である警備局の調査官としての地位を手に入れ、それはこれまでの旅に何度も役に立った。


 だが、軍と中の悪い調査官という立場を利用しても入り込むことは難しく、むしろ状況が悪化する。


 人員の管理がしっかりとされ、顔を出す仕事であり、変装などの潜入がしにくい場所でもある。


 しかし、エナジードリンクがもし軍需品になればどうだろうか? 酒保商人の仲間入りである。

 酒保商人はシャイナでは既得権益がかなり強い勢力であるが、全くのブルーオーシャンであればその既得権益との戦いも比較的マシに思える。


 同じ飲み物としてもエナジードリンクは酔って暴れることもないし、酒よりも優れている点がある。


「現在の規模プラティヌム商会の規模では厄介ごとがあまりにも多い。流通や販路などまだまだ赤ん坊なレベルだ。それに俺らがオーナーとしても仕切っているのはヒューマンじゃない。これは具合が悪い」


「ッ! おい、分かったぞ、お前が次に何しようって考えるのか俺は分かったぞ! ピーンと来たなぁッ!

 パルムーン商会に貸し作ってたもんなぁッ!?」


「ほう、やるなあ。そうだ、業務提携だ。シャイナ王国内最大手のパルムーン商会のオーナーと次期オーナーのパルコスに貸しが出来ている。それを利用すれば有象無象の商人では邪魔など出来ないッ!」


 アウルムもシルバの興奮に当てられ、少し酔っていたこともあり、珍しく大きめの声を出した。


 もしこれが仮に成功すれば、莫大な利益が見込めるし、軍にも潜り込める。軍の情報にアクセスすれば勇者についても更に知ることが出来る可能性が上がる。


 しかし、アウルムの目論見はそれだけに留まらなかった。


「キラドに軍の情報をリークして安心させながらも、警備局のパワーバランスも操作出来るって訳か。しかし、シャイナの名前を使って利益を一部国に渡すってのはぶっ飛んだ発想やな」


 アウルムはそのエナジードリンクの名前にシャイナを入れたいと考えていた。そしてその売り上げの一部は王国に渡す。


 まず、シャイナの名前を使う理由だが、国民の象徴である国の名前を使いそのエナジードリンクを国のもの、誇れるものだと思わせること。


 そしてその売り上げを王国に渡す。通常の税とは別でだ。そうすることによって、エナジードリンクを購入し、飲むこと自体が国に貢献しているということになる。


 差別されがちな低所得、特に多いのが亜人種であるがそういったものたちを最初からターゲットにしている。


 亜人種もシャイナ国民であり、国の繁栄にもろに貢献しているとアピール出来、多少の地位向上が望める。そして、その亜人種を抱えるプラティヌム商会にもその恩恵は来る。


「と、まあ非常に愛国心をくすぐる商品ってわけだ」


「お前エグっ……」


 商会はそこそこに成功して軌道に乗っているとは言え、世間の目はやはり厳しい。

 アウルムとシルバの職業柄、いつ死んでもおかしくはない。


 もし、死んだら。その後に少しでも皆を守れる為の仕組みを死ぬ前に構築する必要があることはずっと2人で話し合っていたことでもある。


 その一つとして、国からガチガチに守れるほどの需要のある、軍需品を扱う商会にさせるというのがアウルムが思いついた結果だった。


 人種間の問題はそう簡単には解決しないし、内心ではどう思っているかも定かではない。ただし、下手に手出しは出来ない状況にすれば国は守らざるを得ない。


 そういう形にしようとしていた。


 そこに愛国心をくすぐるような品を。人種間ではなく、内と外との戦い、共通の敵は外にいる。


 薄らとそう思わせるような販売戦略を取り、王国のご機嫌を伺う。


 名前を使わせてもらったお礼、そして愛国者である証明としての献金。


 ここまでを計算しての考えだった。


「いや驚かされたな。酔いも覚めたわ……でもさあ? ここまで全部仮定の話で取らぬ狸の皮算用にならんか?

 そんな簡単に都合の良いエナジードリンク作れるか?」


「……まあ、百聞は一見にしかずだな。スクワットでもして疲労を感じてからこれを飲め」


 アウルムはふと、冷静になって問題を指摘するシルバの前に黄色い炭酸の入った液体を取り出して渡した。


「試作品か……まあ、多少の目処が立ってないとお前は口にせんか」


 そう言いながらシルバは激しくスクワットをした。高速で下半身が重く感じるまで休みなしで200回はしただろう。


 息が上がり、乳酸が溜まってきたなというタイミングで切り上げて試作品を飲む。


「……んー、冷えてて甘いし……ああ、確かにじわ〜っと足の疲れが消えていくから効果もあるなあ……でも……」


「マズイ、だろ?」


「いや、マズイ……まではいかんけど、美味しいッ! って理由で飲むほどの魅力はないかな。まあ、甘味が贅沢の庶民からしたら十分なんかもやが……何入ってるんやこれ?」


「鑑定してみろ」


「えーっと……『アウルムのエナジードリンク試作品』……材料は……ん? 材料じゃなくて……効果の概要と成分しか表記されへんのか」


「やっぱりお前にもそう表示されるか」


「どういうことや?」


「ステータスの偽装と『解析する者』を応用した裏技……みたいなものを発見してな」


 シルバは首を傾げる。


 普通、鑑定を使えば料理では使用された材料が見える。人物であれば名前などのステータスが見える。


 2人は普段はステータスの偽装という機能を使い身分を時と状況に応じて使い分けている。


 アウルムの『解析する者』は普通の鑑定以上に見える情報が多く、シルバですら正確にどこまで見えるのかは把握していない。


 しかし、この目の前にあるエナジードリンクは材料が表示されていない。水だとか、糖分だとか、恐らく入っているだろうという情報のみで、何が入っているのかが分からなかった。


「この身分を偽装するステータスだが、俺が作成したものに限り俺側で情報を隠蔽することが出来ると分かった。

 闇の神様からもらった鑑定とそれに付随したステータス操作に加えて、『解析する者』でどうすれば他者が鑑定したものの情報を隠蔽出来るかってのを調べた」


「……なんで今までそれは出来ひんかったんや?」


「出来なかった、というより俺が出来ないと思っていたが正しいな。ハッキリ言って『解析する者』は万能だし優秀だ。

 だが、完璧ではない。欠点がある。


 使用者の俺が見ようとする情報以外は表示されない。通常の鑑定以上の特殊な内容はその度にそれを『見る』と意識しない限りは表示されない。

 じゃないと目の前が何も見えなくなるからな。


 だから、今まではステータス以外の操作は出来ないってところまでは調べたが、じゃあものの情報を隠蔽するには? と考えてその方法を解析しようとしない限りは見つけられないんだよ」


「ああ、それはそうか……で、この原材料とかレシピがバレたら困るから出来ひんかって考えて調べたらそれが出来たと。

 まあ、それは良いわ。結論、何入れてんねんこれ。さっきからそれが心配であんまり頭に入って来てないんやが?」


 何が入ってるか分からないものを飲まさせられる、というのはウエダのスープの一件以来、若干のトラウマをシルバに刻んでいた。


「心配するな、変なものは入れてない。原初の実の果汁をめちゃくちゃ希釈して炭酸と後いくつかの果実と薬草を混ぜてるだけだ」


「原初の実って……変なものではないけど、普通に考えて入れたらあかんもん入れとんなお前……まあ、だから隠蔽か」


「そうだ。ちなみに原初の実の果汁1滴でこの瓶で言うと100個ほど作れる。流石伝説の実だよな」


「だよなって……いや、コスパで考えたら凄いけど、それリスクやろ?」


 原初の実はそれ一つで争いの種になるほどの代物。バスベガのオークションでもどこからか流通し高値で取り引きされていた。


 そんなものを使用した商品を販売することの危うさが分かっているのかとシルバは否定的な立場を取り始める。


「……もし、それが発覚するならば、それは俺の『解析する者』を超えた鑑定能力を持つ人物がいるか、俺かお前から情報が漏洩するということだ。

 そして、いずれにしてもその状況になった時点でヤバいし、そんな奴がいたら当然始末しなくてはならない。

 何故ならこの偽装を貫通する鑑定力なら俺らの本名や正体もバレているってことだからな」


 エナジードリンクが無くとも、そんな存在がいれば立場が危うくなるので始末するしかない。

 まず、いないだろうが、とアウルムは付け加える。


「……つまり、それに気が付いた奴がいるかどうか探る為のオトリも兼ねてるってことか? いや、それでもあんまり賛成は出来ひんなあ……」


「そうなった場合、原初の実の出所を確実に探るだろう。そして、作ったやつから話を聞こうとする。

 たどり着くのはプラティヌム商会が契約を結んだ存在しない架空の薬師……つまり俺の別の名前という動線を作り炙り出して排除する」


 結局のところ、エナジードリンクの材料に原初の実が使われていると分かったところで、それを知った者が取る行動は予測が出来てしまう。


 誰がどこで作っているのかも情報を流す。誘導する。


 プラティヌム商会のメンバーは販売に関わるだけで生産元ではないとさせる。


 それで十分なはず、むしろそうした方が安全だと言われてシルバはようやく納得する。


「問題は味やな。休暇中にもっとガツンと美味くせんと俺は飲みたいと思わん。それに炭酸入れとく容器の生産体制とかも考えなあかんし、結構手間やぞ、味見くらいなら付き合うけど」


「何言ってんだ、『手間』だから休暇中にやるんだろ。流石に何もやることなかったら退屈だからな。それに命のやり取りする旅の生活に比べたらどうと言うこともないだろう」


「まあ、それもそうか……俺も休暇中に何するか、しっかり時間使えるような何かを考えんといかんな〜……ああッ! 微妙ッ!」


 シルバはエナジードリンクの試作品をもう一度飲み、唸りながら休暇中の楽しみを考えていた。

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