表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
8章 パラダイスシティ
165/257

8-1話 休暇の過ごし方

本日より連載再開です。隔日投稿の予定です、よろしくお願いします。


「うお〜見晴らしいいやんッ! いつの間にこんな良物件見つけてたんやお前ッ!?」


 ササルカ付近の海に面した山の中、サンサンと降り注ぐ太陽と心地の良い潮風を体いっぱいに浴びようとシルバは両手を伸ばし叫んだ。


「俺はお前が知らないだけで各地に定期的に訪れて多角的に情報を集めてる。

 噂の広がり方や、物価の変化、それらをラナエルたちに教えるだけで商会の儲けは安定するからな。

 各地に緊急時用の隠れ家もそろそろ用意して良い頃だ」


「セーフハウスってやつやな! ここがその第一号か!」


「今回……というか、かなり前になるがお前とはぐれた場合、基本的に俺が行ったことがない場所なら合流が難しい。

 俺はすぐに移動出来てもお前が無理だ。あらゆる事態を考慮するべきだし、各地にこういう場所があればお前が隠れられるし、俺も合流がしやすい」


 アウルムの『虚空の城』の性質上、訪れた場所に入り口を設置していなければ移動が出来ない。


 アウルムの行ったことのない場所にシルバが飛ばされでもしたら合流に時間がかかり、それ相応に危険もあるという大きな問題に直面し、余裕が出来たので早速その一歩となる対策を講じる。


「あ〜マジでカッサ砂漠歩くのはキツかった。アイテムボックスで物資の支援があるとは言えな。

 マキナから得た車が無かったらバスベガに向かうのももっと時間がかかったやろうし」


 丁度良い具合に寂れて人が住んでいるような気配もなく、そもそも人通りのある場所でもない。


 海からは山の隆起で家が見えず、山からここまでは目的をもって移動しないとまず辿り着けない辺鄙な場所。


 普通に生活するには不便極まりないが、隠れるのには最適で、アウルムの『虚空の城』があれば、アクセスの不便さも解消される、これ以上にない隠れ家物件だった。


「んじゃま、早速改築していくか……基本俺の好きなようにやっていいんやろ?」


「俺のスペースはこの図面通り、正確に頼む」


「……これ、わざわざ書いたんか?」


 シルバはアウルムから渡された要求がビッシリと書き込まれた細かい図面を見て「うへえ」と嫌そうな声を出した。


「まさか、お前がジングウジから得た『内装改造』と同じように俺も『筆者士(ライター)』を得たからな。

 今までは『解析する者』のデータを他者に共有する方法が無かったが、これで紙に一瞬で写すことが出来る……ああ、休暇に丁度良い読み物を用意してやったから読めよ」


「『プロファイリング論(秘伝)』って……おいおい、休みやのになんで勉強せなあかんねん! のんびりさせてくれや!」


「流石に俺の知識を全部お前に口頭で伝えるのはキツイし、本を書くのも嫌だったからな。丁度良かった」


「はいはい、読みます読みます……後でな、時間があったら、気が向いたらや……一生読まへんかも」


「読めよ」


 ジロリとシルバを睨むアウルムだが、シルバの決意は固い。


「出来ん約束はせん、だから破ったことにもならん、うんうん、筋が通ってるなあ」


「お前……体感時間を操作出来るんだから、んなもん一瞬で読めるだろうが」


 腕を組み、ふんと鼻息を鳴らして堂々と読むつもりがないことを宣言するシルバにアウルムは呆れた。


「いや、あれめっちゃ疲れるし戦闘の一瞬で使うもんやからな? 頭おかしなるわ! 本読む為に使い続けたら」


「そのあたり、自己申告だからどうだかな?」


「疑うんかお前ェッ!」


「お前馬鹿キャラだが別に頭悪くないんだし、読もうと思ったら読めるだろうが」


「馬鹿キャラ……? そんなこと思ってたんか……ショックやわあ……アメリカの大学通って奨学金もらってたお前と比べたらそりゃあ馬鹿やが……あのな、俺は読書がそもそも嫌いやねん。お前は目から入る情報入力が得意やが俺は耳やねん、読むのは苦手や」


 そもそも、シルバはお調子者だが国立芸大の音楽科を一般入試で入学し、卒業している。

 頭は悪くない。


 勉強は出来るはずなのに、何故嫌がるのかアウルムにとって不思議で仕方がない。


「そうか……なら音読してやる、『はじめに……本著作を執筆するにあたり……』」


「嘘やろお前ッ!? 音読じゃなくて俺に読ませる為の本に序文書いてんのかよ!? 気持ち悪いって!」


「冗談だ、まあせっかく書いたんだ。強制はしないが暇な時にでも読んでくれ。今後の役に立つのは間違いないし、困った時は何をすべきか、という指針にもなる。

 マキナを追った時だってこれが必要だっただろ?


 相棒とは言え、常につきっきりってのも無理な時は必ず出てくる。

 俺が死んでもこれがあれば多少の助けになるだろう」


「重いって……縁起でもないし……そんなん言われたら読まんわけにはいかんやん、汚いわあお前。俺がそう考えるって分かってて言ってるやろ?」


「何を馬鹿な、100%善意だ……さあ、俺たちの秘密基地を作ろうぜ」


「誤魔化しやがって……まあ良いや。やるでぇっ!」


 ***


 屋敷内の改装工事も終わり、やや淡めの赤いレンガと暗めの茶色い木材、そして灰色の石材が基調となる落ち着いた

 雰囲気の地下基地が完成する。


 家具などは事前にアウルムが選んでいたものをアイテムボックスから取り出して並べた。


 殺風景だった空間も、家具を並べるとそれなりに住む場所、という感じが出て、2人とも少年の心の部分は忘れておらず、年甲斐もない内心はしゃいでいた。


 アウルムが作った『虚空の城』で真っ暗闇の中に家具を置いているのとは全然違うものだ、家とはこういうものだなと改めて実感する。


 各地から集めた書物やマジックアイテムなどもインテリアとして並べるだけで、なかなか様になっているものだと、満足げにしているアウルムにシルバは声をかけた。


「はーいッ! おまっとさんッ! シルバのプッタネスカの出来上がりやでぇッ!」


 キッチン、それに風呂はそれなりに凝ったものにしている。旅をしながら野営で焚き火の料理も良いものだが、やはり調理するには相応の設備が必要だろうというのが共通認識で、これからはここのキッチンが活躍するだろう。


「はいはい、読書は終わりや坊ちゃん。机の上片付けてお皿出してくれ〜」


「ガキ扱いすんな……」


 本を閉じ、アイテムボックスにしまう。そして、皿を取り出し机の上に並べる。


 アウルムはこの場所の為にわざわざ雰囲気に合うカトラリー一式を購入して一息ついて読書をしていたばかりだ。


「ほーら、これお前好きやろ? 大学生で一緒に住んでた時、よう作ってくれてたやん? 今日は俺が作ってみた」


「……元気づけようとしてくれているのは分かる。実際プッタネスカは好物だ。

 だがな……自分で言うのもアレだが……カメリアを殺して明らかにメンタル面に影響が出てた俺に出すのがプッタネスカって……」


「え? 食いたくなかったか?」


「……分かってないのか、まあいいが」


「?」


 シルバはカメリアを拷問し、始末した後のアウルムをかなり心配していた。


 かなり危うかった。あの場にいなければアウルムは道を踏み外していたかもしれないと今でも思っている。


 そして、寝ている時にうなされているアウルムをここ最近見ていた。

 記憶をフラッシュバックさせることによる拷問をした後、カメリアを殺したことによるストレス、というよりはそれによりアウルム自身も抱えているトラウマ……特に母親との確執のフラッシュバックが起こってしまい、ここ最近はメンタルが不安定である。


 アウルムは太々しく、あまり感情を見せず、恐怖や羞恥という感覚自体が鈍いと自覚しているが、長年付き合っているシルバからすれば、それは違う。


 案外脆く、ストレスを外に出すのが下手で、ストレスに対するセンサーが鈍いだけ。ただし、精神に対して少なからずのダメージは確実に入っているのだ。


 鈍いのは、過去の経験による防衛本能として痛みを感じにくいように脳がそうさせているのだろうという考えを持っている。


 故に自分がそのガス抜きを定期的にしてやらないと、という責任感がシルバにはある。


 シルバが知っているアウルムが喜ぶものと言えば、まずは面白い話。これは笑える話でもいいし、興味深い話でも良い。そこからアウルムが何やら難しく考えてその考察を発表する。

 それに対して適度に相槌を打ち、自分の考えを話して議論する。


 シルバ自身もアウルムの自分にはない考え方を聞くのが楽しい。何故か小難しい話でも面白おかしく話してくれるアウルムの話が好きだ。


 これだけで、アウルムのストレスは解消される。


 次に食事だ。アウルムは食べる量こそ知れているが、味にはうるさく旅先では常にまだ知らぬ美味を探している。

 好みの傾向を把握しているシルバはアウルムの好きな料理を揃えて元気づけてやろうと思った。


 だが、喜んではいるが呆れてもいるような反応も見せる為何故だと首を傾げた。


「はあ……プッタネスカって『娼婦のパスタ』って意味なの知らないのか?」


「プッタ……あっ、ああ〜……」


「スウィフトの『ガリバー旅行記』に出てくるバルニバービの空飛ぶ島『ラピュタ』と同じ語源という説がある」


 言われて失敗したとシルバは引きつった笑顔を見せた。娼婦を忘れる為の料理でもろに娼婦を連想させる料理を出すのはいくらなんでもマズイだろうと。


「すまん……」


「いや気にしてない。別に悪意があってやってる訳でもないし、お前らしくて笑えた。いただくとしよう」


「良かった〜いただきまーす! ……ここなら流石に言ってええよな?」


「癖になって外でやらかす可能性あるから怖いんだが……まあ良いか、いただきます」


『いただきます』──2人がこの世界に来て特に最初の方にやめた習慣。

 日本人丸出しのこの挨拶をするのは危険だと判断した。他にもお互いの呼び方やお辞儀など、日本人的な要素のある癖は徹底的に排除してきた。


「取り敢えず、まあなんやかんや2年生き延びてきたことに乾杯しようや」


「あっという間だったな。今まで生きてきた中で最も濃密な2年だったと言える。正直、俺らはよくやってると思う。死ぬかと思うことが日常なんだからな、退屈しないなこの世界は」


 お気に入りのワインをグラスに注ぎ、アウルムは冗談のつもりで敢えて『cin cin』とイタリア式の乾杯をした。


「なあ、さっきの話で思ったんやが……ガリバー旅行記って実質的に異世界召喚系の話やんな?」


「……考えたことなかったが、小人の国、リリパットの話なんかは、特にそうと言えるかもな。

 異なる世界に突然連れて来られるという話なら古今東西色々あるが、そういう視点で見たことはなかった」


 シルバはヨシヨシと内心思う。アウルムが喜びそうな話題を提供出来て早速思考の海を泳ぎだしたと笑う。


 これで良い。こういう時間がこの世界の辛い記憶を和らげてくれる。


 ***


 何本かワインを空けて、気持ち良い程度に酔っているタイミングで今後の話をする。


「しかし、パルムーンにはクソデカい貸しを作れたし、チャックも無事に迷宮都市出歩けるようになったし……バスベガは良いこともあったな。

 あの子はこれから商会の絵師として育成で確定か?」


「……ぶっちゃけ、才能がなかったとして諦めてもそれで良い」


「お前が養うってか?」


「いや……別に仕事ならいくらでもあるし、やりたいことと、向いてることは別だ。チャックはその才能を見込んで拾ったという訳でもない。

 人柄に優れていて、それこそ接客も上手くこなせるだろうし、そんなに心配はしていない。


 ……しかもだ、頼んでもないのに俺への裏切り者がいないかルークを監視する役割だと思ってやがる。俺たちがヒューマンを信用していないのは内側にいて少し考えれば分かるからな。

 もちろん、危ないし必要ないから断ったが」


「ふーん……ええ子やな。んで、休暇中は何する?」


 あのアウルムにここまで懐く存在がいるとはねえ、と感慨深いものを感じながらシルバは相槌を打った。


「読書、それに俺たちの基本装備や戦闘に対して備えるものの研究をしようと思う。

 薬草や錬金術は思っていたよりも奥が深く役に立つ」


「へえ、具体的には何作るか考えてるんか? 香水も便利やしなあ、もっと凄いもん作ってくれ」


 香水、アウルムが独自に開発したものであり無香料である。


 ビースト種のような鼻が効く者から追跡を逃れる方法はないかと考えた末に生まれたものだ。


 正確には匂いはある。ただし、それを匂いと認識出来ない匂いを発生させ嗅覚に対してジャミングをかけるという代物だ。


 一般的に流通している薬草に特殊な加工をすることでそれが可能となるのは、恐らくこの世界ではアウルムしか知らない。

『解析する者』で薬草の情報を読み、知られていない利用方法があると判明したからだ。


「そうだな……まずは重くない鎧、これはメタルスライムを加工して作れると思う。ニュートン流体って知ってるか?」


「あれやろメタルスライムは普段はぷよぷよしとるけど、衝撃の瞬間カチーン! ってなるからゆっくり斬らんと倒せんやつで、ニュートン流体って片栗粉混ぜた水が衝撃の瞬間だけ……ああ、そういうことか。いや、出来るんか?」


「理論的には可能だ。致命的な不意打ちを防ぎ、内側からの衝撃では硬くならない……つまり、従来の鎧のような関節部分の弱さをカバーしたものが作れるはずだ」


「いやそれ凄いやん、成功したらめちゃくちゃ儲かるで? 画期的やからな」


 アウルムが出来るというのだから出来てしまうのだろうと、シルバは夢のある装備計画に興奮しながら前のめりになった。


 だが、アウルムの答えはシルバの予測を外れる。


「まさか、売る訳ないだろ。敵の手に渡ったら面倒だからな。俺たちの為だけに使うんだよ。後は槍と一体化した長距離から狙えるライフルとお前でも使えるハンドガンだが、これも流通させる訳がない。俺が開発するもので市場に流通させようとしてるのは……」


「のは?」


「エナジードリンクだな」


「エナドリィッ? これはまた、意外やな。この世界には回復魔法も、ポーションってクソ便利なもんもあるやん?

 売れるとは思えへんけど?」


「いや、間違いなく売れるし、商会を更に盤石にする為……そしてシャイナに影響力を持つ為の次の一手だと前から目をつけていたアイディアだ」


「ほう、聞かせてもらおうか……お前がそう思った理由、気になるな」


 シルバは座り直し、どう考えてもそんな需要ないだろうと思ったエナジードリンクがアウルムにとって重要なのか、しっかりと聞く体勢に入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ