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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
7章 マニー,マニー,マニー
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7-30話 それぞれの動向


「息災のようだな、正直なところ死んだものと思っていた冬蝕よ」


「ご心配をおかけして、すみません」


 シルバはアウルムに連れられ一度シャイナの王都に戻って来て、トーマス・キラドの元に顔を見せた。


 安心した、とシルバの肩を叩くが正直死んだと思っていたというのは嘘である。


 死んだ、ということにして王国祭時のテロの混乱に乗じ、国外へ逃亡したものと考えていたからである。


 しかし、約3ヶ月経ったあとにこうやって顔を見せに来た、ということは比較的近い場所に転移させられたのだろう、ヒカル・フセの攻撃に巻き込まれたのは真実であろうと推測する。


「して、一体どこに飛ばされたのだ?」


「シャイナより東の小国はテマニエル王国の山中でした」


「ふむ……あそこは治安が悪いはず、シャイナに合流地点を決めていたのであれば苦労したであろう。通行証もない状態で国外を出るのも難しいが」


 この質問にアウルム、そしてシルバは早速来たなと思った。


 心配しているように見えて引っ掛け問題、粗探しをする為の質問。


「……実際苦労しました。衛兵、詰所の汚職が酷く、金を握らせれば出れますが、生憎着の身着のまま転移させられたので、その資金がなく……」


「ほう、それで?」


「その国のヒズドラと呼ばれる裏稼業で有名な男を頼り、非正規の冒険者依頼をこなし日銭を稼ぎ、ある程度金が貯まったタイミングで赤黒森をこっそりと抜けようとしましたが……モンスターの数が多く抜けられるような場所ではなかったので撤退し別の道を探りました」


「……であろうな。いくら腕に覚えがあると言っても運べる量の水と食料を確保しながら抜けるには無理がある距離だ」


「街へ引き返すと密猟者だとか良くわからない理由で嫌疑をかけられ、しばらく牢屋に入っておりました。1ヶ月以上ですかね……」


「待て、逮捕されていたのか?」


 キラドはシルバの話に耳を傾けて矛盾がないかを丁寧に分析する。


 確かに、あの国ではヒズドラという男が非正規の仕事を斡旋しているし、いきなりあの国に投げ捨てられれば、そうするしかないだろうという理屈も分かる。


 しかし、今、この男は牢屋に入っていたと言った。


 実力的に逃げられたであろうに逮捕とは、これ如何にと片眉を上げる。


「はあ……その、調査官と他国で名乗る訳にもいきませんし……いきませんよね?」


「当然だ、いやむしろ明かしていれば密偵と見做され処刑されるに決まっている。何故そのような真似をしている?」


 なんて恐ろしい初歩的なことを子供のように確認するのだ、コイツは、と若干の驚きと怒りを滲ませながら返事をする。


「理由はあるのです、比較的シャイナに近い国なので、あの騒動に紛れて国外へ逃亡し運悪く勾留されている貴族などがいないか、関係者がいないか、何か知っていないかというのを調べる為です。

 結果として、それは空振りに終わりましたが……何者かが手配したようで脱獄騒ぎがあり、数人の囚人が北西へ向かい出しました。

 それに乗じて逃げたのですが……」


「脱獄か……」


 この時、キラドは奈落の脱獄騒動を嫌でも思い出す。この短期間でそう何度も国が違うと言えど脱獄騒ぎなど起こるだろうかと。


 関連していると思った方が自然である。


 それはヒカル・フセに関係がありそうかと、聞きたいところであったが、この2人に奈落の件を勘付かれるのは都合が悪い。故にそう聞くことは出来なかった。


 しかし、国内にばかり目を向けており、まさか近隣国でそのような重大事案が発生したことを見逃すとは、ニノマエ、ヒカル・フセのテロの残した傷跡は相当に厄介だと内心舌打ちをした。


 やっと落ち着いてきたと思ったら、他国の動きを追うことが疎かになっている。正直そこまで気を回す余裕などないほどに激務の毎日であり、ヒヤリとさせられた。


 知らないうちに他国が侵略の計画を練ってでもいれば、たちまち攻め滅ぼされてしまうほどこの国は既に傾き始めている。


 国から動かないカイト・ナオイ及びそのパーティ一向が牽制になっているだけだ。


「北西へ向かったと言うが、目的は何か心当たりはあるか?」


「こいつが言うには時期的にバスベガって都市でオークションが開催されるとかで、犯罪者でも金さえあれば普通に暮らせる地域のようなので、それが狙いかと」


「うむ……あそこは我が国でも手出しが出来ぬからな、位置的にも妥当な推測だろう」


 シルバがアウルムをチラと見ながら言う推測にも奇妙な点はない。何かやらかした犯罪者が向かうとすれば、まずは目指す場所だろう。


 それから細々とした質問、それも実際にその他や近くを通っていなければ知らないであろうことを聞いていくが、シルバの発言に矛盾はない。


 言語、人種、食べ物、地形、どれもしっかりとした回答である。


 実際はアウルムがバスベガへ向かう途中に集めた情報であり、こうなることを見越しての小細工である。


 脱獄も事実であり、これはフォガストが集めた各地の犯罪者によるもので、その中に実際にシルバがいたかどうかなど、確かめようがないということも織り込み済みの話だ。


 後で裏をとる必要はあるが、現状は有用な情報を持ち帰り姿を見せた配下、それがキラドの下した判断だった。


「して、今後はどうする? 仕事ならば山のようにあるので希望するなら振りたいところだが……」


 言ったところで受けないだろうというのは何となく分かる。この2人は別に忠義があり働いている訳ではなく、傭兵に近い関係性。


 受けるも断るも自由であり、強制するよりも借りの方が大きい。下手に縛りつけても反発する性格というのも何となく読める。


 しかし、ある程度目の届く位置に置き、関係を薄くでも良いので繋いでおきたいという目論見がある。


「情勢が不安定なので、しばらくは動こうにも動けないかと。何かあれば商会の方に使者を寄越してもらえば連絡は取れます」


 アウルムがやんわりと断りを入れながらも、迷宮都市にいることを仄めかすので、それで良しとする。


 この男は油断ならないところがある、下手に突けば何をするか分からない、そんな不気味さが感じられるのであまり深く関わるべきではないだろうという葛藤もある。


 そんな不安があるのはお見通しだ、だから心配なら連絡を寄越せばいいだろう、そう言っているようにも聞こえる。


 その商会も大した弱みにはならないだろう。何せわざわざ亜人ばかり雇っているのだ。

 奴隷にも出来ない亜人を雇うということは重要な情報は一切渡すことも出来ないし、本当に金を稼ぐ為の手段と見せかけの地位を用意しているに過ぎない。


 何かあれば切り捨てる程度の関係、いや……あえて何かあれば簡単に切り捨てらる関係の者だけで運営させていると考えるのが自然。


 ヒューマンの貴族的価値観を持つキラドの想像力はこの辺りが限界だった。


 偏見、無意識の差別意識というのは厄介でいくらキレ者であるキラドと言えど、逆にまさか亜人とヒューマンが忠誠を誓うほど強い関係で結ばれているとは思いもしなかった。


 自分であれば、そうするし、この国のヒューマンであってもそれが普通。

 キラドが2人の思惑とは真逆の読み違いをしてしまうことも考えての動きだとは知る由もない。


「もし、旅の道中で寄ることがあれば……可能であればで構わない。少し気になっている報告があるので、それについて調べてもらいたい」


 最後に、各地から上がってくる噂や情報からその地域で起こっている事件めいたものの調査を気が向けば良いのでと頼む。


 優先度は低い事案だ。だが、完全に放置するのも不味く、今はとにかく人手が足りない。これをこなせば2人のある程度の疑いも晴れるだろういう提案をしておく。


「機会があれば」とハッキリとした承諾はしないままに2人は消えていくのもキラドは見送った。


「……無関係だろうが、奴らの目的が読めぬのが癪だな。さて、今夜も殿下と共に徹夜か……ポーションでは疲労は回復出来んのが辛いところだ」


 この国で最も事情通であるキラドは分からない、知らないことがあるのはストレスの元だ。素性も目的も分からぬ男たちの存在は放置するわけにはいかない。

 そんな連中に大きな借りがある。憎いのがそれなりに有能であり使える、切り捨てるには惜しい人材だということ。


 娘の仇を取ることが出来た代償というのはやはり重いと痛感するキラドであった。


 ***


 某国、某所、やや癖のある髪のいじりながらヒカルは呟いた。


「う〜ん……やっぱり何か……誰かが動いてるよねえ、計画が狂ってるねえ」


「またお得意の占いか……それで、どうかしたんだヒカル」


「いやね、ウツリ……どうもタカサゴ君とキデモン君が死んでるっぽいんだよね」


 ヒカルがウツリと呼んだメガネを掛けた長身の男が机の上に並べられているタロットカードを眺めながら、困っているようなことを言いながらも、それでいて、いつも通り笑みを浮かべるヒカルに質問をした。


 ウツリは高校生時代はヒカルの生徒会の元で書記をしていた人物である。


「……あの2人が? 確かなのか?」


「彼らはフレンドリストに入ってたんだけど、名前が消えてるんだよねえ……タロットは関係ないよ。雰囲気出してるだけさ」


「ふむ、2人とも実力者だ。単体でもそうだが、組織を作って動いている。そう簡単に倒せる相手ではないだろう?」


 メガネの少しあげて、何かの間違いではないのかと改めて聞いた。


「そうなんだよねえ……というか、2年前くらいから各地に散らばる問題児たちだけで15人も死んでる……ああ、さっきの2人合わせてね。

 確かにね、彼らは長生きするような生活じゃないからどこかで恨みを買って殺されたり、自殺したり、生きていくのが難しくてどこかで野垂れ死ぬってことはあり得るよ。


 ……でもこのペースは統計的に考えてもなんか変なんだよねえ、意図的に殺して回ってるような誰か……いやそれ以上の何かの干渉を疑わざるを得ないかなって」


「まさか、この今更神が干渉してきてると?」


「それって天罰的なこと? いや〜それはないでしょう、神ってこの世界……現世とでも言えばいいのかな? とにかくこの次元にはビックリするくらい何も出来ないからね。


 僕らを召喚してユニーク・スキルをそれぞれ与えてってことまでしたから神パワーもカラカラでしょ。

 じゃないと、魔王を倒した時点で異物の僕たちを送還するか一斉に殺すかする方がこの世界の為になるからね」


 共通の認識として、日本の現代的な知識によりこの世界独自の文化の汚染が始まっているが、それは果たして良いことなのだろうか?


 そんな疑問がある。何か歪みが生じて大きなしっぺ返し、神の介入があるのではないかと恐る勇者や教会関係者も少なくない。


 だからこそ、そんな不安の種である勇者をこの世界に放置しているということは、一度送ってしまえばもう干渉出来ない仕組みか、干渉出来るほどの力が光の神にはもうないのかも知れない、という説がある。


 諦めてこの世界に馴染もうとする者もいる。職を得て、現地の人間と結婚して子供を産んだ勇者もいる。


 また、日本になんとか帰還出来ないかと方法を模索する者もいる。

 誰も神には頼らない形でこの世界で生活している。


「じゃあ……俺たちの中の……まさかとは思うが実力的にはカイトたちか?」


「ま、勇者でもなければ太刀打ち出来ないってのは確かだし、邪魔なのも間違いない。

 このまま放置すると計画に遠からず支障をきたす。というかバスベガの勢力図が変わるのは結構既に支障として大きいしね」


「手を打つべき……か。どうする?」


 ウツリはヒカルに何か対策する案はあるのかと視線を向ける。


「ちょっと、つついて様子を見てみようか。彼らも退屈してるみたいだし、猟犬は狩りをさせないとストレス溜まって何しでかすか分からないからね」


「……それは、『与一』と『ビリー』と『弥助』のことか? 確かに追跡と戦闘は得意だが……人格に問題ありだぞ。あの3人だけじゃ任務を遂行せずに遊びまわる可能性があるだろ」


 ウツリはヒカルの提案を受けいることに難色を示した。実力はある。魔王との戦争でも前線で活躍して生き残った腕利きの英雄たちだが、他の者たちよりもことのほか、戦う、ということに熱中してしまい、まだ戦争の熱が冷めない戦闘狂な連中であり、扱いが難しい。


 殺人が趣味な訳ではなく、特段悪事を働いているわけではない。

 故にブラックリストには名前が載っていない。

 戦うこと自体が好きで戦うことでしか味わえないスリルの中毒者たちである。


 ヒカルが戦う場を用意すると勧誘したことでついてきたもの好きな連中であり、忠誠心や特別な友情などもない。


 非常に重要な任務である為、それが適切な人選なのかと首を傾げる。


「分かってるよ、サポート要員もちゃんとつける。その為に手間暇かけて育成してたんだから」


「それなら……大丈夫か……」


「彼らに影で動いてる何かを殺せるとかは期待してないよ。ただ、ちょっとこっちから仕掛けたらどうなるのか、反応が見たいんだ」


「まあ……ヒカルが言うなら間違いはないか」


「あはは、僕だって間違うことくらいあるけどね。じゃ3日後、彼らをシャイナに送っておいてくれるかい。ああ、そうだそうだ、『桃太郎』も頼むよ。彼らなら何か掴むだろう」


「ああ……分かった。連絡をしてくる」


「頼んだよ」


 ウツリはまたメガネを触り、部屋を出て行った。


「さあ、どうなるかな? 面白くなってきたね……」


 ヒカルは誰もいない部屋で天井を見つめながらニヤリと口角を上げて笑った。


 ***


「……カイト、俺やっぱり旅に出るわ」


「答えは変わらないんだな? ヤヒコ」


 ヤヒコは旅支度をしてカイトに声をかけた。


 カイトは相も変わらず汗だくになりながら墓場で素振りを繰り返し、ヤヒコの方を見ようともしない。


 ピュンピュンと枝でも振るかのような軽い音が剣からして、汗がその度に飛び散る。


 地面は既にそこだけ雨が降ったかのように水浸しで変色している。


「ああ、俺が抜けて迷惑かけるってのも分かるけどよ。お前は動けねえだろ? なら、身軽な俺が動くしかないし、これが最善だと思う。

 どうにも国全体がキナ臭えよ。奈落とか言う監獄のことも黙ってやがったし、囚人も何人か逃げた。


 それに勇者が死に過ぎてる、何かあるぜこりゃ。この王都でジッとして会長たちのことの情報集めるのも無理がある」


 不幸中の幸いと言うべきか、王国の体制に疑問視をする勇者及びそれを指示する貴族や教会の突き上げにより、カイトを王女と結婚させるという話が現在凍結されている。


 この時間を有効に活用するべく、またタイムリミットが来る前までに問題を片付ける。


 そして、カイト自身が望まない結婚をしなくていいだけの根拠が集まれば、という期待をヤヒコはしている。


「それを探す為……いや、俺たちの……俺の為だな。済まない……」


 カイトはそこでやっと剣を振るうのを一度中断した。


 自分の為に動く相棒が旅の前に挨拶をしようというのだ、しっかりと顔を見て謝る程度の礼儀は忘れていない。


「任せた」


「おうよ!」


 カイトとヤヒコはゴンっと拳をぶつけあって目を合わせた。


「じゃ行ってくるわ! 連絡はちょくちょく入れるからその時くらいは修行やめてくれよな! あと、シズクとカナデは内側から調査に入る。今までみたいにお前の面倒を見る時間もなくなる。

 だから……風呂くらいは定期的に入れよ。お前めちゃくちゃ汗臭いぞ」


 冗談と共に去るヤヒコはヤヒコらしいと、久しぶりの笑顔をカイトは見せた。


「ああ……」


 ヤヒコが姿を消すと、カイトは方向を変えてまた素振りをする。


 もはや、レベルを上げる、ステータスを上げる、スキルを増やすという段階ではないほどにカイトの個人の力量は極まっている。


 来る戦いの時、それ以上の何かが必要になってくると予感をしている。


 目指すはユニーク・スキルそのものの覚醒。魔王との戦いで、愛するエリを失った時に覚えたあの感覚。


 あれをもう一度感じ、更なる高みを目指して自信の精神を研ぎ澄ませる必要があると確信していた。


 今のままではヒカルにあったとしても、瞬間に確殺出来ると断言出来るだけのものがなかった。

 なんだかんだと、ヒラリと煙に巻かれる、暖簾に腕押しのような、弄ばれて徒労に終わる気がしていた。


 更にその先へ、より速く、より遠く、より強く、その剣が限界まで鋭くなるまで……寝食を忘れ、人間的な生活を全て捨てて鍛錬を続けた。


 これはヒカルたちが裏切った日から現在までの120日間、休むことなく行われている。


 1日20時間の鍛錬。その日に消費するエネルギーを補充する十分な量の、大量の食事の為の1時間。睡眠の為の3時間。

 そして時々の風呂とは呼べぬ1分程度の水浴び。


 それ以外は全て鍛錬に費やされ、カイトの剣は確実に変わり始めていた。

これにて7章、完結です。前話のあとがきにも書きました通りしばらく休載となります。

↓のブクマ、☆☆☆☆☆評価で応援して頂けると嬉しいです。

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