7-28話 ツバキ・タカサゴ
カメリアこと、ツバキ・タカサゴはアウルムの『虚空の城』に現在監禁されている。
出血などの怪我はポーションを雑にかけられ、傷は塞がり、しばらくは死なない。
ただし、死なない最低限の措置のみ。治療ではなく、尋問に耐えうる状態に調整されただけである。
服は全て剥ぎ取られ、全裸でX型の柱に手足を広げられた状態で縛り付けられている。
当然ながら、大きな乳房、性器などは丸見えで尊厳は一切保たれない。
これはアウルムの変態的な趣味ではない。ただ、それだけこのツバキ・タカサゴという存在に容赦をするつもりはないという気持ちの表れであるのは確かだ。
「……さっさと殺しなさい…………」
「さっさと殺す? 俺がそんなに生優しい人間だと思っているのか?」
ツバキ・タカサゴの目は死んでいない。彼女なりの矜持だろうか、この後に及んでもまだ、アウルムには弱みを見せようともしない。
ただ、この場を生きて切り抜けられると思うほど楽観的ではないようで、既に死を覚悟している。
(この男に色仕掛けは無駄……それどころか逆効果ね……簡単に殺しもしない……はあ、終わりね……完全に……)
「さて、貴様には質問に答えてもらう。尋問が拷問に変わって欲しくなければ、正直に答えるんだな」
「…………」
「ダンマリか……」
「どうせ、私の胸を切り落としたり、性器を刃物でめちゃくちゃにしたり……私の女性的な部分を奪うことで肉体的、精神的に痛めつけるつもりなんでしょう?
あなたみたいな男は大体そうだもの。あなた、自分のサディスティックな嗜好、暴力性に自覚はある?」
逆にアウルムを煽った。泣き落とし、性的な誘惑、これらはアウルムには全く無駄である。
で、あれば、これから惨たらしく殺されるのであれば、この男に対して心にいくらかの傷を与えてやろうという方針の転換。
「女みたいな顔ね……もしかして、あなた本当は女? ……いえ、体格は男ね。なら、身体は男だけど心は女……身体も女になりたくて、だから女の世界の頂点にいる私に対して一際強い感情を抱いているのかしら。
私の女性的な部分を奪っても自分のものにはならないのよ?」
「豚が……。勝手にペラペラ喋るな。分かっていないようだな……」
アウルムはピクッと目尻を動かした。彼女の煽り文句に対してダメージを食らったからではなく、命令を無視して勝手に話したことに対する苛立ち。
まるで間違えている自身の、それこそシルバにすら明かしていないドス黒い闇の部分を、的外れにも程がある解釈をしていることに対してムカついた。
そして、白い布を取り出して彼女に近づく。
「今度は優しくして懐柔するつもりかしら?」
フンと鼻を鳴らしてアウルムを馬鹿にしたように笑みを浮かべた。
「……ああ、優しくしてやるよ。痛くしねえから……」
「ッ!? ……ッ! ハァハァハァハァ……!」
アウルムは顔だけをその布で覆った。ツバキ・タカサゴの顔だけが隠された。
すると、突如彼女は動揺を見せ呼吸を荒くした。
『現実となる幻影』による拷問は既に始まっている。
今、彼女はよく知っている香りを感じている。
──彼女をレイプしていた父親のつけていた香水、整髪料、酒、タバコ、体臭の混ざった匂いである。
嗅覚までも幻術で再現されるアウルムのユニーク・スキルにより、彼女は五感の中で唯一、記憶の保管する海馬と連動している嗅覚を刺激された。
これをプルースト効果と呼ぶ。
そして、鮮やかに蘇る忌々しい、最悪の吐き気を催す父との夜の記憶。
視覚を布によって遮断され匂いがより強く感じられている、ということもあるが、酷く動揺を見せたのは父がこうやって、自身の顔だけをシーツで隠して性交させられていたからである。
これはアウルムのプロファイリングにより、こういった方法でレイプされていたであろうという推理による演出であり、その効果は覿面であった。
「お前は今からあの時に戻る。父親が夜遅くにお前の部屋に近づく足音が聞こえていて、震えながら布団の中に隠れ……キィと嫌な音を立てながらドアを開けてお前に近づく。
ベッドが揺れることで父親がすぐそこまでいると分かる。
お前は優しくするからと言われて、服を、下着を濡らされて気持ちが悪くて吐きそうになるのを必死で耐えながら、涙を浮かべて顔は熱く、そこから下は涼しい、そんな身体の感覚だった。
仕事のストレスだろうか? 何故父親はそんなことをするのだろうな……社会的に成功して女などいくらでも買える金持ちの父親が何故金も払わずに自分の娘の身体に興味があるのだろう……」
「……うぐっ……オエッ………ウォエッ……! や、やめて……オェッ……ウッウッ……」
ツバキ・タカサゴは喉をうぐうぐと鳴らし、背中をやや丸めて横隔膜を収縮させながら嘔吐きだした。
フラッシュバック。蓋をして、殺人を繰り返すことで薄めていたはずの記憶がまるでついさっきのように、いやその場にいるようにハッキリと思い出されて、とめどなく溢れる父との記憶が洪水のように氾濫を始めた。
「気持ちよくなるのは恥ずかしいことじゃないんだよ……そんなことを言われて自分がたまらなく薄汚れて醜い存在だと思いながらも、反応してしまう身体と心の矛盾……。
最初は気持ち良くなんてなかっただろう。だが、そんなトラウマがありながらも娼婦という職業を選択した……これは想像だが、ある時気持ち良くなった瞬間があったんじゃないか?
まるで、そうでもしないと自分の心を守れない……と身体が仕組みを変えたかのように……快楽を覚えるようになった」
それでもアウルムはやめない。手加減はしない。
記憶回復セラピーの真逆。記憶の回復による精神的な拷問でツバキ・タカサゴの精神を破壊していく。
「お願い……止めて……この……うっ……えっえっ……ウォエッ……記憶……どめで……ッ!」
彼女に被せた布は吐瀉物がボトボトとこぼれ、その重みで顔から外れる。
口から吐瀉物が、目からは涙が、鼻からは鼻水と迫り上がった吐瀉物の一部の混合物が。
顔はこの街で一番の娼婦というにはあまりにも無様なものであった。
「話す気になったか?」
「はなす……うおっ……えっ……話すからッ! 止めて……殺してッ!」
「よし、なら質問に答えろ。……父親とのセックスで一番好きな体位はなんだった?」
「ああああああッ……やめっ……てって……言っでる……のにぃッ……!」
「ククク……それで? お前は金とコネを集めて何をするつもりだった?」
「……うっうっ……女性……支援の団体……私のような思いをする女性をこの世から消す……為のお金……と人脈……」
「…………」
「その為に私は……女の中で最も強くなくては……いけない……クソ共の男を滅ぼす……男なんか要らない……邪悪な生き物……獣以下の……」
「…………」
アウルムは言葉を失った。いくつか予想していた中にはあった説だが、それを実際に本人から聞くのとでは訳が違った。
そんな理由で人を殺していいはずがない。だが、人を殺すような残酷な一面がありながらも、自分ではなく誰かの為に行動が出来るのだ。
殺人鬼であり、女性の為の運動が出来る二面性があった。
これは矛盾ではない。むしろ、目的とそれを達成する為のプロセスが常軌を逸しているだけで、この上なく一致している。
だが、それもほんの一瞬。考えれば考えるほど穴だらけの理論だ。
「……チッこれだからイカれた女ってやつはタチが悪いんんだ。自分たちのことだけ考えて男は全員敵と決めつけてその手段の為なら男を排除しても、蔑ろにしても良いと考えてやがる。
まるで全体像がつかめちゃいない、んなことしたら結局困るのは女も含めた弱者で、矢面に立ち血を流すのは男だ。戦いで血が滾る男たちに乱暴される、そういう推測も出来ないのか?
事実、血を流したのはお前が利用した男の護衛だ。男に守ってもらっておきながら、男から金を稼ぎながら、良くもそんなこと抜け抜けと言えるな……自己中心的過ぎる視野の狭い連中だ、恥を知れ。
……興が削がれたな、もう良い、クラウンを購入した際の契約書はどこにある?」
「……アイテム……ボックスの中に……」
アウルムは完全に戦意を、生きる意思を放棄している彼女の拘束を解いてアイテムボックスから契約書の原本を取り出させ、契約を解除させた。
これで、クラウン──ヤクモ・カタクラは誰のものでもなくなる。
「オークションに出品した『魔王の骨』とはなんだ? 何故アレを売った」
「……アレは……彼から前々から手に入れられたら売って……って言われてたから……」
呪物──魔王の骨。それは本当にカイト・ナオイが戦った魔王の骨の一部であるという。
世界中に僅かに魔王の骨の一部が残っており、それをコレクターが高値で売り買いするらしく、魔王の骨それ自体に何か力があるということではないようだ。
(では何故タクマ・キデモンはアレを高値で買った? 死体からも孤児院の部屋からも見つからなかったが、骨は一体どこに? クソッ死んでしまっていては何も分からない……とは言え、手加減して殺すなとシルバを責めるのも無理がある……結局最後まで一番よく分からないやつだったな。クラウンの入手ルートも不明だ……)
謎が謎を呼ぶ。KTの動機などはシルバがからおおよそ聞いているし納得も出来る理由とは言え、謎が多い。
この先どうするつもりだったのか、これまでどうしていたのか、それが分からないまま死んでしまったのは気味が悪く、仕方がないとは言え損失も大きい。
「俺の相棒や他の男にかけたユニーク・スキルの効果は解除出来るか?」
「……無理……それは……」
「……まだ抵抗するか」
「ヒッ……!?」
アウルムの目が怒りで紫に変わり、それを見たツバキ・タカサゴは露骨に怯える。
うずくまって、身を守るようにしてガタガタと震えている。
「ち、違っ……あれは私の生まれ持った素質によるものだから……好意が引き上げられてしまうものだから……! スイッチみたいにオンオフが効かない……!」
「最後の質問だ。お前を殺せばそれは消えるか……?」
「…………」
彼女は唇を噛み、血を流しながら小さく頷いた。
「虫唾が走る。ラクに死ねると思うな? 蝶のように美しく生まれ変われると思うな? 貴様は石の裏に潜んだ臆病な薄汚い君の悪い虫以下のカスだ……苦しんで死ね……」
「おいッ! いい加減にしろこのアホッ! やめろっ!」
「シルバッ! お前は正気じゃないッ!引っ込んでろこいつに近づくなッ!」
アウルムが一歩詰め寄るとその一部始終を出来るだけ遠くから見守っていたシルバが近付き肩を掴んだ。
「違うッ!…… 違う違うッ! こいつを助けたいから……庇ってるからやめろって言ってるんじゃないッ!
分からんのかッ!?」
「痛ッ……! おいっ! 何がだッ!?」
あまりにも強い力で掴まれた為、痛みに鈍い方であるアウルムは声を漏らした。
「お前ッ……! これ以上こいつを痛めつけてなんの意味があるんやッ……! お前がムカついてて……俺に手出したからめちゃくちゃキレてるのは分かってるけどッ……!
もしお前が! 自分の気分をちょっとでも良くする為に……快楽の為に拷問するんならッ! お前のことは嫌いになってしまうッ!
気が付けッ! お前それ以上やったら戻ってこれへんぞッ! 堕ちてしまうッ……だから……だから……もう……やめてくれ……俺のことはもう良いんや……だから……俺の友達のままでいてくれ……友達やって……相棒やって……胸張れる存在のままで……」
「……何故泣くんだお前が……」
シルバの手は震えていた。そして涙を流しながら必死な顔をしてアウルムに訴えかけた。
そのまま、アウルムは抱きしめられ、太陽のように温かく、ゴツゴツとしていて、それでいて筋肉の柔らかさを感じるシルバの匂いを息遣いを感じた。
頼む……頼むと言いながらアウルムを離さないシルバの背中に手を回したアウルムも何故か涙が溢れていた。
「終わりや……もう終わったんや……頑張った……頑張ってくれた……これ以上は必要ない……お前が女に良い記憶がないってのは知ってるし……全部は知らんけどもッ! この世界では誰よりも理解してるのは俺やッ! でもッ! それ以上はコイツと同じになってしまうッ! お前は筋を通せへんようになる……!」
「分かった……分かったから……離してくれ……」
シルバは最後に更に強くギュッとアウルムを抱きしめて離した。
「ツバキ・タカサゴ……終わりだ……せめて楽に逝け」
アウルムは彼女の首を槍で跳ね落とした。ゴロンと地面に転がり鮮やかな色を血をぶちまける。
ツバキ・タカサゴは穏やかな表情で絶命していた。
「休暇を取ろう……ちょっと休むんや。これが全部片付いたらゆっくりとした時間を過ごそう。海の音が聞こえるような家にでも住んで、夕方には裸足で砂浜を歩いて……夜は美味しいご飯食べて酒飲んで馬鹿みたいな話して笑って……そういう時間が必要なんや」
「そうだな……2年働きっぱなしだ……少し休んでも闇の神様だって文句は言わねえだろ……」
ブラックリスト勇者──残り13人。
1名、討伐成功。
ファイルナンバー3『カメリア──高砂 椿』
被害者数:323人