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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
7章 マニー,マニー,マニー
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7-26話 メタフィクション


「そっちも片付いたようだな」


 KTを倒し、一息つく間もなく丁度のタイミングで背後からアウルムの声がして、シルバは振り返る。


「お〜う、終わったでぇ交代して正解やKTは思ってたより武闘派やったし俺の反応速度じゃないと対応出来んかっ……!? おいおいおいッ! お散歩プレイですかぁッ!? 世界一の娼婦を犬扱いィッ!?」


 鎖で繋がれ、ダラリと体の力が抜けて意識もないカメリアと『思われる何か』の髪を乱暴に掴みながら引きずる相棒に勝利後のちょっとした爽快感も消え失せる。


 後ろで、フォガストと座りながら何やら話をしているシャンシーは顔面蒼白になりながら「嘘でしょ……」と悲鳴にもならない程度の声を出した。


「こいつには聞きたいこともあるし、まだ殺すわけにはいかん。多分、殺せばお前への魅了も解除される……とは反応からして思うんだが、不確実なまま殺すのもマズイだろう?

 それに、今コイツを殺せばクラウンも奴隷契約で連動して死ぬからな。そうなりゃラーダンの記憶の唯一の手がかりもなくなっちまう」


「とは言え、程度ってモンがあるやろう? いや、同情してるとかじゃなくて、そうする必要……合理性あるか?」


 ちょっと変態っぽいでお前、とシルバはアウルムの現在の状況の見てくれの悪さを苦笑いを浮かべながら指摘する。


 サディストよりの言動が垣間見えることはあるが、それにしたってこれはやり過ぎだろうとツッコまずにはいられなかった。


「まず、こいつを抱えたりなど、直接的に触れたくない。手袋越しに髪を掴むので最大限譲歩してる」


「あ〜、んで……そのラーダンやが……どうするよ?」


「アレか」


 シルバが顎で示したのはこの空間に不釣り合いな、現代的なブラウン管のテレビ。


 そこにラーダンとミアが入っていることは知っている。そしてまだ出てきていないということは、決着がついていないことも分かる。


 問題は、応援に行くべきか否かである。


「まあ……チラッと見た感じ、そしてラーダンの記憶を元に考えるのであれば、クラウンのユニーク・スキルはアニメ的なことが再現出来る。みたいなことなんだろう」


「ああ、それはそうやろうな。でもさあ……分かるやろ? 嫌な予感しかせんよなあ」


 シルバは顔にかかったKTの血を吹きながら、口を歪め、スーッと息を吸いながら、眉を吊り上げた。


 アウルムはそれを見て、静かに頷き同意する。


「だな、ぶっちゃけ、想像される能力が強過ぎる。本人の使い方次第だが、殺すのは不可能なんじゃないか?

 ラーダンの攻撃を無効化してるんだぜ、しかもクラウンのスキルによって発動してるテリトリー内で、あいつのルールに従ってゲームさせられるってのは、俺たちの流儀にも反するしリスクは高い」


 しかし、ラーダンとミアという大きな戦力、協力関係にある存在を失うことのデメリットの方が上回るということも重々理解している。


「……よなあ。でもさあ、ラーダンとミア……いや、この世界の人間からしたら、ズルって言うか日本人しか対応出来ひんやろ」


「となると、やはり入るしかないのか……」


 結局、答えは最初から出ている。ただ、気が進まない。


 それだけである。


「ん? 時計がついてるわ。長針だけ……分数を示してんのか。今が30分で、後30分で終わりか?」


「マズイな……それまでに脱出出来なかったらテレビの中の住人にされてしまう、なんてオチもありそうだ」


「はあ……気は進まんけど行くかぁ」


「おい、言っておくがクラウンに俺たちが同郷だとバレるような言動はこっからはナシだ。あくまで、この世界の人間としての反応をしろ。勇者の文化に多少詳しい人間程度にだぞ」


「分かってる分かってる……ほんじゃ、お先ッ!」


「チッ……面倒な」


 シルバがまずはテレビに触れて画面に吸い込まれ、アウルムはそれを見て舌打ちをしながら追いかけるように入って行った。


 ***


「ここは……荒野?」


「みたいやな。ん? お前頭の上の、それッ! なんや?」


 アウルムは気がつくと、どこまでも続いていそうな道と荒野が広がる空間にいた。


「頭の上……? ああ、お前にもあるのが俺にも出てるのか。顔が3つ……まあ、『残機』だろうな、普通に考えて」


「いやッ! それもそうやがこの服については無視かよ!? しかしまあ……そういうことか、なるほどぉ……残機3つ減らしたらアウトでそれまでこの世界で持久戦ってか」


「で、この衣装だがアレだよな……」


「ああ、こりゃ間違いなくアレやな……」


「「……ワイリー・コヨーテ」」


 一瞬の沈黙の後、2人は口を揃え気持ち良いほどにハモる。息の合うこの2人には時折発生する現象。


 これは大きな耳と長い鼻、茶色い毛皮のような衣装と、現在の荒野と道路というロケーションから容易に見当がついた。


「おいおいおい……ルーニー・テューンズとコラボしてんのかァッ!? 良いんかよぉッ! コレェッ! 色々アウトなんじゃないのぉッ!? クラウンはカートゥンネットワークの受信料払っとるんかァッ!?」


「な訳ないだろ、あくまでモチーフにしているだけ、それを再現している世界なだけだ。しかし変だな……」


「これ以上に変なことあるかッ!?」


「いや……クラウンの年代から考えてスカパー世代ではないはずだが……」


「いやそこ気になるッ!? 絶対そこじゃないでッ!?

 それはええねんッ! んで、てぇことはやで、俺らがワイリー・コヨーテ役ってことはクラウンは……」


「当然、ロードランナーだろう。そして、このゲームのルールは……ッ!」


 その時だった。アウルムが喋っている途中で猛スピードで接近する気配を感じて道路の遠くの方を見た。


「BEEP BEEPッ! アハハハッ! 俺を3回逃したら1機消えちゃうからなぁッ! BEEP BEEPッ!」


 鳥のような格好をしたクラウンが、バビューンッ! という効果音とともに颯爽と現れて、急停止する。


 その時には、車のブレーキを踏んだような音までした。


 それだけ言い残すと突風をもたらして荒野へと消えて行った。


「ハァハァ……クソッ! あり得ない速度で走れるのは良いが、アイツには絶対に追いつかない速度しか出ないのかッ!」


「お師匠〜これ絶対戦い方違うってぇ〜ッ! ……あっ! アウルムとシルバッ!?」


 少し遅れてやってきたのは、残機がともに1しか残っていない、ラーダンとミア。彼らも同じようにワイリー・コヨーテの衣装を着せられている。


「何があったか教えてくれ」


「ああ……良いだろう、私たちがいかに馬鹿げたことに付き合わされてきたか、たっぷり教えてやる」


 まずは情報の共有。ラーダンとミアはそれぞれの視点から、この世界──つまり、クラウンの創造したカートゥン空間で、何が起こっているのか、何をするべきなのかを伝えた。


「……とまあ、ネズミになってネコに追いかけられるわ、またネズミかと思えば白黒の世界で、船乗りのはずなのに動物を楽器にして演奏させられたりと、正直意味不明だ。

 それぞれ最初のネコから逃げるのはなんとか成功した。しかし次で失敗して頭の上の顔は減り、今度も3回逃げられ……残りはもう1つになってしまっている。

 流石にこれが消えれば何か良くないことが起こる、ということくらいは分かるがな」


(トムとジェリーに、蒸気船ウィリーか……)


(いや、めちゃくちゃ過ぎるってッ! トムとジェリーは分かるわ。蒸気船ウィリーにルールもクソもないやろ、なんでもありやんけ!?)


(この世界に限り、マジで何でもアリ……そういうスキルなんだろうな。ただし、直接殺すなんてことはアニメの世界じゃまずないから、こうやって回りくどい攻撃をしていて、俺たちにも勝つ余地は残されている。

 これがこの世界のルールなんだッ……!)


(つーかさあ! 基本的に今回はワイリー・コヨーテやらされてるけど、この話はロードランナーを捕まえられへんって型があって、それで四苦八苦するワイリー・コヨーテを笑うって趣旨やろうが! 勝ち目ないやんけッ!)


(ある種、徐々に難易度が上がっていってるのかもな。トムとジェリーで、ジェリー側なら勝てるからな。

 蒸気船ウィリーも何をどうしたら良いかは何となく分かるように仕向けられていて、それをしっかりと演じることが大事だっただけだ。

 しかし……お前の言う通り今回は勝ち方が分からんな……)


 あまりにも具体的な転生者にしか分からない話をここで大っぴらにする訳にもいかず、アウルムとシルバは念話は使えないので小声で耳打ちをしながら相談をした。


「おい、何をコソコソ話している! 君たちは勇者の文化について詳しいとミアから聞いたからこうやって相談をしているんだぞッ!

 呑気にしてないでさっさと具体的な解決法を提示しろッ!」


 その時間がやや長かった。ラーダンは痺れを切らせた。


「そうは言うがな、この物語は基本的に俺たちの役割が失敗する立場で、どう頑張ってもクラウンの演じるロードランナーを捕まえることは出来ない」


「だから、多分勝ち方は捕まえる、ではないと思うんやわ。ただ、捕まえ損ねたらコイツが減るってのは間違いないんやがな」


 アウルムは考えながら道路を眺めて、シルバは頭の上の残機を指差して困ったもんだ、と肩をすくめた。


「俺たちがこのままクラウンを放置してて何のペナルティもないとは思えない。

 取り敢えず……俺とシルバでクラウンを捕まえようとしながら何か考えてみる」


「ラーダンとミアは参加すんな。もう失敗出来ひんやろうからな。この世界の法則ってのをやりながら把握するッ!」


「いやほんと……頼んだからね……もう私疲れた……」


 ミアは祈るようにして、どさりと地面に倒れた。


 ***


「……で、罠を仕掛けるってのが基本戦法やが、何でもアリやなあ」


 アウルムとシルバはラーダンとミアから離れて独自に動きだした。

 ロードランナーであるクラウンを捕まえる為の罠、装置、イメージすると道具が出てきて、デタラメにやっているだけで目的のものが完成してしまう光景を目の当たりにする。


「信じられん……魔法もスキルも使用出来ないが、お約束ならば、しっかりとイメージすれば出来てしまう……こっちの方がよっぽど魔法だ」


 罠を作成している途中、シルバがハンマーで指を挟んでしまう。指はパンパンに腫れ上がり、赤くなっていたが、何度か息を吹きかけたら治ってしまった。


「やっぱり、これを上手く使えばワンチャン、捕まえられるんじゃあないの」


「いや……ないだろう……ワイリー・コヨーテだって俺たちみたいなことは出来たのになんだかんだ失敗する。

 この罠もほぼ確実に俺たちの思った通りには動作してくれず、こっちが痛い目を見る」


「おいおい……それじゃあ俺らはクラウンにおちょくられるだけって言うんかよ」


「だからッ! 言ってるだろう、捕まえようとする……それ自体が間違い……俺たちが脱出するエンディングじゃあないってことなんだよ」


「まあものは試しや……来たぞッ!」


 言い争っている間に土煙が舞い上がり、クラウンが高速で走ってこちらに向かってくる。


 今回、試しに用意した罠とその目的について。


 まず、クラウンのロードランナーにどの程度のスペックがあるのかを確認すること。


 この空間において、どこまでイメージ通りに出来るのかという検証。


 そして、本来のシナリオに強制力があり、結果はどう転んでも同じなのか、ということ。


「よっしゃあッ! まずは道路の白線を変更して落とし穴に誘導ッ!」


「BEEP BEEPッ!」


 シルバの描いた白線は本来のルートと違う向きに変更されている。そして、クラウンは鳴きながら罠を仕掛けた方向へと簡単に誘導された。


「ここまでは計画通り……くそ、『解析する者』が使えないのがこんなに不便だとは……」


 事態の推移を見守りながらアウルムは呟いた。もっとも、こんな空間で起こる現象を解析出来たとして、何らかの参考になるようなデータが得られるのかは疑問である。


「入ったッ! 槍の刺さった穴や、ダメージ入るかッ……!」


 そのままクラウンは穴に落ちていく。しかし、悲鳴のようなものは聞こえない。


「……失敗だな。槍の上にでも立ってるんじゃないか?」


「まだやッ、爆破ッ!」


 シルバは手元に用意した爆薬を起動するT字型のスイッチを押す。


 ボガァーンッ!という爆音と共に煙を上げて爆発自体は成功した。


「よし、見に行こう」


「嫌な予感しかしないな」


 渋々、アウルムはシルバについていき、穴の中を確認する。


「さあて、丸焼きかぁ? ……なぁにぃ〜〜〜ッ!? 横に穴掘って脱出してやがるッ!」


「そらそうだろ。こんな簡単に捕まえられる訳が……ッ!?」


 ふと、アウルムの背後に気配を感じた。錆びた金属音のようなSEが鳴り、振り返るとそこにはニッコリと笑うクラウンがいた。


「BEEP BEEPッ!」


 ドンッとアウルムとシルバは背中を蹴飛ばされて穴に落とされる。笑い声が遠のくことから、クラウンはまたどこかに走り去っていったのだと、落下中に理解する。


「ウォッ!?」


「クソがッ!」


「結局こうなるのね……トホホ……うわ、顔の周りが黒くなって俺の顔が囲まれたッ! こんなことまでお約束かよッ!」


 衣装の間を縫うように槍が刺さり、ぶら下がっている状態でシルバは吐き捨てる。


「見ろ、俺たちの残機が1減った。捕まえられなくてもアウトだが、反撃されても減るようだ。こりゃ勝ち目ねえぞ」


 あまりにも理不尽、あまりにもワンサイドゲーム。


 この世界観では、どう頑張っても勝ち目はない。せめて、自分たちがロードランナー側であればとも思うが、役割を変わってくれと頼んだところで無理なのは分かりきっている。


 ***


「これはアニメの世界だ。厄介だし、相当に強力ではある。だが、無敵の……全く欠点のないユニーク・スキルなどあり得ない。ユニーク・スキルを真正面から受けたら基本的に負ける。戦い方をズラしてクラウンの土俵で戦ってはダメだ」


「とはいえ、もうこの世界に入った時点で無理ちゃう? こんなフィクションを再現するってヤバい能力の弱点は時間制限やろ。逆に時間制限しか、ないのでは?」


 アウルムは地面に分かったことを書きながら、シルバと問題、疑問、仮説などを共有する。


 何が出来て何が出来ないのか、それはもう大方分かったと言っていい。


 問題は恐らく、この空間と現実世界では時間の経過速度が違うこと。正確なタイムリミットが読めない。無駄に焦りばかりが募る。


 仮説として、具体的に何かしている時は時間が進むが、何もしていなければ時間は進まない。つまり、ストーリーを進行出来ない。

 引き伸ばしは許されないということ。


「フィクションのルールをぶっ壊せる……そういう型破りな……ある種のルール違反をすることで裏をかく。それしかないだろう。幸い、いくつかの検証をした結果、この世界ではそれが許され、可能であるということが分かった」


「メタフィクションってやつか、この世界は創造物で、上位存在の観測を意識した創作……と言っても具体的に何したら良いんか……」


 これが最大の疑問。突破する方法が思い浮かばない、想像力の限界であるとシルバは頭を抱えた。


「ッ! ……それだッ!」


「えっ!? 何ッ!? 俺なんか言ったッ!?」


 アウルムはシルバの一言からハッとして大きな声を上げた。


 シルバはその声に驚き、その感情に合わせて着せられている衣装の耳もピンと立つ。

 アウルムのいつもの冴えた提案が何とかしてくれるだろうという期待の籠った眼差しでシルバは続きを待った。

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