1-16話 襲撃
アウルムとフレイが隣の村へ向かった後、シルバはフレイの父、ヴィンスに案内されララゴ村内の調査を開始していた。
「シルバ殿は冒険者になって長いのですか?」
「いや、元々傭兵で仕事が無くなったんで冒険者に転職したばっかりですわ」
「ほう、しかし聞けばCランクというのですから相当活躍されてるのでは?」
「経歴にしては稼いでる方……ではありますかね。それを言うならば、フレイ──娘さんの方が凄いですよ、あの若さで騎士団では平均よりも強いと言うのですから、貴族の男に混ざってそれはなかなか出来ることじゃあない」
「あの娘は子供の頃から運動は何をやらせても村一番でね、特別な才があると思っていました。キラドの街で平民でも採用される試験を受けさせたらあっさり合格しましたよ」
自慢の娘です。と、ヴィンスは誇らしげに垂れた前髪を撫でつけた。
会話はフレイの話を中心に村の人口や男女比、主な農産物、人の出入り、モンスターの出没などあらゆる情報を集めていく。
シルバは聞き込み調査は苦手だと感じている。こう言った細かな情報収集はアウルムの仕事。モンスター相手に剣を振るう方が向いている。
しかし、『取り調べ』であれば、アウルムに向いているが『聞き込み』であれば、どこか人懐っこい性格のシルバの方がスムーズに話を聞けるのだ。
この辺りのことを考慮してシルバを村に残したのだが、アウルムの思惑を知る由もない。
取り敢えず、ヴィンスに連れられながら村を大きくぐるっと周り不審な点が無いかを探す。
と言っても農民ではないシルバにとって、何が普通で何が異常なのかは分からず、都度ヴィンスに質問をする。
「シルバ殿は農民出身では無いのですね」
「ま、子供の頃は各地を転々として育ちましたな」
親の都合で小学校までは引っ越しが多く一つ所に落ち着くことがなかった。そのせいで学校に馴染むという感覚が無かったが、中学からはアウルム──金時と出会い、親友となった。
以降は常に行動を共にしてきたが、まさか異世界にまで一緒になるとは思ってもいなかった。
大人は危険かも知れない状況だが、畑に出て農作業をしている。一人一人、何か違和感があったかと聞いていくが収穫はなかった。
ただ、自分たちの子供が得体の知れぬ化け物に狙われている可能性があるというのはそれなりに緊張感を与えていたようで、余所者のシルバを警戒してるのは感じ取れた。
「なんか村の人たちを刺激させてしまってるみたいで申し訳ない……」
「いえいえ、気になさらないでください。慣れとならんだけですから、どういう態度をすれば良いか分からんだけです」
村の近くにある森、何かあるとすればここが一番可能性が高いであろう場所を探索する。
木を見ると、動物の爪か角かを研いだと見られる傷跡が残っていた。
「この森は結構動物やモンスターが出るので?」
「まあ、森ですからな……」
この辺りが異世界人で都会人のシルバには難しいところである。
田舎では猿や猪や熊が出るというのはそれほど珍しくない。だが、それが目の前で人の生存圏と近い範囲で生息していると分かる痕跡を目の当たりにするのは衝撃的だ。
街の中は安全だが、街を出た村ではこの程度の人間以外の生き物の気配が日常なのだから。
「モンスターが村に降りてくるということは?」
「全くない、ということはありませんが滅多にありません。それでも村の男手でなんとか退治出来るほどのモンスターです」
レベルアップするこの世界では、農民といえどそれなりに力はあるのだろう。現にヴィンスのレベルは24。下手すれば駆け出し冒険者より強い。
「ただ、二ヶ月ほど前に子供が襲われてヒヤリとしましたな」
「大丈夫だったんですか? 森で子供が遊ぶのは危険だと思いますが……」
「ええ幸いにも私が近くにいましたので対処出来ました。いえ、子供達は森で遊んでいたのではなく、その時に行き倒れのお婆さんがいると報告してしたのです。様子を見に行ったら、襲われてね」
「お婆さんは知り合いですか?」
「いえ……姥捨というのをご存知ですか?」
「そういうことですか……」
姥捨。貧しい村では世話をしきれなくなった老人を山や川に置き去りにする文化、日本でも口減らしの方法として知られている。
山姥伝説というのはその姥捨にあった老人が元ネタだ。
「恐らく死にかけのお婆さんを狙ってモンスターが近付いてきたんでしょうな、この村では老人は大切にする文化があるのでやりませんが、それについて困窮して仕方なくやったよそ様の行いを責めるつもりはありません。
皆、生きるのに、生かすのに必死ですからね」
そうは言うが、ヴィンスの声に元気はなかった。
これが老人ホームや年金といった福祉のないこの世界のリアルなのだろう。
村は一心同体の共同体だ。村八分なんて言葉があるが、村の安全を守ることが最優先。徹底した集団社会では、生産性の低い老人を無理して抱えて若い者に負担を強いるのが難しい。
結局、それが自分たち全体を苦しめることになってしまうのだから。
話に聞いたことはあっても、それがここでは当たり前に起こっている現実というのは悲しいものだ。
シルバはやりきれない気持ちになる。
「そのお婆さんは?」
「村で保護してますが、あまり喋りません。捨てられた心の傷が大きいのか、自分の殻に閉じこもっているようで……大人とは口を聞くのが怖いらしく子供としか喋れません。まあ遊び相手になってもらえるのは助かるもんで、彼女の家に行った後は遊び疲れて寝るんで寝かしつける手間がかかりません。そのくらい娘はすっかり彼女のことを気に入ってるんですがね……」
「無理もないか……捨てたのは大人でしょうから、そのショックのせいですかね、子供は無害ですから信じられるのかも……」
「ええ……」
「──ッ!」
「どうされました?」
ヴィンスは黙りこくったシルバの異変に気がついた。
「シッ……! ……モンスターの気配がする……このコインの枠から出ないでください」
シルバはモンスターの気配を感知、素早くコインを撒いて『不可侵の領域』を展開する。
ガサ……ガサ……。
草が揺れ、小枝を折る音が聞こえる。
死角から黒い影が飛び出してきたのを察知し、反応して剣を抜く。
「グラァアアッ!」
「こ、こいつは!? またか!? 仕返しにでも来たかっ!」
影の正体はマーダーウルフ。Dランクのモンスターで単体では強くないが、群れを率いているので厄介だ。
「ヴィンスさん! この結界は内側から攻撃が出来る! 数が多いから援護してください!」
「分かった!」
ヴィンスは背負っていた弓を取り出してマーダーウルフを狙う。
「シイッ!」
剣を振るい、近づくマーダーウルフを一刀両断にする。
数は残り9頭、既にこちらに注意を向けている小型のモンスターに弓を当てるのは難しい。
弓は獲物が油断するのを待ち、遠距離から不意打ちするのに向いた武器だ。
数頭の注意をシルバからヴィンスに向けられているだけでも助かってはいるが……。
「シルバ殿! こいつらが村に行くのだけは阻止しなければ!」
「分かってる! 基本的には俺が殺す! 背を向けた奴を狙ってくれ!」
非常時なので敬語はやめて、ヴィンスに村に被害が及ぶリスクを減らすことを最優先とした立ち回りをする。
(クソっ、守るものがいる時の戦いってこんな面倒なんか!)
普段はアウルムと二人で戦い、相手が逃げればそれで問題なかった。
だが、今は村には畑仕事をしている農民が外を出歩いている。
その方角へ逃すことは出来ない。村の方角を背にして、全滅、もしくは追い払うのが最善手。
それは理解しているが数が多い。一度に別方向に移動する知恵があった場合、少なからず被害が出る。
(俺の技のレパートリーじゃ……こんな時の為に広範囲攻撃出来る魔法は必須やな、でもそれは無理……となると群れのボスを狙うのが確実か……)
群れを率いるリーダーから潰す。一番強い者を倒せば統率は失われて怯む。人間も獣もその心理は同じ。
だが……。
(妙やな、リーダーっぽいのが見当たらん、隠れて様子見か? 俺たちが疲弊したところを狙ってんのか?)
仮に前回の襲撃でリーダーが死んだとする。しかし、リーダーを失えば、集団は散り散りになるか頭がすげ変わる。
リーダーが不在の集団のせいか、連携はお粗末。次々と倒していき、マーダーウルフは全滅した。
ヴィンスは2頭倒していた。
「いや〜こいつは便利ですな! 安全に次の弓の準備が出来る、私も頑張って結界魔法を覚えようかな! これだけのモンスターの死体があればしばらく村は肉には困りません……あっ、失礼シルバ殿はこの村の人間では無かった、獲物はシルバ殿のものです」
「ええですええです、もらっといてください!
フレイさんとの依頼中に得たものはフレイさんのものって契約やから、俺がもらったら契約違反ですわ。フレイさんも村のこと考えたら、どうせ渡さはるやろうし、取り敢えず血肉と処理して保存しときましょ」
「いやしかし……」
「じゃないと俺が筋通ってないことになりますんでね、俺はそれだけは自分で曲げるわけにはいかんのですわ」
シルバは遠慮するヴィンスに手を向けて、宣言する。
「冒険者の矜持というやつですか」
「いや、これは個人的に自分に課したマイルールってやつです」
「そういうものですか」
ヴィンスは面白そうにシルバを見ながらモンスターの処理をした。