7-24話 カメリア
「あ〜らやっと来たの……レディを待たせるなんてどんな教育を受けてきたのかしら?」
「それなりに良い教育を受けている。当然、淑女の扱いもな。だが、私は娼婦を喜ばせることはしない」
カメリアのいる上の階にアウルムが姿を現すと、足を組みながら座っている彼女は笑顔で話しかけた。
護衛は既に死に、カメリア一人であるにも関わらずまるで慌てた様子を見せない優雅な仕草で、アウルムを迎えた。
「私は淑女じゃないって言ってるのね? 女として生きる辛さも分からない男の癖に見下してるのが分かるわ」
「いや? 私は仄めかしただけだ。淑女じゃないと言ったのはお前自身だ」
「ふふ、あなたあれでしょ? ENTPね、それも典型的な」
「ENTP……? 何のことかよく分からないな」
しかし、アウルムは知っている。知った上で知らないフリをしている。しかし、このMBTIの妥当性を認めておらず、心理学をアメリカの大学で勉強していた過去があるアウルムとしては鼻で笑ってしまうようなザルな診断だと断じる。
「MBTI診断、私たちの世界で性格を16種類に分類し分析する方法よ。因みに私は起業家のESTP。あなたは討論者のENTP。論理的で反抗的、自分が正しいと思っていて、頭が切れるから理屈で他人をコントロールしようとする性格。あなた女嫌いで、女からも好かれないでしょう? つまらない人ってよく言われるはずよ」
「……馬鹿が、それは人間の性格をたった16種類に分別出来るのではなく、16種の型に無理やり当てはめているに過ぎないな。お前の場合は自己診断だろう。客観性に欠ける。そんなものは診断とは言わない。女子供が喜ぶ根拠のないただの占いとなんら変わりない。
はあ……ガッカリだ、教養を持ち合わせた世界一の娼婦がこの程度の知性とはな……」
「ふふっ……ふふふ……もう、その返答が典型的なENTP過ぎて笑っちゃうわね」
我慢しても込み上げてくると、カメリアは口を手で隠しながら、目を細くして、白い肩を震えさせる。
「……ツバキ・タカサゴ。兄弟はなし、母親は夜の仕事で水商売系、父親はジャンキーで無職のクズ。
幼い頃から父親に性的な虐待を受けてきており、処女喪失のタイミングは12歳頃。
母親が仕事で家にいない間酔っ払った父親が夜にお前の部屋にやってくるの布団の中で怯えながら目を閉じていた。
以前の世界にいた頃は年上の男と寝て小遣いを稼ぎ、自身の身体も心も汚れていることに恥を感じながらも男を利用しているだけだと自分に言い聞かせて自尊心を保つ。
こちらの世界に来てからは貴族の男と寝て操ろうとした為シャイナからは国外追放を受ける。
虐待の経験を持ちながらも、セックス自体は好きで、自らの快感の為とビジネスと殺人でプレイスタイルを分ける。
父親とのセックスも気持ち悪く屈辱的であったが、快感は覚えていた。
殺人の動機は自分の父親に似たクズの男を殺して虐待されていた頃のストレスを発散し力を感じる為……どうした、顔色が変わったな?」
「ど、どうしてそれを……いや、それより気持ち悪いわね」
アウルムが澱みなく『解析する者』にメモしたプロファイルを読み上げていくと、カメリアの笑顔は消えて椅子から立ち上がっていた。
「お前のことは調べ尽くしている。そしてお前は今、一体勇者の誰がそんなことを言ったのか、私がそれを誰かから聞いたのか、思い当たる人間を必死で脳内で探しているだろう。
何、安心しろ。誰もお前のことをチクったんじゃあない。
ただ、お前の行動から心理や生い立ち、境遇、動機を分析しただけだ。
良いか、分析というのはこういうもののことを言う。何だったか……MBTI診断? ENTP? ……ふん、流石娼婦だな男を笑わせてくれる。これも余興か? 何か間違っていることがあれば教えてくれ」
アウルムは自信たっぷりに、マスクの下で口角を吊り上げながら言った。勝手に分析するのは好きだが、されるのは不愉快。それも的外れで雑な診断に当てはめられるのは正直、腹が立っていた。
「分析? そんなの当てずっぽうでしょ。それに国外追放じゃなくて私が自分の意思でシャイナを見限っただけだもの」
「にしては顔が真っ赤じゃないか? 普段全裸のお前でも心のうちを暴かれるのは恥ずかしいのか?」
照明の加減だったか、とアウルムは嘲りながら付け加えた。
「まあ、解釈は人の数だけあるとして、それ自体はどうでも良い。本題に入ろうじゃないか。
もうお前を守る者はいない。こうやってダラダラと話すのは私も男ならお前の魅力でなんとか出来るだろうという余裕があるからだ。
話せば話すほど有利になる。そう思っている……だが、それは大きな勘違いだ」
「あなたも随分と喋るのね……でもそれって……あなたが私に勝てるって前提があってのことでしょ?」
カメリアはドレスの裾を軽く伸ばしてアウルムのことをしっかりと見た。
そして、背中から白い蝶の羽を出す。
ユニーク・スキル『蝶のように舞う魂』を発動させ戦闘態勢に入った。
「やはり蝶か……想像より上を行くことはなかったな」
「……蝶が何かおかしくって?」
「お前の殺し方だよ。白い布で包んで死体を捨てる手口。
最初はカマキリかと思ったが、蝶の蛹だな。
ゴミ捨て場に捨て尊厳を奪いながらも、薄汚い男を蛹に見立てて、蝶のように美しく生まれ変われという矛盾のあるメッセージを込めている。
殺し方に感情を込め過ぎだ、だから手の内がバレる。
一流の娼婦という点は認めるが、殺人者としては二流だな。簡単に見つかる場所に捨てるからお前の分析が捗ったぞ。
だから、お前の背中にそれが出てきた時『やっぱりな』以上の感想が浮かばない。
そして、攻撃方法も……」
「死ねッ!」
アウルムが話している途中でカメリアは羽を動かしながら急接近する。しかしアウルムは全く驚くことなく、ヒラリとかわして、アウルムのいた場所の床をカメリアは殴りつけた。
床にヒビが入り、すぐにカメリアは避けたアウルムの方を見て狙いを定める。
「攻撃方法も、自身の体内から分泌される物質を操り一時的に身体能力を劇的に向上させる接近戦型。
まあ、体液がトリガーとなるお前のユニーク・スキルならそんなもんだろう。
要するに、お前は私に近付かないと勝ち目はないってことだな」
「今、避けられたなら攻撃出来たわよね? 何故攻撃しないのかしら?」
「幾つか理由があるが、お前に聞きたいことがある。それまでは殺したりはしない」
「フンッ! あなた魔法攻撃タイプでしょう? マッチョな接近戦を好む男って感じじゃあないもの。
コソコソと隠れて遠くから戦う臆病な卑怯者ね。でも、いつまで避けてられるかしら?」
「私の人格攻撃をしたところで反撃になると、本気でそう思っているのか?
そうやって挑発したからと言って、急に接近戦に切り替えるとでも?
的外れにも程がある」
事実に基づいた批判でないような、極めて主観的な罵倒。
アウルムはそういった反論にもなっていないような人格攻撃を昔から受け続けている。
しかし、それはアウルムにとって無意味。もはや意味不明。
関係のない話、理屈として通っていない反論で反論した気になる。特に女にキモい、ウザいと言われることが多かったが、その度に首を傾げる。
事実と感想の切り分けの出来ない女同士の口論ならばそれで何かしたことになるのか?
と、キーキーとヒステリックに叫ぶ愚かな自らの母親を彷彿とされる、ただただ頭の悪い存在にしか見えない。
故に、一番の娼婦であるカメリアにも抱いた感情は呆れ、失望。そして僅かな苛立ち。
その感情を込めることなく、無心でカメリアの膝の皿を土魔法で固めた弾丸を放ち、砕いた。
「ほう、回復機能つきか」
悲鳴を上げ、バランスを崩したカメリアだったが、数秒で立ち上がり、膝の皿の修復がある程度されていることに気がつく。
「痛みで私を屈服させようとしてもそれは無駄よ」
「分泌される物質で痛みをカットしているからだろう。そんなつもりはない。
それで、まず聞きたいのは私の相棒に下らん術を使ったな? あれを解除せずお前を殺した場合にどうなるかだ」
「そんなこと……教えるとでもッ!?」
カメリアは左手につけていた指輪に力を込めると光の槍のようなものがアウルムに向かって射出された。
しかし、アウルムは陽炎のように揺らめき、槍は貫通して消える。
「次の質問だ、お前は貯めた金で何をするつもりだ?」
「グッ……!?」
背後からアウルムの声がした。それに反応したカメリアは振り返ろうとまずは眼球を動かす。
首を動かし、背後を見ようとした瞬間、今度は両膝の皿を後ろから撃ち抜かれ、またしても強制的に倒される。
痛みはなく、回復も可能。立ち上がろうとすると、また同じ場所を正確に撃ち抜かれる。
格闘ゲームのハメ技、シューティングゲームのリスキルのようなことをされ、カメリアは反撃が出来ずに何度も倒れる。
「顧客のリスト、それに弱みを握った帳簿のようなものは当然持っているな? 答えろ。答えるまでお前は立ち上がることは出来ない」
「だ、誰が……お前なんかに……」
カメリアは歯を食い縛り、血走った目でアウルムを睨みつける。
先ほどから、アウルムの質問には回答していない。答えですらない、独り言や、質問返ししかせず、話の通じなさに苛立ちながらもアウルムは根気強く削り続ける。
「口調が崩れて来ているぞ。貴族令嬢みたいな話し方はどうした。まだとっておきのマジックアイテムがあるなら使った方が良いんじゃないか、ツバキ・タカサゴ」
「ハァハァ……勝手に……本名で呼んでんじゃあないわよ……私はカメリア……」
「いや、私はお前たちのようなただの殺人犯を神格化しない。名前が分からないのであれば、便宜上知られている名で呼ぶが……お前の名前はツバキ・タカサゴ。それ以上でもそれ以下でもない。
さて、もう一度聞くぞ。お前を殺したら相棒にかかった術は解除されるか? いや……今解除しろ。
これ以上の抵抗は無意味だ。お前は私に対して有効な攻撃手段を持たない。時間の無駄だ。
ご自慢の顔の皮を剥がれたくなかったら喋れ」
アウルムは致命傷となる部分を敢えて避けながら、何発も何発も、カメリアに弾丸を喰らわせ続ける。
「あなた……名前は……」
「不正解だ。また関係のない答えをしたな。頭が悪いのか? 耳が悪いのかどっちだ?」
「グッ……!」
弾丸はカメリアの耳に風を切る音をもたらし、その直後に耳を吹き飛ばした。
「急所を外し、お前が回復するからと言っていつまでも続けてたら失血死するぞ。ショック状態に陥ればこの砂漠でも凍えるような寒さを感じる」
「分かったわよ……! 話す……話すわよッ! だから……もう……やめてっ! 撃つのはやめて……私を殺すのは間違いよ! 誰のお陰でこの街で安全にセックス出来ると思ってるのよ! 私がッ! 私が娼婦の待遇を改善したからこの街は更に栄えた……!
私が死ねばッ! 路頭に迷う女の子たちがどれだけいると思ってるのッ!?
あなたにその責任の重さが分かるのッ!?」
カメリアは涙を流していた。力なく、ぐったりとして座り込みながら、血で濡れた床でドレスが汚れることも気にせずに、ただ泣いた。
アウルムは泣く女が嫌いである。
泣いて周囲をコントロールしようとする浅はかさ、簡単に感情を他者に明かす愚かさ、男には女辛さは分からないなどと言っておきながら、男がやっても許されない、それどころか未熟の烙印を押される『女の涙』で、同情を引こうとするカメリアに対して形容し難い怒りが湧く。
「命乞いかと思えば、今度は殺すこちらに非があるような口ぶりか……愚かな女の思考はまるで理解出来ないし、哀れにも思うな」
戦意を喪失したカメリアにアウルムは近付く。アイテムボックスから魔封じの枷を取り出して無力化を図る。
3mまで距離は縮まった。カメリアは近付く足音からアウルムが今どこにいるのか、背中越しに感じる。
──その時、カメリアはネックレスに触れた。
正確にはネックレス上のマジックアイテムッ!
カメリアの魔力に反応したマジックアイテムは発光し、カメリアの血液を吸い込み、スプリンクラーのようにして周囲に血を撒き散らしたッ!
血は細かな霧状になり、周囲を瞬間的に赤く染める。
「キャハハハッ! 油断したわねッ! 私の血を浴びればもう私に逆らうことは出来ないッ!」
「──浴びれば、の話だろう」
「ッ!?」
遠い。アウルムの声が遥か先から聞こえる。
近付いて、足音もして、その振動が床に伝わり、動く影も見えた。確実に射程範囲内。
血を撒き散らすアイテムは初見では対応出来ないはず。にも関わらず、ユニーク・スキルにかかった手応えもなく、いるべき場所から声がしない。
……何故?
カメリアは動けなかった。動くことよりも何故そうなったのか、原因を探る為にリソースを割いた。
そして、突き刺さるような視線。それを感じて顔を上げる。
先ほどから対峙していた淡い青の瞳だったはずの男は紫がかった瞳をして、カメリアの方をジッと見ていた。
階段の手すりに背を預けて、腕を組み、間抜けな顔をしたカメリアを注意深く観察しており、その服には先ほどの攻撃による血痕の付着は一切見られない。
紫──普段の色素の薄い青く、そしてどこか昏さのあるアウルムの瞳は今宵、変色していた。
怒りにより、血が集まり虹彩に影響を及ぼし元々の青に怒りの赤、血の赤が足されて紫の瞳で『現実となる幻影』を発動させ、カメリアの動きを誘導していた。
「嘘泣きとは本当に浅はかな……それで騙されるそこいらの男と同じだと思っていたのなら、お前に男を見る目はないな。
最初から決着はついている。何があろうとお前に不用意に近づいたりはしない。
薄汚い娼婦にこの私が触れる訳がない」
「ふざけ……ん……ッ! グッ……! カハッ! カヒュッヒュッ!」
「殺しはしない……今はな。だが……俺の相棒にちょっかいをかけた罪……相応の苦しみは与える、覚悟しろツバキ・タカサゴッ!」
長時間、アウルムと目を合わせて会話をしたカメリア。
普通であれば、カメリアと目が合えば男は彼女の思いのままに操ることが出来る。
(な、なんでこいつには私の魅力が通じないの……ブス専……!? 同性愛者……!?)
鎖で首をジワジワと締められる幻を見せられているカメリアは首を掻きむしりながら抵抗する。
気道が狭くなり、ヒューヒューとビニールで出来たおもちゃのような高い音が喉から鳴る。
「お前は何故私がさっきからお前を嫌悪しているのか、不思議で仕方ないんだろう。コントロール出来ない男など今まで殆どいなかったのに、歯牙にもかけないこの私が理解出来ず恐ろしいか?」
目玉がグリッと上を向き、カメリアの意識は途切れかける。
「──私は女嫌いではなく、他人が、それも愚かな人間が嫌いなだけだ。
嫌いは好きの裏返しで、自分に特別な興味を持っている……とでも思ったか? 生憎、殆どの人間は好きじゃない。ただ、それだけのことだ。
話は後でじっくりと聞く」
完全に意識を失ったカメリアはダラリと力なく床に倒れて顔を打ちつけた。
アウルムは黒い手袋ごしに鼻血を垂らしたまま気絶するカメリアのバイタルを確認する。
手足、首に魔封じの枷をつけ、能力の行使を禁じる。
そして、乱暴にカメリアの黒い髪の毛を引っ掴み、ズルズルと強引に床に引きずりながら、時折階段の段差で激しく全身を打つのも気にせずに下の階へと降りていった。
今すぐにでも、始末したいという衝動を抑えながら、紫の瞳は徐々に青へと戻っていく。