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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
7章 マニー,マニー,マニー
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7-23話 仲良く喧嘩しな



「さっきから動く度に妙な音が鳴っているのはなんだ!?」


「そんなの! 私に言われても分からないって!」


 壁に穴を発見し、これ幸いにとラーダンとミアは駆け込んだ。ハァハァと息を弾ませながら、穴の外にいるであろうクラウンの気配に注意を配る。


 そして、先ほどから現実的に考えればまずあり得ないことが連続して起こっている。ラーダンはそれが気になって仕方がない。


 動けばどこからか、滑稽な音が鳴る。走れば足は何故かグルグルと回転するような絵が出てくる。


 それに、この程度の運動では考えられないほど息が弾む。息が弾むということ自体あり得ない。


 それも数分走った程度では。


 しかも不気味なのが、肩で息をするほどの疲労感がいつの間にかすっかりと消えていて、まるでさっきのことが嘘のように回復していることだ。


「ルールがあるはずだ! 私と君は何らかの一定の法則下に強制的に巻き込まれている。

 しかし勇者のユニーク・スキルとは言え世界の法則自体を変えてしまっているのは異常だ、強力過ぎる!

 こういった力には制限やルールがないと発動は不可能だ!」


「ルールって言ったって意味分からないじゃない! ほら、見てよコレ!」


 ミアは怒りながら自分の口に指を突っ込み、頬を内側から引っ張る。すると、どう考えても皮膚が破れるであろうというくらいに伸びる。


 そして指を離すと、パチッ! ビヨヨヨーン! というなんとも間抜けな音がして元に戻る。


「……クソッなんなんだ一体……!?」


「あのさあ〜私、思い当たる節があるっちゃあ、あるのよね、確証はないんだけれども」


「何でも良い、何か法則性が分かるような材料が欲しい。この馬鹿げたゲームを生き残るには情報が足りなさ過ぎる」


 ミアは顎に手をあてて、少し考えこみながら、慎重に言葉を選んで喋り出した。


「アウルムとシルバって勇者をなんでか知らないけど、追っかけてるじゃない?」


「……我々はその勇者に今まさに追いかけられているのだがな、それで、それがどうした?」


「だからか、勇者についてかなり研究してるのよね。それで、勇者の中には書物を出してる人がいるの。マンガって言うらしいんだけど、絵とセリフが書かれてる本のことね。それを読ませてもらったことがある。

 で、そのマンガって変なのよ。変って言うか……新しいかな? 現実の事情を絵で分かりやすく誇張したり、省略したりする表現手法が取られてるんだけど、今の私たちの状況が、それに似てるなって思って」


「……本当か、それは」


「でね、現実的にあり得ないことでも出来ちゃうのよ、そのマンガの中で描かれてる世界では。

 例えば……お師匠、ちょっと殴っていい?」


「錯乱したのか? いや、何か考えがあるんだろう……やってみろ」


 ミアの突拍子もない発言に目を丸くしたラーダンだったが、この際なんでもアリだと腕を組みミアの攻撃に備えた。


 ミアが腕を振り下ろし、ラーダンの頭を叩く!


 ゴーンッ! 金属を叩いたような音が鳴る。そしてラーダンの頭からニョキっとタンコブが生えた。


「な、なんだ……! 目が……回る……それにこの目の前で回転している鳥はなんだ!? 音までしているぞ!」


「やっぱりね……見た通りだわ……マンガにこれと全く同じ描写があったのよ。頭を殴られると怪我とかじゃなくて、こうなるのよ。なんで、こうなるの? ってシルバに聞いたら、それがマンガの世界でのお約束……らしいの」


「そのマンガを見ていない私には皆目理解が及ばないが……それで、だから何なんだ、何も解決にはなっていないだろう?」


 ラーダンが頭をブルブルっと振ると目の前を飛んでいた鳥は消え失せ、正気に戻った。


「いえ、それは違うわお師匠! 私たちはおかしなマンガみたいな世界に連れてこられたようだけど、マンガの世界特有のあり得ないことは、別にクラウンやナナミだけのものじゃないってことよ!

 こうやって私がお師匠の頭に鳥を出せるってことは、上手くやればクラウンにも反撃が出来るってこと!」


「馬鹿な、我々は小さな非力なネズミだ。ネコには勝てんッ!」


「いやいや、だからそういう現実ではあり得ないことが、この世界では起こり得る……そういう世界ってことッ!」


「つまり……我々は圧倒的に不利、一方的な攻撃を受けている訳ではなく、あくまでネズミとネコという与えられた役割を演じている……劇の登場人物になっている、そういうことか!」


 ラーダンの目に光が宿った。一方的なものではなく、こちらに勝機が用意されたある種の平等性のようなものがあるとミアは仄めかしているからだ。


 ギコッギコッギコッ……。


「今度は何だ!? ノコギリが壁から生えているのもマンガ特有の表現か!」


「これは……! クラウンがこの壁の中の穴から私たちを捕まえる為に壁を破壊しているんだわ!」


「どうする! いや、私はどうしたら良いッ!? 戦闘ならまだしも役割を演じるなど、さっぱり分からんぞ!」


「想像力を最大限まで高めるしかないでしょう! ……そうだ! この壁でクラウンを下敷きにすれば良いんだわッ!」


「何を馬鹿なことを……と言いたいところだが君に任せるッ!」


「お師匠ちょっと待ってて! 壁が切り取り終わったらこの壁を思いっきり蹴って!」


「待てっ! どこに行くミア!?」


「ちょっと試したいことがあるから……!」


 ノコギリの歯がどんどん動いて、後数秒で切り取り終わるというタイミングでミアがラーダンを置いて穴から抜け出した。


 穴から出ると、クラウンは壁を切るのに夢中になっており、足の間にいるミアに気がついていない。


 そろりそろりと、クラウンの背後に忍び寄り──思いっきりケツを蹴り上げたッ!


「アッハハッホゥッアホウッ!」


 甲高く、そして情けない鳴き声を上げてクラウンは飛び上がる。


「やっぱりッ……! 私たちが攻撃しても有効なんだ……! ネズミの力じゃネコに対抗出来ないと思うのが普通……でもこの世界ではネズミでもネコと互角に張り合える!」


 ミアの仮説が正しかったことに希望の光が見えた。


 しかし、そのミアにクラウンは気がつく。振り返り、ノコギリを振り下ろそうとした。


「お師匠ッ! 今よッ!」


 ミアが合図をするとラーダンは壁の中から飛び蹴りを壁に食らわせた。壁はゆっくりと倒れていき、クラウンの頭に命中し激しい音を立てる。


 クラウンの形を縁取ったように倒れた壁は穴を開けた。


 すると、クラウンの頭にあったクラウンの顔の絵が3つから2つに減る。


「なるほど見た目通りの力ではないということか……」


 倒れた壁、そして目を回し一時的に気絶しているクラウンを見てラーダンは何となく、この世界におけるルールを掴み始め、確かな手応えを感じた。


「や、やるねぇ〜いや、まさか異世界人が初見で俺の能力のルールに気がついちゃうなんて思ってなかったから、も〜うビックリィッて感じィッ!」


 ヨロヨロとしながらクラウンは立ち上がり喋り始めた。


「ちょっと〜ヤクモあんた残機減ってんじゃないの〜」


 エプロン姿のナナミがホウキをもって仁王立ちしながら、一回り小さいクラウンを見下ろしていた。


「あ〜ご主人様ッ! あはは……油断しちゃってさぁ壁が倒れるとは思わないじゃん?

 こいつら思ってたより頭切れるっつーか、誰かに入れ知恵されてんよぉ〜ッ! 絶対ッ!」


「それはそうだろうけど後45分よ? さっさと片付けちゃいなさい、私はモブ兼視聴者だから手助け出来ないの分かってるでしょ?」


「はいはい……それじゃあそろそろ……」


「来るぞッ! ミアッ!」


「分かってるッ!」


 クラウンはパッパッと肩に乗った壁の残骸を手で払い、何かするような予感をさせたことで、ラーダンとミアは身構えた。


 斜め上からの発想による攻撃、ラーダンとミアが戦ってきた中で今が、このクラウンが現状もっとも手こずっているのは間違いがない。


 ある意味、歴代で最強の敵。そのクラウンの一挙手一投足を見逃すまいと、どんな攻撃でも対応してやると注意を向けた。


「……続きは……CMの後でぇ! なんつって!」


 ズコッ! そんな音がクラウンの言葉の直後に鳴り、ラーダン、ミア、そしてナナミまでもが強制的に転かされた。


「CMとは一体何なんだ……」


 地面に這いつくばりながら、ラーダンはイライラが最高潮に達しながら呟いた。


 ***


「それでは大勝ちを祝ってぇ……カンパーイッ!……ングッングッ……! ……カァーッ!! 美味えッ! 悪魔的だっ!」


「ペース考えてなさいよ、オオツキ君」


「わあってるって! 先生ッ! いや、もう今はマスターか。皆元の世界のことを思い出したくないのか、新しい生き方を模索してんのか、前とは違う名乗りをするよな〜俺は全然そういうの気にしてないから分かんないけどさ」


 カジノで大勝ちをして一生を遊んでも余裕で余るほどの金を手に入れたオオツキは連日遊び呆けていた。

 勝負のない時は切羽詰まった独特の話し方もせず、年相応の大学生的な態度になる。


 この日も、ホテル・バスベガでバーテンダーをしている、オオツキの元担任のマスターと呼ばれる男サカイと偶然の再会を祝して飲み会を始めた。


「この世界の人は苗字、家名なんてものがない人が多いからね。特徴に当てはまった通り名の方が都合良いんだろうよ。自分から名乗るのも変な感じだけど私は今は『先生』よりは『マスター』の方がしっくりくる」


「良いっすよねえ、手に職系のスキル持ってる人は」


「まあ……私がオオツキ君のスキルもらっても、ちょっと困るよね。しかし、君ここに来た時は高校生だったんだからギャンブルなんか知らんだろう?」


 マスターは「君、まさか高校生の時にパチンコなんかやってないだろうね?」と、まだ教師的な振る舞いをする癖は抜けていなかった。


「いやいや……せんせ……マスター、遅れてますね。ガキでもゲームのガチャってギャンブルがあるじゃあないっすか。俺はもう高校生の頃は廃課金のガチャ中毒者ってもんすよ。この世界来てからもやるゲームが変わっただけで何も変わらなかった」


「そうですね、確かに君は大人になってこうやって私と酒を飲めるようになった。あんな戦争を生き延びただけでも奇跡的だと言うのに、何にも変わらないというのは逆に君の才能なんでしょうね。

 ……ああ、いや説教するつもりじゃないですよ。この世界で生き残ったんだから、君の場合はそれで正しいってことでしょう」


 もはや、日本の常識など一切通用しないこの世界において何が正しいだとか、そんなことを改めて議論するつもりはなく、それぞれが必死で生き残った方法については、それこそがその本人にとっては正解である。

 そんな、考えを持っていたマスターは、また再会出来たことを祝して改めてオオツキと乾杯する。


 なんだ、かんだと言いながらも顔を知る生徒がこの過酷な世界で生き延びて、こうやって共に酒を飲めるというのは嬉しい。


 オオツキも大人として扱われたことに喜びを感じながらグラスをぶつけ合った。


「……それで、君どうするんですか? 使い切るのも難しいくらい稼いだって聞きましたよ。流石に護衛とか雇わないと危ないでしょう」


「あ〜そんなすよね……へへ、遊び金があれば俺は十分ってタチなんだけど、180億ルミネはどうしたら良いか……そもそもそんな大金持ち運べねえし、銀行もクレジットカードもないからなあ……」


 実際、カジノのスタッフにイカサマを疑われて危ない目にあった。明らかに詐欺目的の者も近付いて来た、しかし何故か危機を乗り越えて無事に生きているのがオオツキである。


「何か、ギャンブルじゃなくてビジネス始めたらどうですか? 世の為になるようなことをするべき金額ですよ」


「ですよねえ〜俺のスキルって俺が勝負ッ! とかヤベェッ! って局面で勝手に発動するんであって、普通に生活してる分には一般人と変わらないんすよ。

 そんな大金賭ける場所もないし、俺自身そこまで天文学的な金持ってたらヒリつきも楽しめないしで、生き方考えなくちゃな〜って思ってこうやって比較的頼れる大人に話を聞きに来てるって訳ですよ」


「……あのオオツキ君がまともなことを言ってることに感動ですね。まあ、頼られるのは大人として悪い気はしませんが……そうですねえ、この街でうまくやっていきたいなら、孤児とか年齢的に稼ぐのが難しくなっている娼婦を雇用して何かビジネスするのはアリかも知れないですね。

 福祉的な面で貢献出来るし、人材確保も難しくないでしょう」


 マスターも比較的裕福な方ではあるが、この世界で一財産築いて商売人として上手くやっていくほどの器量も気概もないと、自嘲気味に言いながら、グラスを拭いていた。


「福祉すか、確かにこの世界は年金とか健康保険もないから持たざる者の排除が露骨ッすからねえ。

 いっそ保険の仕事で企業でもしてみるか〜死ぬことが珍しくない世界だから遺族が大変ってのは嫌と言うほど見てきたし、俺もなんか人の役に立ちてえって思うこともありますからね〜」


「お金が絡むことはお酒が抜けてから判断した方がいいからね、適当に決めてはいけないですけど、君の持っているお金はただ消費するのではなく、ちゃんと回して運用するべき額ですからね」


「う〜んどうしたもんかなあ……宝くじ当たったらどうするって話大好きですけど、実際それ以上の金額持ったら高校までしか勉強してないギャンブラーの俺じゃあ大した使い道は思いつかないっすねー」


「私立の高校教師にも難しい額ですよ。焦らなくて良いからじっくり考えてお金のことに詳しい信頼出来る人に相談するべきでしょう。

 私もちょっとだけ株やってた程度なので、そんな専門的なアドバイスは出来ませんよ。

 ああ、そうそう……シオン・シトネって言う孤児院を運営してる生徒がいて先生なんて呼ばれて相談に乗っているみたいなので、彼に聞いてみると良いかもですね。私よりはお金に詳しいと思いますよ」


「あ〜ポーカーで同じ卓にいたなあ、聞いて……みます……」


 テーブルに顔をつけながら喋るオオツキは徐々に眠気に抗えず、ついには眠ってしまった。


「全く……こんなところで億万長者が警戒せずに寝るなんて何考えてるんですかね……こういうところはまだ子供か……ほらっ、オオツキ君起きて部屋に戻ってください……部屋はどこですか? あ〜もう、私の部屋に連れて行きますよ……こんなの日本なら大目玉くらいますね」


 マスターは酔い潰れてムニャムニャと言うオオツキを背負い、自分の部屋のベッドに乱暴に転がした。


 マスターは寝酒を楽しみながら、イビキをかいて眠りオオツキの顔を見る。

 日本に残してきた息子にオオツキを重ねながら、少し泣いて眠りについた。

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