7-22話 見目麗しき騎士
「これは……はあ、よくもまあ……揃いも揃って男前ばっかりやなあ」
シルバがアウルムとKTの戦いに乱入する少し前のこと。
螺旋階段の前を守るようにカメリアの護衛が武器を構えてシルバの行手を阻んだ。
そこにいた護衛たちの顔は整った者ばかり。カメリアの男の好みが如実に反映した容姿であるとすぐに分かる。
彼らもある種の被害者。犯人の趣向の偏り、法則を探す癖がシルバにはついていた。
「お前らアレかあ? ツキビトってやつか?」
「我々はツキビトの中の精鋭中の精鋭、見目麗しき騎士だ、同士よ」
「あぁっ!? 何仲間意識持ってんねんお前ッ!」
体型はシルバに似て筋肉質で大柄、顔はやや面長で赤髪の爽やかな男が代表して返事をした。
「ふっ……昔の俺を思い出すよ。なあ、皆?」
「お前、カメリア様に認められたんだろう? 殺そうなんて馬鹿な真似はよせ。俺たちと共に彼女に愛を捧げ、この身を尽くそうじゃないか。カメリア様に頼られるという幸福をまだ分かっていない。
ああ、本当に最高の女性を知らないまま死ぬなんて損だし、これから仲間になるお前を殺すなんて気が進まない……だから、こちら側につけ」
今度は青髪のポニーテールの男が頬を紅潮させながら、赤髪の男に同意してシルバに語りかける。
「なに寝ぼけたこと言っとるんや貴様ら……生憎やが俺は相棒枠はもう埋まっとるねん。まあええわ話が普通に成立するタイプのやつと殺り合うってのも珍しい。
始める前にちょっと話聞かせてもらおうかあ」
シルバにとって、彼らの言動には内心、余裕のある口調から感じられないが、それ相応に驚きがあった。
カメリアに何らかの精神支配をされ、意思を持たぬ恍惚としたゾンビのような存在にさせられているようなイメージを抱いていたからである。
しかし、実際はどうだ。意識はシャキッとしている。意に沿わぬ命令を渋々受け入れてるようでもない。
ナイツ、自らを騎士と名乗るように心酔しその身を捧げるようなモチベーションでいる存在。
確かにそれはシャイナ王国で働いていた騎士たちに似たものがあると思った。ラナエルたちからも時々そう言った視線を感じる。
だが、シルバとしては誰かに忠誠を誓いその身を捧げるという如何にも封建的な思想が理解が出来ない。
尊敬に値する人物はいるが、その人の為に自らの命を投げ捨てることさえ厭わないという精神は持ち合わせていない。
アウルムの為ならば犠牲となることを否とは言わない。しかしそれは、お互いが対等の関係であると認識しているからであり、そこに上下関係はない。
「まず聞きたいんやが、お前らは無理やりカメリアに好きにさせられてるんか? この質問に意味があるんかは分からんが一応聞いとくわ」
「ああ、分かるよ。カメリア様の勇者としての特別な力によって我々が操られていないか、という心配だろう?」
「そうや」
「うむ、それは違うな。ハッキリと否定出来る。ここにいる全員が自らの意思で彼女に忠誠を誓っている。別に記憶が消えているのではないからな。馴れ初めも覚えている。
私の場合は、冒険者をやっていた頃、大きな依頼を片付け一度噂のこの街で女でも抱こうと思って足を運んだ……しばらくして、カジノでカメリア様と同じテーブルにつき、一目惚れだよ」
何人かにも聞いて行くと、ある共通点が浮かんでくる。
誰も、最初からカメリアを目当てにはしておらず、偶然出会い、客と娼婦という関係ではなく、ただその場にいた男と女として出会ったと口を揃えて言っている。
これはシルバにも当てはまる共通点であり、実際あの場でミアに声をかけられなかったら、見目麗しき騎士の仲間入りをしていた可能性は大いにある。
(俺はミアが声かけて邪魔して、アウルムの指示ですぐに唾液を洗い流して接触を控えたから落ちてなかったってだけか……? だとしたら、なんかコイツら殺すの気が進まんよなあ)
シルバは唸りながら、後頭部を少し引っ掻いて悩んだ。
悩んだ内容は殺すか否か、ではなく次にするべき質問の内容である。
「そうやなあ……じゃあカメリアが客を殺してんのは当然知ってるよなあ? それについてどう思う? 罪悪感とか」
「罪悪感? そんなものはない。用事を与えられたことに喜びを感じはするが。カメリア様が気に入らないと思う男をどうしようが、それはあのお方の勝手だろう?」
「ああ、マティアスの言う通りだな。選ばれなかった……選ぶに値しない美しくない存在なのだから、死んだところで何の問題はない」
「あーそうかそうか……もう良いわ。よく分かった。お前らアレやな、被害者じゃなかったな。普通に犯罪の共犯者やわ……」
「どうやら話し合いは終わりのようだな……仲間として迎えられず残念だ」
マティアス、と呼ばれた男がわざとらしく肩をすくめて目を伏せた。
「「「殺せ」」」
騎士たちが声を揃えて同時に動き出す。
シルバは軽く跳躍し、回転しながら騎士たちに斬撃を与える。
「ほう、これに対応するかぁ」
高速移動とダンスの要素を取り入れたシルバ独自の剣術、剣舞を初見であるにも関わらず受け止める。
どうやら、並の護衛とは一線を画す武力があるらしいというのは、一太刀で理解した。
(ハッ! ケヴスルリやってるみたいやなこれは!)
ジョージアダンス。ジョージアの伝統舞踊として知られるダンスであり、つま先を軸に高速のスピンをしながら舞うという特徴がある。
その中でも『ケヴスルリ』と呼ばれるものがある。戦いの中で男が自分の武威を示し、女に認められる為に争い愛を得ようとするストーリーラインを持つ演目である。
激しく剣をぶつけあい、回転しながら舞う。
まさにこの状況を比喩するのに的確なダンスだとシルバは戦いながら思った。
ぶつかる剣先の衝撃と摩擦で火花が散る。これは比喩ではなく実際に火花が発生するほどの命のやりとりをしているという事実。
「なかなか強い。ところどころ魔法で妨害する繊細な技量もある……でもラーダン1人と訓練するよりは何倍もヌルいッ!」
回転の加速。加速するだけ剣に乗るエネルギー量も増える。
シルバがまだ本気では無かった。ギアを上げる前に数人がかりでイーブンというような状態、つまりは実力は互角ではない。
回転する中で手首をしならせて、剣の動きに変化をつける。波のような不規則な斬撃が高速で襲いかかってくると騎士たちは斬られたと気がつく前に致命傷を負わされていた。
崩れ落ちると共に騎士たちの持っていた剣が螺旋階段に落ちて、音を立てた。既に息のある者はいない。
「終幕……」
その鮮やかな一連の動きを観戦していた者はいない。
シルバは気を抜くことなく、螺旋階段を登っていき、上の階に辿り着いた。
「あら……やっぱり私の見立ては間違いじゃなかったのね」
上がってきたシルバを椅子に座りながら待ち受け、ジッと見つめると、護衛が倒されたことには何らショックを受けてないと思われるカメリアがいた。
むしろ、シルバはその護衛たち数人分よりも上の存在であり、そのシルバに目をつけてマーキングしていた自分の直感の正しさを自画自賛でもするかのような口ぶりで妖艶な視線を向けた。
「さあ、こちらへいらして」
「ッ……!?」
カメリアが笑いながら、手のひらを上に向け、小指から薬指、中指と順に折りたたみシルバを呼び寄せる。
全くの無警戒。慌てるどころか刺客であるシルバを近づけさせようとする。
シルバは逆に当然警戒した。下手に近付くべきではないと思った。
しかし、意に反して吸い寄せられるようにフラフラと無防備な足運びで数歩カメリアに近付いていたことに気がつき血の気が引く。
「クッ……!」
シルバは咄嗟に自分の足にナイフを突き刺した。強烈な痛みでも無ければ正気を失ってしまうという恐怖から、自傷することで自分の身を守るという、矛盾しているようにも思える行動を取った。
そして、それは正解だった。頭の中がスッキリとして冴えていくような感覚を覚えたからだ。
(スッキリするってことは知らんうちにボンヤリしてたってことやろ!? ヤバいって……!)
「あー痛そう……でも刺すなら股間の方が良かったんじゃあないの?」
「男は股間でモノ考えるってかあ?」
「……ふふ、あなた宦官って知ってるかしら? 簡単に言うと去勢された役人のことなのよ。
でね、まあ男性のシンボルを切り落としたりする訳ね。そうしたら、普通は性欲ってなくなると思うでしょう?
馬なんかは去勢することで操りやすいって言うものね。
でも、不思議なことに去勢しても性欲ってなくならないみたいなのよ。勃起出来ない男性の病気があるでしょう?
考えてみれば、性機能を失っている男って凄く落ち込むのよねえ……自信がなくなると言うか……でもそんな人って必死で男の力を取り戻そうとするし性欲はあるのよ。
殺人犯でナイフなんかで女のアソコを刺しまくる勃起不全の男はナイフを通して性的快感を覚えるなんて話も聞いたことあるわねぇ……。
だから、男性器を切り落としたところで男としての愚かさというのは消えない……何と言うか……生まれ持った『性』ってやつなんでしょうね」
「……何が言いたい?」
足にナイフを刺してまま、シルバは滔々と語るカメリアの話に耳を傾けていた。
話す内容や口ぶり、態度、ボディランゲージ、カメリアから発される情報は全て聞き漏らさず、見逃さなかった。
そこから得られた情報は、カメリアは思っていたよりも娼婦的な下品さがなく、むしろ高い知性、教養を感じさせる。これは確実に本人に言えば怒られるが、カメリアはアウルム的な雰囲気を纏っているとシルバは思った。
だからこそ、危険だと強く感じる。この手の相手は無意味にベラベラと話したりはしない。会話の中に何からの意図を持って話している。
情報は大事だが、相手のペースのままでいるのはマズイと思い、刺さっていたナイフを手に持ち投げようとした。
「なっ!? 身体がッ!?」
「無理よ〜、私に2回もキスされてるのに私に危害を加えるような行動は出来る訳ないもの。
だから、こうして私は落ち着いて椅子に座ったままあなたとお話を楽しむことが出来るってわけ」
シルバはナイフを持つまでは出来たが、何故か投げるモーションに移行することが出来ず、金縛りにあったかのように動けなかった。
「……みたいやな」
「それで? どうするの?」
カメリアは勝ち誇った顔をして、サラサラと闇夜のような美しい黒髪を動かし、首を傾けた。
「ハッ! こうするんやッ!」
「ッ!? ……これは予想外ね……まさか逃げるなんて」
シルバの行動にカメリアは思わず息を呑んだ。振り向きもせず、背後に飛び階段も使わずに下の階に向かって落ちて姿を消したからだ。
「あ〜無理無理、無理なもんは無理って分かったならあれ以上粘るのは悪手や。あんなんアウルムに任せたらええねん、意識保ちながら戦ってたら俺は黒ひげ危機一髪みたいなこと自分せんといかんようになるって」
飛び降りて宙を舞いながら独り言を喋り綺麗に着地したシルバはすぐにアウルムのいる方向に駆け出した。
***
「ミア……無事か?」
いつの間にか地面に倒れていたラーダンが目を覚まして身体を持ち上げる。
「う……大丈夫……お師匠何その格好?」
「何のことだ……!? 君こそなんだそれは?」
ラーダンはまず自分の服がどうしたのだと、視線を下げると、茶色い縫い目のない妙な質感の服を着ていることに気がついた。
そして、ミアを見ると彼女もまた同じ服を着て、頭には大きな2つの輪がついていた。
「えっ!? 私も!? なによ〜これ!?」
「まるで、ネズミだ。ネズミのビーストのような格好を我々はさせられている」
「クッ……! 脱げない……!?」
よく見ると、後ろには細い尻尾までつけられていて、その衣装はネズミを模したものだと何となく想像がつく。
ミアは脱ごうとするが、強力な何かで固定されており、脱ぐことが出来なかった。龍人のパワーをもってして脱ぐことが出来ない、破ることも出来ない素材など見たことも聞いたこともない。
「そして……ここはどこだ?」
「家の中……にしては宮殿みたいな大きさね……屋根が凄く高いわ……」
「いや、よく見ろあれは椅子だ。とてつもなく巨大な椅子だ……つまりだ、屋根が高く、椅子が巨大に見えるということはある仮説が生まれる」
「その仮説ってまさか……」
「ああ……周りが巨大なのではなく君と私がネズミと同じ大きさほどに『小さく』なっているという仮説だ」
「で、こんなネズミの服を着せられているのはなんでなのかしら……」
「その答えは考えるまでもないだろう……」
「おいィーッす! クラウンキャットでぇーすッ! それじゃあ追いかけっこの始まりといきまっしょおおおおおッ!」
ラーダンの視線の先には青と灰色の中間くらいの色合いのネコの服を着た巨大なクラウンが壁に手をかけて、瓶のミルクを飲んでいた。
「わっ! お師匠の頭の上にネズミのお師匠の顔が3つ浮かんでる!」
「……君もだぞ、これに何の意味があるのかは分からんが……逃げた方が良さそうだ。あいつは時間を気にしていたからな、その時間が来るまで逃げた方が良さそうだ……私が時間を稼ぐッ! ……ッ!? 魔法が発動しない!?」
「私も使えない……龍眼もッ!?」
ラーダンは魔法で視界を防ごうとしたが、魔力を感じられなかった。呼吸するように自然に使えたはずの魔法が全くもって使えない。
「チッチッチッ……あ〜……そりゃこの世界に魔法とかファンタジーな要素はナシっしょ〜!? お約束があるんだからさぁ! ちゃんとルール守ってもらわないと視聴者さんもシラケちゃうわけよぉ〜? お分かり?」
「ちょっとぉ! ネズミがいるじゃないの! 始末してよね!」
クラウンよりも更に巨大な姿をしたナナミがエプロンをして現れた。
「了解ボスッ! 悪いネズミを退治するのがおいらネコの仕事であります!」
「マズイッ……! ミア走れ! 魔法が使えないということは逃げるしかなさそうだ!」
「も〜何なのよコレは〜ッー!?」
ラーダンとミアは走り出す。
それを見てクラウンはブルゥンブルゥンとどこからエンジンをふかすような音を立てながら、片足を浮かし、両腕を右側に持っていき、コミカルな姿勢で走る準備を始めた。
ビー……ビー……ビーッ!
レースのスタートを合図する信号の音がどこからか鳴り出し、3回目のやや高くて長い音が鳴ると足をグルグルと回転させながらネズミのラーダンとミアを追いかけ始めた。